第9話 怠惰の眷属

 まさかこんな事になろうとは、俺も予想だにしていませんでしたね……


 俺の目の前で丸くなって寝ている巨大な燃えるような紅鳥。

 その姿はまるで伝説にあるフェニックスや鳳凰のようです。


 まぁガルーダなどもいるわけですし、その様な存在がいても不思議ではありませんが。

 取り敢えず相手は寝ていて、未だに起きないので鑑定をかけて見ましょうか。



 名前:???

 種族:霊鳥

 年齢:???

 レベル:1990

 二つ名:鳳凰・朱雀・フェニックス


 ステータス

 妨害されました。


 スキル

 妨害されました。


 称号:「不死鳥」「鳥王」



 な・に・こ・れ!?

 鑑定が殆ど、機能していないのですが……

 それにこの称号、鳳凰に朱雀、フェニックスって有名どころが勢ぞろい。

 レベルも高く、俺の3倍近い……あんなのにどうやって勝利しろと?


 断言しましょう、普通にやっても絶対に勝機はありません。

 だってこのレベル差ですし。

 鑑定が妨害されると言う事は俺より上位のスキルを持っているって事でしょうしね。


 けどまぁ、目の前で呑気に居眠りとはこれは今までにないパターンです。

 強さも過去類をみない領域に達していそうですけど……


「ふぅ、考えてもどうにもなりませんね。

 どうせもう後には引けませんし、やれるだけやってみるとしましょうか」


 現在可能な攻撃手段の中で長距離攻撃として最高威力を誇る滅光魔法。

 ヒュドラも容易に仕留めましたし、今回もラッキーパンチに期待するとしましょう。


「滅砲」


 詠唱破棄によって魔法が発動し、全てを消し去る滅光が紅き霊鳥に向かって一直線に向かう。

 そして、その一撃は狙い違わず霊鳥の翼を、その奥にある身体を貫き、さらにはボス部屋の壁に大きな穴を穿った。


「マジですか……」


 その言葉は呆気なく勝負がついた事から漏れたのでは無く……


「ははっ、そんなのアリですか」


 俺の放った滅光魔法は、確かに霊鳥の身体を穿った。

 しかし、滅砲が霊鳥の身体を通り抜けたその瞬間。

 まるで、一瞬にして何事も無かったかの様に穴が塞がった。


 確実に今の一撃は致命傷を与え得る攻撃だった。

 貫通したからには霊鳥の臓器などもまとめて消し飛ばしたはず。

 にも関わらず、あの霊鳥はまるで何事もなかったかの様に未だに呑気に寝ている。


「はぁ、こっちが本気の攻撃をしたのに目を開けすらしないとは……」


 馬鹿馬鹿しくなってきました。

 俺に可能な最大威力の攻撃でさえ、霊鳥には全く効果がない。

 それどころか目を覚まさせる事すら叶わない。

 俺に一体どうしろと?


「もう面倒になって来ましたね。

 それに目の前でこうもぐっすり眠られると……」


 今、心の中を支配している感情は〝羨ましい〟それだけです。

 こんなに気持ちよさそうに寝やがって、こんなのを見ると俺も眠りたくなるじゃないですか。


「よし、仕方ないですね」


 もうなんか吹っ切れました。

 臆する事なく霊鳥に近づき、そして腰にかけている刀に手をかけて……


「お邪魔します」


 腰に固定してあった刀を外して空間魔法で収納して、霊鳥の翼の内側に入り込む。

 一瞬、霊鳥がチラッとこっちを一瞥した気がしたけど、多分気のせいです。


 そのまま地面に座って、霊鳥の身体にもたれかかる。

 霊鳥の大きな翼と身体に挟まれる事になりますが、見た目と違い全く重たく無いので大丈夫ですね。


「これは!」


 そして思わず目を見開いてしまいました。


「暖かい……」


 この全身を包み込むような程よい暖かさ。

 な、なんて居心地が良いのでしょうかっ!?

 この迷宮で敵を殺し、殺し、殺し尽くして荒んだ心が癒されていくようです。


「流石は霊鳥、この俺をここまでリラックスさせてしまうとは……」


 その心地よさに驚愕ですよ。

 自分で言うのもなんですが、長年の引き籠り生活の中において如何に快適に過ごすのかを極めていたつもりです。


 幸い俺の家には財力だけはありましたからね。

 俺が欲しいと望めば、常に部屋の扉の前にいた使用人の方々が持って来てくれると言う天国の様な環境。


 そんな天国環境を全面的に活用し、俺は理想の快適空間を作り上げました。

 出来るだけ他人に迷惑をかけない様に心がけていた俺ですが、身の回りの環境作りには全てを活用しました。


 そうして作り上げた地球にあった俺の部屋よりも心地良いこの霊鳥。

 いや最早これは霊鳥様とお呼びするのが相応しいです!


