第104話 『その日、謁見した』

 謁見の間。

 開かれた扉を進むと多数の視線が私に集まるのを感じた。けれど、そちらへは視線を向けずただ前だけを見つめ、玉座の前まで足を進める。

 見慣れた赤い絨毯。見慣れた照明。見慣れた玉座。そして見慣れた陛下の渋い顔……あら?


 見上げたそこにいたのは、ゲームで何度も見てきたような、苦虫を嚙み潰した表情のまま動かない老人ではなかった。

 纏う軍服は筋肉質な体を隠しきれず、歴戦の戦士の風格を感じさせる。鋭い目からはただならぬ覇気を発していた。ゲーム中で何度も見た男とは思えないくらいだった。本当にこれ、あの陛下なの?

 これが本来の、全盛期の頃の歴戦王の姿なのかしら。たった1年であれだけ老け込むなんて、一体何が……。


 あっ。今、ソフィーやフェリス先輩を見る時、一瞬だけど目元が緩んだわ。

 ……そっか、大事な姪っ子なんだものね。弟もやつれて姪っ子もあんなことになってしまったら、ショックで落ち込みもするかぁ。


 陛下が公爵様やソフィー、フェリス先輩と言葉を交わしたのち、私と視線が交わった。

 ふむ、値踏みされてるような感じだわ。なら私も、値踏みしてあげようかしら?


「『観察』」


**********

名前:ヨーゼフ・フォン・エルドマキア

職業:剣聖

Lv:58

サブ職業数:なし

総戦闘力:4606

**********


 ふぅん。純粋な剣聖だけなのね。

 まあさすがに、50のキャップを超えて58になっている事が賞賛されていたのだから、他の職業で58以上に育成できている訳はないか。

 それでも4600かぁ。増強系の装備は入ってないみたいだし、本来の装備は今手元には無いのかしら。流石に不用心すぎない?? 今の陛下、本気装備のアリシアと同じくらいじゃないかしら。


 まあでも、レベルが13も違えば、たとえ基礎ステータスが並んでいたとしても戦闘スキルの上限値で違いが出てくる。もし彼が、戦闘スキルを頑張ってカンストさせていたとしたら、アリシア有利には決してならない。

 キャラクターの強さってのは、レベルと装備から得られる戦闘力と、スキル値から補正される技術力の掛け算なところがあるものね。


 ただ、それはアリシアには魔法もあるわけで。結局、総合的に見てアリシアに分があるわね。


 そう思って隣にいるアリシアを見ると、アリシアもこちらを見ていた。何か言いたげな顔をしてるわね。そんなアリシアもカワイイわ。

 そう言えば『ローグ』状態のアリシアの最新ステータスを見てなかったわね。今は『神官』だからわかんないけど。


「お嬢様」

「……うん? なあに?」

「考え事は終わりましたか」

「うん」

「では陛下にご挨拶を。お嬢様の番で止まっていますので」

「……ほへ?」


 改めて周りを見ると、その部屋に居るほぼ全員が私を見ていた。こちらを見ていないのは前に居る男性組だけだ。

 公爵様と閣下は、その背中から居た堪れない空気を感じさせている。その横にいるレイモンドは笑いをこらえているかのように、肩が震えているわ。

 何笑ってんのよ。


 そしてフェリス先輩はこちらへと振り向き困ったような顔をしていて、ソフィーからはジト目が飛んで来ていた。

 後ろからもため息や、困惑した感情が視線に乗って飛んで来てる気がするし。……うん、ごめんね?


「失礼しました。Bランク冒険者パーティー、『白雪一家』シラユキファミリーのリーダーシラユキと申します」

「同じくBランク冒険者、『白雪一家』シラユキファミリーのサブリーダー兼、お嬢様の従者アリシアと申します」


 私とアリシアは揃ってカーテシーをする。


「同じくCランク冒険者、『白雪一家』シラユキファミリーのリーリエと申します」

「同じくCランク冒険者、『白雪一家』シラユキファミリーのリリと申します!」


 ママとリリちゃん、噛まずに言えたわね。もしかして、私のやらかしで吹っ切れたかしら?


「ソロのBランク冒険者、旅の踊り子リディエラと申します」

「聖光教会本部所属、巡礼神官のイングリットと申します」


 リディとイングリットちゃんも普段通りに自己紹介を済ませた。

 ……もしかして、さっきの私はファインプレーだったのでは?


