第095話 『その日、腕相撲をした②』
「……」
レイモンドがシェリーの手紙を見ながら百面相をしている。まあ起きた事が事細かに記されているなら、親としては心配になるし、そうなるのも頷ける。
スメリアさんも途中からハラハラしたり安堵したりと大変みたい。リスティーナちゃんは2人と一緒に見るわけにはいかないので、大人しくしているけれど、その反応にヤキモキしているみたいね。2人とは知り合いみたいだし……。
リスティーナちゃんが暇そうにしているんだから、せっかくだし話しかけておこうかな。
「リスティーナちゃん、これからお世話になると思うから、宜しくね」
「! は、はい。こちらこそよろしくお願いします。先ほど確認しましたが、シラユキ様のパーティーはBランク2人、Cランク2人のベテランパーティーのようですね。暫く王都に滞在されるのですか?」
「ううん、暫くと言うか基本的にずっといると思うわ。魔法学園に入学しに来たから」
「まあ、そうなのですね!」
その会話を聞いていたレイモンドが、ばっと顔を上げた。
「おい、この手紙に魔法だけでオークの集落を滅ぼしたと書かれているが、それは事実か!? 信じられんぞ」
「娘の親友の言葉を疑うなんて、酷い親もいたものね」
「ぬっ!」
「事実だけど、それだけじゃ無いから、さっさと続きを読みなさい」
レイモンドがぶつくさ言いながら手紙をまた読み始めた。スメリアさんは申し訳なさそうに頭を下げてるけど、その動作に合わせてたわむ胸に、ついつい視線が行ってしまうわ。
「……それでしたら、どういった傾向のクエストが好きとかありますか?」
「私個人での傾向で言えば、雑事なら何でも好きよ。基本的なFランクやEランクのお仕事も、コツコツ積み上げていくのが好きだわ。ちょっと大きな仕事をし過ぎてBランクまで来てしまったけど、実際まだ、依頼と呼べるような事は数回しかこなしていないんだもの」
明らかに依頼として受理されていたものをクリア出来たのは、蛇皮の納品と、洞窟の調査と、閣下の護衛くらいだ。
緊急クエスト扱いだったものとしては、テラーコングくらいだったし、オークの集落は認識すらされていなかった。ピシャーチャやマンイーターの群れは、クエストが発行される前に片付けてしまった。
盗賊はどうかなぁ。名前ある集団だったけど、どこかで指名手配とかされていたかも?
「そ、そうなのですか? 分かりました。顔を見せていただいた時に、お声をかけて頂ければいくつか紹介出来るようにしておきますね」
「うん、ありがとうー!」
「……はっ! と、とんでもございません。優秀な冒険者のバックアップは私たちの仕事ですので!」
リスティーナちゃんいい子! ちょっと顔が赤いけど、興奮してる??
