第097話 『その日、ヒロインに出会った』
私の発言により、部屋の空気が静止していた。しかしイケおじの公爵様が笑い始めた事で、場の空気が動き始める。
「ふははは、綺麗な娘にそう言って貰えるとは光栄な事だ」
「……あれ? 今私、口走ってた?」
「はい、それはもう堂々と」
「うわ、やっちゃった! で、でもしょうがないじゃない。グラッツマン子爵もカッコ良かったけど、ランベルト公爵様も絵画で見る何倍もステキだったんだもの!」
改めて公爵様を見ると胸がときめくと言うか……。これは多分、憧れね。
私、今まで一度もシラユキから浮気はしなかったけど、もし二人目を作るなら渋くて格好良くて、ダンディーなおじ様にするって決めていたもの。設定としては、シラユキを甘やかす親戚の叔父さんポジションね。
ま、結局そんな機会は訪れなかったけど。
「はは、この様に真っ直ぐな賛辞を受けるのは久しくなかったな。そう思わないか、グラッツマン」
「まさか格好良いと思われていたとは。彼女に言われるとこそばゆいですが、特別嬉しくも感じます」
「レイモンドも、この忙しい時期によく来てくれた。
「はい、失礼しますわ」
ちょっと手遅れな気もするけど、カーテシーをしておく。
私に倣って、皆も同じようにして順々に席へと座った。
「ランベルト閣下。今回火急速やかに報告をしたい件ですが、それを伝える為にもまずは、彼女達を紹介させてください」
「うむ」
レイモンドとグラッツマン閣下の視線が私へと向いた。
あ、自己紹介ね?
「では私からご挨拶を。Bランク冒険者パーティ
「うむ。よろしく頼む、美しいお嬢さん」
「えへ」
カッコイイだけじゃなくて、ちゃんと私の事を褒めてくれるところが好き。嬉しくて顔が緩んじゃうわ。
「……同じく、
「おお、やはりアリシアであったか」
「ええ!? アリシア姉様!?」
公爵閣下の言葉に真っ先に反応したのは、その隣で不機嫌さをマックスでこちらを睨んでいたヒロインちゃんだった。反対側のお姉ちゃんも、少し前からアリシアを注視していたみたいだし、気付いてはいたのね。
「……うむ、良い
「はい、お嬢様は私の氷を溶かしてくださいました」
「そうか! おめでとうアリシア、君を祝福するよ」
「ありがとうございます、ランベルト様」
信じられない物をみるような目でヒロインちゃんは私とアリシアを交互に見て、お姉ちゃんはなんとなく察したような表情をしている。さて、こっちもまだ紹介が終わってないから、ママとリリちゃんの背中を押してあげる。
「え、えっと、同じく
噛んだ。カワイイ。
「お、同じく
リリちゃんも、元気いっぱいだったけれど、ちょっと緊張していたのかな? 公爵家と言えば現国王の血筋な訳だし、貴族はとてつもなく偉い相手だと思ってるママが教育してきたんだもの。それが相手ならいくらリリちゃんでも、緊張はしちゃうか。
いやまぁ、貴族は偉いのは事実なんだけどね。1部を除いて。
とにかく私は、頑張った二人を撫でてあげる事にした。よしよし。
「ソロのBランク冒険者、旅の踊り子リディエラと申します」
「私は聖光教会本部所属、巡礼神官のイングリットと申します」
私が家族をカワイがっている内に、皆の紹介が完了した。
「うむ、ありがとう。私はルドルフ・ランベルト。現国王ヨーゼフの弟で公爵の任を任されている」
「それではわたくしも。フェリスフィア・ランベルトと申しますわ。皆さん、よろしくお願いします」
「……私はソフィアリンデ・ランベルトよ。それよりアリシア姉様、ずっと会いたかったんだから! お父様から貴女の事情は聞いたわ、次は絶対に私が雇うから、その人との契約はいつ終わるのか教えて!」
