第121話 『その日、筆記試験を受けた』
困惑するココナちゃんと目が合った。周囲から距離を置き、1人集中していた時とは打って変わってその表情には余裕がない。
人懐っこいはずの彼女からは困惑と恐怖の感情しか読み取れず、まるで借りて来た猫のような、怯えた小動物のようでもあった。心なしか先程までフワッフワだった尻尾も項垂れ、耳もぺたんとしている。
あ、これ私に対して怯えてる? や、やっちゃったわ……。でも、そんなココナちゃんもカワイイ……。
掴んでいた尻尾を放し、そのまま頭を撫でる。
「わぷっ」
「驚かせちゃってごめんね。私達みんな、貴女とお友達になりたかったの。でも精神統一していたのか、いくら声をかけても反応が無かったのよ。急に尻尾を掴んでごめんなさいね」
「あわっ。い、いえ。コ……私も、緊張していて気付けなくてごめんなさい」
はぁー! 普段の一人称を咄嗟に私に言い換える辺りがまたカワイらしいわ!
ワシャワシャと愛で回したい気持ちを抑え、今は彼女の緊張をほぐしてあげないと。
今尚小刻みにプルプル震えている彼女の手を取り、両手で包んであげた。
「あっ」
「落ち着いて。きっと村の期待を一身に背負って来たんでしょう? 大事な試験の直前だし、そうなってもおかしくないわ。でもそのままだと前に進めないから、まずは緊張している事から目を背けないで受け入れてあげて。そうすれば、体の緊張は解れていくはずよ」
「は、はい……」
自分の心や感情を騙して、隠して。その上で実力を発揮できる人は限られている。特にココナちゃんみたいな素直な子には難しいわね。感情の起伏によって実力が波打つ事だろう。
だから、まずは今の自分の状態をしっかりと認識して、受け入れることから始めなきゃ。でもそんなのは心が落ち着いていないと出来ない。今はじっと、彼女が落ち着くまで手を握り続けてあげよう。
「……」
「……」
次第に彼女から震えが消え、尻尾にも活力が戻る。耳はピンッと跳ね、顔色も良くなっていく。
ふふっ、本当に調子がそのまま表情に出る子ね。モフりたい……。
「もう大丈夫かしら」
「は、はい! ありがとうございましゅっ! あうっ……」
「フフ、緊張しなくて良いわ。これから全部が上手く行けば、ここにいる全員が学友であり同期になるんですもの。ここに上下関係なんてないわ、皆平等なの。だから、私とお友達になりましょう?」
「友達……! はい、なりたいです!」
「それじゃあ、まずは私から。私はシラユキ。平民だけど、Bランクの冒険者よ」
その言葉に周囲が騒めくが、ココナちゃんの耳には届いていないようだった。その瞳は真っ直ぐ、私だけを見つめていた。
「わ、わた……ココナは! 王国東部、ノイント村のココナと申しますです。よろしくです」
「ココナちゃんね、宜しくね」
「はい、シラユキさん!」
握った手をブンブンと回して元気そうに微笑むココナちゃんに、つい顔の表情筋が緩む。そんな彼女の愛くるしさに、他の子達もやられたようで、何人かが立ち眩みを起こしたようだった。フフ、ココナちゃんはカワイイでしょ!
「ごめんなさい、遅れてしまったわ」
『ガラッ』と教室の扉を開けて入って来たのは、1人の女……女子生徒? 彼女が着ている制服は紛れもなく、魔法学園の制服だった。なぜ教師でもなく生徒が?
と、皆が疑問を浮かべていると、アリエンヌちゃんが驚いたように飛び上がった。
「ま、まさか貴女は、『赤の双璧』モニカ・ブランド様!?」
「ええ、そうよ。そして今回、編入生の筆記試験の、審査官を務めさせて頂くわ」
その言葉に教室が湧いた。
まぁ、私は彼女のことを知らないから、盛り上がらなかったんだけど……。有名人みたいね?
こんな業務を学生が任されてる時点で優秀なんだろうけど、ゲームでは見たことがない。この人、今年から3年生なのよね? となれば、正史では学園は卒業しているから、会えていなくて当然なのか。
「それにしても、今年の編入生達は明るいわね。いつもなら、教室の空気が澱んでいたりギスギスピリピリしているのに……」
モニカ先輩の言葉に、視線が1箇所に集まった気がする。
まぁ、ここにいる全員は無事に入学させるって決めたんだもの。変な連中に毒される前に、手を出して仲良くするに越したことはないわ。教室の空気を察したのか、モニカ先輩と目が合う。
とりあえずシラユキちゃんスマイルをお見舞いしよう。
ニコッ★
「……ふふっ」
笑われた。
むむっ、シラユキちゃんスマイルが通用しないなんて……。強敵ね!
