第089話 『その日、潜入者を発見した』
「男の情報通りなら、ここから先に洞窟があり、その中がアジトのようだが……本当に構わないのかね?」
「ええ、大丈夫ですわ。もう連中に奥の手は無いようですし、無力化しながら進みますので閣下には待機していただいて、しばらくしてから兵達に捕縛などの指示をお願いします」
「ああ、任されよ」
アジトの手前で馬車を止めてもらい、閣下には後詰をお願いした。潜入するのは『
私達だけで行くのには、もちろん誰にも怪我をさせたくないという理由があるが、本音は別だ。
第一の本音としては、貯め込んでいる戦利品が欲しいので志願した。たぶんこれは閣下も黙認してくれている。
第二の本音としては、リリちゃんやママにもこういった経験を積ませておきたいがためだ。こういうのって滅多に経験できないと思うし。
リディがついてくることは家族の誰も反対しなかった。念のため彼女の強さを家族に伝えたけど、あまり関係なかったかな。彼女の事情を知った以上、誰も止めようとはしなかったみたいだし。
ただ、実際彼女は、今のアリシアほどでは無いにしても、それに次ぐ実力がある事は説明しておいた。アリシアは感情面だけでなく実力的にもついてくることに納得したみたい。リディはリディで、自分より強い人が2人も居て安心したようだ。
しばらく無言で進むと、件の洞窟へと辿り着いた。そこには、『探査』で丸分かりだったけれど、見張りが2人立っていた。
こちらは草や木に隠れているためまだ見つかっていない。どうせなら先制しておきたいところだけど、誰にやらせよっかな。
……洞窟ってなんだかんだ声が響くから、強めの電撃で悲鳴を上げさせちゃうと他の敵に聞こえてしまう可能性があるのよね。
「アリシア、2人同時にやってご覧なさい」
声量を下げて声を掛ける。すると自信に満ち溢れた返事が返って来た。
「お任せ下さい。『ウォーターボール』」
「「ゴボっ!?」」
アリシアがすぐさま魔法を放ち、見張りの顔に水玉が張り付いた。くぐもった悲鳴を上げるが、連中は魔法防御を知らない。そのままなす術もなく溺れてしまい、気絶した。
「いい精度ね」
「ありがとうございます」
「リリちゃんやママも、2つ同時発動出来るよう頑張ってね」
アリシアは普段通りだったけど、2人からは頷きで帰って来た。どうやら緊張してるみたいね。
そんな中リディが興奮したように鼻息を荒くした。
「あの、失礼ですけどアリシアさんって、もしかしてあの『孤高の令嬢』……ですか!?」
「これはまた、懐かしい呼び名ですね。ええ、かなり前の事ですが、一時期そう呼ばれていた事があります」
「うわあ、まさか本物に出会えるなんて! 子供の頃、貴女の逸話は憧れでした」
リディが声を抑えてキャッキャしている。咄嗟に気持ちが昂っても冷静さを見失わないのが本物のプロよね。
総戦闘力がどれだけ成長したとしても、これが当たり前のように出来ない内は、リリちゃんをBランクには上げられないわね。ママは出来そうだけど、人相手だとまだ緊張が勝つみたいね。
頭を撫でて緊張を解してあげよう。ついでに、ほっぺをムニムニしてあげよう。
「うりうり」
「あうう」
「えへへ」
母娘をほぐし終えたら、そのまま洞窟へと入っていく。念のため、遮音用の風の膜を前方に張りながら進む事にする。こうすればボソボソ喋る程度なら、遠くまで響かないでしょう。
それにしても『孤高の令嬢』かぁ。どんな逸話があるかはあとで聞くとして……。
「アリシアって、各地で逸話残していそうよね」
「お嬢様には色々と及びませんが、いくつか二つ名を頂いたことはあります。お嬢様ならいずれ、相応しい二つ名を頂戴するかと」
「確かにシラユキの活躍は、さっきふんわりと聞いただけでも、どれも規格外だったわね。竜2体に伝説の怪物1体って、1月もしない内にどれだけ倒してるのよ。というかこの地域にそんな怪物が何体も居たってだけでも驚きだわ」
リディは心底驚いた風に言ってるけど、とっても楽し気だわ。
