第13話 カラスと呼ばれた男

 芸能人、政治家、一流企業の社長、あらゆる分野で活躍している有名人…。あらゆる成功者たちが気を付けているもの、それはスキャンダル。一つのスキャンダルで今まで積み上げてきた努力が水の泡となることもある。どんな人でも結局は人間。秘密や他人に知られたくないものは一つや二つある。しかし、イメージを武器にしている人物にとっては、決して世に出してはならない。そんな秘密を探り、食っている男がいる。




 一人の比較的若い議員が、夜中に入り組んだ路地裏を一人で歩いているしばらく歩くと、上下黒の服にサングラスをかけた30代後半くらいの男性が立っていた。

「………ここでいいのか?」

「ああ。時間も場所もピッタリだよ」

「どこからこんな情報を…」

「それは言えない。まあ言ってもいいけど、あんた以外の怖い人に売っちゃうよ?これ」

「いや!待て!………わかった。約束通り金は払う。だから…」

「わかってますよ、先生。証拠はすべて渡すし、他言しない」

「本当に…、どこに目をつけているのかわからないな」

「誉め言葉として受け取るよ」

 若い議員は札束がぎっしり入った紙袋を男に手渡した。

「俺より良い獲物ゴロゴロいるだろうに…。なんで俺なんだよ…」

「食える獲物ならなんでも食うさ」

「…チッ!………これで縁は切れたんだろ?カラスさん」

「それ、自称したことないんだけど。まあいいよ。あんたはもう用済みだから」

 カラスは漢字で「烏」とく。カラスは全身が黒く、どこに目が付いているかわからないため、頭の目に当たる部分を消してできた漢字だ。この男は誰をターゲットにしているかわからないうえに、どれだけ秘密にしても確実に情報を掴んでくる。この男はどこに目をつけているのか、この男の目がどこにあるのか全くわからない。そのため、裏ではこの男を「カラス」と呼ばれており、恐れられている。




 ある日、カラスの隠れ家に一人の若い女性がやってきた。

「面白い情報入ったわよ」

「誰のだ?」

「安住議員」

「でかした。あんな大物議員ならいくらでも搾り取れる。それに、お前が持ってきたんだから相当なものだろ」

「お褒めに預かり光栄ね」

 この女性はカラスの情報源の一人。裏では「カッコウ」と呼ばれており、何人いるか把握できていないほど大勢いる。カッコウは他の鳥の巣に自分の卵を産み、その巣の鳥に育ててもらう。カラスは独自の情報網であるカッコウをあらゆる組織や企業に潜入させ、何年もそこで諜報活動をさせ、大きなスキャンダルを掴ませて金を搾り取っている。今回のカッコウは、ある名門中学校に潜入しており、資産家や有名人の子どもが入学してきたら常にマークしていた。

「それで?安住議員の情報ってのは?」

「最初は気づかなかったんだけど、調べてみたら安住議員は昔不倫してたの。で、その息子が入学してきたってわけ」

「そんだけか?中学ってことは13年は昔の話だろ?その時俺それでゆすったことあるぞ?その後も養育費とか払って世間に知られないようにひた隠しにしてんだろうけど、それじゃ弱すぎる」

「話は最後まで聞いて。その子、学校ではかなりの問題児なの」

「問題児?不良ってことか?」

「ちょっと違うの。他人を必要以上に罵倒するのは日常茶飯事。ときにはクラスメイトの目玉を潰したり、耳を引きちぎったりしてるんだけど、お咎めなし」

「何故だ?金の力か?」

「それもあるけど、九割方この子の話術と知略ね。自分の行為を全て正当化して、周囲を納得させてるの。正当防衛とか事故とか言ってね。当の本人は罪悪感なんて微塵もないから、こんな事件が月一回ぐらいあるの。学校側も困り果ててるわ」

「なるほど。つまり、安住議員と不倫相手の子どもが常軌を逸した狂人なわけだ。学校側も、こんな事件世に知られれば評判を落とすから内々で処理。時には安住議員が金払って被害者や学校を黙らせてる。こんなところか?」