「お嬢様?」

「あ、はい、ごめんなさい」


 それは違いますよ。と言った含みのある言葉に、私は小声で平謝りするしかなかった。


「……ふっ、くっ……はははは!! ルドルフよ、中々面白い客人を連れてきたな」

「陛下。先ほどのはあまりに無礼では」


 陛下の横で控えていた男性から苦言が飛ぶ。

 はい、考え事してすみませんでした。


「よい、余は気にせん。それに堅苦しいのは好まん。お前たちも楽にせよ」


 豪放磊落って感じね。ゲーム時代の暗澹たる空気を纏っていた人物とは、とても思えないわ。

 うーん、こうまで違ってくると、もはや別人って感じね。ゲーム時代に抱いた感想やイメージは捨て去った方が良さそう。


 陛下を諫めようとした人は、たしか宰相だったっけ。名前は覚えてないや。

 さっきから鋭い視線で睨まれてるけど、悪気があったわけではないから許してほしいなー。……やっぱりダメかな?


 あとこの部屋に居るのは、入り口に2人、そして部屋の壁際に4人ずつの総勢10名からなる近衛兵。そして天井裏に暗部の人。宰相の近くには宮廷魔導士が2人。

 それからたぶん役職持ちのお偉いさんっぽい人が3名。


 一応この中に完全な赤……つまり敵対的な人はいないわね。まあそれは部屋に入るまでの話であって、部屋に入って今に至るまでに、色の状況は変化してるわ。

 主に皆、友好色の青に寄って行ってるんだけど、大臣さんは薄ピンクになっちゃった。


「陛下、ご温情ありがとうございます」


 とびっきりの笑顔で答えると、周囲の人たちの色が水色から濃いめの青に変わったのが見て取れた。カワイイは正義だわ。だいぶ、さっきのやらかしは心情的に許されてるように感じる。


 大臣さんには効いてないのか薄ピンクのまま変化なしだけど。あと陛下も、水色のまま変化がない。

 天井裏の人達に至っては、完全に無色だ。そういう、心を律する訓練でもしてるんだろうなぁ。


「それで、どんな面白い話が聞けるんだ?」

「私から説明しましょう。兄上」


 そう言って公爵様が、シェルリックスでの出来事と、ナイングラッツの事件について語った。

 歴戦の近衛兵や王宮魔導士ですら、その話の内容に衝撃が隠しきれていないのに、ただの貴族のお偉いさんにとっては寝耳に水だったのだろう。凄く慌てふためいているわね。

 人的被害がどうのとか、資源的な損害がどうのとか。考えられる懸念事項を相談しあっている。

 もしかして財政担当とかも居るのかしら?


 陛下は楽しそうな表情は引っ込んだものの、公爵様の話す内容に相槌を打つくらいで、特に大きな反応は示さなかった。

 まぁ一国の王が慌てふためく様じゃ、下の者に示しがつかないからかもね。堂々としているわ。


「以上です」

「! ……そうか」


 うん? ちょっと間があったけど、何かしら、今の反応は。


「さて、シラユキと言ったな。先程の話に、嘘偽りはあるまいな」

「はい、ありません……あっ」

「何かあるのかね?」

「アリシア、鉱山所有権の紙って何処にやったっけ?」

「お嬢様が持っていたのでは?」

「そうだっけ。んーと……あ、あったわ」


 懐の大事なものようのポーチ型マジックバッグから権利書を取り出す。


「公爵様、ピシャーチャ及びマンイーターを全滅した事で廃棄された鉱山が使えるようになりましたの。その権利書です。後で確認してくださいね」

「……うむ。把握した、しばらく預かっておこう」


 いやあ、完全に忘れてたわ。

 一応陛下に通す必要があるでしょうし、今のうちに渡しておきましょう。


「はい、お願いします。あとはこのマジックバッグが大サイズの物でして、こちらがピシャーチャ……つまるところマンイーターの親玉の巣に打ち捨てられていました。これの中身を処分した後でしたら、このマジックバッグは王家に献上いたしますわ」

