第12話 奪われた美しい月

 ここは月見里探偵事務所。連続殺人鬼の佐藤が探偵になってから1年ほど経った真冬の昼、所長の悟志はいつものようにデスクでタバコを吸おうとしている。

「…フゥ~…」

 悟志がデスクでタバコに火をつけてすぐ、探偵の一人が悟志の元へ来た。

「月見里所長、今来ている依頼人なんですが、月見里所長とお話がしたいそうです」

「…フゥ~…、どんな人ですか?」

「苗字はヤマナシだそうで……、あの…、「美月が行方不明になったと言えばわかる」とだけ…」

「っ!!!」

「え!?月見里所長!」

 いつもマイペースで冷静な悟志が、血相変えてタバコを灰皿にたたきつけた瞬間、事務所を飛び出した。

「……なんなんだ?」

「ヒヒッ!あなた何年ここにいるんですかぁ?」

 新聞を読んでいた佐藤が口をはさんだ。

「え?4年くらいかな。それがどうした?」

「なんでわからないんですかねぇ…」

「……………」

「先ほどご自分で言ったでしょう?「依頼人はヤマナシだ」と…」

「あっ、そうか。美月って身内か。だからあんなに慌ててたのか」

「50点ですねぇ…」

「は?」

「所長ならそういうときこそ冷静さを保つんですよぉ。恐怖……焦り……怒り……そういった感情は思考力を落とし、判断力を鈍らせますからねぇ…」

「じゃあなんであそこまで……」

「絶対にありえない想定外のことが起きたらぁ……誰も冷静ではいられませんよぉ?」

「想定外?月見里所長が想定してないことってあるのか?」

「ヒッヒヒヒ!それはあるでしょう。所長がどれだけ頭が良くても人間ですよぉ?おそらく………美月さんは誘拐されたんでしょうねぇ…」

「誘拐!?なんでそこまでわかるんだ?」

「かもしれない……程度ですよぉ。所長が戻ってきたらぁ…自ずとわかりますよぉ」

「………」

 半時間後、悟志は戻ってきた。

「月見里所長、先ほどはどうされ…」

「黙って」

 悟志は低い声でそう言うと、近くにあったごみ箱を力の限り蹴飛ばした。

「!?」

「ぉゃあぁ……」

 事務所にいる全員がドーン!という爆音に驚き視線を悟志へ向けた。悟志はゴミ箱を片付ける素振りすら見せず、自分のデスクにドカッと座り、文字通り頭を抱えて呟き始めた。

「…そんなわけがない………美月ちゃんは………誘拐…ありえ…ない……だって………家出………それが………でも……」

 誰も言葉を発せない雰囲気になり、聞こえるのは悟志の小さな独り言だけになった。

「ただっ…………」

 最悪のタイミングで勝也が戻ってきた。勝也は事務所の雰囲気の悪さを察し、近くにいた探偵の肩をたたいて無言でサインを出した。

(事務所 なに あった ?)

 探偵はそれに同じようにサインで返した。

(所長 身内 誘拐 )

 そのサインを見て勝也は顔をしかめた。悟志の独り言はまだ続いているが、何もしてあげられなかった。ただ一人を除いて。

「……ヒ!ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」

「うぅおおっ!」

「うっせえ!!!」

「み……みが…!」

 佐藤が1年半ぶりに嗤った金属同士をこすり合わせた嫌な音を、大きなスピーカーから最大ボリュームで聞いたような嗤い声。さすがの悟志も反射的に全力で耳を抑えた。

「…っつー、これが警部さんから聞いてた……噂の…金切り嗤いですか…」

「しょちょお~…。あなたはバアカですかあ!?」

「佐藤さん…急に何を言って…」

「親戚の方が誘拐されたんでしょうお!?あなたが探偵事務所の所長だということを知っていてすぐさま相談しに来たんですよねええええ!?ということはまだ誘拐されてから1日も経ってないということですねえ!?ならあなたがすべきことはゴミ箱を蹴り飛ばすことですかあ!?デスクに座り込んでずっと独り言を言ってることですかあ!?違いますよねえ!!わたしは全年代の男女合計20人誘拐して殺してるんですよお!?わたしだったら所長よりもすぐにこの事件を簡単に解決できますよお!?専門分野ですし経験者なのでねえ!!ヒャハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」

「おい佐藤!お前いい加減にしろ!」

 勝也が佐藤の肩を掴んで止めに入った。

「………佐藤さん」

「はぁいぃ?なんですかぁ?」

 俯いたまま悟志が佐藤に話かけた。

「………その金切り嗤い………いい気付けになりますね。………ありがとうございます」

「そうですかぁ?それはどうもぉ」

「悟志……」

「……佐藤さん、勝也君」

 ゆっくりと顔を上げた悟志の目には、もう迷いはなかった。

「僕に力を貸してください」

「その言葉を待ってましたよぉ…所長…」

「当たり前だろ!詳しく話聞かせろ!」

 三人は事件の情報共有と、今後の調査の方針を決めるために小さな会議室へ向かった。

「佐藤、あれ言い過ぎじゃないか?」

「そうですかぁ?」

「おかげで目が覚めたから感謝してますよ」

「ほらぁ…」

「………なんか釈然としないな」




 小さな会議室で三人の探偵が会議を始めている。

「悟志、まずその美月ちゃんってどんな子なんだ?」

「そうだね、一から話そうか。美月ちゃんは僕の従姪いとこめいだよ。まだ高校1年生の女の子で、すごく頭がいいんだ」

「お前が言うなら相当なんだろうな。どれくらい頭いいんだ?」

「う~ん…、目隠し将棋って言って、盤を見ずに将棋ができるぐらいかな?」

「はあっ!?あれプロでも難しいんだぞ!?」

「それはすごいですねぇ…。チェスならできるんですがねぇ…」

「うん、僕もチェスならできるけど、将棋はできませんね」

「…お前らも大概だな……。性格はどんな感じなんだ?」

「う~ん……。よくわからないんだ」

「は?なんじゃそりゃ?」

「僕が家に遊びに行ったときいつも「タバコ臭いから近づかないで」とか悪口言ってくるんだけど、そのあと一緒に将棋やポーカーみたいなゲームで遊んでるんだ。なに考えてるのかよくわかんないよ」