ヒロインちゃん。もといソフィーに、姉様って慕われていたなんて、まるで知らなかったわ。……そういえば、アリシアに手を出し始めたのは王国のストーリーがほぼほぼ終わってからだったわね。今思えば、二人を近づけさせるような事を特にしてこなかったし、気付かなかったのも無理はないわね。
「ソフィア様のお気持ちは嬉しく思います。ですが、私は既にお嬢様と永劫契約を交わしました。今後どのような事があろうとも、私はお嬢様の傍を離れるつもりはありません。また、お嬢様以外を主とすることもあり得ません。例えお嬢様から命じられたとしてもです」
「そ、そんなぁ……。じゃあ昔みたいに、魔法を見てくれたりは……」
「それは……」
アリシアが確認するようにこちらを見てきたので微笑む。ソフィーなら別にいいわ。
「お嬢様の許可も下りましたし、昔のように見てあげるくらいなら出来そうです」
「ほんと!? やったぁ!」
アリシアの言葉に一喜一憂するソフィーを見て、感慨深い気持ちになる。
正史でのこの子は、姉は死に、家は没落し、父が落ちぶれ……最後に自分が贄となる、その時をただ怯えて待つだけの可哀想な存在だった。そしてそのタイミングで、プレイヤーが彼女を絶望の淵から救い上げ、救済していく事で彼女もまた成長していく。そんな王道ストーリーだった。
最初は気落ちした状態で、生来の明るさを取り戻すには長い時を必要としていたけど、今の彼女は
貴女の未来、絶対に守ってあげるわ。
彼女を見ていると、自然と目が合った。
「な、なによ」
「ううん、ソフィーはカワイイわね。と思って」
「は、はぁ!? きゅ、急に何よ。というか貴女、さっきから気安すぎない? それに私はまだ、貴女がアリシア姉様の主人だなんて認めていないんだからね!」
「ソフィア、やめなさい。アリシア姉さんが認めた方なんですもの。きっと素晴らしい方に違いないわ。それに彼女たちはお父様のお客様よ。アリシア姉さんとお話したい気持ちはわかるけど、今は我慢しなさい」
「あうっ」
ランベルト公爵様の困ったような顔を見て、ソフィーは小さくなっていった。
うーん、こういう場でなければもっと弄り倒してあげたいところだけど、私も我慢しましょうか。
「さて、では紹介も終わったことですし、彼女たちの活躍をお伝えしましょう。各街のギルド及び、領主からの手紙です」
閣下が、公爵様に各種手紙と計画書など、あらゆる情報を手渡しした。
「ほう……。レイモンドの愛娘に、メルクやシャルラ。そしてアーガストにランド、グラッツマンもか」
「もちろん、ソフィーとフェリスさんも確認してくださって結構ですよ。お二人にも関係のある事ですから」
「え、私も?」
「わかりましたわ、シラユキさん、読ませて頂きますね」
親子3人、仲良く並んで手紙を読み始めた。こんなに幸せそうな家族を、壊させはしないわ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
手紙を全て読み終えた公爵は酷く疲れた顔をしていた。ソフィーも顔を真っ青にしているし、フェリスさんも思いつめた顔をしている。
公爵様の派閥って、結構お人好しな人が多いイメージがあるけれど、それはトップにいる公爵様に起因したものである可能性が高いのよね。類は友を呼ぶというか、同じ思考の人間が集まる中で、あのアブタクデ伯爵は仲間のふりをして派閥入りしたんだろうか。
公爵様が今何を考えているか、なんとなくわかるわ。信頼を置いていた腹心からの裏切りは相当堪えるものがあったんでしょうね……。ポルトでも似たようなことがあったなぁ。
まぁ外から……というよりプレイヤー視点で見る限り、アイツが信頼できる人間にはまるで見えないんだけどね。
あいつの領民達は悲惨な生活を強いられているし、領主の散財により財政は火の車。それでも伯爵としてやっていけているのは汚い事でも平然と手を出しているから。
まるで権力を持った盗賊のようなものだわ。