「ほう。……ザナック」

「はっ」


 宰相さん……ザナックさんね。彼がこちらへとやってきて、マジックバッグを凝視している。あ、この人がつけてる眼鏡、鑑定用の魔道具なんだわ。

 常に身に着けてるなんて、職業柄手放せないのかしら。


「……確かに本物のようですね。これほどのアイテム、オークションに流せば、それだけで一財産を築けるでしょう。それでも王家に献上頂けるのですか?」


 大臣さんが訝しげにこちらを見ている。

 まあ、陛下に失礼かました女が、アリシア曰く国宝級のアイテムを突然無償で献上すると言ってきたら、そりゃあ怪しみもするかな。

 他意はないのよ? 邪魔だし汚いし、壊れかけだし……。うん、捨てるよりは献上した方が良いと思うの。口には出さないけど。


「はい、中身を処理してからになりますので、後日になるかと思いますが、必ず献上致しますわ」

「2点聞きたい」

「はい陛下、何なりと」

「1つ、その中身は何だ。2つ、そのアイテムと今回の活躍の対価として、お前は何を望む」


 王としての『威厳』と、『騎士』としての『威圧』が織り混ざったかのような圧力が、ビリビリと部屋の中を駆け巡った。

 スキルとカリスマの合わせ技かぁ。良いわね、それ。今度真似してみようかしら。


 とにかく報酬の話も出たし、ここはきっかりと話をつけておかないと。

 今後の生活に安寧をもたらす為にも!


「まず、これの中身ですが、ナイングラッツの件。それの犯人が入っております」

「ほう……噂に聞く毒竜か。伝承によれば、存在するだけで周囲は毒の海へと沈むと言う」

「はい。そしてそれは死しても変わらぬ事です。適切な処置や処理をしなければ、この亡骸は延々えんえんと毒を発生させ続けるでしょう」


 毒腺が毒を放ち、その毒から瘴気が生まれ、そして瘴気がまた毒を生む。まさに無限コンボだ。

 ゲームではさすがに放置してても環境破壊されることはなく、ただ毒の沼地がそのエリアにしばらく存在し続けるくらいの影響しかなかったけど……現実となったこの世界では勝手に消えてくれたりはしないだろう。


「ふむ。ルドルフよ、改めて聞くが、本当にこの娘が1人で解決したと言うのか? 毒竜も、かの伝説のマンイーターも、話が壮大すぎる。まだこの娘が他国の姫でしたという話の方が信じられるぞ」

「事実です、兄上。彼女はレイモンドを片手で捻り、魔法技術も娘達を軽く凌駕します。信じられないかもしれませんが、本当の事です」


 陛下は公爵様の言葉に難しい顔をしている。

 いや、そんなことよりも。


「私って、お姫様に見えるかしら」

「お嬢様の美しさと気品は凄まじいものです。例えば10人の貴族が居たとして、お嬢様の出身が平民と言われれば、その内の9人は信じない事でしょう」


 アリシアが誇らしげにそう告げた。


「そうね、今のシラユキは蝶よ花よと育てられた温室育ちの令嬢と言われても不思議ではないわ」

「シラユキちゃんのその格好を初めて見た時から、素敵だなって思っていたわ。陛下から見てもお姫様に見えるのね」

「お姉ちゃん、お姫様なの」

「シラユキちゃんなら、王女様が身に付けるようなティアラとか、簡単に作れちゃいそうだわ……」

「シラユキ様が持つ神秘的な輝きは、特異な立場におられる方々と比べても遜色はありません」

「王都に着いてから頻繁に顔を隠すなぁと思っていたけど、こんな風に輝くなら納得だわ」


 それに倣い、皆が皆、私の事を褒めてくれる。

 えへ。嬉しい。


「おほん。皆さん、王の御前です。お静かに」


 ザナックさんから注意を受けた。はい、何度もスミマセン。


「レイモンドよりも強く、我が王国で神童と謡われた二姫よりも魔法の腕がある、と。レイモンド、相違ないか」

「間違いありません、陛下」

「フェリスフィア、ソフィアリンデ。その話に相違はないか」

「「ありませんわ、陛下」」

「そうか……。ならばシラユキ、そなたの実力は信じよう。だが、実物としての証拠が欲しい。毒竜をこの場に出すことは可能か」


 は?


「この場に……ですか?」

「うむ」


 皆、証拠を欲しがるなぁ。それは良いんだけど、毒竜をこの場に? さっき出来ない理由伝えたはずなんだけど、聞いてなかったの?