「お前……昔っからそうだよな…」

「ヒッヒ!所長って意外な弱点ありますねぇ」

「ん~…、よくわからないけど……まあそんな子。あとは……その……先天性の相貌失認なんだ」

「そうぼうしつにん?」

「ぉやぁ…。それはそれはぁ」

「相貌失認は簡単に言うと、人を顔で識別できないんだ。個人差があるんだけど、美月ちゃんは友達どころか家族の顔も識別できないし、表情もわからないんだ」

「ん~…、イメージしにくいなぁ…」

「勝也君、目の前に猿の赤ちゃんが2匹いたとして、その2匹を顔だけで見分けられる?」

「できるわけないだろ」

「そういうこと」

「……なるほど」

「所長ぉ。そのお話を聞く限りなんですがねぇ…。美月さんはそれほど頭がよく、相貌失認と言うことはぁ……外出などもかなり気を使っていたのではないですかぁ?」

「そう。周りの人間を見ても、誰が誰だかわからないからね。外出するときは必ず連絡をしているし、遠出するときは必ず誰かと一緒って決まり事をしているんだ。女の子だしね」

「なるほどな…。じゃあお前がいきなり冷静さを失ったのは…」

「……うん、あの時はゴメン…。すぐに美月ちゃんが誘拐されたってわかったから…。でも、美月ちゃんを誘拐するなんてまず無理だから、余計パニックになったんだ」

「なんで無理なんだ?格闘技でもやってんのか?」

「いや、美月ちゃんは先天性の相貌失認って言ったよね?その影響なのかわからないけど、他の感覚が人並外れて鋭いんだよ」

「あー、目が見えない人は耳がいいみたいなやつか。どれくらい鋭いんだ?」

「相貌失認の人は他の人を識別するとき、身長、体格、衣服、声、髪型なんかで識別するんだ。でも美月ちゃんはそれに加えて、匂いや足音でも識別できるんだよ」

「お前の血縁関係者すげえな…」

「なるほどぉ…。そこまで頭がよく……五感も鋭いとなるとぉ……誘拐するのは難しいですねぇ…。一言声をかけた瞬間に警戒度がMAXまで上がりますねぇ……。後ろから静かに近づくのもぉ……難しいですねぇ…。犯人……相当手強いですねぇ」

「そうなんだ。だから信じられなくて…、冷静さを失っちゃったんだ…」

「まあそれはもういいよ。で?いつ失踪したんだ?」

「今朝母親が美月ちゃんを起こしに行ったときはもういなかったんだ。前日から変わった様子はなかったし、失踪したのは昨日の23時から今朝の6時の間だよ」

「家は施錠してたのか?」

「毎晩してるみたい。でも今朝は施錠したはずの玄関の鍵がかかってなかったらしいんだけど、誰かが家に上がり込んだ形跡も、争ったり暴れたような音も聞こえなかったらしいんだ」

「じゃあ自分から外に出たんじゃねえの?」

「それは考えにくいよ。夜中に高校1年生の女の子がどうして外に出るの?危険すぎるよ」

「………佐藤。去年マインドコントロールを使った事件あったよな?夜中に家を抜け出すようにできるか?」

「……それはぁ…、方法にもよりますがぁ……難しいですねぇ………」

「う~ん…」

「んむ~…」

 佐藤と勝也が考えだして数秒後、同時に同じ答えに辿り着いた。

「「あっ…!」」

「え?どうしたの二人とも?何かわかったの?」

「ヒヒヒッ!あなたもたまにはやりますねぇ」

「たまには余計だ。悟志、昨日は何月何日だ?」

「え?2月13日」

「じゃあ今日は?」

「2月14日だね」

「そういうことだよ」

「そういうことですねぇ」

「………え?」

「「 バ レ ン タ イ ン デ ー ! ! ! 」」

 思わず佐藤と勝也が力の限り同じ単語を叫んだ。

「所長のお話では美月さんはとてつもない天邪鬼なんですよねえ!?」

「そんな子は好きな男の子にチョコをあげることを誰かに知られたくないだろ!?」

「手作りのチョコを作るなら家族が寝静まってからでも作れますよねえ!?できた頃の早朝に冷蔵庫から出してラッピングする時間は十分にあります!!」

「その材料を夜中にコンビニかどっかへ買いに行ったんだよ!昼間や夕方に買いに行ったら知り合いに見られる可能性があるし、材料を持って帰ったら家族にチョコ渡すことバレるだろ!」

「……………ああぁ~…」

「ああぁ~…っじゃねえよ!お前親戚だろうが!」

「…え?…ゴメン」

「……まぁ…、美月さんがどうして家を出たかがわかりましたがぁ……犯人の動機とぉ…どうやって誘拐したかの手段がぁ……わかりませんねぇ…」

「たしかにな」

「うん、それはここで考えていてもわかりませんね。一度、美月ちゃんの家に行ってみましょうか」

「賛成だな」

「お供しますよぉ」

 三人が席を立とうとした瞬間、一人の探偵が部屋に飛び込んできた。

「月見里所長っ!!」

「どうしました?」

「今神護じんごという男が来て、「犯人と誘拐された月見里美月がどこにいるか知っている」って言っています!!」

「はあ!?なんで知ってんだよそいつ!?」

「ヒヒヒッ!これは予想外ですねえ!」

「その人をここに通してください!!!大至急です!!!」





 数日前、神護という害のない怪異を保護する使命を持っている男の元に、ある事件が起きた。一人暮らしをしている神護のマンションの部屋では、二つの都市伝説として騒がれている怪異が住み着いている。一つは「宵闇の女」と呼ばれている、宵闇にしか現れない絶世の美女。もう一つは「柴犬のケルベロス」と呼ばれている、頭が三つあり言葉を話す柴犬。

