第152話 降臨

「これは、転移魔法……」


 目の前で起こる現象に、稲垣は上半身だけを起こしながら目を丸くする。

 ユリウスと稲垣、両者の前に現れた4つの扉から姿を現したのは、無傷で佇む4人の十剣と…… 稲垣と同様に地に伏した勇者達。


「皆んなっ!!」


「ご安心を、数名は気絶している様ですが全員生きていますよ。

 我々の目的はあくまでも足止め、時間稼ぎであって貴方方を殺す事ではありませんので」


「そうですか……よかった。

 でも、先程も言ってましたけど、目的が足止めって……?」


「それは後で、貴方方に全員に説明します」


 そう言って稲垣から視線を切ると、転移門を潜って転移してきた仲間に向かって視線を向ける。


「皆さん、お疲れ様です」


「ユリウスっち、そのお堅い話し方どうにかならないの?」


 紳士然とした様子で綺麗な一礼をして見せたユリウスに、ネロが軽い調子で首を傾げて見せる。


「私は公私の区別をつけているだけです。

 ネロも少しはしっかりして下さい」


「げっ! ユリウスっちまで、イヴっちと同じ事言わないでっ!?」


「ほう、私に何か文句でもあるのですか?」


 大袈裟に項垂れたネロが、恐る恐ると言った様子で振り向くと……ニッコリ微笑むイヴの姿。

 悲鳴を上げて暴れるも、その甲斐虚しく襟を掴まれて引き摺られて行くネロの姿に稲垣は苦笑いを浮かべる。


「何と言うか……あの姿を見ると帝国十剣が普通の人に見えるな」


「我々も普通の人間ですからね」


「あれ程の力を持っていながらですか?」


「ええ、確かに世間一般的に言えば、我々は強者に当たるのでしょう。

 しかし、あの方々に比べれば我々など足元にも及ば無い、ただの人間ですよ」


 軽く微笑みを浮かべるユリウスは稲垣に視線を向ける事なく、倒れ伏す勇者達に手を翳す。

 ユリウスを中心に円形に白い光が広がり、一瞬で勇者達の傷を癒した。


「ははは、回復まで……」


 広範囲の回復魔法を何でもない様に使って見せたユリウスに、稲垣は顔が引き攣るのを自覚しながら立ち上がる。


「では、彼との約束なので、今回の私達十剣の役割と作戦を説明しましょう」


 ノッガーに気絶させられた4名以外の勇者達も立ち上がった事を確認したユリウスは、稲垣の事を一瞥しながらそう告げた。


「まず、第一に私達の目的は貴方たち勇者の足止めです」


「それって、あのネロって人が言ってた……でも何故足止めなんですか?

 お前…貴方達には問題ないとしても、俺達はの存在は一般の兵士にとっては十分な脅威。

 王国との戦争を考慮すると俺達を殺した方が確実なハズです」


「貴方は、確か鈴木さんでしたね。

 確かに戦争の事だけを考えると貴方の言う通りです。

 しかし、我々の敵は魔教団であって君達や王国の一般市民ではありません。

 それに、無駄に死傷者を出すなと言うのが、さる御方のご意志ですからね」


「その、さる御方と言うのが、対魔教団同盟の盟主と言う人物ですか?」


「そう言えば、確かにそんな事を言っていた様な……」


 稲垣の質問に、思い出した様に雛森が呟く。

 その呟きを聞いて、勇者達がハッと目を見開いた。


「その通りです。

 我々、対魔教団同盟の盟主。

 その名は秘密結社ナイトメア、深淵から世界を覗く存在です」


「ナイトメア……」


「ええ、今回の作戦のナイトメアの方々が居たからこそ実行に移せたモノです。

 私達が君達をこの場に足止めした理由」


「まさか……!」


 意味あり気に言葉を切ったユリウスの視線を見て、稲垣が弾かれた様に背後を振り向く。


「そのまさかです。

 今頃、砦は陥落し、王国軍は降伏しているはずです」


 稲垣に倣って勇者達全員が見つめる先では、先日占領した砦から煙が登っている光景だった。


「そうか、俺達は……アレサレム王国は負けたのか」


 勇者の1人がポツリと呟く。

 国境線を巡る両国の戦い。

 両軍合わせて動員数10万人と規模はそこまで大きくなく、超大国である両国にとっては序章に過ぎない程度の戦い。


 しかし、日本と言う戦争の無い平和な国で生まれ育ち。

 行軍中に時間を共にし、打ち解けた人物もいる王国軍の敗北は勇者達に少なくない衝撃をもたらし、その戦意を完全に挫く。


「俺達が、負けた……?」


 ただ1人を除いては。


「日高、目が覚めてたのか。

 そうだ、後で全部説明するけど、俺達は負けたんだ」


 覚束ない足取りでふらつきながら立ち上がる日高に、稲垣がそう告げる。


「……ない」


「え?」


「俺はそんな事、認めないぞっ!!

 俺達は勇者だ! 現地人なんかに負ける訳がねぇんだよっ!!」


 狂った様に叫び、笑い始める日高の姿を勇者達は唖然と、十剣達は警戒を持って見つめる。


「稲垣、お前が間違ってる事を証明してやる。

 そこの雑魚5人を殺してなぁっ!!」


 そう言って日高が懐から取り出したのは、1つの真っ黒な魔石。


「あれは、封印石か?」


「ひゃはっはっはっ! その通り、コイツは俺様の力を強化するアイテムが封印された封印石だ!

 俺様の圧倒的な力でたっぷりと甚振って殺してやるっ!!」


 封印石が地面に叩きつけられ、砕け散ると同時に漆黒の粘着質な膜が日高に絡みつく。

 まるで、獲物を呑み込もうとするかの様に……


「なっ! 何だこれはっ!?

 クソッ、取れねぇ! こんなの聞いて無いぞ!!

 俺様を騙してやがったな、くそ国王がぁっ!!」


 漆黒の膜は徐々に日高を呑み込んで行き、その叫びを最後に完全に日高を包み込み漆黒の繭が出来上がる。

 突然の出来事に場を静寂が支配する。


 ピキッ


 繭に入った一筋の罅。

 その罅は繭全体に広がって行き……黒き闇の化身が降臨した。

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