あいつの子も学園にいるし、今は進級やら入学のシーズンだ。アイツは今、領地ではなく王都に来ている可能性があるわね。
今回の旅で、もし私が何もしていなければ、公爵様が支配する地域の中で直轄領地2つが崩壊し、1つは秘密裏に乗っ取られていたはず。じわじわと公爵様の首を絞めて、程よいころに助け舟を出し、それと引き換えにフェリスさんを貰うという魂胆だったはず。
少なくとも正史ではそうなっていた。
その辺は実際に実行されていない以上、奴の計画は憶測でしかない。けれど、それらの可能性や憶測も含め、全てを事実のように手紙に記載してもらった。勿論、一緒に同伴してもらったグラッツマン子爵閣下の手紙に、である。
閣下本人もいることから、その内容の信憑性が増すでしょうし、協力してもらったわ。
公爵様のあの表情を見る限り、心当たりがあったのかも。
「シラユキ君、だったね。何点か君に確認したいことがある」
「何なりと、公爵様」
「闇ギルドの件、テラーコングの件、シェルリックスの悪魔に、ナイングラッツの毒。にわかには信じがたい出来事ばかりだが、信頼する臣下達からもたらされた情報を疑いたくはない」
公爵様の言葉に頷いておく。
「だが、今まさに裏切られたばかりなのだ。これらが事実であるかどうか、いくつか確認がしたい。まずはシラユキお嬢さん、この内容は間違いないのだな?」
「間違いありません」
「……そうか。アリシアが誓いを立てるほどの人物だ。それだけでも君が信頼に足る人物と言えよう。しかし、それで解るのは人間性だけだ。……回りくどい言い回しは省こう。私は君の実力が知りたい」
ふわぁぁ……。
スキルとしての『威圧』ではなく、公爵家当主としての『威厳』が、私に向けられたわ。
正直な話、本来なら委縮したりビビったりするものだと思うんだけど。ごめんなさい、カッコイイとか思っちゃったわ。話を折るようになっちゃうから、口にはしないけど。
顔に出てしまってるからアリシアや公爵様にはバレちゃってるかも?
「本気を出せば、という前提になりますが、この国の人間の誰が相手であろうとも、負けるつもりは微塵もありませんわ」
「……アリシア、どうかね」
「そうですね。例え私が10人居たとしても、本気を出したお嬢様相手に1分ももたないでしょう」
「アリシアが10人とか、甘やかされて死にそう……」
「シラユキ君。今は真面目な話をしているから、その話はまたあとでしてくれるかな?」
「あ、はい。ごめんなさい」
グラッツマン閣下にやんわりと怒られちゃった。うん、でも、考えただけで幸せというか、正直2人に増えただけでも極楽浄土というか。
「ごほん。シラユキ君、今その実力を見せてもらう事は出来るかね」
「……魔法で構いませんか?」
「勿論だとも」
武力や力の強さだけでも、魅せるには十分だけど……カワイくないわ。華奢な見た目に反してレイモンドを持ち上げるとかそういうのは……。私の美に反しているものね。
となれば魔法で魅せつけるしかない。
といっても、ここは街中であり王都の中心部。派手な魔法は使えないわ。高位職業のスキルを活用した魔法や、スキル100超えの魔法は
やってやれないことはないけど、それだと難易度のわりに見た目のインパクトはとてつもなく残念になってしまう。
となれば、この世界の人達にも出来そうに見えて、いざ真似しようとすると絶対に無理と解るラインを攻めるべきよね?
「アリシア、彼女たちは貴女から見て魔法の素養はどうだったの?」
「はい、お仕えしたのは6年ほど前になります。これほどの凄い才能に満ちた子供は、人族で見たことがない。そう思い、あの時は魔法の指導に熱が入ったものです」
「そう」
その言葉を聞いて姉妹は嬉しそうに顔をほころばせた。さっきまでのショッキングな内容で受けた感情は少し流れたかな?
