第151話 降伏

 時間は少し戻り、帝国十剣と勇者達による戦いが始まろうとしていた頃。




 アレサレム王国軍によって占領された元ネルウァクス帝国の国境砦にて総勢4万の王国軍が戦いの雌雄を決する決戦を見守っていた。


 帝国十剣と勇者達。

 どちらも英雄と呼ぶに相応しいAランクオーバーの実力者。

 双方の激突は凄まじく、常人は足手纏いにしかならない。


 そんな対峙する双方を砦から眺め、王国軍を総司令官である若き将軍、リシュルは硬く拳を握りしめる。

 リシュルの実力は勇者達と同等に戦える程に高い。


 しかし、彼の役目は王国軍の総司令。

 勇者達と共に戦えない事に悔しく思いながら割れるほどに歯を食いしばる。

 彼の眺める戦場では勇者達から凄まじい魔力が迸っていた。


「速い……」


 果たしてその速度を何人のものが認識出来ただろうか。

 勇者稲垣が十剣の1人に踏み込むと同時に、残りの者は弾かれた様に四方に移動する。



 ドゴォオッッン!!



 勇者稲垣の攻撃によって、凄まじい音と共に大きく地面が沈み込む。

 遠目から見てもハッキリと分かる凄まじい威力に、それを目にした王国兵達が沸き立ち歓声が響く。

 誰もがその頂上決戦を食い入る様に眺める、王国の若き将軍リシュル以外は……


「これは……」


 リシュルは弾かれた様に振り返り、何も無いはずの壁を睨みつける。

 その様子に気づいた王国将校達が怪訝そうに見つめるなか、リシュルはその感覚を研ぎ澄ませる。


「ちぃっ、やられたっ!

 全軍に通達、敵の襲撃に警戒せよっ!!」


「そ、それはどう言う……」


 突然焦った様子で叫んだリシュルに、近くに控えていた武官の1人がそう言ったところで……砦全体を凄まじい揺れが襲った。


「敵襲だ、くそっ!

 十剣と勇者達に気を取られ過ぎた……背後を取られたぞ」


 苦虫を噛む様な顔で呟かれたリシュルの一言に、目を見開き驚愕を顕にする武官達。


「し、しかし、それは不可能なのでは?」


 武官の1人が言うように、誰にも気づかれずに国境の砦を越える事は不可能に近い。

 その理由は、国境沿いにある砦には境界線を指定する一種の結界。

 俗に国境結界と呼ばれる結界が張られているからに他ならない。


 砦を中心に国境線に沿って左右に伸びる結界は、高さも数十メートルはあり、誰かが国境を越えると感知出来るようになっている。


 あくまでも感知するだけで、侵入者を拒む効果などは一切無いので必要魔力も少なく、各国で導入されている技術であり。

 それこそ転移魔法でも使用しなければ、感知させずに国境線を越える事は不可能なのだ。


「それをここで議論しても意味は無い。

 今重要なのは、どうにかして敵が国境結界を潜り抜け、我らの背後を取っていると言う事だ!

 しかも、私の魔力感知によると3万以上だ……」


 リシュルの言葉に武官達が唖然と目を見開く。

 そして、その僅かな静寂を狙ったかの様なタイミングで扉が慌ただしく開け放たれる。


「緊急事態ですっ!

 突如として帝国軍が背後に出現、その数約3万程です!!」


 息も絶え絶えで報告を告げた兵士によって、リシュルの言葉が証明される。

 その事実の重大さに軍上層部たる武官や軍師、指揮官達すらも浮き足立ちかけ……


「退路を絶たれたか」


 1万の帝国軍にすら押し返された事から考えても、3万の帝国軍に背後を取られたこの状況は絶対絶命と言える。

 しかし、そんな状況にあっても冷静に、しかし力強く呟かれたリシュルの一言によって将校達は平静を取り戻す。


「被害状況は?」


「はっ! 城壁の一部が崩壊しておりますが、負傷者は出ておりません」


「帝国軍を率いる将は誰だか分かるか?」


「帝国軍を率いる将は5名……」


「私達、帝国十剣ですよ」


 報告兵の言葉を遮って告げられた言葉に、全員が扉の外に警戒を向ける。

 悠々と歩きながら扉から姿を現したのは、美しい銀色の長髪をした1人の女性。


 高位貴族の御令嬢と言われても……いや、そう言われた方が納得できる程の美貌を持つ美しき乱入者に、この異常な状況であって誰もが見惚れて息を呑む。


「貴女は?」


「初めまして、私の名はアスティーナ。

 ネルウァクス帝国十剣・ニノ剣です、貴方方には剣姫と言った方が分かりやすいかも知れませんね」


 美しき乱入。

 アスティーナは、リシュルの問いにそう言って微笑みを浮かべる。


「それで、その十剣が何の用だ?」


「いえ、大した用事ではありません。

 ただ、1つ提案をしようと思いまして」


「提案だと?

 貴女はこの状況をご理解なさっていない様だ。

 いくら十剣と言えど、この場から無事で帰れるとでも?」


 その瞬間、リシュルから凄まじい殺気が放たれる。

 アスティーナの登場に見惚れていた武官達将校も、各々が武器を抜き放ち、明確な殺意を持ってアスティーナを睨みつける。


「試してみますか?」


 腰のレイピアに指を掛け淡々とそう告げるアスティーナから発せられる、死を錯覚させられる程に鋭く重い殺気。

 リシュルを含めた達王国将校達が固唾を呑み込み、頬から一筋の冷や汗が流れ落ちる。


「フフフ、冗談ですよ」


 誰も一言も発する事の無い、重く張り詰めた緊張感がふっと和らぐ。

 その瞬間、不幸にもアスティーナの近くで彼女の殺気を浴びた報告兵が呼吸を激しく乱して崩れ落ちる。

 この場にいた誰もが理解させられた、戦えば皆殺しにされると。


「私の提案、聞いて頂けますよね?」


 その日、ネルウァクス帝国に侵攻したアレサレム王国との国境砦での戦いは、開戦たった1日と言う短さで終結を迎える。

 勇者の敗北と、王国軍の4万の降伏と言う事実をもって。

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