まあ、私がこの世界に落ちて来て1ヵ月近く経つけど、リディクラスの腕が経つ人間はアリシアを除いて見かけなかったし……。張り合える人間が居なかったのね。
話をしながら壁に左手をつけて、土魔法で穴を開けると同時に2種類の電撃を流した。
『探査』で見る限り、壁の向こう側に居た赤いマークが白色に変わった。気を失った様子ね。
「流石です、お嬢様」
「……はは。あたしですら、風の流れでなんとなく居るかも、程度にしか感じなかった敵を壁越しに倒せるんだから。力の差を実感させられるわ」
今の行動を、リディは『探査』の情報もなしに理解したみたいね。アリシアは『探査』の情報もあって、どうやって倒したかすら瞬時に把握したみたい。
リリちゃんやママは置いてけぼりね。敵がいつの間にか倒された程度にしかわかってないみたい。
「解説はあとでね」
リリちゃんとママが頷いたのを見て、また歩を進める。
「それにしても呼び名かぁ。カッコイイから憧れるわ」
「お嬢様が将来どんな呼び名を持つのか、今から楽しみですね」
「カワイくなかったら、言い出した人をボコボコにするかもしれないわ」
「……目を光らせておきます」
「侮辱的なものでなければ大丈夫よ。ほんとよ?」
あ、余計なこと言っちゃったかな。納得してない空気を若干感じるわ。
あとでみっちりアリシアとはお話しないと。
そう思いつつ、今度は右手で壁に触れて、その先に居た2人の盗賊を片付ける。
工程としては土魔法で電撃が通れる程度の穴を開け、対象を麻痺させる弱めの電撃と、昏倒させるレベルの強めの電撃を一息つく間もなく流し、静かに倒す。異なる魔法を3連続で放つというのも、中々大変だけど出来ると楽しい。
家族にはぜひとも覚えて欲しいわね。
盗賊が倒れたことを感じ取ったリディが、感心したように声を上げた。
「すごいなぁ。シラユキって魔法だけが得意なの? 動きを見る限り武術も嗜んでいそうだけど……」
「どちらもいけるわ。なんなら素手で組手でもしてみる?」
「おおっ、いいわね。あとで時間もらっても良いかしら」
「ええ、その代わり私は組手をしつつセクハラするから」
「なんで!? ……あ、ごめん」
リディが慌てて口を押えるけど、その声は風の障壁すら貫いて洞窟内に響き渡っていた。そして散らばっていた赤マークが忙しなく動き始める。うん、確実にバレたわね。
プロは冷静さを失わない……けどそれは、時と場合によるということにしておきましょう。うん。
徐々に奥の方が騒がしくなってきたわね。
「ほんとごめん!」
「まあ別に構わないわ。地道に倒すのも面倒になってきていたし。さて、ママ、リリちゃん。タイミングは任せるから一網打尽にして」
「わかったの!」
「いつも通りね!」
ママが水を地面に流し、薄っすら足元に霧を発生させる。この洞窟には空を飛ぶような対象はいないので、全体をカバーする必要はない。地に足をつけた人間だけだ。
魔獣使いが居れば話は変わるけど、それが居るなら最初の襲撃で使っているはずだわ。
あとはあの子達に任せるとして、片付くまで私たちは後ろでまったりしていましょうか。
壁を土魔法で操作し、長いベンチを作り座り込む。アリシアはそれに倣って隣に座り、リディも遠慮がちに座った。
「ほんとシラユキって凄いのね」
「ふふ、もっと褒めて良いのよ」
「はい、お嬢様は素晴らしいです。そして可愛らしく素敵な方です」
「アリシアー!」
となりのアリシアに抱き着いてスリスリする。
「2人は仲が良いわね」
「えへへ。それにしてもアリシアの異名ってあれよねー」
「あれ、ですか?」
「そう、『氷の乙女』に『孤高の令嬢』。今ではどちらも、見る影もないわね」
「あー、確かにそうかもね。私が聞いていたイメージとは異なるところが多くて、しばらく気付けなかったもの。でもその言葉に込められた美しい人っていう部分は損なわれていないと思うわ」
リディわかってるわね! アリシアは綺麗でカワイイのよ!
