第26話 ……これは反則でしょう
微睡みの中。
意識が深層から上昇すると……全く身動きが取れない状況にあります。
目を開けると、そこに広がるのは一面の紅。
しかし、俺に不安や焦りはありません。
そもそも俺が現在身動きが取れないのは当然の事です。
何せ俺は今、フェルに下敷きにされている訳ですからね。
あの後フェルを起こして寝室で寝ようとしたところ……寝ぼけたフェルに拉致られると言う事件が発生しました。
まさに一瞬の出来事でした。
眠たそうに目をこすり、俺の手を握って欠伸するフェルを連れて移動しようとした瞬間……
突然フェルが俺の腰に抱きついてきたかと思うと、突如として視界がブレれ……次の瞬間満天の星空の下にいました。
とは言っても迷宮から出た訳では無く、階層すら変わっていません。
つまりは屋敷の外に出ただけですけど、まさかフェルにこんな形で拉致されるとは思ってもいませんでした。
俺だってこの迷宮を攻略した訳ですし、過信はしていないつもりですが、そこそこ強いだろうと。
迷宮生活で鍛えられた察知能力もそれなりのモノだと勝手に思ってました。
現に裏ルートの最後の方では、魔物達に周囲を取り囲まれても一撃も喰らわない程度の事はで出来る様になっていましたからね。
ですが、流石は神代の時を生きる神獣ですね。
まさか、こんなにも簡単に強制転移されるなんて。
そこから先はもう見た通りです。
フェルは寝ぼけたまま本来の姿に戻り、その翼で俺を抱きかかえるようにして眠り始めたという事です。
まぁ、俺もフェルのふさふさ、ふわふわの翼を布団にして、気持ちいい夜風に当たりながら寝てしまった訳ですが……
本来の姿に戻ったフェルの翼の下敷きになった俺は現在満足に動けない状況に陥っていると言う訳です。
当然、動こうと思えば動く事はできます。
フェルは本来の姿に戻っても羽のように軽いですし。
ですが、それではせっかく気持ち良さそうに寝ているフェルが起きてしまう可能性があります。
それに、ここは地下迷宮の地下200階層ですが。
今は空があり、太陽があって暖かいですしね。
ここのダンジョンマスターは俺ですが、俺もどうやってこの空間を作り上げているのかはイマイチ理解できていません。
まぁそれも仕方のないことです。
ここを作ったのは深淵の大神ですからね、普通の人間である俺が理解できるハズもありません。
わかるのは、空間魔法で作られた亜空間を利用して俺の魔力で作り変えていると言う事程度ですが。
まぁ詳細まではわかりませんし、この程度であれば誰でもわかる程度の事です。
この程度で、この空間を理解したなんて言うのは烏滸がましいでしょう。
とまぁそんな訳で今、動く事が出来ませんし仕方ありませんね。
もう一度寝る事にしましょう。
これは断じて俺が二度寝したいからとか、動くのが面倒だからと言った訳では無い。
あくまでまでもフェルを起こさないための処置です……
言い訳するのはやめましょう。
そもそもここは異世界であり、言い訳をすべき厳しかった両親も執事さんも居ないのですから。
では、心置き無く二度寝タイムと行きましょう!
