第062話 『その日、第一森人を発見した』

 川の水を『浄化』しながら上流へと上っていく。私がこのまま『浄化』をしながら進めば、その内下流の水も毒素が薄まり、次第に無くなるはずだ。

 それでもしつこく残るタイプの毒だったり、毒素が沈殿するような事があるならば、最後にまとめて『浄化』をしても良いし、アリシアに任せてみるのも良いと思う。

 下流にある街がどの程度のピンチ状態かは、『探査』に映る情報だけでは解らない。白丸が沢山ある以上、死者よりも生者の方が多いとは思う。

 あの街を救えば、アリシアも『聖女』の条件を満たせるだろう。


 『聖女』の試練は、以前も説明した通り3国の聖書を読み上げる事だが、それだけで『聖女』になることは出来ない。なぜならば、転職するには職業ごとに課せられた条件をクリアしないと選択肢自体現れないからだ。

 ノーマルの職業は簡単な行動実績で出現する。例えば武器を振るうだの、魔法を使うだのをするだけだ。

 ハイランクの職業なら、そこそこ簡単な行動実績に加え、関連した下位職業のレベルを30に上げる事で出現する。

 けれどエクストラ以上の職業は関連した職業のレベルの要求値が上昇するだけでなく、ハイランク職以上に難しく複雑な行動実績の条件が加わってくる。それを達成しなければ、転職リストに名前が表示されないのだ。


 『聖女』に必要な行動実績とは、有り体に言えば『人々を救うこと』である。これは非常に条件が曖昧だが、曖昧に見える条件の方が、色々と融通が利きやすい。上に行けば行くほどに、条件から曖昧さが抜け落ち、シビアになっていくのだから。


 今のところ判明している『人々を救う』という実績には、以下のルールがある。

 1つ。10人以上の集団を救う事。

 2つ。救助に大きく携わった人数は救助対象の1/10以下。

 3つ。集団の規模に上限は無い。

 4つ。救いの意味は広義に渡る。


 1つ目は2つ目に掛かっている。


 2つ目は100人規模の集団を助ける場合、10人以下の人数で救助をしなければ行動実績に満たされない、というものだ。

 紡績が盛んな街なら数百人単位の人間がいるだろうし、教会の『神官』達や権力者が奔走していたとしてもせいぜい10人前後だろう。そこに3人増えても誤差の範囲だ。それに最高品質の薬や熟練の『神官』があるとも思えない。どちらもないからこそ、あの街は、跡形もなく滅んだのだ。


 3つ目は集団全体で救いが必要な『困りごと』があればいいというだけで、集団全員が病気などの状態である必要はない。


 4つ目の救いに関しては、『アンデッドと成り果てた人々の魂の救済』であったり、『死の運命にある人々を救い出す』事だったり、『お金が無く困窮した孤児院を援助し持ち直させる』事だったりと、色々とある。

 この前の闇ギルドの討伐や、マンイーター騒ぎなどは対象にはならない。討伐系の救いは別の上級職の条件になる。ふんわりとしたイメージになるが、条件には『聖女』が求められているのだ。


 彼女達が向かった下流の街は、恐らく2番目の救いに当て嵌まるだろう。付近で呼吸するだけで生命体を殺してしまう水が、街の近くに流れているんだもの。

 まあ、アリシアの場合、私に出会うまではドワーフがどうのとは言ってはいたようだけど、根っこは優しい良い子なのだ。3つ目の条件をいつの間にか満たしてる可能性、ありそうなのよね。

 あの子が貯めたお金、何に使ってるのかまるで知らないし。

 もし仮に、アリシアが既に実績を満たしていたとしても、今回はリリちゃんとママも同伴しているから無駄にはならないけどね。


 家族のことを思い、後ろを振り返る。

 先ほど別れた彼女達の姿はもう見えない。今日の出来事がどんなに簡単に片付いたとしても、お互い今日中に合流することは叶わないだろう。

 同じ街で別行動はあったけど、完全に1人での行動はこの世界に来て以来ね。あの時は慣れないシラユキの身体で感じる未知の感覚に、ドキドキワクワクしていたからあまり感じなかったけど……。家族が出来て、一緒に生活して、そばに温もりのあるのが当たり前となった以上、もうあの頃の感覚には戻れない。