「はははっ!ケルちゃんくすぐった~い!」

「お姉さんもっと遊んで!」

「お姉さんもっと撫でて!」

「お姉さんもっとぎゅーして!」

 仲の良いことに越したことはないが、部屋主の神護からしてみれば騒音でしかない。

「………ちょっとお前らうるさいんだけど。本の執筆に集中したいから静かにしてくれない?」

「え~。でも神護さん言ってましたよね?怪異の声は普通の人には聞こえないから苦情来ないって」

「俺には全部聞こえてるの。てか宵闇ちゃんはいつまで居候してんの?この前の沖縄で47都道府県制覇したじゃん」

「う~ん…、でも私まだ満足してないし~」

「あんた強欲すぎるだろ…」

「神護お姉さん追い払う!?」

「神護お姉さん邪魔と思ってる!?」

「神護お姉さん追い払うなら邪魔する!!」

「追い払わないから安心しろ。それよりお前らは………どうすりゃ成仏するんだ?」

「「「わからない!!」」」

「……ハァ……、頭痛ぇ……」

「え?神護さん病気ですか?」

「神護医者行く?」

「神護薬飲む?」

「神護更年期?」

「お前らマジで存在ごと消すぞ?」

 そんな会話をしていると突然、部屋の中心に紫色の光が集まったかと思うと、その中から大きな鎌を持ち、ボロボロのローブを羽織った骸骨が現れた。

「キャー!死神!?」

「初めて見た!」

「誰殺しに来た!?」

「怖い!」

 宵闇の女と柴犬のケルベロスが部屋の隅で震えながら抱き合っているとき、神護は今まで見たことのないほど真剣な表情でその骸骨を凝視していた。

「あらあら、怖がらないでください。私は死神ではありませんよ?」

「こいつは地獄確定通達人。一週間後に死んで地獄行きが決まっている奴の前にだけ現れるあの世の住人だ」

「え!?神護さん死ぬんですか?しかも地獄行き?」

「んなわけあるか。お前さんが俺の前に現れたってことは緊急事態なんだろ?それを俺に解決させるために来た。違うかい?」

「その通りです。このままだと、我々の仕事量が何千、何万倍も多くなります。一体何日サビ残すればよいのやら。あの世は労基もへったくれもありませんからね。一大事です」

「お前さんらの労働条件に興味ねえよ。さっさと話せ」

「わかりましたよ…。先日、二人の男性に地獄行きを通達しました。二人とも友人関係であり、同時刻に死亡することが確定しています」

「ふーん。珍しいな」

「問題はここからです。通常、地獄行きを通達された人間は懺悔するか、自分の罪を必死に探すか、諦めて地獄行きを受け入れるなどの行動をします。ですが、この二人はあろうことか死ぬまでに罪を重ねることを選んだのです。稀にそんな人間もいますが、我々からしてみれば大したことありません。しかし、今回の二人は見逃すことはできません。なので、上からの命令で私がこのように馳せ参じたわけです」

「その二人が犯そうとしている罪ってのはなんだ?」

「殺人ですよ。トップスリーに入る大罪です」

「…チッ!クソ野郎が…。ふざけやがって…」

「え?え?神護さん…、どういうことですか?」

「人間は生まれてから死ぬまでに何をするか、どうやって死ぬかが全部決まっているんだ。あんたみたいな怪異になるのはレアケースだけどな。問題は地獄行きを通達された人間の最後の一週間。この期間はそいつがなにをするのか決まってない」

「え?そうなんですか?」

「はい。我々地獄確定通達人は、罪人に地獄行きを免除するチャンスを与えるためにいるんです。なので、最後の一週間はうちのトップでもなにをするのか把握できていません。決まっていれば地獄確定通達人のシステムが崩壊しますからね。そして、先日通達した二人は殺人を企てるという暴挙に出たのです。もう全部署が大混乱ですよ」

「それって地獄確定通達人さんたちにとってマズいんですか?」

「どえらいほどマズいですよ。我々の計り知れないところで人間が一人殺されるだけで何千、何万、下手をすれば億単位の人間の人生が変わります。もちろん、天国に行くか地獄に行くかも変わります」

「つまりお前さんらは、その二人の殺人を阻止しなきゃ、多くの人間の人生を修正しなきゃならんってことだろ?」

「そういうことです。天井に届くほどの書類がデスクに置かれることでしょうね…。考えただけでめまいが…」

「あれ?それって地獄確定通達人さんたちが直接阻止すればいいんじゃないんですか?」

「残念ながらあの世の住人である我々にそのような権利はありません。直接阻止できるのはこの世の住人だけです。我々にできるのは、この神護のような人間にどうにかするようお願いすることだけなんです」

「パシリに使われるようでムカつくが、殺しを企ててるクソ野郎は放っておけねえな」

「ありがとうございます。これ以上同僚を過労で倒れさせるわけには…」

「知らねえよ。で?なんて名前の野郎だ?名前くらい教えろ」

「はい。本来は最重要機密事項ですが、今回は緊急事態で特例としてお教えします。竹中裕二と浜田孝則です」





「……ん…ぅん…?」

 美月が目を覚ますと、知らない場所で寝転がされており、両腕と両足を縛られ、目隠しをされていることに気づいた。

「ようやく目覚めたか」

 美月が最初に聞いた声は、聞き覚えのない男性の声だった。

「………私…誘拐されてますか?」

「察しが良くて助かる。ムカつくけどな」

 人生で最大の恐怖が美月を襲ったが、美月は必死に恐怖心を押し殺して頭をフル回転させ、悟志との会話を鮮明に思い出していた。

(悟志おじさんに聞いててよかった。役に立たない方がよかったんだけど)


「おじさん。この前ドラマで見たんだけど、誘拐された人が犯人に交渉して解放してもらえることってできるの?5五龍」

「できるわけないよ。普通はね。ドラマだからできたとしか言えないよ。犯人と交渉できる材料があれば話は別だけどね。4一角打」

「でもおじさん昔誘拐されたけど助かったじゃん。ボコボコにされたらしいけど。5二桂打」

「まあ…、そうなんだけどさ。まだ子どもだったし、助かるのに必死だったんだよ。犯人に乱暴されたくなかったらあんなことしないよ。5二角成」

「じゃあ誘拐されても一番被害が少なくて、助かる確率を上げるにはどうするのがベストなの?5二歩」

「状況にもよるんだけど、ざっくり言うと三つ。犯人に反抗的な態度などを取って刺激しないこと。常に冷静でいること。犯人と周囲の状況を把握して情報を集めること。この三つかな?一生役に立たない方がいい知識だけどね。6六金」

「ふーん。8六金の王手で詰み。ね?目隠ししても勝てたでしょ?」

「…参りました。しかも雑談する余裕まであるんだね」


(犯人を刺激しないこと…冷静でいること…情報を集めること…)

 美月は思考を止めることなく、五感を研ぎ澄まし、状況整理を始めた。

(目隠しをされているってことは、私に見られたくないものがあるってこと。でも周りを見てここがどこかわかっても、拘束されてる私は犯人に気づかれず助けを求める手段を持ってない。ということは、私に見られたくないものは犯人の顔。でも私は相貌失認だから顔を見られても問題はないはず。だから犯人は私のことを相貌失認と知らない人。でもわかる。この部屋にはもう一人分の呼吸音がある。私が目を覚ましてから10秒、この人物は動こうとも喋ろうともしない。というより、この匂いは知ってる。でも喋ってきたもう一人は誰かわからない。あと私を誘拐した目的。下手に勘繰られたり刺激しないように、私への警戒心を落としながら情報を聞き出す)

 美月はゆっくり壁にもたれるように上体を起こして座った。

(壁の材質は木材でもコンクリートでも金属でもない。山奥の小屋や倉庫じゃないかも)

「あの……」

「なんだ?」

「一つだけ聞いていいですか?(一つに限定することで答えてくれる可能性をあげる)」

「試しに言ってみな」

「……なんで私を誘拐したんですか?うちはお金持ちじゃないので、あまりお金は…。(絶対相手はお金目的じゃないけど、あえて的外れなこと言う。相手にバカだと思われれば口が滑りやすくなる)」

