第14話

 


 翌朝、美音が登校すると、開店時間を見計らって、昨日、編集長から聞き出した、退職後の真結美の勤め先に向かった。――桜木町にある〈Hレコード店〉に行くと、若い客でごった返していたが、会計をしている客はいなかったので、レジに立っている若い店員に話を聞いてみることにした。


「すいません。ここで働いていた川島さんを知ってますか?」


「えっ? ……えー」


 男は驚いたように、落としていた視線を上げた。


「私、川島さんが以前勤めていた出版社の者ですが、今回の事件を記事にするんで、ちょっとお話を伺いたいんですが」


「……何やけ」


 男は露骨に嫌な顔をした。純香は手帳とペンを出すと、


「勤務態度はどうでしたか?」


 と、男を視た。


「別に普通ですけど」


「客とトラブったとかありませんか?」


「なーん、別に」


「恋人はいましたか?」


 その純香の質問に、男は突然狼狽うろたえて、客から受け取ったレコードを落としかけた。男のその挙動に驚いて、純香は咄嗟とっさに顔を上げた。すると、レコードを手にした男の指先が小刻みに震えていた。そして、その表情は鬼瓦のように強張こわばっていた。


(……怪しい)


 店を出て、二、三歩歩いた瞬間だった。純香にグッドアイデアがひらいた。――レンタルショップで借りた超望遠カメラで、その店員を撮ると、写真を手にWホテルのフロントを訪ねた。


「――この写真の男性に見覚えはありませんか?」


 主任クラスの男に見せた。


「……さぁ」


 首をかしげた。


(……駄目か)


 諦めかけていると、目を丸くしながら純香の顔を視ている別のフロントがやって来た。


「あ、矢木。この男を見てないか」


 主任クラスから手渡された写真を見た途端、


「この男ですよ!」


 矢木が声を上げた。


「何が」


「部屋を516の隣にしてくれと指定した男です。結局、両隣が塞がっていたので、506になった」


「……あぁ。例の」


「野球帽を目深に被っていたが、この男に間違いない。口元が確かにあの男だ」


 疑惑が確信に変わった瞬間だった。純香は興奮で震えた。


「506というのは?」


 純香は間髪をれずに聞いた。


「事件があった客室の真向かいの客室です」


 矢木が直視して答えた。


(……なるほど。そこに身を隠して、真結美を殺すチャンスを窺っていたわけだ)


「私が受付を担当したんですが、チェックインをする時、やって来たのは外からではなく、ホテルのエレベーターから降りてきたんです。変だなと思って。それに客室を指定したんで、益々おかしいと思って、印象に残ってたんです」


「ありがとうございます。それだけ聞けば十分です」


 純香は矢木の手から写真を受け取ると、


「とても参考になりました。ありがとうございます」


 そう言って、深々と頭を下げると、背を向けた。


「主任、あの人ですよ。△日、ドリーム出版の封筒を持った男とうちのホテルに入ったのは」


「ほう、あの人か」


「でも、どうして刑事みたいなことをしてるんでしょ。写真なんか見せて」


「彼の“濡れ衣”を脱がせるためだろう」


「……なるほど。それで自分で探ってるんですね」


「あぁ。たぶんな」



 これだけの証拠があれば、柴田は無罪放免になるはずだ。収集した情報を整理するために、純香はアパートに急いだ。――帰宅すると早速、富山△署に手紙を書いた。


【Wホテル殺人事件で取り調べられているドリーム出版の社長は無罪です。事件当日、506号室に泊まっていた、Hレコード店の店員の男(写真同封)を取り調べてください。その男が真犯人です】


 それを速達で送った。これで柴田は釈放されるはずだ。純香はホッと息をつくと、使命を果たし終えたような安堵感に浸った。一日も早く、柴田を美音のもとに帰してやりたい。純香はただ、そんな思いだった。――

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