第053話 『その日、全力で休んだ』

 全員を抱きしめ、頭を撫でてあげても中々恐怖が和らがないので、長めのキスをして安心させてあげる事にした。すると皆、順次気を持ち直していった。それでも私のそばを離れる様子はなかったけれど。

 キスをしてから元気になるまでの早さは、アリシア、リリちゃん、ママの順。

 ママはこういう風にビックリすると中々復帰しないのよね。そこがまたカワイイんだけど。


「それで、皆そんなにビクビクしてどうしたの? こいつはもう死んでるから、動いたりはしないよ?」


 いつもはキスをすることで私が元気をもらっているけれど、今回は逆だったわね。たまにはこういうのも悪くないわね。


「その、お嬢様の言いつけ通りテント内で待機していたのですが……怪物の叫びが聞こえた途端、体の震えが止まらなくなってしまいました。必死で『リカバリー』を唱えましたが効き目も薄く……。その上、少し回復したところで、また叫び声が聞こえてきて……」


 あー……、私にとって2回目は効かずに済んで安心してたけど、皆には追い打ちになっていたのね。


「リリ、とっても怖かったの。お姉ちゃんに会いたくて仕方なかったの。でもでも、テントの外に怪物がいるんじゃないかって、怖くて涙が出て、動けなかったの」


 リリちゃんは怖い思いをしたばかりだったし、仕方ないわね。まさかワーム種のクセに叫ぶとは思わなかったから、家族全員に耳栓をさせることもできなかったわ。


「『探査』で近くには居ない事も、シラユキちゃんが遠くで戦っているのもわかっていたのに、あの声を聴いたら体が竦み上がって恐怖で押しつぶされそうになったわ。この化け物が死んでから重圧が消えたけど、それでもしばらく動けなくて……遅くなってごめんね」


 リリちゃんとママは、その時の事をまた思い出したのか、私に再びしがみついた。出来るだけピシャーチャを視界に入れたくないのね。

 アリシアは好奇心が勝るのか、そばにはいるが視線はピシャーチャの方を向いている。


 3人とも、あの叫び声を直接聞いたわけでもなく、洞窟内で反響した声だけで震えあがってしまったみたい。

 まあ、目の前に居た私ですら6種類のデバフ祭りだったわけだし、その効果もわからないでもないわね。それを思うと、シェルリックスの街まで響いていたりしないわよね? まあいっか、そこまで気にしたってしょうがないわ。


「それじゃあ、こんな怖い奴をいつまでも置いとくのもなんだし、アリシア。テント、設置してくれる?」

「え? これを収納するのですか?」


 さすがにテントには持ち運べない。コイツはでかすぎるし、テントの入り口はそこまで万能ではない。

 そしてコンテナは万能だけど、外には持ち運べない。


「違うわ、さっきそこで拾ったの。マジックバッグ(大)よ! 大昔の物みたいだけど、中身をコンテナにぶち込めば、ピシャーチャを収納できちゃうわ!」

「おお、これが……初めて見ましたが、見た目では判断できませんね」


 まあ見た目は、背負うタイプのリュックサックくらいの大きさだ。アリシアは興味深そうに眺めている。

 リリちゃんも気になるのか、そわそわしているわね。でも動くとアイツの死体が視界に入るから、動けないみたい。


「では早速設置します」

「よろしくー」


 そのままでは私が動けないのでリリちゃんとママはアリシアに任せて、マジックバッグの中身をコンテナに全て放り込んだ。

 そしてアリシアに見守られながら、今度はピシャーチャをマジックバッグへ詰め込んでいく。

 ここまで大きな魔物が吸い込まれていく光景は、某次元ポケットのような、ピンクの悪魔のような……無限に入りそうな不思議な感覚を覚える。


 実際に上限が高すぎて、無限と錯覚しかねないレベルのマジックバッグを作ることも出来る。が、要求スキルも素材も果てしないため、今の私では夢のまた夢だ。

 でもいつかは作ってみたいな。勿論人数分。


 ピシャーチャが飲み込まれ、部屋から圧迫感が消えた。

 ああ、この部屋こんなに広かったのね。野球くらいなら余裕で出来そうなくらい広いわね。あ、天井あるからダメか。

 それに足元結晶まみれでところどころ隆起しているし。


「お姉ちゃん、もういない?」

「もういないわ。どう、この部屋。ミスリルの結晶ばかりで綺麗でしょ?」

「……わぁ! ほんとだ!!」

「綺麗ね……」


 恐怖の象徴がいなくなったことで、リリちゃんもママも、初めてミスリルの存在に気付いたみたい。

 ピシャーチャがデカすぎるのが悪いんだわ。


 うん? リリちゃんウズウズしてるみたいだけど、私のそばに駆けてきて、また離れなくなったわね。


「リリちゃん、見に行ってきてもいいのよ?」

「ううん、リリ、お姉ちゃんから離れると、また迷惑かけちゃうから、ここにいるの」


 『ギュッ』と私の手を握って離れない。カワ……!