「そういうこと。中学校と安住議員からいくら取れると思う?」

「五千万は固いな。安住議員は今すげえ大事なときだ。この前どえらい失言してバッシング受けたばかりだしな。このタイミングでこの情報が世に知れ渡れば、議員なんか続けていられるわけがねえ。学校と手を組んで不倫相手の子どもの凶行を金でもみ消してたなんてな。学校側もそれに加担して事件をずっと隠してた。教育委員会に知られりゃどうなることやら。まず教師を一人一人ギリギリまで搾り取って、最後に校長をゆするのも面白いな。安住議員の方はいつでもどうにでもできる」

「じゃあとりあえず今持ってるだけの映像と写真、あと音声も置いとくけど、まだやることある?」

「………………」

「どうしたの?」

「ちょっと今すぐ映像と音声確認させろ」

 カラスはカッコウから受け取った物を全て確認し終わると、予想外のことを言い始めた。

「このガキ、仲間にするぞ」

「……あなた本気で言ってんの?」

「映像も写真も音声も確認した。こいつはそうそういない逸材だ。頭はキレるし躊躇がない。話術も高い。生粋の狂人だ。教育次第じゃ、こいつ化けるぞ」

「だからって……。母親がいるでしょ?」

「俺が面倒見れば問題ないだろ?」

「そういうことじゃなくて…。ペットじゃないんだから…」

「さっきから何言ってんだ?ペットだろ。ちゃんと躾けて俺の役に立ってもらう。犬と変わらねえよ」

「いや人間なんだけど?そもそもどうやって仲間にする気なの?」

「ちょっとは考えろよ。議員の不倫相手の息子だろ?議員からしてみれば弱みになるから本来消えて欲しい存在。母親はこんな事件起こしまくる息子には消えて欲しい。家でもなんかやってるのは明白だ。無論、学校側も消えて欲しい。だから俺はこのガキを買う。学校には転校したと言わせて、母親には失踪届を出させない。何千万の金ふんだくった後に、適当な金払えば売ってくれるさ。こいつの存在を事実上消して、俺が再教育する。いい番犬の出来上がりじゃねえか。ペットショップで番犬買うのと大差ねえよ」

「……あなたってたまにぶっ飛んだこと言うわよね…。どうなっても知らないから」




 二か月後、カラスは約四千万円と、中学一年生の男の子を手に入れた。男の子はカラスの隠れ家に連れていかれ、壁に鎖で繋がれた首輪、手錠、足枷をされた

男の子が自由に動ける範囲は半径3mくらいしかない。

「…なんで俺……、こんなことされてんの?」

「お前急に襲い掛かったりしてたろ?しなくなれば外してやっから。じゃあまずは……名前決めるか。お前は今日からジョンだ」

「あなたねえ……、本当に犬じゃないんだから…」

「ジョン?……犬みたいだけど、俺自分の名前嫌いだしそれでいい」

「な?」

「もう勝手にして…。ついて行けない…。私はもう戻るから。ちゃんと自分で責任持ってよね?」

 そう言うと、カッコウは隠れ家から出て行った。

「当たり前だっつうの。さて、ジョン。お前には俺の役に立ってもらうように再教育するわけだが、そこんとこどう思ってる?

 ジョンはニタァっと気味の悪い笑みを浮かべた。

「…正直、昔から考えてたことがある。周りの子どもも大人もバカしかいないってな。普段の生活は窮屈だし退屈なんだ。違う世界見せてくれるんならあんたに従うよ。面白そうだし」

「最高。じゃあまず………」

 カラスは懐から出したスタンガンを、少年に容赦なく当てつけた。

「アアアアアアアアアアアア!!!」

「敬語使えバカ。俺はお前の主人だぞ?一人称も変えろ」

「…ハァ……ハァ……。すみません……。私が悪かったです…」

「よし、じゃあ最初に一番大事なことを教える。ジョン、この世界で最強の人間ってどんな人間かわかるか?」

「………金持ちや……権力があるやつですか…?」

「外れだ」

 カラスは再び容赦なくジョンにスタンガンを当てた。

「アアアアアアアアアアア!!!」

「死にゃあしねえから安心しろ」

「………ハァ……ハァ……」

「最強の人間には条件が二つある。一つは頭脳だ。知識もそうだが、頭がキレるやつ。相手の心理を読み利用できるやつ。自分が勝てる策を立て実行できるやつ。細かく言えばもっとあるが、とりあえず今はこれだけでいい」