 つまり何が言いたいかと言うと。


「寂しくて死にそう……!」


 あ、ちょっと涙出た。


「ううっ、勢いよく言っちゃったけど、やっぱり誰かに一緒に来てもらうべきだったかしら。でもアリシアは街を任せるのに適任だし、ママやリリちゃんも街での救助は今後の為になると思うし……。仮に誰かが来たとして、この先にいるのは強敵で、経験値配分でパワーレベリングをさせるのもどうかと思うし……。リリちゃんは急激なレベルアップでステータスの扱いで事故が起きないようすぐ転職させたから問題はなかったけど、そんな手段はいつでも使えるわけじゃないし。……はぁ、やっぱり私1人でなんとかするのが無難かつベストなのよね」


 現状の不満を吐き出し、諦めるための言い訳を見つけたところで、改めて川の上流……森へと向き直る。寂しいけど。

 ……っていうか、あの子達にデバフアーマーを掛けるの忘れてた!

 でもあの子達に限って無茶はしないだろうし、自分用の薬の予備も渡してあるし、大丈夫……よね?


「しっかし、森まで結構長いわね。毒の川を放置して走るわけにもいかないし。道中で毒の原因となりそうな存在も、流石に居るわけがないと……」


 あわよくば即回れ右したかったけど、そううまくはいかないわ。

 道中に居たのは、腐り果てた動物や魚、あとは毒に耐性のない魔物の亡骸くらいだ。しかも律儀に毒で死んだ生物は、1匹の例外もなく瘴気を生み出していた。

 瘴気は周囲の物を蝕み破壊する。この辺りの風景にまるで見覚えはないが、このまま瘴気が広がっていけば、ゲーム世界で毒の沼と化していた地域と同じ光景へと塗り変わっていくのだろう。

 そしてその源泉が、この川の先にあるはずなのよのね。さらに周囲には、エルフの集落がある、と。


 正史では邪竜がいた。奴が存在し続けていれば、毒と瘴気の蝕み以上の速度で自然は破壊され、凄まじいスピードでここら一帯は荒野となっていくのだろう。

 森がなくなってしまえば、エルフ達は昔のアリシア同様、住処を追われる。

 そして毒の川は、エルフ達だけでなく下流にある街を壊しつくす。彼らが滅びることで損をするのはこの地域一帯を管理している公爵家。

 最後に王都までの道中に居ると思われる、助けを求める人達を狩るであろう集団。彼らがいて困るのは、この地域一帯の人々、そして巡り巡って公爵家も損をする。


 ……全部つながっていそうなのよね。最初のストーリーのボスは魔王で、更には下位竜を呼ぶ技術を持った連中なんて、魔族しか考えられない。

 となればやはり、元凶は早急に退治するべきね。念の為、私が考えている中ボス以外の可能性も考えたが、それは無さそうだった。


 下位竜以下で強い毒を垂れ流す魔物は何匹かいるけど、水で薄まるタイプ、つまり液体の毒を操る存在はいない。下位竜と同程度の強さで、液体毒を繰り出す奴は1匹だけだ。

 奴が吐き出す毒の原液を浴びてしまうと、3秒ごとに最大体力の5%ずつダメージを受けるという凶悪な毒となり、追加効果で呪いになる。更にはデバフアーマーで事前に防御していたり、毒完全無効のアクセサリーを装備していない限り、必中毒となる。装備や魔法以外ではレジストする方法がないので、ステータスが意味をなさないのだ。

 毒を水で薄めると効果は落ちていくのだが、それでも解毒に求められる物の質は、落ちることはない。最高品質の解毒薬か、『神官』系の職業が『リカバリー』を使用しなければ完治は出来ない。

 当然魔法書無しでの『リカバリー』は効果がない。魔法書が出回っていないこの世界では、治癒が難しいタイプの毒ね。


 結局、この先にいるであろう中ボスは、私が倒さなきゃならないと認識した所で、森へと辿り着いた。

 ……追加パッチで追加された凶悪な連中を候補に入れると、キリがないので考えない事にする。


 やはり源泉が近くなったからか、森の入口は腐敗が広がっていた。川辺にある枯れ果て変色した草花。川の水を飲もうとした動物たちの死骸。その肉を喰らおうとした肉食の魔獣の死骸。

