第55話:その頃彩乃は

泣いちゃダメと考えれば考えるほど視界が滲んでいき


(もうこのままじゃ目から涙が溢れ出ちゃう)


そう思った瞬間私が着ているパーカーのフードをしっかりと目深まで被せてくれただけでなく、そのまま彼は私の手を引いてどこかへと向かい始めた。


(本当はこういう時どうすればいいか分からないどころか、自分から手を繋ぐのですら一杯いっぱいのはずなのに……ひーくんがここまで頑張ってくれたんだから、今度は私が頑張らないと)


「ひーくん……私は大丈夫だから。早く二人のところに戻ろう?」


「………………」


(なんで彼がここまでしてくれてるのに私の声は涙声なのさ。……なんでさっきよりも視界が滲んでるどころか頬っぺたも濡れて………頑張るって自分決めたばかりなのに今もずっと下を向いて)






そこからは自分でもよく分からなくなって、でも涙が止まるどころかどんどん溢れ出してきて………気付いた時には私はひーくんと手を繋いだままどこかの玄関に立っていた。


しかし彼が困っていることだけは直感的に分かったと同時に頭の中で


(今度こそはちゃんと安心させてあげられるような行動を取らないと)


そう思ったはずなのにまるで私の右手は


『ひーくんに甘えたい』


『これが今の本当の私の気持ちなの』


『お願いだから早く気付いてよ』


そう言わんばかりに、でもさっき頭の中で考えた自分の役目みたいなものが邪魔をし結局は意識していないと気付かないくらいの微々たる力で彼の手を握った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る