「迷惑だなんて思ってないわ。でもそうね、今日は色々あったし疲れたでしょう? 早めに休んで明日いっぱい探索しましょ?」

「うん!」

「そうね、ママもクタクタだわ」

「お嬢様、外周部に成体がいるみたいですが、良いのですか?」

「いいわ、明日回収すれば。ダメになってたらそれでも良いわ。今日は疲れたもの」

「畏まりました。結界石を置いてきますね」


 このピシャーチャ入りマジックバッグ、常に持ち歩くのも面倒だからコンテナに放り込んだ。

 マジックバッグに使用済みマジックバッグは入れられないが、コンテナは別だ。いつか持ち運びできるコンテナを開発してみるのも良いわね。


「『時刻表示機能』」


『999年2月21日20時03分55秒』


「うわ、もうこんな時間なのね」


 かなり長い間戦っていたことを自覚したせいか、その後疲れがドッと押し寄せてきた。

 食事もそこそこに、お風呂に入るほどの元気もなくベッドイン。

 アリシアもリリちゃんもママも、いつも以上に甘えてきたのが、また愛らしい。カワイイ抱き枕に囲まれながら眠りに落ちた。



◇◇◇◇◇◇◇◇



「第九回、1日の総括~! わーぱちぱち!」

「ぱちぱちー」

「あれー、マスターテンション低くない?」


 シラユキが頬をぷっくりと膨らませる。カワイイ。癒される。


「今日は色々あって疲れたんだって。察して」

「色々の大半はマスターのやらかしにあると思いまーす」

「ぐぅっ……」


 それを言われると……。今日の疲労はマンイーターを呼び寄せた事が一番大きい。

 疲れたなんてリリちゃんの前ではとてもじゃないけど言えないが……。


「ふふ。さて……みんな、マスターに癒されたくて気が回らなかったみたいだし、私が先に言ってあげる。お疲れ様マスター。頑張ったわね」

「シラユキ……!」


 本当に求めていた言葉が貰えて涙が出そうになった。そうだよ、俺だって怖かったんだ。

 未知のボス相手でただでさえ緊張していたのに、初手で状態異常が2種類以上レジスト出来なかったら……。俺はきっと慌てて、ケガを負っただろうし、最悪死んでいたかもしれない。

 シラユキが頭を撫でてくれる。感触はないけれど、心が癒される。……やっぱりシラユキは最高にカワイイな。


「よしよし。……でも、これからはちゃんと、みんなと話し合いをしないとだめよ? 隠してるわけじゃなくても、通じ合えなかったら意味ないんだからね?」

「うん、気を付けるよ……。今回はリリちゃんが死んでしまう1歩手前の状態にまでなったし。……明日起きたら、みんなとお話ししようと思う。話が長引いて1日余分にここで消費してしまっても、今は構わないと思ってる」


 今日は21日、明日目が覚めたら22日だ。入学試験は確か10日から15日くらいだったかな? ゲーム中だと途中入学だったから正式な入学式の日は知らないんだけど……。

 1日くらいどうってことはない。……たぶん。


「そう……。反省してるならいいのよ。リリちゃん達は、私達にとって大事なカワイイ家族なんだから。しっかり守ってあげなくちゃね」

「そうだね。それにしてもリリちゃん、まさか自衛が出来るほどに、雷魔法を上手に扱えるとは思わなかったな」


 実際あの子、あれだけ暴れたら雷魔法スキルが急成長したんじゃないか?

 でも、魔法を撃つことに集中しすぎてたみたいだし、最終的には気絶してしまっていた。リリちゃん本人が覚えていない可能性があるか。

 NPCはステータス確認方法を自前で持っていないからなぁ……。どうやって確認するべきか。


「あ、そうね! あれってかしら? それとも?」

「詳しくは聞いてないけど、あの子の魔法を受けた感じ、じゃないかな? 明日、どういう発想で使ったのか聞いておかないとね」


 変な使い方をしていたら暴発の危険がある。その場合はみっちり教えてあげなければ。


「あの子も成長してるのね。次にママね! 娘って私の事よね? 私、リリちゃんとは絶対仲良くなれるわ! あと、ママも深くは聞いてこなかったけど、マスターって他所から見たら、娘をほったらかして遊びまわっているようにも見えるわね」

「えぇ!? そう見える!?」


 た、確かに娘は何歳とまでは伝えなかったけど、シラユキは若い娘の見た目だし、娘がいても0~3歳くらいにしか思われてないはず。

 そんな娘をほったらかしにして、他の街で家族を作ってるって、思えばだいぶ変な人だよね!?