 そしてその亡骸たちだけでなく、草花ですら瘴気を発生させており、全てを蝕む黒い靄が視界を埋め尽くしている。森の奥が見えないほどに濃いわね。


********

名前:死毒の瘴気

説明:触れたモノ全てを蝕み、死へと誘う魔界の毒素。一呼吸で体調を崩し、二呼吸で毒が回り、三呼吸で瘴気に飲まれる。この瘴気に汚染された土地は、命を育まない死の大地と化す。

********


「まるで死者の国ね。『浄化』!」


 目に映る腐敗の全てに『浄化』を掛ける。変色した大地はただの土に戻り、死骸は骨になり、枯れた草花は塵へと変わる。瘴気もまた、光に包まれ消え去った。

 『浄化』はただ、穢れを祓い、汚れを消し去るだけの魔法だ。死んだ命を復活させる効果などない。


「森の入口近辺でさえ、この有様か。奥はどれだけ地獄なのよ、まったく」


 スキルは上がるけど、あまり気持ちのいいものじゃないわね。



◇◇◇◇◇◇◇◇



「止まれ」


 現在地は恐らく、森に入ってから源泉まで、約半分といった所。そこで、静止するよう呼び止められた。

 声からして女の子かな。森の中でもハッキリと聞こえる、凛々しい声。威圧するために低めにしているのだろうけど、素の声はなかなか隠し切れるものではない。声変わり前の男の子でも出せないことはないけれど、まあ多分女の子でしょ。

 位置は左右の木の上ね。死角からこちらに向け弓を構えているのだろう。小さくだが、弓を引き絞る音が聞こえる。『探査』に映る情報は白丸に赤いフチだ。右側の声をかけてきた人の方が色が。逆に左側は、薄ピンクかな。こっちは警戒はしているけれど、攻撃する気は無さそうね。


「ここまでどうやって入ってきた。そしてこの先に何のようだ。返答次第では生きて帰さんぞ」

「川の異常を察知して街道から上ってきたわ。強い毒のようだし、魔物がいると睨んでやってきたの。貴女達では手に負えないようなら、私に任せてもらえないかしら?」

「そのような格好で、1人で森に来た者を信じろだと? 世迷いごとを!」

「ん?」


 今の私の格好を見る。空色のワンピースに、胸には自作のコサージュ。帽子はかぶってないけれど、まるで避暑地を優雅に過ごすお嬢様のような恰好。髪は、今朝アリシアに結んでもらった最近お気に入りのポニーテール。

 季節はまだ少し肌寒い2月下旬、魔法があれば寒さなんてへっちゃらだから、季節感がちぐはぐになるのはご愛敬として……。

 まあどう見ても森に入ったり、魔物を退治する人には見えないわね。この格好で毒の川を上ってきたとか、浮いているどころか、完全に怪しい奴ですらある。


 今日は『白の乙女』は着ていない。いや、正確にはこの地域に来てからは袖を通していない。なぜならエルフが住んでいると聞いたからだ。

 『白の乙女』を着けていれば、エルフ達は問答無用でただのイエスマンに成り果てる。そういうのは望んでいないし、カワイくない。私が目指すのは万人から……心から『カワイイ』と思われ褒められることよ。一般人にまで教会の信者達になってほしくはないわ。もし『白の乙女』を着けてエルフ達の前に出なければならない時が来るのなら、変装するのも吝かではないわ。


 という訳で、今出来る限りのオシャレをして森までやってきたつもりなのだけれど……チョイスを間違ったかもしれないわね。

 私個人としては、森に来るには似つかわしくないこの格好は、世間知らずっぽくて、そこがまたカワイイところだと思うのだけれど……。流石に今は空気が読めてなかったわね。反省しまーす。


「仕方ないじゃない、街道を歩いていたら異変に気付いたんだもの。心配なら見張っていれば良いわ。貴女の言う通り私は今、ソロよ。仲間達は街を助けに向かったからね」


 あっ。立ち止まっているせいで、上流から新しい毒が流れてきたわね。


********

名前:川の水(汚染・濃度高)