それはともかく、基本的に雑事系のクエストは溢れる傾向にあるから、ギルドとしてもそれが処理されていくのは有難いみたいなのよね。街の人達からは感謝されるし、ギルドの人達からも感謝される。
雑事はいいこと尽くめね。
「あ、あと珍しい魔物とか野良ドラゴンとか現れたら教えてね。素材欲しいから」
「ええ? ド、ドラゴンですか!?」
「あとランクは私が満足するまでBランクのまま動かさないで欲しいな。お願いね?」
「そ、それは私には決められない事ですから」
リスティーナちゃんがしどろもどろになってる。うん、困らせちゃったかな。でも雑事を100件くらいこなさないと満足できそうに無いもの。しばらくはBを満喫したいわ。
「ふぅ……何なのだこの内容は。まるで意味が分からん事ばかりだったぞ」
手紙を机に置いて、レイモンドはこめかみを押さながらため息をついた。
「リスティーナ、お前も読んでいいぞ。それから読み終わったらこいつらの専属になってくれ。この案件を抱えられるのはお前しかいない。難しければ言ってくれて構わん」
「は、はい! 確認させて頂きます!」
次はリスティーナちゃんが百面相する番みたいね。スメリアさんはレイモンドと私を交互に見ている。
「グラッツマン、確認がしたい。この話はどこまでが真実だ?」
「内容は見ていないので何とも。ですが、我が街で起きた事は全て事実です。彼女達の助けがなければ、確実にナイングラッツは地図から消えていました。誰一人として生き残る事は出来なかったでしょう」
「そうか……。そしてシェルリックスも、ポルトも。……これが事実だとしたら悍ましい事態だぞ。こんな計画を建てられるほど、奴には力があったと言うのか……?」
閣下がこちらを見たのでアリシアにもたれかかる。任せます、という意味合いだったが通じたようだ。
「レイモンド卿、その手紙以外にもお伝えしたい事があります。昨今西の地方を盗賊団が荒らしていたのをご存知ですか?」
「……いや、その情報は届いてないな」
「やはりそれすらも伝えられていなかったのか……。レイモンド卿、ここに来る道中に起きたことも説明しましょう」
そう言って閣下は、レイモンドに『夜の狼』の情報、そして門を守る少尉の暗躍を伝えた。そしてリディがメルクから預かっていた手紙を提出し、奴らが持っていた指示書も出しておく。
それらを難しい顔で見ていたレイモンドは怒りが爆発したのか、怒気をぶち撒けた。
「あいつの庭で好き放題しやがって!!」
「レイモンド卿、落ち着いて下さい」
「そうですよ、あなた。お怒りはごもっともですが、子供もいるんです。声を荒げないでください」
「む。むぅ……」
彼らの目線がそのままリリちゃんに集まったけど、リリちゃんはまるで気にしていないようでケロッとしていた。何なら、アリシアのお菓子をモグモグしていた。
大声にちょっと反応はしてたけど、その程度で済んでるみたいね。
むしろ隣にいたママの方が驚きは強かったんじゃ無いかしら?
「ふっ、流石はCランクか。見た目に騙されたが度胸はあるようだな」
「うちのリリちゃんは将来有望なのは間違い無いけど、うちの子達をいじめたらぶっ飛ばすわよ」
「ふん、俺に女子供をいたぶる趣味はない。だが、お前の実力には興味があるな」
獰猛な目を再び向けてきた。こいつ戦闘狂なのかしら。
「今は忙しいから後にして欲しいわ。出来れば、敵方にこちらの動きが掴まれる前に、手早くランベルト公爵に謁見がしたい。そして可能な限り、速やかに王様にも伝えるべきよ。それが終わったら相手してあげるわ」
「ぬうっ、確かに時間は惜しいな」
レイモンドが今後の動きをどうするか考え始めたみたい。頭に血が上って、さっきまでそこに至れなかったのね。
やっぱり、ここのギルドも副ギルド長の方が優秀な香りがするわね。スメリアさんは考えはまとめ終えたみたいだし、今は主人の回答待ちかな。
「……お嬢様、今日は随分と好戦的ですね」
アリシアが手を握って心配してくれている。まあ確かに、ちょっと不機嫌オーラ出てるかもしれないわね。
「だってこいつ、名乗ったのに一度も名前で呼ばないのよ。失礼な相手にはこうなるわ」
「ああ、そうですね。レイモンドは自身が直接認めた相手しか、名前を覚えないのです。きっとそのせいでしょう」
「ああ、頭も筋肉だから、脳の容量が足りないのね。可哀想な人なのね」
「……ぷくっ。お嬢様、笑わせないでくださいよ」
「あら、ツボに入っちゃった?」
この会話は周りにダダ漏れだったが、再び百面相をし出したレイモンドにだけは届いていなかったようだ。
ママは顔を真っ青にしていて、スメリアさんは苦笑していた。リディは呆れ顔だし、イングリットちゃんは……聞こえないフリしてるわね。それに閣下も、笑いをこらえてない?