「はっはっは!違う違う。金なんかいらないよ」

「え?(でしょうね)」

「目的は……、復讐だよ」

「復讐?どなたか存じませんが、私がなにか無礼なことをしていたらごめんなさい…。(もう一回、的外れ)」

「お嬢さんには悪いけど、俺たちが復讐したいのは、月見里悟志と小鳥遊勝也だよ」

「悟志おじさん?(あえて触れない)」

「おいおい。とても頭いいって聞いてたんだけど?気づかない?」

「…え?(気づいてるに決まってるでしょ。バカね)」

「俺の他にもう一人いるんだよ。仲間が」

そう言うと男は美月の目隠しを外した

「やあ、月見里さん。学校サボってこんなところで遊んでたら反省文だよ?」

「えっ!?竹中先生!?(あんたもサボってんじゃないこの数学オタク。というより、目隠しは私の頭の良さを見るために着けてたってわけ?舐めてんの?)」

「さて、お嬢さん。俺と孝則は学生時代からの友人でね。俺たちにはあまり時間がない。だからやり残した月見里悟志と小鳥遊勝也に復讐をするために利用させてもらった」

「悟志おじさんがなにかしたんですか?(この人口軽すぎない?二人とももうすぐ死ぬ。どうやってかはわからないけど。学生時代からの友人ってことは、おじさんに恨みを持ったのは学生時代。20年も前じゃん。どんだけ執念深いの?気持ち悪いんだけど)」

「俺たちはエリートだったんだよ。でも、あの月見里悟志と小鳥遊勝也が俺たちとあるゲームをして……、俺たちに一生消えない屈辱を…」

「ああ、一日たりとも忘れたことないな…」

「だからあいつにこの屈辱を晴らす!じゃなきゃ死んでも死にきれねえ!」

「そ……そうだったんですか。(さっさと死ね。バカ)」

 この会話で美月は知りたい情報のほとんどを知ることができた。そのことに竹中と浜田は一切気づいた様子はない。




 月見里探偵事務所の会議室に神護が入ってきた。

「ようこそお越しくださいました。私がこの事務所の…」

「そんな時間お前さんらにあるのかい?正直、自己紹介も省きたいんだが」

「………そうですね。教えていただけますか?犯人の名前と、月見里美月がどこにいるのか」

佐藤と勝也は邪魔にならないよう一切口を挟むことなく、話を聞くことに専念することに決めている

「月見里美月は町はずれの廃病院の医院長室にいる。犯人は男二人。名前は竹中裕二と、浜田孝則だ」

「犯人の目的はご存じですか?」

「月見里悟志、あとそっちの小鳥遊勝也への復讐だよ」

「え?」

「俺?」

「あらまぁ…」

「犯人の名前に聞き覚えがないか?20年ぐらい前に」

会議室に数秒の静寂が流れたが、悟志と勝也が同時に叫んだ

「「あああああああああ!!!」」

「お二人さん、ちょっとうるさいよ」

「あいつらかよ!畜生が!」

「復讐ね…。良薬は口に苦しと思ってたけど、ただの逆恨みだね」

「まあ俺はお前さんらのそのへんの事情に興味はないよ。ただ無事に事件を解決してくれ。それじゃあな」

 帰ろうと立った神護を悟志が止た。

「ちょっと待ってください神護さん!まだいくつか聞きたいことがあるんですが、よろしいですか?」

「……答えられる範囲ならな」

「では、なぜあなたはそのような情報を知っているんですか?」

「あー…、そりゃ答えられんわ。こっちにも事情があるんでね。まあ強いて言うなら、ある情報通のやつから?みたいな」

「わかりました。神護さんから有力な情報をいただいたわけですが…」

「ああ、金とかいらないから。タダだよ」

「え?では何故このような情報を我々に?」

「借りを作るためだよ。お前さんらが無事にこの事件を解決したら、俺は別のやつに大きな借りができるんだ。だからお前さんらからは何も受け取るつもりはないよ」

「…そうですか」

「あ、忘れるところだった。月見里さん、これをやるよ」

 神護はポケットから二枚の小さな紙を悟志に渡た。

「なんですか?これ?」

「お守り」

「お守り…ですか?」

「ああ。マジでヤバいときに紙を破きな。もしかしたらどうにかなるかもしれん」

「はぁ…。お守り破っちゃうんですか…」

「まあそういうもんだ」

 悟志が紙をよく見ると、二枚とも幾何学的な模様と、中心に文字が書かれている。しかし、その模様の中心に書かれている文字は違っており、一枚目は「宵闇」、二枚目は「柴犬」と書かれている。