「でもそうね、明るいのは良い事に変わりは無いわね。変なことを言ってごめんなさい、早速試験の準備をしましょうか。まずは皆、席について。場所は自由で良いからね」
皆が思い思いの席へと座り始める。
私はココナちゃんの隣に陣取る。今の彼女は、顔色も耳も尻尾も元気そうだから、もう大丈夫だと思うけど、私が大丈夫ではない。ココナちゃんの傍から離れるなんて、私には無理だわ。片時も離れたくない。
「それでは筆記試験の説明をします」
◇◇◇◇◇◇◇◇
それから筆記試験が始まった。
説明にあった科目は、事前に陛下から聞いていた通り『作法』『歴史』『数学』『薬学』『魔法学』の5科目だ。
1科目につき制限時間は30分。1科目ごとに10分の休憩時間があり、それを5科目ぶっ続けで行うので割とハードだったりする。
最初の『作法』に関しては、貴族のボーナス問題っぽいと言うか、平民との差別を感じる内容だったわ。私も全問正解出来るかと言うと、正直自信は無い。最低限は押さえているつもりでも、それは現実世界での作法であって『この国』の作法かどうかがわからないもの。
問題も、⚪︎×クイズだけかと思いきや、穴埋め問題、更にはお辞儀の角度を絵で描けとか描画力の問題も混じってるし、一体何を求められてるのか分からなくなっちゃうわ。
まぁ、一流の魔法使いは王国の宮廷魔導士というポジションが待っているわけだし、礼儀は必須なんだろうけど。でもミカちゃんが言うには、そいつら宮廷魔導士は、威張り散らすだけで戦場では役に立たなさいとかボヤいていたなぁ。礼儀、本当に必要なのかしら……。
まあ、それでも知ってる限りは書くし、描くけどね。横暴なシラユキちゃんとかカワイくないし。
出題者は、シラユキちゃんの絵心に恐れ慄きなさい!
◇◇◇◇◇◇◇◇
歴史に関しては本当にわかんにゃい。
何よ、陛下が相対した中で過去最強の難敵って。そんなの知らないわよ! しかも歴史の最初の問題って! 絶対これ、他人から見ればイージー問題なんでしょうけれど、最高に難問だわ。
とりあえず下位竜とでも書いておいた。
この辺にいる難敵で剣聖の50程度で倒せて苦労する敵なんて、もうそれくらいしか思いつかない。
第二問には前王の名前とか出て来た。
知らないわよそんな人。変なこと書いたら怒られそうだし、白紙解答が増えそうね。
……いや、なんなら陛下の肖像画でも描いてお茶を濁そうかな。私の画力に、そして陛下の絵に0点を付けれるものならやってみなさいよ!!
◇◇◇◇◇◇◇◇
次に数学だけど……。
この世界に来て、ギルドで料金を暗算した時に褒められた時から、違和感は感じていた。でも、数学が試験にあると聞いて、きっと気のせいだと思うことにした。
でもそれは、やっぱり現実逃避だったんだなって。
掛け算て……! 1桁の掛け算から始まり4桁の掛け算と2桁の割り算が最終問題……!? なにこれ、ほんとナニコレ??
初等部の3年間が小学生として、高等部は高校生くらいかなーとか考えていたけど、どうみても小学生の低学年レベルの学力しか求められてない……!? もしかしたら初等部は、幼稚園だったのかも。
まあ現実でも高校で求められる一般的な数学の計算なんて、一部の技能でしか使わない特殊な知識であるのは間違い無いんだけど。……つまりコレが、ソフィーが言っていた難しいテストって事ね。まあ4桁となると難しいよりも面倒臭いが先に顔を出すんだけど。
あと、魔法学園生は教室で計算式を書き殴るより、魔法に関する知識と扱う技術を必死に覚えて、あとはひたすら敵を倒してレベルとスキルを上げる。そっちの方が重要か。
計算力なんてオマケというわけね。
◇◇◇◇◇◇◇◇
そして次に薬学。
これも魔法関係無くない? とか思われがちだけど、そんな事はない。私や家族はあまり縁がなかったけれど、魔法を使うと魔力が減って、次第に枯渇してしまう。
そんな時にお世話になるのが『MP回復ポーション』だ。低レベルの魔法使いは、レベルが上がるのもすぐだけど、最大値が低い分魔力なんてすぐに尽きてしまう。戦闘中にMPが尽きては要らない子になっちゃうので、『MP回復ポーション』は必需品だ。
だから、お店で買ってばかりいては懐が寂しくなると言うもの。自作出来るに越した事はないのだ。
まぁ、私は『精霊使い』のパッシブアビリティのお陰で、周囲の人間はMPを常に回復するという効果がある。そして私はMPの枯渇知らずということもあり、これまで1度も使う事はなかった。
ただリリちゃんとママはこれから別行動になるんだし、自作する機会もあるだろう。もしそうなれば、応援するなりお手伝いなりしてあげれば良いだろう。
そしてこのテストでは、そんな薬学を進めるにあたっての基礎知識が問題として書かれている。
……うん、本当に基礎知識だけだ。難問なんて何もない。まるで初心者のハウツー本からそのまま問題を引っ提げて来たかのような物ばかりで、難しいことなんて何一つ書かれていない。
というか問題が間違っていたりする。
『HP回復ポーション』に必要な物は『澄んだ井戸水』『リト草』もう1つは何か。
……いやいや。『リト草』以外何が必要なのよ? すり鉢とかでも書けって事?? あと『澄んだ井戸水』って何よ。魔法使いなら魔法水を使いなさいよ!!