「ふふ、そうですね。お嬢様に出会った事で、私の氷はお嬢様との愛で溶けてしまいました。そして孤独も、お嬢様の傍に居続ける以上ありえません。お嬢様、私は毎日幸せです」
「アリシア……大好き!」
「私もです、お嬢様!」
アリシアと熱いべーぜを交わす。
「うわぁ、熱烈……」
リディから熱のこもった視線を感じながら、アリシアとキスの応酬をし続けた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「お姉ちゃん、終わったよ!」
「ふえ?」
その言葉と共に現実へと返された。目の前にはとろけた顔のアリシア、横にはちょっとむくれたリリちゃん。後ろには真っ赤になったリディとママ。
更に遠くでは、死屍累々の盗賊たち。……うん、死んではいなかったわ。
「あーえっと、お疲れ様?」
「頑張ったよ! 褒めて!」
「よしよし」
リリちゃんをナデナデする。最初はむくれてたけど、次第に顔が綻んで最後にはご満悦になった。
カワイイ。
「んんっ! ……お嬢様、敵性反応は全て消失。どうやら殲滅出来たようですね」
「そう。ここから先は分岐点みたいだけど……リディ、この洞窟の構成って知ってる?」
「え、ええ。左側が倉庫で、右側には居住スペースと牢屋があるわ」
「なら、倉庫から行きましょ。目ぼしいものを頂くわ。勿論リディの所持品や同伴した冒険者達の荷物は返却するわね」
「……貴女は本当に良い人ね。普通なら全部貴女達が総取りしても文句は無いのに……」
「だってリディとは友達だもの。友達の所持品まで奪えないわ」
「シラユキ……」
それにリディ達の分は抜きにしても、それ以前の人達のはありがたく頂戴するし、闇商人とも取引しているのなら、色々貯め込んでいそうだもの。
期待に胸が高鳴るわ。
リディの案内の元倉庫に辿り着くと、闇ギルドの金庫を超えるアイテムやお金、食材などが山のように溢れていた。マジックバッグがいくつも転がっているけど、それに入りきらなかったのか……いえ、見る限り整理整頓が出来ていないだけね。
複数の石のテーブルの上に乱雑に物が置かれていたり、地面に転がっていたり、高そうなものは壁掛けされていたり……と思えば高そうな宝石がその辺に落ちていたり……すっごいゴチャゴチャしているわ。
「……想像を超える量とカオスさね。リディ、この中から自分の装備を見つけられそう?」
「ええ、大丈夫よ。来なさい!」
リディの声に応えるように、輝いた武器が飾られていた壁から飛んできた。
これは自動回帰のスキルね。こういう能力は、無から作る事がとても難しい。ダンジョンや特殊な魔物を討伐する事でしか得られない、特殊な武器。
所謂、魔剣と呼ばれるものね。
「リディは魔剣持ちだったのね。見た目も綺麗だし、それなら奪われても仕方ないかもしれないわね」
念のため性能を見て見ようかな。
********
名前:宝石剣・ティルソード
説明:柄に様々な宝石が嵌め込まれた宝石剣。長い時間、宝石の魔力を吸い続けた事で、刀身は魔剣としての力と妖しい輝きを手に入れた。使用者の意のままに動き、煌く軌跡は人々を魅了する。
攻撃力:288
武器ランク:6
効果:CHR+80。特殊効果:自動回帰
********
「ランク6かぁ。中々良い品のようね」
この世界の価値観からして。
「ええ、大事な家宝なの。シラユキは鑑定のアイテムを持ってるのね。……やっぱり欲しくなったりしてない?」
「大丈夫よ。ちなみにさっき作ったシミターはランク5よ、だから安心なさいな」
「ええ!? そんな価値のある物を簡単に作り上げたシラユキって一体……」
んー、なんて言うべきかしら。