「ママみたいに深読みしてくれなければ、そう見えると思うわ。元々広めるつもりは無かったにしても、このことはママ以外には言っちゃだめよ。ママは口が堅そうだから良いけど、学園で噂が広まったら評価がガラリと変わるわ」

「き、気を付けます……」


 ママと仲良くなりたかった一心で話題にしたけど、思った以上に迂闊な発言をしてしまったみたいだ。


「あとアリシアには絶対言っちゃだめよ。言った瞬間体中調べ尽くされた挙句、処女懐妊だとかで神格化されかねないわ」

「容易に想像が出来る……!」


 最近は、多少なりとも尊敬や御使い扱いが薄れてきていて、親愛やラブが強くなってきている。

 なのに、不用意な発言でそれがまた逆転してしまうところだった。アリシアには伝えないように考えていたけれど、本気で気をつけなければ。


「あとピシャーチャね。ネームドが出てくるのは想定外だったけど、あいつの胃袋の中身、期待できるわね。もしかしたら例のアレ、入手出来ちゃうんじゃない?」

「それは俺も密かに思ってた。アレは入手手段が限られてるから、ここで入手出来たら本当に儲け物だね」


 体外に漏れ出た魔力ですらアダマンタイト鉱石が生まれたんだ。なら、体の中なら……? 期待値が高まる!


「そうねー。それじゃ最後に、レベルアップおめでとう。これで出来ることが色々増えたんじゃない?」

「そうだね、そろそろ武器スキルにも手を出していきたいし、適度に前に出てスキル上げもするよ」

「刀技ってカッコイイものね! 私のカワイさが更に磨かれるわ!」

「そうそう! この前買った浴衣を着て戦うのもアリだよね!」

「それがあったわ! ぜひやりましょう!!」

「あと、刀を使うならやっぱりポニテは外せないよね!」

「わかる! わかるわ!!」


 そんなこんなでどんどんヒートアップし、刀のカッコ良さを語り続けていたら夜が明けていた。時間が経つのが早すぎる。

 それに最初は疲れ切っていたはずなのに、シラユキと話しているといつの間にか回復している。不思議な事もあるものだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 目を覚ますと、待ち構えていたかのようにアリシアが口を塞いできた。いつもより動きが激しく、アリシアの甘い味が口の中いっぱいに広がった。

 呼吸が苦しくなると、アリシアもそれを感じたのかそっと口を離す。


「はぁ……おはようございます、お嬢様。今日はゆっくりしていきませんか?」

「ん、おはようアリシア。奇遇ね、私もゆっくりしようと思ってたの。何ならここで丸々1日消費しても良いわよ」

「同じ事を考えていたなんて、嬉しいです。では早速ゆっくりしましょう」


 そう言うとアリシアは寝転がり、私の肩に顔をうずめた。

 頭を撫でてあげると耳がピコピコ動いてカワイイ。そういえば最近は、朝起きたらすぐ行動して、魔法の練習したり生産スキルの向上を狙ったり、戦闘したりで……街についてからものんびりとは過ごしていなかったわ。

 ここも反省点ね。生き急いでいるつもりはないんだけれど、この世界での2日目が激動だったから、そういうものだと思って動かないと落ち着かなかったのかもしれないわ。


 リーダーなんだから、もっとどっしり構えてないといけないってことよね? 難しいけど、カワイイこの子たちの為にも意識しなきゃ。


「……お姉ちゃん」


 腕の間で眠っていたリリちゃんが顔を上げていた。

 ……涙の痕がある。昨日のが怖くて、夢に出ちゃったのかな?


「あらリリちゃん、おはよう」

「リリも、お姉ちゃんとゆっくりしたいの」

「もちろんよ。一緒にゆっくりしましょ」


 その言葉を待っていたかのように、リリちゃんもキスをしてきた。

 唇同士のキスだけど、緊張してるのかプルプル震えててカワイイ。

 リリちゃんからのキスなんて初めてなのでは??


 顔を赤くしながらキスを終えたリリちゃんは、花が咲いたように微笑んだ。


「えへ、お姉ちゃんの近くだと安心するの」


 カワ……!

 胸がキュンキュンする……!

 もっと安心するように抱きしめてナデナデする。


「シラユキちゃん……」


 隣を見ると顔を赤らめたママが袖を握っていた。


「あ、ママ。おはよう」

「おはよう。ママもゆっくりしたいわ」

「うん、いいけど……」


 ママも唇同士の柔らかいキスをしてきた。ゆっくりってそういう意味じゃないんだけど……まあいっか!

 というかママからのキスも初めてなのでは? あ、なんだかドキドキしてきた。


「フフ。ママ、なんだかドキドキしてきちゃった」

「……何このカワイイ生き物」


 三者三様にゴロゴロと甘えてくる彼女達とイチャイチャしていると、ふと、ベッド横の鏡が目に入った。

 顔を赤らめたシラユキと目が合った。シラユキのこんな表情見たことなかったかも……。すごく綺麗でカワイイ。それに、幸せそうに微笑む皆もカワイイ。

 うん、つまり……カワイイは幸せってことね!!


『カワイイは幸せ!!』

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