第112話 『その日、名前を決めた』
「うむ、『職業診断のオーブ』はな、使用することで使用者の職業と、そのレベル、そしてランクが見えるのじゃ。これが分かってからは教会本部に設置し、情報を集めている」
そのまんまね。
新アイテムかと思ったけど、システム系の……運営がない世界での職業関係の代行アイテムって所かな。
「それまではどうやってランクを判断していたんですか?」
「うむ、誰でもなれる職業を下位職。下位職よりも強く、レベルが上がりにくい職業を上位職。上位職よりも転職条件が不明瞭で、更には強く珍しい職業を最上位職と呼んでおった」
「なるほど……。ではその観点から言えば、陛下やアリシア。それからリディは最上位職というわけですね」
「ふむ? リディちゃんは最上位職……エクストラなのか?」
「ええ、『踊り子』は歴とした職業ですよ」
「なんじゃと!?」
また、陛下だけでなく皆驚いている。
当の本人ですら、そうなの? 的な顔で自分を指さしていた。
「今の反応からして、陛下や一般的な人の認識では『踊り子』は『神官』達から転職してもらう職業ではなく、働き手としての『踊り子』だったようですね」
「うむ……。恥ずかしながらな」
「リディはちゃんと、故郷の『神官』から転職を受けて来たのよね?」
「ええ。あたしの生まれ故郷では、『踊り子』は割とポピュラーな職業だったからね。『遺伝』で最初から持っている子がほとんどだと思う」
「人によっては受け継がれていないから、そういう子は『踊り子』の才能なし。と見做されていた……とか?」
「そうそう!」
「初っ端からエクストラの『踊り子』が選ばれるなんて、『遺伝』以外の何者でもないわ。そういう意味では『魔法使い』なんかよりよっぽど貴重よ」
ノーマルとエクストラへの飛び級じゃ、扱いが全然違うわ。そう言う上位職の血が濃い集落や街は、こんな世界では貴重ね。
「だから、本職としての『踊り子』とそうでない『踊り子』とで別けた方がいいかと思うわ。職業の力無しで踊っている人達のも味はあると思いますけど、本物と比べると踊りのキレや効果は全然違いますし。例えば教会で『踊り子』と認定されていない人は踊り手とでも名乗らせるとか」
今後のリディの評価が、なんちゃって『踊り子』……もとい踊り手と同列で語られるのは嫌だもの。お給金がその人達と同じ扱いになるのは心苦しいわ。ちゃんと区別してもらわないと困る。
『踊り子』の別の言い方は『ダンサー』になるけど、『ダンサー』は『踊り子』の男性職バージョンなのよね……。それも一応伝えておいた。案の定また驚かれてしまったが。
「うむ、わかった。『踊り子』及び『ダンサー』に関して、すぐに教会へと手配しよう」
「リディ様、私も協力致しますわ」
「うん、シラユキもイングリットも、ありがとう」
「気にしないで。今までリディは『踊り子』として活動するだけで、不当な扱いを受けて来たかもしれないけど、これからはエクストラ。最上位職だと認知されれば、きっと周りの目も変わるはずよ」
再び陛下は頭を下げた。
「リディエラちゃん、申し訳なかった。もっとワシらが目を光らせていれば、この様な事には……」
「へ、へへ陛下! 頭を上げてください! あたしは気にしてませんし、そう言うものなんだと思ってただけですし!」
やっぱり『踊り子』ってだけで雑な扱われ方してきたのね。でも、これからはマシな……というか尊敬の目で見られるかも?
うんうん、良い事したわね!
「すまぬな。教会へは今日中に伝達し、数日以内には王都全域へ情報が回るだろう」
「ではそれに付随して、陛下が職業だと思っていないであろう職業を1つ」
「ま、まだあるのかね?」
「はい。『吟遊詩人』ですが……いかがです?」
「……認識しておらなんだ。それも、必ずや伝達しよう」
歌も踊りも、趣味の範囲でもある程度伸ばすことの出来る技術、及び才能なだけあって、今まで正式に職業扱いされていなかったのね。
『吟遊詩人』も『踊り子』も、戦いの上ではバッファーとしてかなり強いジョブなのに。
「では改めて、ハイランクの職業ですが……そうですね。大体予想はついていますが陛下が認知しているハイランク職業をすべて仰ってください」
「うむ……。『重剣士』『騎士』『武闘家』『魔術士』『神官』『レンジャー』『暗殺者』『鍛冶師』『錬金術師』の9つじゃ」
「なるほど……。では判明しているエクストラ。最上位職も教えてください」
「『剣聖』『聖騎士』『魔剣士』『教皇』『ローグ』『踊り子』『導き手』『紡ぎ手』……じゃな」
「なるほど、ありがとうございます」
色々突っ込みたいところはあるけれど、ここは我慢しよう。エクストラの話までしだすと終わりが見えない。エクストラの職業は全ランク中最多の15もあるし、条件も複雑すぎる。語りだしたら終わんないわ。
「まず1つだけ訂正を。『魔剣士』はエクストラではありません、ハイランクです」
「そ、そうなのか?」