まぁ、アリシアの言葉が現在進行形ではなく、過去形なところがちょっと、彼女たちに対して申し訳ないけれど……。
なら、人族の上位に位置するであろう彼女たちの基準からまず知るべきね。
「ソフィー、貴女の魔法スキルの中で一番高い属性と数値を教えてもらえるかしら」
「え? ……本来こんな事を聞くのはタブーなんだけど、私のスキルはお父様から大々的に公開されているから、教えてあげる。風魔法の31よ」
「へぇ、すごいわね」
やっぱタブーなんだ?
それにしても31か。正史で仲間になるタイミングで知る初期ステータスと大差はないけれど、この世界で生きて来て半月ちょっと。この数値がどれだけ頑張ったものかは、よくわかっているつもりだ。
ここは遊ばず、率直な意見を告げる。その言葉に、ソフィーはちょっと照れたような顔をした後に胸を張って見せた。
「ふ、ふん。当然よ!」
ドヤ顔とまでは行かないけど誇らしげだ。カワイイ。へし折るけど。
「フェリスさんは?」
「氷の魔法スキルが44になります」
「おお、すごいわね!」
「当然よ、私のお姉様は凄いんだから!」
ソフィーがむふーっと鼻を鳴らして反り返った。ああ、丁度よさそうなサイズのふくらみが……んんっ!
正史でもお姉ちゃんが好きだったという描写があったけど、今までの知識を1つ訂正するわ。
フェリスさんの事が、大好きなのね。
「ちなみにアリシア、貴女の最高値は?」
「はいっ。先日、水魔法スキルが68になりました」
「おっ、頑張ったわね」
飲み物のために頑張っていたものね。いっぱい撫でてあげよう。なでなでー。
リリちゃんやママも、リディもイングリットちゃんも祝福してくれてる。スキルが1上がるだけでも喜んでもらえるなんて、優しい世界だわ。
「うわぁ、アリシア姉様凄い……」
「魔法が得意なエルフでさえ、魔法スキルが60を超える者は稀と聞きます。流石はアリシア姉さんですね」
「ふふ、ありがとう」
さて。姉妹と、ついでにアリシアのスキル値も聞けたし、何が良いのかも大体わかったわ。
「では、お二人のスキルがどの程度か把握しましたし、今から見せますね」
やっぱり、基本の魔法こそが一番わかりやすいわよね。
一度深呼吸をし、集中をしてから指を鳴らす。
『パチン』
中空に6種のボールが現れた。
この世界の人からすれば、無詠唱で魔法を行使することは凄腕の魔法使いと認識されている節がある為、力を見せるにはその方法がわかりやすいと思ったからやってみた。
出現した6種の魔法は、その全てが高圧縮された魔力の塊である。
魔法が扱える者であれば、その1つ1つがどれだけ危険で、繊細な技術が必要で、魔力を必要とするかがわかるはずだ。
赤く煌く魔法は、最早お馴染みの『灼熱の紅玉』
青く輝く魔法は、スピカの大好物『生命の蒼玉』
緑色の風が渦巻く、暴風の化身は『烈風の翠玉』
黄色く明滅し、大地の胎動を表す『
触ればたちまち凍り付く絶対零度『白銀の
紫電が飛び交い、雷迸る結晶『雷鳴の
これらの高圧縮魔法は、それぞれを個別に出すのであれば集中する必要はない。
けれど、6種の状態を1度にイメージして同時に出すのは、かなり頭に負担が来る。パフォーマンスとしてはありだけど、1日に何度もするのは辛いわね。
1度出してしまえば後は維持するだけなので簡単だから、魔法が制御を離れて爆発する心配はないけれど。
「「「……」」」
その光景は、あまりに想定外な光景だったのだろう。公爵様もソフィーもフェリスさんも固まってしまった。
対照的に、もう慣れてしまった家族やリディ、イングリットちゃんからは拍手して褒めたたえてくれた。グラッツマン閣下も思考停止に陥ることなく、日ごろの慣れの結果賞賛の言葉を贈ってくれた。
レイモンドはそもそもよくわかってないみたいだった。アイツ、魔法の「ま」の字もわかって無さそうだものね。
『マスターだけじゃ大変だから、イメージは私も手伝ったのよ!』
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