「柴犬…?どんなお守りなんですかね…?」

「言ったろ?ヤバいときに破れって。そうそう、破るときは目閉じてた方がいいぞ」

「ん~…、わかりました」

「それじゃあな、俺はもう行くから。こう見えて忙しくてね」

「ありがとうございます」

「礼なんかいいよ。じゃあな」

 そう言うと神護は去って行った。

「悟志、あいつなんか怪しくないか?」

「怪しいけど…、犯人の仲間ではないし、嘘も言ってないと思う。メリットがないよ」

「ヒッヒ!ゎたしもそう思いますよぉ。彼が何者かなんてぇ…今はどうでもいいですからねぇ」

「そうだな。場所が分かったんなら早く行くぞ!」

「うん、わかった」

 三人が会議室を出ようとしたとき、悟志の携帯電話が鳴った。画面には美月の母親であり、悟志の従姉妹の名前が表示されている。

「はい、もしもし」

<あっ、悟志!?そっちはどう?>

「収穫あったよ。美月ちゃんがいる場所がわかったから今から行く」

<本当!?任せていいの!?>

「うん、任せて」

<本当にありがとう。それでね、役に立つかわからないんだけど、あの子の部屋から変わったものが見つかったんだけど>

「変わったもの?」

 その詳細を聞いた悟志は笑みを浮かべ、電話を切った。

「おい悟志、どうし……た?」

 振り返った悟志の目には、見たことないほどの闘志が宿っていた。

「勝也君…、僕…あの二人は絶対に許さないから」

「お…、おう!俺も同じ気持ちだ!」

「ありがとう。今度は完膚なきまでに叩き潰してやる」

「ヒッヒヒヒ!普段温厚な人は怒ると怖いですねぇ」

三人は廃病院へ車を走らせた

「悟志、何か策はあるのか?」

「もちろん。佐藤さんに一つ質問が」

「はぁい?なんでしょぅ?」

「アレっていつでもできますか?」




 2月14日の午前、神護は自室で調べ物をしていた。

「大体のことはわかったな。こんなエリートが地獄行き確定とはねぇ…」

 神護がそうつぶやくと、背後から地獄確定通達人が声をかけてきた。

「学歴と地獄行きは関係ありませんよ。大切なのは生きているときに何をするかですから」

「就活生かよ。お前さんいつの間に来たんだ?ノックぐらいして欲しいんだけど」

「空間をどうやったらノックできるのですか?」

「一休さんみたいなこと言ってんじゃねえ。それで?なんか用があるんだろ?」

「そうでした。例の二人が月見里美月という女子高生を誘拐しました」

「はあ!?」

「今は廃病院の医院長室にいます」

「ちょっと待て!あいつら殺しするんじゃなかったのか?」

「はい。二人が殺したいのは月見里美月ではありません。月見里悟志と小鳥遊勝也です」

「苗字が同じってことは、悟志ってやつの身内か。その美月って子は不運にも寄せ餌にされたってことか」

「そういうことです。竹中と浜田は学生時代、月見里と小鳥遊から忘れることができない屈辱を味わったそうです」

「へー。………ん?月見里悟志って、この月見里探偵事務所の所長じゃねえか。小鳥遊勝也は副所長だな」

「そうみたいですね。インターネットとは便利ですね。職場に欲しいです」

「知らねえよ。こいつらに今聞いた情報教えたら俺の仕事は終わりか?」

「まあ……、そのお二人が殺人を止められるなら、ですが…」

「俺よりこいつらの方が成功する確率高いだろ。でも、念のため保険をかけとくか」

「保険ですか?」

 神護はリビングへ行き、戯れている宵闇の女と柴犬のケルベロスに声をかけた。

「なあ、お前ら」

「神護さん、後にしてもらっていいですか?」

「俺たち今忙しい!」

「俺たち今遊んでる!」

「神護邪魔するな!」

「………一度だけ式神になれるって言われたらなりたいか?」

「「「「なるー!!」」」」





時刻はもう16時を回っていた。廃病院の医院長室に囚われている美月は、情報収集をやめていなかった。

(この部屋……、窓が塞がれてるから光は漏れない。入り口は扉一つだけ。今何時かわからないけど、薄暗いのに電気をつけないってことは、電気が止められているってこと。だからバッテリー式のスタンドライトが4つも用意されている。つまり、この部屋は廃屋の一室。広さ、壁の材質、襲われた地点からの距離、匂いからして………病院?携帯電話も財布も取られたから、外部にこの情報を伝える方法を考えないと。交渉して電話させてくれる可能性は限りなく0に近い……)

 思考を書き巡らせている美月に気づいていない二人は、何時間も武勇伝を話し続けている。

「俺は数学の教師だし、円周率は五万桁言えるようになったよ」

「すげえな裕二。俺はTOEICで900点は固いかな」

「さすが孝則」

(聞いててちょーうざいんですけど…。思考の邪魔にしかならないから黙ってよ)

「そうそう、月見里さん。チョコの材料を買うためとはいえ、夜中に出歩いちゃダメでしょ?お巡りさんに見つかったら補導されちゃうよ?」

「え…あ、すみません。(今更先生面とか何考えてんの?頭おかしいんじゃない?)」

「裕二は悪い生徒を持ったな。まあ、今回はそれを利用したんだけど」

「初めてクラス名簿を見たときは驚いたよ。これであいつらを誘き出せるってわかったからね。今回の計画の最難関は月見里さんをどうやって誘拐するかだ。まず俺が月見里さんをコンビニで偶然を装って会う。先生と夜中に外で会っちゃったら動揺するでしょ?俺は優しいから見逃してあげたけど、それも罠」

「お嬢さんは裕二と喋ってるとき緊張してたろ?別れてほっとした瞬間を狙わせてもらったよ。こう見えて俺は柔道で全国行ったこともあってね。素人の女の子に裸絞め極めて落とすなんて朝飯前さ」

「そう……ですか…。(聞いてないし考えるまでもないこと自慢げに話さないでくれる?どれだけマウント取りたいのこの人たち)」

「暇だし絞め技の一つや二つ教えてやろうか?裸絞め……はいいか。袖車って言ってな、こうやって相手の首の後ろに片腕を回して、もう片方は反対側から袖を掴んでだな…」

「はぁ…。(だからいいってば)」

 さすがに美月が苛立ってきたとき、離れた場所でドーンという音がした。

「来たか?」

「そうらしいな。思ったより早いな」

(誰か入ってきた。足音は………三人分。足音が重なって正確に聞き取れないから誰かわからないけど、このタバコの臭いは間違いない)

「……フゥ~…」

 悟志と勝也が医院長室の扉を開けて中に入った。

「おじさん!(二人が入ってきた。残った一人は扉の陰に隠れてる。つまりもう一人は何かの作戦で後から入ってくるってこと)」

「…フゥ~…。美月ちゃん、ちょっと待っててね」

「来やがったな?月見里悟志と小鳥遊勝也…」

「調子に乗って探偵事務所やってるらしいな。あんときの屈辱は今まで忘れたことないぞ」

「知るかよ。ただの逆恨みじゃねえか。20年も根に持ってんじゃねえよ石頭」

「正直、今の僕、けっこう頭に来てるからね。関係ない美月ちゃんまで巻き込んだんだから、覚悟してもらうよ。…フゥ~…」

 扉の陰で様子を聞いていた佐藤は、自分の役割を果たすため、息をひそめていた。

(ヒヒッ!ゎたしの出番が楽しみですねぇ…)

「さて、僕らが来たんだから美月ちゃんを解放しても問題ないよね?」

「そうは行くかよ。このガキは大事な人質だぞ?」

「ああ、俺たちがお前らを殺すまで解放しねえよ。もっとも、解放するかどうかは、その時の気分次第だけどな」

「悟志…」

「わかってるよ。二人に一個お願いがあるんだけど」

「バカか?」

「そんなもん聞くかよ」

 悟志は二人の言葉を聞かず、ビニールの小袋を一つ、美月の近くに投げた。

「…なんだよこれ?」

「耳栓だよ」

「「はあ?」」

「その子にはまだ刺激が強い会話になるからね。あまり聞かせたくないんだ」

「フッ、会話じゃなくてお前の断末魔だろ?」

「まあ俺たちは優しいからな、それぐらいならいいぞ」

(はい、僕の勝ち。変わってないね)

(こいつら成長してねえな。その傲慢さが命取りだ)

(方法はわからないけど、大きな音を鳴らす作戦。問題は二人がまだ耳栓をしてないってこと。その隙を作るために、隠れているもう一人がいる。多分、音を鳴らすのもその人)