「では、俺も寝させて頂くとしましょう。

 おやすみなさい」


 目を瞑ると俺は霊鳥の心地よさもあって、すぐに深い眠りについた。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 まず初めに断っておこう、この状況において俺に他意は一切無い。

 俺は悪く無い、だって本当に何もしていませんからね!


 俺が目を覚ますと、そこにあの巨大な紅き霊鳥の姿は無く、代わりに俺の胸の中で寝息を立てる赤い髪の少女が一人。


 これだけでもマズイ絵面ですが、さらにマズイのがこの少女が何故か全裸であると言う事に他なりません。


 しかしこの少女から感じられるあの霊鳥と同一の、まるで太陽に照らされながら日向ぼっこしているかの様な心地良さ。


「ん、目が、覚めた?」


 そう言いながら少女が身体を起こし、無気力で眠たげな目でジッと見つめてきます。

 もろもろ全部見えちゃってますけど……


ぬしの魔力、凄い。

 気持ちよく、眠る事が、出来た」


 そう言って少し眠そうに俺にもたれかかってくる少女に、俺は全く現状を理解できていません。

 誰か俺を助けてはくれないのでしょうか?


 と、言ってもこの少女の正体ならば推測できます。

 このボス部屋に一度足を踏み入れたならば、出る方法は唯一つ。

 それはボスを殺す事です。


 それに、この心地よさも合わせれば、もうこの少女の正体は一つしかないでしょう。



 名前:???

 種族:霊鳥

 年齢:???

 レベル:1990

 二つ名:鳳凰・朱雀・フェニックス


 ステータス

 妨害されました。


 スキル

 妨害されました。


 称号:「不死鳥」「鳥王」



 まぁ、分かってはいた事です。

 ただ、寝ている間に自分の数倍以上の大きさの鳥が、こんな少女になっていれば誰だってビックリするでしょう?


「それは良かったです。

 俺も貴方にもたれて眠れて心地良かったですよ霊鳥様」


「おぉ〜、吾の正体が、わかるとは。

 流石、ここまで、来ただけの、ことはある」


 俺に正体を言い当てられてか、少女が少し驚いた様に言う。


「どうやって人の姿に?」


 それが一番な疑問です。

 寝る前は巨大な鳥の姿だったのが、今では幼い少女になっているとは、どう言う事なのか?


「ん、吾ほど高位の存在は、人化と言う、ユニークスキルを、持っている」


「人化、ですか。

 で、これはどう言う状況なのですか?」


 この少女が一体どうやって少女形態になったのかは理解できたましたが。

 それでも一体何故こんな状況になっているのかは全くわからない。


「そんなの、決まってる。

 寝て、起きた、それだけ」


「……」


 何を当たり前なことを、と言わんばかりのこの言葉。

 わかってますよそんな事、勿論わかっているに決まってるじゃないですか。


「まぁ。それはそうですが……それじゃあ俺は貴方を倒さないと、ここを出れないと言うことですね?」


「ん、そう言う事」


「では名残惜しいですが、ゆっくりするのはやめて戦いますか?」


「その必要はない」


 俺の問いかけに彼女は無気力そうな声でそう言う。

 しかしそれは一体どう言う事なのでしょうか?


「理解、できないのも、無理はない。

 だから、吾が説明してあげる」


  「それはありがたいですね、お願いします」


 彼女は一度頷き〝ん〟と言って話し始める。


「吾は、違う場所から、転送されてきた。

 この迷宮を、作った神、吾のところに来て、時が来たらこの部屋の扉、死守する様に、頼んだ」


「依頼?」


「ん、アイツ、しつこかった。

 面倒だから、対価をもらう事で、引き受けた。

 主がここに、来たから、森の奥で寝ていた、吾もここに、強制転移された」


「成る程」


 彼女がここに転移されられて来たのであれば、恐らくここ迄のボスモンスターも同じように転移されてきたのでしょうね。


 階層主がこことは違った場所から転移されて来たと言う事には驚きました。

 今にして思えば確かに階層主だけは、この迷宮のコンセプトに合っていない奴もいました、だからボス部屋では光がつくのでしょう。


「吾と主が、戦う必要無い理由、それは簡単。

 吾が、この迷宮の、階層主で、無くなればいい」


「そんな事が可能なのですか?」


「可能なの、です」


 無気力ながらに、少し得意げな表情で言い切った。

 しかしながら一体どうやってそんな事をすると言うのか?