「女の子は秘密を抱えているものよ」
ポーズを取りながらリディにウィンクした。
なのになぜか、アリシアは顔を押さえた。なによ、その反応。
……あっ、鼻血出てる。
「シラユキ、今のは反則よ。ちょっとドキッとしたじゃない」
「ふふ、カワイかった?」
「ええ、とっても」
リディは若干拗ねたように答え、アリシアは何度も頷いた。
うーん、そんなにかぁ。今度鏡の前でやってみよう。
「とりあえず、私はこれさえあれば他は良いわ」
「なら、まずは整理から始めましょうか」
先導者の杖を取り出し、最大容量のマジックバッグの口を広げて地面に置いた。
続けて風を操り部屋中の荷物を浮かべ、マジックバッグへと突っ込ませる。マジックバッグにはマジックバッグは入らないので、それ以外の雑多な物だけが、私のマジックバッグへと収納されていった。
「リディもマジックバッグは持っていたでしょう? この中にあるかしら」
「シ、シラユキは整理1つ取っても規格外なのね……。皆の苦労が分かるわ」
「失礼ねー」
リディはマジックバッグに手を突っ込んで、1つずつ中身を確認していく。いくつかの確認を経て自分の物を見つけたようだった。
「あったわ。でも本当に良いの? 今回私は何の役にも立てなかったわ。むしろ足を引っ張ってしまったし、この武器も……」
「私は気にしていないわ。それに話し相手になってくれたから道中暇しなかったし、そのシミターもあげるわ。貴女なら二刀流も出来そうだもの。それでも申し訳ないと思うなら、後でいっぱいボディタッチとかキスとかしても良いかしら」
「……もう、本当に貴女って人は。……本来、踊り子はお客様にお触りとか、絶対にさせないんだけど。貴女は特別よ」
「ふふ、ありがとう」
早速ハグして頰にキスをする。
「ちょっと、心の準備くらいさせてよね! ……はぁ。それから、臨時パーティーのメンバーは誰もマジックバッグは持っていなかったから、あとはシラユキの好きにして良いと思うわ」
「そうなの? でも一応、貴女のパーティー以外に捕まっている人がいるかもしれないし、中身を混ぜるのは後にしておくわ」
結局、その心配は杞憂へと終わることとなった。
居住区の先に会った牢屋では、リディが組んだパーティーメンバー以外誰もいなかったからだ。
その牢屋には今まで捕まって売られた人達の名簿があり、つい先日他の『荷物』が『出荷』されたことが記載されていた。また、先ほどまとめて収納した中からも、ログナート伯爵からの指示書が見つかった。あとで閣下に見せておこう。
たぶん安全面からして、最終的に私が管理することになるでしょうけど。
囚われていた冒険者達は、案の定全裸で繋がれ、奴隷の首輪を装着されていたので、『
流石にそのままの格好じゃ可哀想だもの。
女の子には『浄化』だけじゃなく、その場で仕切りを作ってお風呂も入れてあげた。ちょっと傷心気味だったけど、気を持ち直してくれたみたいで良かったわ。
捕まっている間、ナニをされていたのかを聞くのは野暮ってものよね。こういうケアが得意そうなママやリディに任せた。
その間、私とアリシア、それからリリちゃんとで、回収したアイテムの整理をすることにした。
「珍しい物からありふれた物まで、雑多に色々あるわね」
「そうですね……。しかし粗雑な環境のせいで傷んでいる物もあるようです。痛んだ食べ物に関しては捨ててしまいましょう」
「こっちはお酒がいっぱいなの。お酒って美味しいの?」
「ああ、リリちゃんも成人したから飲めるんだっけ?」
「そうなの。ちょっと気になるの」
この世界では12歳で成人だから、その辺の倫理観も違うのね。