「シラユキって、ほんと怖いもの知らずよね」
「あら、怖いものはあるわよ?」
「例えば?」
「アリシアのいない生活は考えられないわ」
「まぁ、それだけベッタリしてればね……」
「お嬢様……」
そんな感じで終始イチャついていると、レイモンドは考えをまとめ終えたのか改めてこちらを見た。
「公爵家には至急遣いを出そう。準備が出来次第我々も向かうとするとして、その間、多少時間に余裕もあるだろう。メルクリウスの手紙には腕相撲をしたと書いてあったな。それならすぐに出来るし俺もやりてえ。それなら良いだろ? なあ、今からヤろうぜ!」
リスティーナちゃんは呆れ顔のスメリアさんから指示を受けて、そそくさと部屋を出て行った。
ほんと好戦的ねコイツは。ここで応えなきゃ、あとからズルズル言われそうだし、やっておきますか。彼女が戻ってくるまでには片付くでしょ。
「良いわ。じゃあ先手は譲ってあげる。終わってから本気を出してないとか言い訳されたくないからね」
「はっ、言うじゃねえか! アリシア、お前コイントスで合図しろ」
「ふぅ、仕方ありませんね」
「ちょっとアンタ、うちのアリシアに馴れ馴れしいわね。ぶっ飛ばすわよ」
「お嬢様、私は大丈夫ですから」
「むぅ」
アリシアはコイツの事に詳しいし、レイモンドも馴れ馴れしい。
普通に知り合いだわ、コレ。
アリシアの昔は知りたいし興味があるけど、このお互い解ってる感はちょっと妬けてきたわね。このイライラはコイツにぶつけてやらなきゃ。
立派な椅子やソファーを退けて、レイモンドと手を組み睨み合う。
背後に回った家族からは、応援の声が届いた。この戦い、負けられないわ!
さあ……覚悟しなさい!!
「はじめます」
『ピンッ』
今回は勝負の最中に考え事などしない。
コインがアリシアの手から離れ、テーブルに落ちると同時。
「ふんっ!!」
「むっ」
右手に想像以上の圧力が襲い掛かってきた。
……これは、ちょっと油断していたら持って行かれていたかもしれないわね。メルクと冒険者達の5人がかりとは比べ物にならない力が、私の右手を倒そうとしてきている。
「ぐぬう……!!」
「へぇ、やるじゃない。でも勝ちは譲らないわよ!」
一気に力を爆発させ、相手の腕をめり込ませる勢いでテーブルに叩きつける。
『ガゴン!』
「ぐあああああっ!?」
実際、凄まじい音と共にレイモンドの拳がテーブルへとめり込んだ。と言うか勢い余って身体ごと床に叩きつけられ、そのまま壁にぶつかるまで転がって行ったわね。
転がることで腕への負担を減らしたみたいだけど、それでも一気に逆方向へ負荷がかかったから、腕を痛めたわね。壁に激突した後も辛そうに呻いているわ。
謝るなら治してあげなくもないけど……。そう考えている内に、イングリットちゃんが駆けて行った。ほんとあの子は優しいわね。
それにしてもこのテーブル、もう使えそうにないわ。レイモンドの拳が埋もれた周囲は思いっきり砕けてるし、私達が手を組んだ所はへこみが酷い。
……ちょっと高そうだし、弁償したほうが良いのかな。
「お嬢様、言い出したのはレイモンドですから、テーブルの事を気に病む必要はありませんよ」
「そうですよシラユキさん、アリシアさんの言う通りです。代金はこの人の貯金から削っておきますので、気になさらないで。そして遅れてしまいましたが、お礼を言わせてください。私達の大事な娘達を助けてくださり、本当にありがとうございます」
スメリアさんが深々と頭を下げた。あ、この感じ……真面目モードのメアが被って見えた。
うん、やっぱり親娘ね。
「ええ、私も彼女達を助けられて良かったと、心から思っているわ」
スメリアさんの握手に応じていると、イングリットちゃんに治療を施され終えたレイモンドが視界の端に映った。そして腕の調子を確認し終わったあと、こちらへと向き直る。