「………ハァ……なんで……頭脳が…?」

「人間は食物連鎖の頂点にいる。進化の過程で他の動物は空を飛び、体を大きくし、鋭い牙と爪を持ち、毒を持つやつもいた。丸腰の人間がこんなやつらとタイマンで勝てるか?」

「…勝てません」

「ああ。だから人間は脳の容量を大きくすることを選んだ。言語や文字を開発して仲間とコミュニケーションを取り、自分たちより何倍もでかい獣を狩る作戦を考え、武器を作り、戦った。知識を蓄え、毒を利用することもあったし、食料の保存方法も開発した。人間は頭脳によって他の生物に勝ち、技術を発展させ、食物連鎖の頂点に君臨することができた。それは今も同じ。人間同士でもそれはある。要するに、この世界でバカは食い物にされるだけだ」

「………ハァ……ハァ………頭脳…で……バカを……作戦を立てて…食う…」

「そうだ。ジョンは思ったより物覚えがいいな。じゃあ二つ目は何だと思う?」

「………ハァ……頭脳じゃないなら肉体的。…喧嘩や格闘技が……できるやつだと思います…」

「なるほど、考えたな。でも不正解だ」

 カラスは再びジョンにスタンガンを当てた。

「アアアアアアアアアアアアアアア!!」

「残念だ。正解は、常識や良心なんかクソくらえの狂ってるやつだ」

「……くる…ってる…?」

「ああ。狂ってるやつにはなにをしても効果がない。脅しや暴力、ナイフを口に突っ込んでも恐怖を感じない。頭のねじが吹っ飛んでるやつには誰も勝てない。常識がないから行動どころか思考も読めない。普通の奴らは結局、そんな狂人の言いなりになるしかないのさ。つまり、人並外れた頭脳を持ちながら狂ってるやつが、この世で一番強い人間だ。そして、お前にはその才能がある。だから俺はお前を買った」

「…お…私にそのような才能があるんですか…?」

「ああ。俺の目に狂いはない。つーわけで、これから色んなもんお前の頭ん中に叩き込むからな。学校のお勉強じゃ教えてくれない、この世界で生きていくための技と知識をな」

「……ありがとうございます。……とても嬉しいです。…色々教えてください」

 ジョンはいつの間にか薄気味悪い笑顔を浮かべ、カラスに忠誠を誓っていた。




 ジョンがカラスに飼われてから半年ほど経ったある日、再び名門中学校に潜入しているカッコウがカラスの隠れ家に訪れた。

「ひさしぶ……なにこれ?」

「ん?おう、再教育っつったろ。てか何しに来たんだ?情報持ってきたわけじゃないだろ?」

「あの子の様子を見に来たの。ずいぶん荒っぽいことしてるみたいね。生きてるの?」

 ジョンは相変わらず手錠や首輪がつけられており、力なく壁にもたれかかっている。髪はボサボサで伸ばしっぱなしだが、ちらっと見える目には光がなく、大きなクマができている。さらに半年前と比べてかなりやせ細っており、スタンガンの傷が体中にある。ぱっと見では生きているのか死んでいるのかわからない状態だ。

「…………………」

「殺すわけないだろ。医療機関にいるカッコウに教えてもらってな。生きるギリギリの食料と水しかやってねえ」

「それ意味あるの?」

「意味のねえことするかよ。目的は二つ。一つはかすかに残っている理性を壊すため。もう一つは「飢え」を覚えさせるためだ」

「意味聞いてもわかんないんだけど」

「要は相手に対して容赦なくなれるようにしてんだよ。俺に反抗しないようにも調教してるし、理性ぶっ壊れた後に最低限のストッパーつけるなんて簡単だ。なんなら再教育の成果見せてやるよ。ほれ」