まあ、責任ある大人として扱われる年齢が12歳かららしいから、そうなるのも当然かしら。
「私は最近は飲んでいないわね。どうなるか分からないのが怖いし」
「私は嗜む程度ですが……そうですね、リリなら果汁多めのお酒から始めましょうか。合う合わないがありますから」
「そうねー、美味しいと思うかは味覚次第だものね」
そういう私は、リアルでは飲まなかった口だ。飲めないのではなく飲まない。
旨味を理解出来なかったと言うか、飲むとテンションが多少上がる程度で、それ以外の価値を見出せなかったのだ。
まあ、続かなかったのは、一緒に飲む仲間が居なかったからかもしれないが。
「お嬢様は……かなり薄めた弱目のジュースから始めましょうか」
「お願いね」
どうなるか分からないとしても、ぶっつけ本番になる前に限度は測っておく必要がある。目覚めたら焼け野原というのは冗談だとしても。……冗談、だし?
最悪
◇◇◇◇◇◇◇◇
その後、領兵達に盗賊達を引き渡し、閣下に事情を説明した。どうやら盗賊達は捕まえた奴隷を運ぶ為に、幌馬車を所持していたらしく、人質となっていた彼らにはその幌馬車に乗ってもらうこととなった。
牽引するのは領兵さんにお願いした。
手に入れた荷物だが、ゴミを火葬した後に改めて処分の仕方を閣下に相談した。しかし、やはりというべきか、閣下は書類を含め得られた報酬は、全て私達に一任してくれた。
いっぱいアイテムが得られそうで始めたことだけど、正直その量が多すぎて引き気味なのよね。アリシアにそれとなく相談してみたところ、私が使いそうにないものはアリシアの方で、しかるべき場所に寄付してくれるみたい。
さすがアリシアだと褒めたい所だけど、頼りにしすぎていないか、ちょっと心配だわ。
今度ねぎらってあげないと。
……エルフ耳をマッサージしたら喜んでくれるかな?
そして盗賊の襲撃と事後処理もあり、その日は馬車を進める時間的な余裕も無くなってしまった。
私達はそのまま襲撃地点である野営地まで引き返して、そこで夕食と泊まり込みをすることとした。
その際、イングリットちゃんが慈悲深くも、盗賊達にも食事を用意しようと言い出して、囚われていた冒険者達との間で一悶着はあったりした。けど、イングリットちゃんの熱い奉仕の心に負け、簡単な保存食を分ける形に落ち着いたわ。
清楚で清貧で、カワイイだけじゃなく冒険者や盗賊も恐れない胆力があるなんて、凄い子ね。アリシアが気に入るだけのことはあるわ。
それに保存食なら、奴らから奪った中に大量にあったので全く痛手では無かった。むしろ減ってくれて私の心の負担が助かったまである。
そうして翌朝。馬車に乗って出発した。
どうやらもう目的地は割と目前らしく、このまま行けば明日の早いうちに、王都に到着する予定みたい。
「締切日まであと5日かー。思っていた以上に期日がギリギリになったわね」
私は今、マジックテントの中でアリシアの背中を眺めている。何やらアリシアが、おやつを作ってくれるみたいなので私とリディはテーブルでまったりしていた。
そして反対側にはイングリットちゃんもいる。おやつのお裾分け兼、街を出て以降、あまりお話し出来ていなくて寂しかったから呼んだ。
「シラユキ様の人生は激動そのものですね、今ばかりは、ゆっくりとお休みください」
「うん、そうする~」
イングリットちゃんが聖母のような笑みを浮かべ、手を握ってくれる。
イングリットちゃんは今日もパツンパツンの修道服に身を包んでいる。この視覚的な暴力は、盗賊たちへの罰にもなっていそう。そんな気がするわ。
「お姉ちゃんの為に頑張って作るの!」
「リリ、ここはこうするのよ」
「そっか、ありがとママ!」