「主、吾に名を、付ける」


「どう言う意味ですか?」


「そのままの意味。

 吾に名前は無い、だから名前、付けて」


 確かにステータスを見た時、名前の項目は???になっていましたが。

 不明だからではなく、名前が無くても、???と表示されるとは思ってなかったですね。

 こんな時に新発見とはわからないものです。


 それにしても、名前ですか。

 確かに名前がなければ呼びにくいですけど、さてどうしたものか。


「じゃあフェニックスからとってフェニクスとか?」


「安直」


「ルージュとか?」


「ルージュ?」


「そうですね、遠い国の言葉で紅を意味する言葉です」


「ん、じゃあそれ、基準に、名前つけて」


「なかなか難しい事を言いますね。

 じゃあフェニックスとルージュを合わせて、シンプルにフェルというのはどうですか?」


「ん、わかった、吾の名はフェル」


 少女は、フェルはそう嬉しそうに微笑む。


「じゃあ、これから、よろしく」


 そしてフェルは胡座をかき、俺にもたれて座りながら眠たそうに言った。


「フェルさん、どう言う事ですか?」


 一体どう言う事なのでしょうか?

 ハッキリ言ってよくわからない。


「吾はフェル、あるじが吾に、名前をつけた。

 吾に名前をつけた、よって吾、主の眷属となった。

 だから、吾はもうこの迷宮の、階層主じゃ無い、主の眷属」


 また知らない単語が出てきましたね。


「これで、戦う必要、無くなった。

 神には悪いけど、主の事、気に入った。

 吾、眷属、呼び捨てで良い」


「わかりました。

 じゃあフェル、気に入られたのは嬉しいのですが、眷属とはどう言う意味ですか?」


 俺にはそう言った知識が全くと言っていいほど無い。

 何せこの世界に来て即座にこの迷宮に追放されたものでしてね。


「ここまで、来られるのに、そんな事も、知らないの?」


 フェルにもキョトンとした様子で言われてしまった。

 けど仕方ない、苦情ならば俺をここに追放したあの王国の奴らに言ってください。


「この世界に来てすぐにここに追放されたので、そう言った事情には疎いのですよ」


「この世界? 追放? 吾、主に聞きたい事、できた。

 でも先に、眷属について、説明する。

 眷属、主人との主従関係の事、眷属は主人が死ぬと、同じように死ぬ。

 けど眷属が死んでも、主人は死なない。

 代わりに、眷属は主人と魂で繋がり、主人の力を、もらう事ができる」


「フェル、本当に俺の眷属になってよかったんですか?」


 この話を聞く限りフェルにとってメリットは全く無い。

 だって俺よりフェルの方が強いですし。


「ん、主を気に入った、だから主の眷属、なってもいい。

 それに吾にも、メリットはある」


「フェルにとってのメリットですか?」


「ん、主の魔力、とても心地良い。

 あと、主がイヤなら、眷属を切る、事ができる。

 主人は、眷属との繋がり、放棄する事が可能」


「いえ、俺もイヤではないですよ。

 フェルと寝ていると俺も居心地が良いですし、フェルがいいなら俺はそれでいいです」


「良かった、吾、主と殺し合い、したくない。

 そもそも吾、戦いはキライ」


 フェルは眠そうにそう言う。


「吾も主に、聞きたい事、ある。

 でも眠いから、もう少し寝たい」


「そうですね。

 このボス部屋の中には他の魔物達も入って来ないですし、もう少し寝るとしましょうか」


 とは言え、ここは迷宮。

 地面は硬いしこんな所で寝ていたら身体中が痛くてしょうがない。


「フェル、少し降りて下さい。

 あと、服を着て下さい」


 渋りながらも降りてくれたフェルが、どうやったのか、一瞬にして衣服を身に纏う。

 それを脇目に見ながら〝等価交換〟を使う。


〝等価交換〟で買ったものは、物質ならば俺の〝無限収納〟に自動で収納される。

 因みに、スキルなどの非物質ならば俺の魂に刻まれるらしいです。


「よっと」


〝無限収納〟から取り出したのは、超キングサイズのベッド。

 勿論マットレスも布団も完備。

 それなりの出費でしたが、安眠のためには安いものです。


「これ、何?」


 霊鳥であるフェルはベッドの事を知らない様ですね。


「これはベッドと言って、人間が寝るときに使う寝具です。

 さて、寝るとしましょう」


 俺はそのベッドに潜り込む。

 するとフェルもふわっと宙を飛んで、俺の隣に寝転びました。


 霊鳥であるフェルが発する心地良さと、この世界に来て久しく感じていなかったベッドの快適さ。

 俺が眠りに落ちるのはそう遠く無い事でした。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「あの子、凄すぎないかしら?」


 その様子を自らの神界で眺めていた女神アフィリスは、その光景に思わず感嘆の声を漏らす。


 それもそのはず。

 霊鳥と言えば、それこそ神のように信仰される亜神とも呼べる存在。

 アニクスでもトップレベルの存在なのだ。


「霊鳥を眷属化するなんて」


 霊鳥の力は強大であり、その霊鳥を眷属化する事は神ですら容易では無い。

 それを、いとも簡単にやってのけた少年にアフィリスは驚嘆するのだった。

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