 孝則が強引に美月に耳栓をし終えた。

「じゃあ、大人しく殺されてもらおうか」

 裕二と孝則がナイフを構えて悟志と勝也に近づいてきた。

「…フゥ~…。言ったでしょ?覚悟してもらうって。僕たちが無策で敵地に来るわけないでしょ?」

「悪いが、今回も俺たちの勝ちだ」

「「はあ?」」

「入ってきていいよ。佐藤さん」

 悟志がそう言うと、扉の陰に隠れていた佐藤がゆっくり入ってきた。

「誰だよそいつ?」

「お前んとこの探偵か?」

「ヒヒッヒヒ!どうもはじめしてぇ…。佐藤誠ですぅ…」

「「佐藤誠だと!?」」

「ぉやぁぁ?ゎたしのことをご存じですかぁ?」

「当たり前だろ!20人殺した歴史的な猟奇的連続殺人鬼じゃねえか!」

「こんなサイコパス野郎がなんでここにいるんだよ!?」

 裕二と孝則は佐藤の登場に驚き、視線を佐藤に釘付けにしてしまった。その一瞬の隙に、悟志と勝也は耳栓をし、佐藤に視線の合図を送った瞬間、

「…ヒ!ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」

「ぐあっ!なんだこれ!?」

「耳が…!」

「いっ……つ…!(耳栓しててこれって、直接聞いたら鼓膜破れるんじゃないの!?)」

 突然狭い部屋で直接聞く金切り嗤いは、裕二と孝則を数秒間行動不能にした。しかし、その数秒で十分だった。裕二と孝則が両耳を抑えた瞬間、勝也は美月のところまでダッシュし、担いで部屋から出ることに成功した。

「ハア~……ハア~……、あなたたちぃ……バアカですねえ!!」

「え?…あ!」

「はあ!?ふざけんな!!」

 悟志が耳栓を外して二人に語り掛けた。

「はい、僕の勝ち。美月ちゃんに耳栓をさせたのは、この嗤い声を聞かせないようにするためだよ。ちょっとは聞こえるけど、直接聞くよりマシだからね。そして、美月ちゃんも勝也君も逃がせた。…フゥ~…」

「ヒッヒ!ただの雑魚でしたねぇ。ゎたしは帰りますよぉ。嗤うだけでいいなんてぇ…楽な仕事ですねぇ…」

 そう言い終わると、佐藤は部屋から出て行った。

「ふっざけんな!まだ終わってねえ!」

「そうだ!月見里悟志!お前だけでもぶっ殺してやる!」

 二人がナイフを構えなおすと、悟志は吸い終わったタバコをポケット灰皿に入れて話しかけた。

「じゃあゲームをしようよ」

「「はあ?」」


 廃病院の外で、勝也は美月の拘束を解いた。

(………この人の匂い…)

「これでいいな」

「あ……、ありがとうございます。あなたがおじさんがいつも言ってる勝也さんですか?」

「そうだけど、あいつなんて言ってんだ?」

「この世で一番信頼できる人って」

「ああ…、言ってそうだな…」

「これからどうするんですか?まだおじさんともう一人中にいますよね?」

「ああ、いるよ。でも俺がすることは、警察に通報。誘拐と監禁の現行犯だからな」

「え!?じゃあ二人はどうするんですか!?」

「後から入ってきたあいつはすぐに帰ってくる。悟志はあいつらにゲームを申し込む」

「ゲーム?私たちが逃げるための時間稼ぎなのはわかりますけど、なんでゲームなんですか?」

「20年前、俺たちはあいつらとゲームをして勝ったんだ。悟志の頭脳でな。俺もちょっとは役に立ったらしいけど」

「だからなんですか?」

「どうせあいつら、監禁中ずっと知識自慢やマウント取ってきただろ?あいつら知識はあるが、頭は固いしプライドが高い。そんなやつらが、今も忘れられない屈辱を味わわせた悟志からゲームを申し込まれたら、プライドが邪魔をして100%ゲームを受ける。悟志に勝つ最後のチャンスかもしれないからな。殺しちまったら二度と悟志に勝てなくなる」

「なるほど…。それで警察が来るまで時間を稼ぐわけですね」

「いや、ゲームに勝って見逃してもらう算段らしい」

「なに考えてるんですか!?あいつらが約束守る保証どこにあるんですか!?」

「ない。正直、そこだけ綱渡りだな。だから俺にできることは、警察に通報することだけなんだ。悟志から絶対戻ってくるなって言われててな。まあ可能性は低いが、警察が間に合うかもしれないしな」