 カラスが小袋に入った金平糖を放り投げると、ジョンは獣のように飛びつき、床に金平糖の破片と唾液をまき散らせながら貪り食い始めた。

ボリクチャペチョゴリチュプ!「……ハァ……」

「な?」

「……あんたにこんな趣味あったなんてね。ちゃんと仕事してるんでしょうね?」

「アホか。仕事は最優先でやってる。ジョンの再教育も順調。なんか文句あんのか?」

「ないけど……。あんたがここまであの子に世話焼いてるのが意外なんだけど」

「ただのペットだって言わなかったか?暇つぶしと、再教育が成功したら戦力になる。一石二鳥じゃねえか」

「まあ……そうなんでしょうけど……」

「用は済んだろ?さっさと帰んな」

「わかってるわよ。じゃあね」

 カッコウが出て行った後、カラスの授業が再開した。

「おいジョン。問題だ」

「…はぃ。なんでしょぉ?」

「一番効果がない脅し方ってなんだ?」

 数秒後、カラスの隠れ家にジョンの悲痛な叫び声が響いた。




 ジョンがカラスに飼われてから三年が経った。ある日、初老の男性が人気のない路地裏に呼び出されていた。この男性は超有名企業の社長で、カッコウが手に入れたスキャンダルで脅されたため、取引をするためにやって来た。しかしこの日、取引現場にいたのはカラスではなくジョンだった。

「…ハァ……ハァ……。お前か?わしを呼び出したのは?」

「えぇ…、そうですよぉ…。社長さぁん」

「ずいぶん若く見えるが、お前がカラスか?」

「ヒヒッ…。違いますよぉ。カラスさんは私の主人ですよぉ。そんなことよりも……お金を渡してください…」

「………そうか、残念だ」

「…?どういう意味でしょう…?」

「まだ若い兄さんを殺さなくてはならなくなったからだ」

「っ!?」

 ジョンは気が付くと、狭い路地裏で屈強な男に挟み撃ちにされていた。

「これはこれはぁ…」

「お前ら、やれ」

 社長の一言でジョンの背後にいた男はジョンを羽交い絞めにした。社長の側にいる男はゆっくりと近づいてくる。

「終わりだな兄ちゃん。そんな華奢な体じゃ勝てないのはわかるだろ?痛い目にあいたくなかったら大人しくしとくんだな」

「………この程度ですかぁ?」

「「「え?」」」

 ジョンはそう言うと両手をまっすぐ上にあげてそのまま腰を落とした。羽交い絞めは相手の後ろから両腕を使い脇の下から相手の両腕を抑える。その性質上、羽交い絞めをされた場合、両腕を上げれば簡単に脱出できる。ジョンは腰を落とした瞬間、後ろにいる男の金的目掛けて蹴りを放った。

「ぐおぉ…!」

 後ろの男は急な出来事に反応が遅れてしまったが、ジョンは容赦なく攻撃の手を緩めない。金的を食らった男は前かがみになり、両腕は股間付近を抑えている

つまり、今は頭部への攻撃は確実に入る。ジョンは空気が漏れないように丸めた両手で、男のがら空きになっている両耳を思いっきり叩いて鼓膜を破った。

「うおおぉ!!」

「気絶しないとはタフですねぇ…ではぁ…」

 三半規管にもダメージを与えられたため、男は平衡感覚を失っている。ジョンは男の髪を左手で掴んだ瞬間、右手の人差し指と中指を男の両目へ強引に突っ込んだ。両目を潰された男は悲痛な叫び声をあげ、その場に倒れこみのたうち回り始めた。

「……ヒッヒャァ……。まず一人…」

 無論、この戦い方はカラスが教えた物。筋力や武道の技術がなくても、敵を倒す方法。しかし普通の人間は道徳心や倫理観がストッパーになりできるわけがない。カラスに再教育され、ストッパーを外され、躊躇なく鼻や耳を食い千切ることもできるジョンだからこそできる戦い方。その様子を見ていたもう一人の男と社長は、数秒の間に予想外なことが起こったためパニックになっていた。