「可能か不可能かで言えば、可能ですわ。ですが色々と問題点があります」


 こんな密室で毒竜を出すなんて、毒の爆弾を爆発させるようなものよ。王の目の前で。

 反逆罪で囚われたくないわ。


「お主は魔法の腕が卓越しているのだろう。であれば、安全に取り出すことは可能なのではないか? 余の目を見て応えよ」


 解体現場を見に来るとかいう展開は想像していたけど、まさかこの場で出せと言われるなんて思ってもみなかったわ。

 出す事で起きる最初の弊害は、まず高級な絨毯が腐り落ちる事だ。これはちょっと防ぎようがない。


 そして第二に広がる毒素と瘴気だ。これはまぁ……工夫と言うか障壁を張れば広がらずに済む。安全のために皆は私から距離を置いてもらう必要があるけど。ただ、障壁を完全に垂直に作ると、今度は天井が腐る。この上って確か、屋上庭園があったはず。あの場所は綺麗だし、崩落は避けたい。

 となれば……囲うしかないか。


 念のためにアリシアに『デバフアーマー』で状態異常を防がせて、保険にそばにいてもらいましょうか。


「……可能です。1つ許可を頂ければ、ですが」

「言って見せよ」

「足元の絨毯、確実にダメになります。構いませんか?」

「よい。これは余のわがままであるからな。客人を問い詰める事はせんよ」


 わがままを言ってる自覚はあるのか。はぁ……仕方ないわね。


「アリシア以外は、全員私から離れて。あ、リリちゃんはどうする? 毒竜見たがってたけど」

「えっと、いいの?」

「いいよー」

「じゃあ見るの!」

「ママは遠くから見てるね」

「おっけー」


 ママ達が離れるのを見守ってから、準備を始める。


「『デバフアーマー』」


 念のため自分と、アリシア、リリちゃんに魔法をかける。


「『アイスウォール』『ウィンドウォール』」


 サイズは少し大きめ。直径5メートルの氷の箱を作り、中に毒素を広げさせない風の膜を張り巡らせる。氷は透明に作ってあるので、中が見えないという事は無いだろう。

 一応風の膜だけでも大丈夫だと思うけど、念のためだ。この毒は氷をも溶かす。もし万が一漏れる事があれば、視覚的にもわかりやすい。

 一応王様の正面辺りに穴を開けているので、声が届かないなんてこともない。

 少し私の周囲が肌寒いかもしれないけど、2人には我慢して欲しい。


「それでは出しますね!」


 声を少し張り上げて、確認を取る。

 陛下は落ち着いていて軽く頷いて見せたが、周りの人達はそれどころじゃなかったようだ。

 まぁフェリス先輩の十八番の氷属性と、ソフィーの十八番の風属性。両方のウォール系魔法を同時発動したっていうのが衝撃的だったのかも。近衛兵や宮廷魔導士、見学の貴族達は驚愕しているようだった。

 その代わり、当の本人であるフェリス先輩は小さく拍手しているし、ソフィーも若干悔しそうではある物の、それなりに割り切ったようで闘志の炎を瞳に映していた。


「アリシア、リリちゃん。ちょっとこれ持ってて」

「「はい」」


 制止の声が無かったので、大サイズのマジックバッグを2人に持たせ、中身を勢いよく引き摺り出した。

 さすがにピシャーチャのようなビックサイズではないにしても、それなりの巨体だ。逆さにして空中から落とすにはちょっとココは狭すぎる。

 けど全身を出すには、自分1人だとちょっと時間がかかる事なので、手伝ってもらう事にした。ナイングラッツの地下牢獄で、1人で出そうとして手間取ったので、その反省を生かすことにした。


 乱暴に取り出したくらいで傷つくほど、コイツの素材は柔じゃないので、放り投げる勢いで中身を引っこ抜く。


「おお……!!」


 声を上げたのは誰だったのか。その言葉を皮切りにざわめきが広がる。

 この中で実際に毒竜の姿を見たのは、私と、アリシアと、閣下の3人だけだ。正直この前取り出した時もそうだったけど、今回も雑に取り出したおかげで、元々は蜷局を巻いて鎮座していた姿も、情けないものになっている。

 こうなってはただの、長くてデカイ黒いだけの蛇だった。


 まぁ、毒が絨毯を腐敗させて、ジュワジュワと音を立てているのが印象的ではあるが。


『相変わらず、汚い蛇ね』

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