「心配じゃないんですか?」

「心配に決まってるだろ。でも、あいつが俺を信じてくれているのと同じで、俺もあいつを信じてる」

「そうですか…。あともう一つ聞いていいですか?」

「ん?なんだよ?」

「タカナシってどういう漢字ですか?」

「え?小鳥が遊ぶって書くけど?それがどうかしたか?」

「………嘘でしょ…」

「え?なんだよ?」

「ヒッヒッヒ!楽しそうですねぇ。ゎたしも混ぜてくださいよぉ」


「ゲームだと?」

「お前状況わかってんのか?」

「うん。だからこそだよ。君たちは僕に負けているよね?リベンジさせてあげる」

「んだとお!?」

「あんときゃ運が悪かったんだよ!」

「じゃあ運で勝負をしようよ」

「「はあ?」」

「君たちは頭脳でも運でも、僕に勝てないことを証明して完膚なきまでに叩き潰してあげるよ」

「はあ!?上等じゃねえか!」

「ああ!やってやるよ!」

「じゃあこのゲームに僕が負けたら、殺そうが拷問しようが好きにしていいよ。逆に勝ったら見逃して」

「おう」

「なにで勝負すんだよ?」

「急いで来たから何も道具持ってないんだ。だからコイントスはどう?」

「コイントス?」

「表か裏か当てるだけか?」

「それじゃあ面白くないよ。「何回連続で同じ面が上になるか賭ける」ってのはどう?違う面が上になるまでトスを続けるってことで回数制限は無し」

「……なるほどな」

「ちょっと待て。こっちは二人いるんだから、二つ選択できるってことでいいだろ?」

「うん、いいよ。先に選んでいいし、君たちが選択した回数に僕は賭けないよ」

「もう一つ。俺が1回、お前が3回で賭けて2回連続の結果みたいに、両者外れかつ絶対値が同じだったらどうなる?」

「両者外したら近い方が勝ちってしたいけど…、その場合だったらやり直しかな」

「ふざけるな。そんなチンタラできるか」

「そうだな。その場合俺たちの勝ちにしろよ。そのゲーム受けてやってんだからよ」

「う~ん…、わかったよ。じゃあその代わりにトスは僕がやらせて。命懸けのゲームなんだし」

「イカサマするだろお前。信用できねえ」

「僕はトスしたコインをキャッチせずにそのまま床に落とすよ。それならイカサマできないでしょ?」

「まあ、それなら」

「ああ、いいぞ」

「それで、使うコインなんだけど…」

「「お前のはだめだ!」」

「…だよね」

「コインにイカサマしてるだろ!」

「してないよ。そう言われたら同じ理由で君たちのコインも使いたくないんだけど」

「ならあのガキの財布に入ってるコインを使えばいいんじゃないか?」

「あ、それいいな。それなら文句ない」

「わかったよ。じゃあ美月ちゃんの財布そこから投げて」

「ああ、ほらよ」

 悟志は孝則が放り投げた美月の財布をキャッチし、中から100円玉を一枚取り出した。

「じゃあ二人とも、何回連続同じ面が上になるか賭けてよ。だいぶそっち有利なんだから、どんな結果が出ても文句言わないでよ?」

「言うかよ!」

「死ぬ前にお前だけには勝つ!」

(………やっぱり成長してないね)

 裕二と孝則は小声で相談を始めた。二人は京大出身で、裕二は高校の現役数学教師だ。コイントスでの確率の計算など朝飯前だが、問題はそれがただの確率であること。勝てる確率が分かったとしても、100%勝てるわけではない。極端な話、100回連続表が出る確率も0ではない。

(……二人とも悩んでいるね。でも君たちは勝負師じゃない。頼るのは結局のところ確率と知識。コイントスは表と裏しかない。だから連続して同じ面がでる確率の計算は単純。でもこのゲームに確率の計算は一切必要ない。でもあの二人なら…)

「決まったぞ」

「0回と2連続だ」

(……やっぱりね。何も気づかず一番勝つ確率が高い二つを選んだ。僕が勝つには3連続以上同じ面を出す必要がある。…って思ってるんだろうね)

 悟志はゆっくりとタバコに火を点けた。

「…フゥ~…」

「最後のタバコか?」

「さっさと何連続か宣言しろよ」

「…フゥ~…。10連続」

「「はあ!?」」

「ん?なに?」

「お前確率の計算できねえのか!?」

「普通そこは3連続だろ!?」

「言ったでしょ?完膚なきまでに叩き潰すって。3連続じゃ足りないよ。じゃあ始めようか。まず、基準となる面」

 悟志は親指で100円玉をピーン!と弾くと、そのままキャッチせず床に落とした。

「…フゥ~…。100って書いてある面だから裏だね」

「ああ」

「勝負は次からだ」

 悟志はコインを拾った。

「確認だけど、君たちは0回と2連続だったね」

「そういうのはいいから!」

「僕は10連続なんだから、どんな結果でも文句言わないでよ?」

「うっせえ!さっさとやれ!」

「はいはい」

 再び悟志の親指にピーン!と弾かれた100円玉は床に落ち、100と書かれた面が上になった。

「裏。2連続だね。…フゥ~…」

「チッ!」

「次だ次!」

「それじゃあ三回目」

 ピーン!と弾かれた100円玉は、また100と書かれた面を上にして床に落ちた。

「裏。3連続」

「クッソ!」

「いや!まだだ!あいつ調子乗って10連続って言ってる。6連続まで俺たちの勝ちだ」

「6連続って………0.03%か?」

「計算なんてしてないで次行くよ?」

 100円玉はピーン!と弾かれた。

「裏。4連続」

「はあ!?」

「マジか!?」

「まだ終わってないよ?」

ピーン!

「裏」

「嘘だろ!?」

「なんでだ!?」

ピーン!

「裏」

「「はあ!?」」

「もう遅いよ」

ピーン!

「裏」

「どういうことだ!?」

ピーン!

「裏」

「おいちょっと待て!」

ピーン!

「裏」

「お前!ちょっとそのコイン見せろ!」

ピーン!

「裏。10連続。僕の勝ちだね。…フゥ~…。好きなだけ見ていいよ。はい」

 悟志は拾った100円玉を二人に放り投げた瞬間。

「なんだこれ!?」

「両面裏じゃねえか!?」

「…フゥ~…。ダブルサイドコイン。両面同じでマジックなんかに使われるコインだよ」


 事務所を出る前、悟志が美月の母親から電話で聞いていた。

<ゴミ箱からマジック用品みたいなんだけど、両面裏の100円玉が入っていた箱が見つかったんだけど…。これなんなの?>

「それダブルサイドコイン?部屋にある?」

<不思議に思って部屋中探したけど見つからないの>

「………なるほどね。多分美月ちゃんの財布の中にあると思う。マジックやイカサマでそのコイン使うなら財布にしまうはずだからね。なんで持ってるかはわからないけど、ありがとう」

<役に立ったの?>

「うん。犯人に100%勝てる方法を思いついたよ」


「イカサマじゃねえか!」

「こんなの無効だろ!」

「…フゥ~…。ゲームの内容は「何回連続で同じ面が上になるか賭ける」だよ。それに念押ししたよね。どんな結果でも文句は言わないって」

「それとこれとは話が別だろ!」

「じゃあなんで君たちは最初にコインを調べなかったの?」

「「え?」」

「…フゥ~…。20年前、僕は同じようなことを君たちに言った。君たちの知識量は僕に勝ってるだろうけど、固定観念がある。確率は0%じゃないけどコイントスで10連続同じ面が出るわけがない。誘拐して一日一緒にいた女の子の財布に特殊なコインがあるはずがない。両面裏の100円玉があるわけがない。そう思ってたでしょ?僕はこのゲームに君たちを誘導してたんだ。僕がこのゲームで君たちに飲ませたかった条件は2つ。僕がトスすることと、美月ちゃんの財布にあるコインを使うこと。それさえ出来れば僕は100%勝つ。だから僕は最初から運で勝負してない。頭脳での真っ向勝負だよ」

「ふざけんな!」

「なにが頭脳だ!」

「君たちは勝負師じゃない。頭の固い賢者だよ。ここ一番で頼るのは確率の計算と知識。それじゃあ勝てないよ。まあ勝負師じゃなくても、すぐこのコインに気づくよ。美月ちゃんも、佐藤さんも、勝也君も簡単に看破できるよ。…フゥ~…」

「こ……んの…」

「てめぇ……」

「断言するよ。どれだけ知識をつけても、20年も経ってその傲慢さ、固定観念、なにも成長しなかった君たちは、僕たちに死んでも勝てないよ」

「ふざけんなああ!!」

「ぶっ殺してやるあ!!」

 鬼の形相をした裕二と孝則がナイフを構えて悟志に向かって突進してきた。

「約束と違うね」

「うるせえ!」

「お前だけは!」

(あー…、頭に来てたからちょっと言い過ぎちゃった。ダメだったらダメの作戦だったし、殺されることも覚悟してたしなぁ…。しょうがない。今が多分マジでヤバいときだと思うし、神護さんに頼ってみようかな)

 悟志は目を閉じ、ポケットから出した「柴犬」と書かれた紙を破った。すると目の前が一瞬光ったかと思うと、聞いたことのない声が聞こえた。

「出番!?出番!?」

「こいつら敵!?」

「月見里逃げて!」

(え?三人分の声?味方?)