「おい!何やってる!早くそのガキを撃て!」

「は、はい!」

 男は返事をすると、懐から銃を取り出した。

「………マカロフですかぁ……なるほど…」

「動くんじゃねえ!撃つぞ!」

 ジョンは男の呼びかけを完全に無視して背を向けた。

「あん?」

 ジョンは背を向けたまま何歩か歩き、聴覚と視覚を失い地面でのたうち回っている男の側でしゃがみこんだ。

「何やってんだお前?盾にでもする気か?それでも容赦なく撃つぞ」

「……ヒッヒ。やはりありますよねぇ」

「……あっ!なんでわかった!?」

「バカですかぁ?片方が銃を持っているのならぁ…、もう片方も持っててもおかしくはないでしょぉ?」

 ジョンは既に銃を構えていたが、銃の素人。もう一人の男は銃を構えて5メートル以上先にいるため、簡単には当たらない。男が経験者なら結果は見えているが、当然ジョンはカラスに教育されている。

「あなたぁ…、セーフティが下がってませんよぉ?」

「は?そんな手に…」

 ジョンは言い終えると同時に、男を目掛けて連射した。マカロフのセーフティは下げて解除するため、当然セーフティが上がっていると撃てない。もちろん「セーフティが下がっていない」と言うのはジョンの嘘だが、騙すことを目的としていない。男は目の前で仲間の羽交い絞めから簡単に抜け出し、両鼓膜と両目を潰し、銃を奪った人間と対峙している。そんな恐怖と緊張状態で「セーフティが下がっていない」と言われれば、ほんの一瞬集中を途切れさせてしまう。その一瞬だけは絶対にトリガーが引けない。ジョンはその一瞬しかない隙を突いて先手を取った。結果、ジョンが放った弾丸は男の右肩、右太ももに着弾し、膝をつかせた。

「うぐおおお!!」

「おやぁ…。2発もいい所に当たるとは…運がいいですねぇ」

 ジョンはそう言いながら間合いを詰め、銃を持っている男の右手を踏みつけた。

「これで銃は使えませんよねぇ?」

「このガキ……」

 ジョンは男の言葉を聞かずに、男の口の中に銃口を突っ込んだ。

「このマカロフの装弾数は8…9発ですかねぇ?さっき私が何発撃ったか数えてましたかぁ?」

「おあえ……!」

「銃口熱いですかぁ?じゃあ楽にしてあげましょうかぁ?普通に頭を打つと……弾丸は頭蓋骨のせいで滑ることがあるらしいですねぇ。ではぁ……口の中で撃つと……どうなるんでしょうねぇ?死ぬのかどうか実験させていただきましょうかぁ…」

「あ!…あっへ!」

 ジョンは躊躇なく引き金を引くと、2回の銃声が響き、男は動かなくなった。

「ヒヒッ…。さあ社長…。用心棒はいなくなりましたよ?」

「動くなクソガキ!ぶち殺すぞ!」

「………あなたもマカロフですか…」

「お前はもう弾切れだろ!?死にたくなけりゃあ抵抗するな!」

「……あなた…バカですか?」

「はあ?」

「一番効果がない脅し方は「お前を殺すぞ」なんですよ?私を殺してメリットがあるんですかぁ?そもそも私は……死ぬことに対して恐怖がないんですけどねぇ」

「何を言っている?強がりも大概にするんだな」

「じゃあ撃ってみてくださいよぉ」

「え?」

「マカロフを使っているということは暴力団関係者でしょぅ?死体の処理なんて朝飯前のようなねぇ。社長と暴力団の目的はカラスさんを拉致……もしくは私みたいな関係者から情報を吐かせること………違いますか?さっき「殺せ」ではなく「撃て」って言っちゃいましたからバレバレですよぉ?」

「…………」

「正解みたいですねぇ。ならぁ…私を殺したら意味ないでしょう?それに加えてぇ…あなたの護衛をしたばかりにぃ……組員二人を失った…。意味わかりますかぁ?」

「………あっ!」

「ご自分の立場をご理解していただけたようですねぇ。社長はこれからぁ、この暴力団からなにされるかわからないんですよぉ?明日からの逃亡生活に備えて帰った方がいいのでは?」