説明:劇毒を注入され続けたことで変質した川の水。口に入れることすら躊躇うほどに黒く濁っており、意識が飛ぶほどの刺激臭がする。摂取すれば命はない。

********


 原液に長時間晒された結果、もはや毒そのものね。到着があと1週間遅れていたら、私ですら手が付けられない状態になっていたわ。


「『浄化』」

「!?」


 視界に映る全ての川の水が光り、毒が無くなったことを確認する。『浄化』のスキル値は50から。無詠唱をするには3倍のスキル値が必要になる為、現在のレベルではどう足掻いても届かない。

 まだレベルが13に上がったばかりだし、スキルレベルの最大値は130。今のスキルは100にも満たないし、無詠唱はいつになるかしらね。


「貴様、何をした……?」

「見える範囲で川の毒を消し去ったわ。街道沿いの川からずっと魔法を使ってきたのよ。今のところ、森の入口が一番悲惨だったわね」

「……いいだろう。本当に毒を消したと言うのなら、飲んでみせろ。それで信じてやる」


 確かに『浄化』された水は、視覚的には普通の水だし、刺激臭もしない。けれど安全かどうかは、調べる機能があるプレイヤーや、専用の魔道具じゃないと判断できない。それが出来ない以上、怪しい奴に飲ませるのが一番よね。


「良いけど、そんな遠くで分かるの?」

「そうだな……姿を見せよう」


 彼女は木から飛び降り、目の前に降り立った。

 エルフ特有の金の髪に、緑の服……いえ、所々緑色の金属が使われた軽鎧ね。長い年月の経過で使い古されて劣化した感があるわね。整備出来ていないのかしら?

 エルフの集落には、いくつかの特産品があるが、その内の1つに翠鉛鉱すいえんこうという特殊鉱石がある。その名の通り緑色の鉱石で、鉛や石にエルフ族の集落から出る特殊な魔力が注がれ続ける事で変化する。特殊環境にしか生まれない鉱石だ。


 まぁ、エルフ族が崇める御神木に『魔力を籠める』という行為を自発的に行う事で、量産も可能だけれど。今のアリシアなら、たぶん出来ちゃうんじゃないかしら。

 NPCの中で、鍛冶スキルを持っているエルフは本当に珍しいんだけど、ここの集落に居るのかしら? それともおさがりで古くなってる? ……まあいいわ、今重要なのはそこじゃないわね。


 重要なのは鎧よりも服の割合が1:9くらいあるせいか、見た目軽やかで、過ごしやすそうなところよ! それに腰の部分は両端に深いスリットが入っているから、ちょっと動くだけでヒラヒラしていて、色々と艶めかしい! 太ももは眩しいし、全体的に肌色部分が多い!

 肩から先はなくて、腕も細すぎず太すぎず……革のグローブなのがポイント高いわね! こんな美人さんなら白手袋も似合いそうだわ。

 革のブーツは膝下までだけど、翠鉛鉱でグリーブを作るには、まだまだ加工能力が足りていないのかしら。

 そして最後に胴体。確かエルフの衣装って、背中側がパックリ開いている事が多かったわよね? エルフは重装備を嫌う事が多いけど、これで防具として見るべきなのか謎ね……。

 ああ、良いわ! とっても良い……!


「おい、何をじろじろと見ている」


 おっと、エルフちゃんの視線が鋭い。そろそろ本題に戻ろう。


「それじゃあ飲むわね」

「ああ。分かっていると思うが、少しでも怪しい動きをすれば斬るぞ」

「好きにしなさい」


 腰に装備した短剣を握り、警戒した彼女の言葉を適当に聞き流しつつ、両手で水を掬い上げる。念のためにチェックしておこうかな。


********

名前:ナイングラッツ川の水

説明:エルフが住まう森に流れる、魔力を多分に含んだ水。飲むと魔力が少量回復する。

********


 問題ないわね。というか、効果持ちかつ名前付きの川だったのね。……終わったら源泉でちょっと汲んで帰ろうかしら。錬金術の素材になりそうだし。

 『ごくごく』と味わいながら飲んだ。うん、冷えていて美味しいわ。ただまあ、『浄化』済みとはいえ、魔物の体液が入っていたと考えてしまうと、精神的にダメージが入るけれどね……。