 悟志には見えていないが、裕二と孝則は突然現れた柴犬のケルベロスに一瞬ひるんだ。

「うお!!なんだこいつ!?」

「なんなんだ!?この犬!?」

(犬?よくわからないけど、念のためもう一枚破っておこう)

 悟志は「宵闇」と書かれた紙を破った。同じく目の前が光ったかと思うと、若い女性の声が聞こえた。

「は~い!こんばんは~!ちょっと宵闇には早いですが出ちゃいました~!」

(え?女の人?どこから?)

「今度は女!?」

「こいつなにをした!?」

「月見里さん!早く!」

「行け!」

「逃げろ!」

「任せろ!」

「う……うん!よくわからないけどありがとう!」

 悟志は部屋を出ると目を開けてから走って逃げ、無事に廃病院から出ることができた。

「おじさん!」

「悟志!」

「所長お!」

「…はあ……はあ……。ただいま」

 数分後、現場に駆けつけた警察官は、裕二と孝則の自殺死体を発見したが、犬と女性は見つけられなかった。




 日没後、神護の部屋に地獄確定通達人がやって来た。

「お見事ですね。誘拐された月見里美月は解放され、二人は自殺しました」

「知ってるよ。あれ見えないのか?」

 神護が指を指した先には、大騒ぎしている宵闇の女と柴犬のケルベロスがいた。

「やったー!私たち悪者に勝ったー!」

「俺たち強い!」

「俺たちかっこいい!」

「式神楽しかった!」

 その様子を見て地獄確定通達人は微笑んだ。

「これはこれは、楽しそうですね」

「うるさいだけだよ」

「ところで、あの方々は本当に式神になったのですか?」

「いや、なってない。あいつらに害はないし霊力も弱い。だからそこらの紙と墨で簡単な封印をしただけ。簡単な封印だから紙を破ればその場に現れる」

「ほぉ~、上手に使いますね。でもどうして月見里悟志を守るように行動したのですか?」

「あいつらに言っといたんだよ。「式神は術者を守るものだ。今回の術者は月見里だから月見里を逃がすようにしろ」ってな。そしたら楽しそうに封印させてくれたよ。「式神かっこいい!」って言いながらな」

「お口が達者なことで。最後にもう一つ。怪異は普通の人には見えないのではありませんでしたか?」

「見えないさ。だから三つほど術式にちょっと細工をした。目的を達成したらこの部屋に戻ってくる。紙が破られて封印が解けたら、普通の人間でも姿が見えるし声も聞こえる。そしてその効力はこの部屋に戻ってくるとなくなる。封印自体が簡単だから、これぐらいのオプションはつけられる」

「なるほど。兎にも角にも、我々は神護さんに大きな借りができたというわけですね」

「そうなるな。まあ、お前さんらに金とか求めんから、俺が死んだあとなんか優遇してくれればいい」

「わかりました。上司と相談します」

 その時、神護の携帯電話が鳴った。

「ん?……あっ!やべえ!!」

 携帯電話の画面に「幽谷ゆうこく」と表示されている。

「おや?どうしましたか?」

「………俺もうすぐ死ぬかも」

「はい?急にどうしたんですか?」

 神護は恐る恐る電話に出た。

「…もしもし……」

<あらぁ~所長ぉ~。お元気そうですねぇ~。今日で無断欠勤何日目かご存じですかぁ~?>

「いや!幽谷ちゃん!これには深いわけがあってさ!執筆だよ執筆!ね!?」

<何日も無断欠勤するほど集中なされてたんですかぁ~?しかもぉ~、今日は調査に行く日でしたよねぇ~?>

「え!?…あっ!ごめん!本当にごめん!」

<私待ってたんですけどぉ~?事務所でずぅ~っとぉ~。一人でずぅ~っとぉ~。何時間もずぅ~っとぉ~>

「本当にごめん!いや、連絡しなかったのは悪かったけど俺にも事情が…!」

<約束覚えてますかぁ~?>

「え………。いやいやいや!待って!あれはマジで勘弁して!本当に死ぬ!今度こそ死ぬ!少なくとも呪われるから!」

<調査報告書待ってますねぇ~。しつれ~しま~す>

「待ってえええええ!!」

 幽谷は神護の言葉を聞くことなく電話を切った。肩を落として暗い顔をしている神護に、宵闇の女と柴犬のケルベロスが寄ってきた。

「あれ?神護さんどうしたんですか?」

「神護暗い!」

「神護元気ない!」

「神護悩み事!?」

「…………やっぱ人間の方が怖えわ…」





 もうすぐ日没の時間。佐藤、悟志、勝也は美月を自宅まで送って行った。少し離れたところに車を止め、美月が徒歩で自宅へ向かうと、一人の少年が突然美月に駆け寄り抱きしめた。

「美月ー!無事で本当に良かった!」

「ちょ…あんた離れて!セクハラ!」

 その様子は車内の三人にも見えていた。

「あれ?勝也君、あの男の子…」

「ん?ああ、うちのボウズの祐介だな。お友達だったのか」

「おやぁ。それはそれはぁ」

「邪魔しちゃ悪い。行くぞ」

「そうですねぇ」

「え?邪魔って?」

「悟志は黙ってろ」

「所長は気にしなくていいんですよぉ」

「ん~…、扱い酷くない?」

 三人を乗せた車は走り去って行った。未だ祐介に抱きしめられている美月は静かに口を開いた。

「………ゴメン」

「え?なにがだよ?」

「約束……。バレンタインデーにチョコ渡せなかった……」

「何言ってんだよ!俺はお前が無事ならそれでいいよ!チョコなんか貰うより、美月が無事に帰ってきてくれたほうが嬉しいに決まってるだろ!」

「…っ!!!」

 その瞬間、美月が片腕を祐介の首の後ろに回した。

「ん?」

「離れないで」

「え?なんで?」

「もし離れたらこのまま袖車で首を絞めるから」

「えっ!?何それ!?こわっ!!わかった!離れないって!だからやめて!」

「うるさい。(こんな顔見られたら…恥ずかしくて死ぬ…)」

 美月の顔は、夕日よりも濃い色に染まっていたが、誰も知る由はない。

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