 社長はマカロフにセーフティをかけて地面に落とした。

「わ…わかった!わしが悪かった!だから匿ってくれ!金は払う!」

「お金を払っていただけるならぁ……我々の隠れ家にご案内しますよぉ。それでぇ…いくらですかぁ?」

「一億でどうだ!?」

「十億」

「は?」

「交渉…下手ですねぇ…。本当に社長ですか?一億と即答できるということはぁ…まだ余裕があるってことでしょう?十億で社長を匿いましょう」

「…………わかった。背に腹は代えられん」

 ジョンと社長は銃と男二人をその場に置いて、隠れ家まで移動した。隠れ家では、カラスがコーヒー片手に新聞を読んでいた。

「ん?おう、帰ったか」

「ただいま戻りましたぁ。カラスさぁん」

「その爺さんが社長か?」

「えぇ…。そうですよぉ。社長さん、この方がカラスさんですよぉ」

「そ…、そうでしたか。お初にお目にかかります。わしは…」

「挨拶なんかいらねえよ。お前のこと全部知ってんだから。で?いくらでここに居候する気だ?」

「は、はい。こちらの方から十億というお話になっております…」

「十億?おいおい、ちっとばかし安くないか?」

「カラスさぁん…、早とちりされては困りますよぉ。一泊十億円なんですからぁ…」

「なっ…!?わしはそんな話聞いてないぞ!」

「ぉやぁあ?誰が十億払えば死ぬまで匿うって言いましたかぁ?確認しなかった社長が悪いでしょう?もちろん、お風呂、トイレ、食事はすべて別料金ですがぁ…、すべて社長が最初に提示した一億円でかまいませんからご安心を…。ヒヒヒッ…」

 その様子を見ていたカラスが突然腹を抱えて笑い出した。

「はっはっはっは!!お前もやるようになったじゃないか!俺の教育の賜物だな!この爺さんの総資産じゃあ二か月もいられねえぞ。さあじじい、今決めな。明日死ぬか、二か月後に死ぬかだ」

「まぁ……どっちを選んでも………死んだ方がマシな目に合うでしょうがねぇ…。ヒヒヒッ…」

 二か月後、ある暴力団の屋敷の前に縛られた社長が転がされているのを組員が発見した。




 ジョンが二十歳になった年のある日、ジョンは隠れ家でターゲットのネタを整理していた。その近くで新聞を読んでいたカラスが今まで聞いたことないセリフを口にした。

「……マズいことになった」

「どうされましたかぁ?カラスさぁん…」

「前々から言っていただろ。死刑制度が廃止されるかもしれないと。それが決まっちまった」

「………。マズいですねぇ……」

 二人は以前からこの問題について話し合っていた。二人からすれば死刑制度廃止はデメリットしかないのだ。死刑が無くなれば最高刑は終身刑となる。つまり、百人殺しても刑務所内での生活に耐えられれば、死ぬまで生きることを保証してくれる。生物にとって最も恐怖を覚えることは「死」。死刑が凶悪犯罪の抑止力になる。しかし、その抑止力が無くなることが決定してしまった。

「たしかに世界的に見りゃあ、死刑制度がある国なんて珍しい。だが、他の国がそうだからと言って、自分の国もそれに合わせる必要性がどこにある?だったら銃刀法違反無くして一般人も拳銃持たせろってんだ。文化や歴史で価値観が違うのがわからんのか?これに賛成してるやつは自分で思考できないバカだ。死刑がなくなったらこの国がどうなるか考えてみろっての」

「…まぁ……、殺人などの凶悪犯罪が増えますねぇ…」

「ああ。俺たちの仕事も続けるのが難しくなる。取引現場で脅した瞬間殺される。お前にもそんな状況から逃げられるように教育はしたが、緊急事態の最終手段だからな。毎回成功するとは限らん」

「たしかにぃ…。ではどうするんですかぁ?」

「そうだな………。俺はしばらく様子を見る。この国がどう動くのか見る必要がある。だがジョン、お前ここから出て普通の生活してみろ」

「それはぁ……どういう意味でしょうかぁ?」

「お前は7年俺の側で多くのことを学んだ。いつかお前は一人で生きていく時が来る。そこでだ、死刑制度がなくなり、凶悪犯罪が増えるこの裏と表が曖昧な時代をどう生きていく?いわば最終試験だ」