「これで納得してもらえたかしら?」

「あ、ああ……」


 まさか飲むとは思わなかったと言わんばかりの顔だ。むしろ、どうやって誤魔化すのかを見極めようとしていたのかもしれないわ。

 エルフちゃんは未だに水を見て『ぬぬぬ』と唸っている。もしかしてまだ信頼されていない? まあほとんどのエルフって、初見かつ外部の人間に対しては警戒心MAXだから、仕方ないんだけど。


「姉さん、僕も確認するよ」


 どうしたものかと思っていると、反対側の木から見守っていた少年エルフが飛び降りてきた。姉弟で守人なのね? 良いじゃない、そういうの。その組み合わせはカワイくて好きよ。


「キース! しかしな……」

「姉さんが警戒する気持ちもわかるよ。でもこの人からは悪い気配がしないし、川も元の輝きに戻ってるように見える。それに、ここから森の入口まで、大地の悲鳴も止まってるみたいだ。姉さんもわかってるでしょ?」

「……」


 エルフの種族的特徴として、自分たちが住む森の情報が、樹々の声を通して入ってくるというものがあるらしい。らしいと言うのは、これがNPCだけが持つ能力であり、プレイヤーからは得られない感覚なので、よくわからない。

 もし、私の種族がエルフだったら、この世界でなら理解できたかもしれないわね。

 ま、元々完成された美を持つ種族でのスタートなんて、カワイくて当たり前なのよ。それで褒められたって嬉しくもないわ。カワイさは0から極めてこそよ。


 そうこう考えている間に、弟くんは水を飲み干していた。


「んぐっ……はぁ。久々に美味しい川の水が飲めたよ。ありがとうお姉さん」


 柔かに笑う少年エルフのキース君。完成された美少年の笑顔は、正に魔性のそれね。カワイさがやばいわ。


「どう致しまして。改めて名乗るわ。私は冒険者のシラユキよ、よろしくね」

「紹介が遅れ申し訳ありません、シラユキさん。僕はこの森の集落に住む、守人のキースと申します。こちらは同じく守人であり姉のイースです。よろしくお願いします」

「……よろしく」


 弟くんはしっかりしているのに、お姉ちゃんは素直になれない人なのかしら? まあいいわ、そういうところもカワイイと思うし。


「姉がすみません」

「森がこんな状態だもの、構わないわ。じゃあ改めて聞くけれど、この川を辿れば毒の原因がいると考えて良いのかしら?」

「はい。奴は水が湧き出る源泉に住み着いています。奴の皮膚は毒に覆われているのか、ただそこに居るだけで周囲に毒が広がっていくのです。そのため、奴の周囲は毒の空間となっており、近付くことすら困難な状況なのです。どうにかして欲しいのは本音ですが、策がないなら近寄らない方がいいかと」


 ああ、今の情報で確定したわ。間違いなく奴ね。これもまた正史通りか……。


「そいつが現れたのはいつ頃?」

「確か、7日ほど前ですね」

「そう……エルフ達の被害状況は?」

「人族よ、なぜそれを聞く」


 お姉ちゃんが割り込んできた。


「病人がいるなら助けたいからよ」

「必要ない。これは我々の問題だ、余所者が我らに関わるな」

「『リカバリー』の魔法を完全に扱える術者か、最高品質の解毒薬。そのどちらかがあるかしら? それ以外の治療法では、死ぬまで続く地獄のような苦しみを、ただ無為に引き延ばすだけになるわ」

「なんだと!?」

「姉さん、落ち着いて!」

「フン」


 イースちゃんはそっぽを向いた。先程までのように、出会い頭に攻撃しようとはしていなかったが、それでも彼女の排他的な行動方針は変わらないままだった。

 エルフの排他思考ってここまでだったっけ? ここ最近、私の視界に入るエルフは、べったり甘々だったからか、違和感がすごい。


「シラユキさんは奥に居座る奴のことをご存知なのですか?」

「ええ、キース君がさっき教えてくれた情報で判明したわ。新鮮な水が湧き出るポイントから動かない。皮膚から毒が出る。居るだけで周囲は毒のフィールド。その条件に一致する魔物は1匹しかいないもの」