リリちゃんとママはアリシアのお手伝いだ。うーん、この光景も旅の中で見慣れたつもりだけど、やっぱり小さい子2人がお手伝いをしている風にしか見えない。リディもこの光景に面食らったみたいだし。イングリットちゃんは微笑ましそうに見ているわね。孤児院の事でも思い出してるのかな。
「思いがけないトラブルが多かったですからね。しかし間に合いそうでよかったです」
アリシアはアリシアで、尋常ではない手の動きでおやつを作る準備をしている。まあどんなに急いでも火にかける時間とか冷やす時間とかあるから、すぐには出来そうに無いと思うけど……。アリシアならその時間すら短縮して見せそうなのよね。
「はは、シラユキの武勇伝は昨日から今朝にかけて聞いたけど、濃厚すぎて胃もたれしそうだわ」
「あら、さすってあげましょうか?」
ナデナデ。
リディのお腹は筋肉がついていて、柔らかすぎず硬すぎず、頬ずりしたくなるくらいに良い塩梅ね。
「もうっ、くすぐったいってば」
やんわりと手を押し返された。残念。
踊り子の衣装がへそだしルックだから、ついつい触りたくなっちゃうのよね。
「それにしても、話には聞いたことがあるけど、精霊って実在したのね」
リディがとろけ気味の顔を、こちらに向けて言った。
さっきリディにエルフの集落に関して伝えたら矢継ぎ早に聞いてきていた。どうやらリディの地域には、精霊ならぬ土地神様がいるらしい。
けど、話に聞いただけでなんでとろけてるの?
「そのようですね。私はエルフの森では所用もありお会い出来ませんでしたが、これもシラユキ様がもたらした縁でしょう。シラユキ様、ありがとうございます」
「え? うん?」
イングリットちゃんの言葉がいまいち理解できない。今、何に感謝されたの?
「そうなの、精霊様はとっても可愛かったの! ……あれ?」
「リリ、どうし……えっ」
「!?」
作業をしていた3人が振り返ると、リリちゃんは急に不思議そうな顔をしているし、ママやアリシアも驚いて固まっている。てかアリシアの驚き方が尋常じゃない時のやつだわ。
久しくこんな顔は向けられていなかったけど、私何かした?
「んん?」
頭をコテンと倒すと、皆の頭もコテンとした。んんん???
「なんなの……?」
「お姉ちゃん、あたまー」
「あたま?」
リリちゃんが私を指さした。正確には頭の上。
上を見ても何も見えない。
仕方なしに部屋に取り付けられた姿見を見ると、そこには頭の上で楽しげに足をばたつかせた精霊ちゃんがいた。
「ファッ!?」
滅多に上げない奇声を上げてしまうと、精霊ちゃんは頭から飛び降りて、くるくると踊り出し始めた。
唖然としていると、精霊ちゃんからハッキリとした感情が流れ込んできた。
『~~!』
―ついて来たよ!―
「な、な……なんでいるの~~~!?!?」
その時、首から下げた
『マスターが驚くなんて、珍しい事があるものね。ふふふっ』
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これにて第三章は終了です。ここまで読んでいただきありがとうございます!
続きの第四章に関しては在庫が0なので、現在執筆中です。
年内投稿を目指して……目指したい。『学園』タグつけてるのにまだ入学すらできていないこの作品、ようやく次章で入試試験が受けられる!……はず。
詳細は21時投稿予定の近況ノートを確認くださいー。
この作品が面白いと感じたら、ページ下部にて評価していただけると今後の励みになります!
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