はぁ……。問題のツッコミに疲れる……。最後の魔法学、私の心が持つかしら……?
◇◇◇◇◇◇◇◇
結論、持ちませんでした。
書いてる内容が全部おかしい。『間違いを探せ』って問題なら、もう全部違うって書いちゃうわ。
例えば『炎魔法の最大威力の魔法は何か』という問題。問題の定義からしておかしい。魔法には、基礎威力というのは確かにあるけれど、それでも参照される大部分は術者のステータスと、消費されたMPで大幅に変化してしまう。
『灼熱の紅玉』なんかが良い例だ。あれなんて元々はただの『ファイアーボール』だ。それをすっごい強化した結果、鉱石をもドロドロに溶かす威力になる。初心者が『ファイアーストーム』を放ったとしても、私が『灼熱の紅玉』を放てばそちらの方が強いだろう。
なら、最強ステータスの人間が撃つ前提ならどのような魔法が強いか。そんな前提ありきであれば答えも変わってくるけれど……。それでも、職業専用の魔法とかがあったりするので、職業によって選べる魔法の選択肢が異なる。
この世界で発見されてる、最大威力の炎魔法って一体何よ……? この前魔人が使ってきた『フレイムストーム』とか? 明らかに私が豚を焼いた『炎の鳥』の方が格上だけど、あれは魔法使いや魔導士では使用出来ないし。……ああ考えるのが面倒くさい。『出直してこい』と書いておこう。
えーとなになに? 詠唱破棄可能な魔法を示せ? 『全部出来る』って書く。もういいわ、こんな問題で心に負担を掛けたくない。もう正直に答えてやるもん。
もし後日、証明しろとか言われたら好都合。ぐうの音も出ないくらいに、全部見せて納得させてやるわ。
次も似たような問題ね。発見されている無詠唱魔法を挙げよ。ですって。
じゃあ今私が出来る無詠唱魔法を全部書いてやるわ。
次はー、『回復魔法と神官の関連性を書け』……? 別にないわ。ただ『神官』関連の職業の人が使う方が、職業のアビリティとかで補正が入って、効果値が高いだけで、他の職業に就いていても回復魔法は使えるし。
……うん、もうこれもそのまま書いちゃお。
次ー、『紡ぎ手はなぜ半分以上の者が魔法書を作れないのかを書け』? あんた達の教育が間違ってるからよ。
つーぎー。えーっと、『この魔法陣はどのような効果の物か』か。
ようやくまともな問題が出たわね。魔法陣は特定の職業が描けるものと、ダンジョンに設置されているものの2種類がある。
というか後衛職と生産職は大体描ける。出来ないのは脳筋の前衛職と一部の職業だけだ。まあでもレベル制限があって、最低でも30以上じゃないと出来ないから私には遠い未来の話だ。
それで書かれてる魔法陣は……はぁん、一部のダンジョンとかにたまに見つかる設置型の魔法陣ね。指定された素材を乗せ、魔力を流すことで全く別のアイテムや、そのダンジョンには現れない魔物が召喚されるタイプのものだわ。
この魔法陣は……ええっと、『リト草』、『
……いや、まともな問題だと思ったけど、コレ『魔法学』関係ある……? 無いんじゃない??
