第55話:彼女の涙
伊達に中学から前衛として練習や試合経験を積んできたわけじゃないということなのか、それとも俺の方が彩乃の顔をよく見ていたのか、はたまたタイミングがよかっただけなのか。
そこら辺はよく分からないが彩乃の目に溜まっている涙が今にも零れ落ちそうなことに気付いた俺は咄嗟に彼女が着ていたパーカーのフードを被らせ、右手を握りしめたと同時に早歩きで店の外へと向かった。
そのまま俺は近くにある自分の家を目指して少しでも早く、でもフードを被ったまま下を向いている彩乃が危なくないよう周囲に気を配りながら歩いていると
「ひーくん……私は大丈夫だから。早く二人のところに戻ろう?」
「………………」
(涙声のくせして平気そうな感じで喋ってんじゃねえよ。……チッ、こういう時になんて言えばいいのかが分からないのが一番イラつく)
(健太から電話?)
「なに?」
『なにじゃねえだろうが。お前今どこにいんだよ?』
「家。あと30分後ぐらい掛かるから倉科と適当に遊ぶか帰るかしていいぞ」
『別に暇だからお前らのことを待ってるのはいいけど、マジでなにして―――」
恐らく健太は『なにしてんだよ?』的なことを言いたかったのだろうがその前に家の前に辿り着いたので俺は一方的に電話を切り、スマホを口に銜えながら玄関の鍵を開け中に入った後
(個人的にはこのまま真正面から抱きしめてあげたいんだけど……泣かせた張本人がそれをやったらDV男っぽ―――)
そう思った瞬間、気のせいなんかではなく確かに彩乃が俺の手を握る力をほんの少しだけとはいえ強めたのを感じ、それが合図かのように俺は考えることを放棄した。
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