「お目覚めですかコウキ様」
目を閉じるのと、オルグイユに声をかけられるのは同時の事でした。
ビックリしました。
まさか二度寝する事に対して自問自答していたとは言え、ここまで近づいて来ている事に気がつか無いとは……
「おはようございます、オルグイユ」
しかし、裏世界の支配者となると決めた俺は、この程度の事で動揺を表に出す様なヘマはしません。
とは言え、迷宮を攻略してからと言うもの、少したるみ過ぎですね。
初心に戻って鍛え直す必要があるかもしれませんね。
「コレールの姿が見えないようですが?」
因みに、これは余談だが。
コレールとオルグイユは各々の自室を持っているので、2人は自室にて就寝しています。
勿論フェルにも自室を用意したのですが、本人がどうしても嫌だと主張。
フェルの要求通り見事、俺と一緒の部屋になったと言う背景があります。
断じて俺がフェルと一緒に寝たいと望んだ訳ではありません。
「コレールはお屋敷の方で朝食の準備をしております」
一人で朝食の準備とか、コレールは出来る執事を通り越して、もう専業主婦みたいになってますね。
というか、カッコいい龍のはずなのに、この女子力の高さを誇るコレール。
ギャップが凄すぎます。
「ふぁ〜……ん、起きた」
そんな事を考えていると、何とも気の抜けた欠伸をしながらフェルが目を覚ましました。
「おはようございます、フェル」
「おはようございます。
それはそうと、起きたのであればコウキ様の上から降りなさい」
何やら母親のような事をフェルに言うオルグイユ。
フェルはそれに、ん〜とまだ眠たそうに力のない返事を返します。
しかし眠たいながらも言われた事はしっかり守る様で、一瞬でフェルの姿が少女のものに変わりました。
そして、そのまま俺の胸に寝転がって丸くなってしまいました。
うん、何と言うか、オルグイユはもうフェルの保護者と化してますね。
まぁ実際こうしてみてみれば、まさしく親と子供にしか見えないのですけどね。
「フェル、そろそろ起きなさい」
「むぅ」
注意するオルグイユの言葉を受け、不満気に声を漏らすと、懇願するように俺を見つめてくる……これは反則でしょう。
こんな事をされたら誰でもフェルのワガママを許してしまいます。
現にその様子を見ていたオルグイユも既にフェルを愛おしいそうな目で見ていますしね。
「全く、仕方ありませんね。
では俺がフェルを抱っこして移動するとしましょう」
フェルを俗に言うお姫様抱っこして立ち上がる。
するとフェルは満足そうに頷き、脱力したように俺にその身を預けてきました。
さて、組織を作ると言う事で今後の方針は決まった訳ですが。
俺にはそれとは別に大きな問題があります。
あっ、因みにコレールの作った朝食は大変美味でしたよ。
やっぱり何でも出来る執事は凄いですよね。もう一家に一人いなくてはなら無いと言っても過言では無いでしょう。
さて、現在俺が直面している問題。
それは勿論、帝国の重鎮であろうギルドマスターに俺の顔を知られた可能性がある事です。
あの時、俺は仮面を着けてましたが、副ギルドマスターにはバッチリと素顔を目撃されてますからね。
良い意味で知られたのであれば別に問題ではありません。
ですが、吸血鬼としてギルドマスターに顔を知られてしまいましたからね。
しかも、敵対するような事もしてしまってますし。
これから先、俺は帝都で満足に活動する事は確実に難しいでしょう。
それどころか、この事が他国にも広がればこの先どこの国でも満足に活動する事はできなくなるでしょう。
まぁ、解決法が無い訳ではありません。
ですが、これがあの時に言った最悪の手段である事は間違いありません。
しかし、こうなってしまっては俺も覚悟を決めるしかありませんね。
出来ればやりたくなかった……いや冗談でも何でも無く、本当にやりたくなかったです、マジで!
けれど仕方ありませんね。
俺の異世界自堕落スローライフの夢が潰える事になりかねませんので……
「では、出来ればやりたくありませんでしたが。
この現状を打破するための最終手段を行いたいと思います」
「それは、どのような事なのでしょうか?」
いつになく真剣な俺の表情を見て、オルグイユ達も事の重大さが理解できたようですね。
オルグイユが不安を露わに聞いてきます。
コレールは無言で紅茶を入れながらも気を抜かずに俺の言葉に耳を傾け。
フェルも不安そうに俺の服の裾を掴む手を強めました。
皆んなが心配になる気持ちもよくわかります。
はっきり言って、俺もこれまでに無い程の不安で一杯ですからね。
「簡単です。
これから俺は“俺”を殺すだけです」
そんな重い空気の中。
遂に意を決して、最悪の打開策を打ち明けました。
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