『歴史』はふざけたせいで0点かもしれないけど、『魔法学』はマイナス点くらい行ってそうね。罵倒解答が何個かあるし。
まあその時は、明日の実技テストで取り返してやるわ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
――とある日のとある一室。机を挟んで2人の男が向かい合っている。その部屋の入り口にあるプレートには『学園長室』と書かれていた。
「学園長、彼女の試験結果はどうなりました?」
「それが……。いえ、見て貰った方が早いですね」
解答用紙を受け取った男は、すぐにフリーズした。
「え? なんじゃこれ……」
「問題が悪かったのか、気に入らなかったのか、1問目の答えが『出直してこい』と……。それ以降も、解答欄は埋められているのですが有り得ない事ばかり記載されていまして。出題に協力していた魔法議会の教授が憤慨しておりました」
「それで、その教授は今どこに?」
「彼なら、あそこで黄昏ています」
「ああ、彼がそうか……」
男達は部屋の外、窓から見える中庭のベンチにいる男を見遣った。
その男はどこか遠くを見ていて、時たま何かを思い出したかのように笑ったかと思えば、急に手元の紙に何かを一心不乱に書き殴っていたりと、奇行が目立った。
「返り討ちにあったか……」
「まあ彼はまだマシな方ですね。少し楽しそうでもありますし……。他にも、魔法試験を担当した先生の内1人が、試験の日以降、部屋に籠って出て来ませんね」
「ふむ、そっちの方が重症かもしれんな。……しかし学園長、後半のこの問題は意地が悪すぎるじゃろ。ほとんどが誰も解けていない迷宮入りのものばかりじゃ。彼女はそれでも答えているが」
「仕方がありませんよ。これらの問題は長年魔法使いを悩ませてきた難問なのですから。少しでも面白い発想があれば、それをヒントに答えに近づけるかもしれない。編入希望の子供たちからの純粋な意見は、時に真理を掴むかもしれないのです。ただそれを察しての事なのか、彼女の解答の一部は、こちらへの批判もありましたが」
学園長はため息を付くが、もう1人の男は呆れた顔をした。
「そりゃそうじゃろ。『魔法学』関係ないんじゃから」
「申し訳ないですが、このテストは最早形骸化した伝統ですからな。陛下の時にもこの問題があったそうですし、最近では初等部から繰り上がる在学生にも、同様のテストを出していますよ」
「むぅ、それなら仕方がないか。あとでシラユキちゃんに弁明しておくかのう……」
楽しそうに笑う男、ヨーゼフ陛下を見つめ、学園長は手元のリストを確認する。
「陛下がそこまで気を揉むとは、彼女はそれほどの人物なのですね」
「うむ、面白い子じゃろ? 魔法の実技の点数がまだ出ていないのは残念だが、きっとぶったまげるほどの点数を出すはず。学園長、あまりの衝撃に椅子から転がり落ちないよう気をしっかり持つと良いぞ」
「はは、期待していますよ。あとは……そうですね。これなんて陛下そっくりですよ」
「お? なんじゃこの絵は! ワシカッコイイな!!」
「あの子が『歴史』の問題にほとんど手を付けず、30分でこれを書き上げたそうです。おかげで採点者は点数に悩んだそうですが……」
「満点! 満点じゃろ! そうかそうか、彼女には絵心もあったのか。素晴らしいのう」
「はいはい、満点ですね。そう言うと思いましたよ。こちらとしてもこの絵に低い点数をつけるのは億劫でしたし、丁度良かったです」
「学園長……なんかワシの扱い雑すぎない?」
「陛下は学生の頃からヤンチャな男の子でしたからね。何回あなたに振り回されたことか……」
陛下が学生の頃、彼の担任だった学園長は、楽しくも苦い記憶を思い出し肩をすくめる。
「……ま、まあその話は置いといて、一部の解答は精査すべきじゃな! この魔法陣は学園の初級ダンジョンのアレじゃろ? もう試したのか?」
「いえ、まだですね。この時期に帰省しておらず、手が空いていて信頼できる生徒となると、やはり『双璧』に頼みたいところです。あ、陛下は来ないでくださいね」
「何でじゃ!?」
「国のトップがそんなにホイホイと学園ダンジョンに遊びに来られては困ります。政務をなさってください」
「嫌じゃー! フェリスフィアとダンジョン行きたいんじゃー!」
『チリンチリン』
学園長は手元に置いていたベルを鳴らした。
「はい、ザナック君。ヨーゼフ君がお帰りですよ」
「お任せください先生」
呼びかけと共に部屋へと入って来たザナックにより、ヨーゼフ陛下は連れて行かれた。まだ何か言いたそうだったが、密室では無くなった以上喚く事はせず、渋々連れて行かれたようだ。顔は不服そうであったが。
「彼女は、どのような波乱を巻き起こすのでしょうね……。陛下のような問題児でないと良いのですが」
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