「ええ。職業としての難易度が他より高い為と、その珍しさから最上位という位置に収められたのだと思います。これは王国ではアリシアだけがその職についていて、例のオーブで確認が出来なかったからでしょうか?」
「うむ……その通りじゃ」
「ではエクストラの話をし始めると日付が変わるので割愛しますから、ハイランクのお話をしましょう。まず職業ですが先ほども言ったように13職あります。内訳は、『重剣士』『騎士』『武闘家』『魔剣士』『魔術士』『神官』『レンジャー』『調教師』『暗殺者』『吟遊詩人』『付与士』『鍛冶師』『錬金術師』です」
陛下の認知していなかったハイランクは、エクストラ扱いされていた『魔剣士』。そして条件の面倒な『調教師』。そして件の『吟遊詩人』に『付与士』だ。
ザナックさんが必死にメモを取っている。そして視線を横に流せば、アリシアもメモを取っていた。
んもう、アリシアになら何度でも教えてあげるのに、ほんと律儀なんだから。
2人がメモを取り終え、皆が頭の整理が終わった辺りで続きを話す。
「それと各職業の転職条件も全てお伝え出来ますが、今は『付与士』のお話だけにしましょうか。元々はそういうお話でしたし」
「ハイランクの正確な転職条件……そのどれもが大金を支払えるほどに有益じゃが、最優先で知りたいのは『付与士』の事じゃ。よろしく頼む」
「はい、承りました。転職条件は2つ。1つ目はノーマル職の『調合師』のレベルが30以上、2つ目は『錬金術師』レベル20以上です」
公式でそう記載されていたけど、プレイしていた当時はこの表記に違和感があったのよね。だって、そもそも『錬金術師』は『調合師』のレベル30が必須なんだもの。なら、条件は『錬金術師』レベル20以上だけじゃないのかって。
でも、この世界で過ごしてそれは誤りなんだと気付けた。だって、『遺伝』で『錬金術師』だけ引き継いで、『調合師』のレベルを引き継げない可能性があるんだもの。もしそれすらも加味した上で、運営があんな風に記載していたとすれば……。
「なるほど……。『調合師』のレベル30に『錬金術師』のレベル20以上か。学園の教師陣や錬金術ギルドの古株には、何人か該当者がいたはずだ。至急彼らに確認をせねばならんな。シラユキちゃん、ありがとう。このお礼は後日、必ずさせてもらう。欲しいものがあったら決めておいてくれ、ではな!」
そう言って陛下はザナックさんと一緒に駆け足で出ていった。その際、陛下が片手で何らかの合図をする。それに合わせるように、天井裏にいた暗部の人たちの気配も消える。
気を利かせて出て行ってくれたのかな? それにしても、せっかくアブタクデと言うトラブルが片付いたんだから、ゆっくりしていけば良いのに。忙しないなぁ。
「シラユキ君、陛下はああ言っていたけど何か欲しいものはあるかい?」
「そうですねー……」
お金もある。素材はまぁ……色々と足りてないけど基本お金で解決できる。
危険だから入手困難とされる素材があったとしても、それなら自分で採りに行けてしまうし。
となるとあとは、この近辺では自力採取が困難な素材となるわけで……。それを考えると、流石にリストアップしないと、欲しいものがあり過ぎて纏められないわ。
……あ、シラユキの作成素材。どれか手に入るかしら?
「いや、シラユキ君も王都についたばかりだし、急かすつもりはないよ。シラユキ君が欲しくなるものが、私達で用意出来るのかも保証出来ないしね」
「いえ。魔物や環境が原因で難しいモノに関しては、私が行けば良いだけの話ですから」
だから今、私が知りたい情報は……。
「特殊な魔物の情報が知りたいです。素材に関しては私自身で取りに行くので、何処にいるかだけでも知れれば十分なんですが……」
「ふむ……。魔物の位置情報が知りたいという事だね。それならシラユキ君にオススメのギルドがあるんだ。今日は主だった人間がアブタクデ邸に向かってしまっているから、明日でも構わないかな」
「ありがとうございます」
となると、盗賊ギルドかな? 確かに情報収集をお願いするなら、相応しいギルドだと思う。
冒険者ギルドと違って一見さんお断りな場所だから、顔をつないでくれるだけでもありがたいわね。
「では、私達もこれで。陛下を手伝いに行かなくては」
「フェリス、ソフィア。それに皆さんも。今日もここに泊まっていくと良い。シラユキお嬢さん、今日は疲れただろう、ゆっくりと休んでいってくれ」
「はーい」
そう言って出ていく彼らに、こちらも手を振る。
彼らの姿が見えなくなったその瞬間、ソフィーとリリちゃんのペアがこちらに勢いよく詰めかけ、ママとリディのペアは張り詰めていた体から気が抜け一気にぐったりする姿が見えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ぱんぱかぱーん、第25回、1日の総括〜!」
「ぱちぱちぱち」
今日でもう25回目かぁ。この空間もずいぶん物が増えたと思う。
シラユキとひたすらにお喋りし続けるだけの場所だったのに、次第にあれもこれもと彼女が用意して、今では立派な彼女の部屋だ。
彼女の体が出来たら、専用のお部屋も用意してあげたいな。