「………そうですねぇ…。表の生活が面白ければぁ…、そのまま続けると思いますがぁ………退屈なら違う道に進みましょうかねぇ…」

「なるほどな。たしかお前、ここに来た時も言ってたな。面白そうな世界って」

「はいぃ…。ゎたしは自分なりに面白そうな世界を探しますよぉ」

「いい答えだな。お前に合う世界を見つけて、その道を歩み続けてみな。それがお前にとって一番大事なことだ。とりあえず生活に必要なものは全部揃えてやる。もちろん、家もな」

「何から何まですみませんねぇ…」

「気にするな。お前がどう成長して、これから何をするのか、俺も楽しみなんだよ。いつになるかわからねえが、俺が呼んだら帰ってこい。それまでは自由に生きろ」

 数か月後、ジョンはカラスが用意した家で普通の生活を始めることになる。





「………退屈ですねぇ……」

 ジョンが普通の生活を始めて数か月後、ジョンは早くも普通の生活に飽きていた。ベッドでごろ寝しながらつけたテレビが、ジョンに閃きを与えた。

<昨日、男性の遺体が見つかりました。死体の損壊が激しく、身元特定に繋がっていません。警察は殺人事件として捜査を進め………>

「………ヒ!ヒャッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!!!これですよお!これこれえ!終身刑!私が終身刑になればいいんですよお!こんな事件私なら簡単に解決できますよお!ならあ、警察は私に捜査の協力を仰ぐ!最高ですねえ!罪人でありながら正義の味方の協力なんてえ!しかも終身刑ですから死ぬまでの命が保証される!完璧で最高な人生設計ですねえ!」

 ジョンは本棚にしまっていた医学書を取り出し、殺害方法を考え始めたが、興味が違う方へと向かった。

「………人間の中身ってぇ……本当にこうなっているんでしょうかぁ?まああぁぁ……全年代の男女20人くらい解剖すればわかることですよねぇ…」

 医学書を閉じたジョンは、大きく口角を上げ、不気味な笑顔を作って殺人に必要なものを用意し始めた。





「ん?久しぶりだな」

「あんた、ニュース見た?」

「第一声がそれかよ」

 カラスの隠れ家にジョンが通っていた中学校に潜入しているカッコウがやって来た。

「あの子、20人も殺すなんて…。しかも裁判でのあの発言…」

「おう、ちゃんと教育できてるだろ?」

「ふざけてんの?首輪外した瞬間これじゃない。あなた飼い主なんでしょ?」

「昔言ってたことと全然違うじゃねえか。そもそも、あいつは意味のないことはしない。必ず意味がある。20人殺す必要性があるかどうかは知らんが、何か策があるのは明らかだ」

「でも終身刑よ?もうあの子に会うこともできないじゃない。立派な戦力になったと思ったのに」

「いや、あいつは絶対俺の元へ戻ってくる」

「なんでそんなこと言いきれるの?終身刑って仮釈放もないのよ?」

「お前が今言っただろ?あいつの飼い主は俺だ。犬はどんだけ離れてても、最後には飼い主のところに戻ってくる。ただそれだけだ」

「………はいはい。前から聞きたかったんだけど、あんたってなんでこんなことしてるの?」

「…復讐」

「は?」

「この狂った世界に対する復讐だ」

「あんたもなかなか狂ってるわよ?」

「当然だろ。人間は環境に合わせて思考や行動を変える。この狂った世界で生きるには狂う必要がある。お前は沖縄県民が11月に北海道へ旅行するとき、薄着で雪を警戒しないと思うのか?それと同じだよ。そんなことより、お前はこんな下らん世間話をしに来たのか?」

「違うに決まってるでしょ?前にあんたが言ってた計画のことで来たの。あれ準備だけでものすごい時間かかるんだけど、いつ実行するの?」

「決まってんだろ。ジョンが成長して戻ってきたらだ。何十年でも待つさ」

 カラスは姿を消し、水面下で復讐の準備を始めていた。そして20年以上の時が過ぎ、カラスが動いた。

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