「シラユキ、と言ったな。お前の実力は確かめさせてもらった」
負けといて偉そうね、こいつ。
「そしてお前は邪な考えはなく、善意で娘達を救ってくれたことも理解した。アリシアが主人と認めただけのことはあるようだ。……ギルドマスターとしてだけではなく、親としても、娘達を救ってくれたこと、感謝する」
レイモンドからは誠心誠意、こちらに感謝の意を示してくれた。そこに至るまでは面倒な思考回路してる気もするけど、私も人の事言えないところがあるし、それはお互い様ね。
「その気持ち、受け取るわ」
「うむ」
「お嬢様、私からもありがとうございます」
「何でアリシアまでお礼を言うのよ」
「お嬢様も気付いていらっしゃいますが、レイモンドやスメリアは昔の知人です。彼らの子を助けたこともそうですが、レイモンドの面倒な所に付き合って下さった事への気持ちです」
うん、やっぱそうよね。ポルトではそんな様子、おくびにも出さなかったけど、あの時はアリシア、それどころじゃなかったかもしれないわね。主に私のせいで。
私の行動が巡りめぐってアリシアの友人を助けられたのなら、それはまた儲けものだったわね!
「そう。それでアリシアは2人とはどう言う関係なの?」
「一時期パーティを組んでいました」
「3人で?」
「もう2人ほど居ましたが、間もないうちに出会えるでしょうから、紹介はその時に」
「ふわぁ……」
人差し指を突き立て、内緒のポーズを取るアリシアが茶目っ気たっぷりでカワイくってたまらなかった。
抱きしめたい気持ちもあったけど見続けたい欲求が勝り、心のシャッターを連写した! あとで
「アリシアさんがこんな風に笑えるなんて、シラユキさんは素敵な人なのね」
「ええ、とっても」
「……むぅ」
何だか昔のアリシアを知る人と会話しているのを見ると、割って入ってはいけないような気持ちがして、ちょっとした疎外感を感じる。
ちょっと。ほんのちょっとだけ拗ねていると、それに気付いたアリシアが優しく抱きしめてくれた。
「大丈夫ですよ、お嬢様。私はここにいますからね」
「うん……」
「ふふ、安心してください。貴女の大事なアリシアさんを取ったりなんてしませんから」
「シラユキちゃんは寂しがり屋だからね。いい子いい子」
「いい子いい子なの」
左右からも、背伸びした親娘に撫でて貰った。ううん、さっきまでの疎外感が吹き飛んじゃったわ。
でもしばらく動きたくないかも。
そう思っていると、突然スピカが胸のペンダントから飛び出し、私の顔に飛びついてきた。
『~~!』
「ふふ、スピカも慰めてくれるの? ありがとう」
『~~~』
私が家族に癒されている中、スメリアさんはスピカの説明を受けていた。
「まあ、それじゃあこの子がお話にあった精霊様なのね。とっても神秘的で可愛らしいわ」
「はい、エルフ族にとっての信仰対象というのも頷けますね」
「お菓子を食べる姿も可愛らしいですよ!」
そしてキャイキャイする隣で、閣下たちは今後の方針をまとめていた。
「では件の盗賊と、捕らわれていた冒険者達はこちらで預かるとして、頭領と少尉はそのまま公爵家に連れて行こう。その首輪の性能とやらも見ておきたいからな」
「承知しました。……おや、レイモンド卿も来られるのですか?」
「ふん、娘達が巻き込まれたと言うのに、ここで指を咥えて見ているだけなど出来ん。俺も当然ついていくぞ。それにあの能面だったアリシアをこうまで変えたシラユキが何をしでかすのかも見ておきたい」
「はは、確かに。彼女は我々の物差しでは測れない存在ですからね。きっと予期せぬものも見せてくれるでしょう」
『マスターったら、ジェラシー感じちゃったのね!』
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