 竜種には、8つある属性に因んだ属性竜が居る。だが、どこにでも例外があるように、属性に関連付けられない亜竜が存在している。下位に位置するそいつは、名前もそのまま。


「『毒竜』でしょう?」

「……その通りです。奴が現れる直前、怪しい動きをする人族の姿を見た者が何人か居まして、その者たちが連れてきたのではないかと、僕達は警戒をしていました」

「なるほどね。そこに怪しい格好をした私がやって来て、お姉ちゃんはピリピリしていると」

「フン、自覚があったのか。当初は奴らの仲間なのかと思ったが、どうやら違うらしいな。だからといって、貴様を奥に入れるわけにはいかん」

「ぼ、僕としては可愛らしい格好だとは思いますが……」

「あら、ありがとう」


 よし、この子は何があっても全力で助けてあげよう。


「それと突き放したように聞こえますが、姉さんは貴女に危険な目にあってほしくないんです。無関係な貴女を巻き込むわけにはいきません。どうか聞き入れて頂けませんか?」

「キ、キース! 余計なことを言うなっ!」


 あら、お姉ちゃんはもしかしてそっち系の人なの? つまりは優しい子なのね。損してそうな性格ね。


「断るわ。私が助けると決めた以上、無理にでも巻き込まれてやるわ」


 心配してくれているのは嬉しいけれど、私にも助けに来た理由がある。はいそうですかと帰るわけにはいかない。


「貴様、『毒竜』なのだぞ!? 人の手に負える相手ではない。ましてや1人でなどと」

「……シラユキさんは今回の件。無関係だと思いますが、なぜそこまでして下さるのです」

「色々あるわ。ここの川をこのままにしておけば、下流にある街もエルフの集落と一緒に滅ぶ可能性がある。救える力があるのに助けないなんて主義に反するわ。それに、仲間にエルフが居るもの。あの子を悲しませたくないわ」


 私にとっては、どれも見捨てられない理由だ。

 1番目は寝覚めが悪いし、助けられるなら助けてあげたい。

 2番目は生活面でも織物の材料の生産地が減るのは本気でいただけない。というか私の知らない街なら、知らない素材があるかもしれないもの。

 3番目は、これを疎かにしては『私』が『私』足り得ない。助けられる人を助けないだなんて、私はシラユキでは無くなってしまう。

 4番目は言うまでもないわ。あの子を……いえ、家族を悲しませるなんて言語道断よ。


「お仲間に同胞が。なるほど、そうでしたか……」

「……その同胞は、今どこにいるのだ」

「今頃、下流の街で人々を助けているわ」

「そうか……」


 キース君も、イースお姉ちゃんも納得したみたい。エルフの仲間意識すごいわね。


「分かった、貴様を……いや、貴女を信じよう」

「姉さん……」


 姉弟は頷き合う。


「奴の毒に侵された人数は25人。重篤な同胞は3人で、1人はまだ子供だ」

「その人たちはあとどのくらい持ちそう?」

「貴女の言うように、解毒薬の効きが芳しくなく、意識も飛びがちだ。子供が最初に患ったのだ。頑張り屋な子でな、あの子が死地の間際にいるのは私達も見ていて辛い。出来る事は全てしたが……もってあと2日といった所だろうな……」


 2日もあるなら、余裕で間に合うわね。レベル5の時に『毒竜』と出会っていたら、ちょっとどころかかなりやばかったけど、今の私なら問題ない。


「分かったわ。なら、このまま『毒竜』を撃滅するから、そのあと集落まで案内して頂戴」

「本気か? ……いや、本気なのだろうな。だが、1人では行かせない。私たちもついていく」

「シラユキさん、危ないと思ったらすぐに引いてくださいね?」

「分かってるわ。ただし、手出し無用よ。貴女達は毒の効果が及ばない遠くで待機すること。攻撃も禁止するわ」


 せっかくの貴重な経験値だ。1%たりとも逃すものですか。


「さ、行きましょうか。『浄化』」


 立ち話している内に、再び流れてきた毒を消し去り、私達は奥へと向かった。


『自然を破壊するカワイくない子はおしおきよ!』

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