「それで、マスター? 宿題の調子はどうかな?」
「……芳しくありません」
そうなのだ。昨日彼女から宿題を出されたのだ。
内容は、彼女が誕生した後、呼び名をどうするのかと言うこと。俺の中では彼女こそがシラユキであるんだけど、それを彼女はダメだと言う。
「良い加減諦めなさい。あの子達にとって、マスターこそがシラユキなのだから。私はあなたが築いてきた居場所を奪うつもりはないの」
「でも……」
「でもじゃないの。それにマスターも分かってるでしょう? マスターの思う理想のシラユキと、今ここに存在する私は、少し違う存在だって。あなたがカワイイと思う行動と、私がカワイイと思う行動には、それぞれ認識の齟齬があるって事を」
「……」
気付いていたさ。
俺が思う理想と、実際に動き出した彼女とでは乖離している部分があるって事は。それでも彼女は、俺にとって娘のような存在だし、大事なシラユキなんだ。
そんな彼女に、シラユキ以外の名を与えるなんて……。
「マスター、この世界でシラユキはあなただけなの。そしてこの世界に今後生まれてくる私は、シラユキに似た全く新しい私。だからお願い、私にピッタリのカワイイ名前を付けてちょうだい」
「……」
「それに、無理矢理シラユキ以外の名前にする必要もないわ。例えばそうね、2人目のシラユキを作るとするなら、マスターはどんな名前にする?」
「2人目の、シラユキ……?」
そうか、2人目。
MMOでは、キャラクター作成において同じ名前を作る事は基本的に出来なくなっている。それと同じようなものと考え、第二のシラユキを作るとした場合……。
「あ、折角だから容姿も今の内から考えておきましょうか。扱いとしては一応マスターであるシラユキの娘なんだし? 少し幼くしても良いわね」
幼いシラユキ。
身長が10センチほど小さくした場合のシラユキの、全体的なバランスは……こんな感じか。
イメージした第二のシラユキの姿が、眼前に浮かび上がる。ここは夢の中だ、妄想はいくらでも好きに具現化できる。
そんな彼女が動き回る姿を想像し、彼女に呼びかける自分を想像する。彼女に相応しい名前……。
「……
「小雪? それが私の名前?」
そう言って、目の前に居た第二のシラユキ……。もとい、小雪が問いかける。
「ああ、君の名は小雪だ」
「小雪……。うん、小雪ね! ありがとうマスター、とっても嬉しいわ!」
「ああ、どういたしまし……あれ?」
喜び駆け回る小雪の姿に疑問を覚え、先ほどまで
「あれ!?」
「もう、どうしたのマスター。あ、元のボディーの事? マスターがこの体を考えた時に、乗り換えたわ」
「えええ……」
乗り換えた!? なにそれ、自由過ぎない?
「だってここはマスターの夢の中。そして私の存在は、あなたが望む通りに存在するのよ。だから私の姿が
「……でたらめというか、あやふやというか」
「そりゃそうよ。私はまだ実体のない、思念だけの存在なのよ? もしマスターが私の存在を否定するなら、その瞬間に私は消えてしまいかねないわ」
「そんなこと考えないよ!」
「わかってる。でもそれくらい儚い存在なのよ、今の私は。だからマスター、あなたから新しい名前を貰えて私は嬉しいわ。これからもよろしくね」
「……もちろん」
シラユキ……いや、小雪が俺の顔を覗き込むように見てくる。
「ふぅん、10センチも小さいとこんな風になるんだ。ママには娘って伝えてるし、同じ身長の娘ってどうなのとは思っていたけど……。悪くないわね」
「まあ、16歳って伝えてるのにこのサイズの娘が居る時点でどうなのって思うけどね……」
「細かい事はいいのよ!」
「あっはい」
まあ周囲を見ていると、シラユキが常識はずれな事をするのは今に始まったことじゃないという認識みたいだし、気にするのも今更か。
「それよりマスター、どうして10センチなの?」
「ん? いや、10センチ差のカップルが丁度良いっていうのをどこかで見たような気がして……」
「ふぅん、そうなんだ。へぇー?」
「な、なんだよ」
「マスターは私とお付き合いしたかったんだ?」
「……君をこの世界で作ろうと思った最初の原動力は、実際にこの手で愛でる為だったんだ。だからなにも、おかしくはないだろ」
この空間でシラユキ……いや、小雪に隠し事は出来ない。
だから、お互い思ったことは正直に伝えあうと決めているが、こういうことはいまだに慣れない。恥ずかし過ぎて顔から火が出そうだ。
そんな小雪も、嬉しそうに顔をほころばせていた。
「えへへ。嬉しい」
「……んんっ、もうすぐ学園の入試が近いけど、出来れば錬金釜は早めに使えるようにしたいな」
「あー、話逸らした―」
「有用なアクセサリーも作れるだろうし、小雪を作る為にも早めに自分の釜を用意したい」
「んふふ、そうね。私を抱きしめる為にもねー?」
ああ、彼女を現実にしたとき、きっと俺は彼女に振り回されるんだろうな……。
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