第2話 殺し屋の弾丸

 ある国のある廃倉庫の地下を改造し、一人の男が住んでいる。職業はいわゆる殺し屋。世界中の政府や軍の要人、一流企業の役員や関係者、はたまた浮気相手と幅広く請け負っている。

何人殺したかは20人を越えたら数えるのをやめたが、おそらく3桁いっていると思われる。どんな人間も冥界に送ることから、ギリシャ神話で冥府への河の渡し守である「カロン」と呼ばれるようになった。




 ある日、カロンはいつものように、獲物の銃やナイフの手入れをしていた。すると、地上に隠してあるインターホンが3回鳴った後に、もう3回鳴る音が聞こえた。

「………依頼人か」

 そう呟き、上の扉を開けるスイッチを押し、仕事の話をする部屋へ向かう。


 仕事の話をする部屋はシンプルだ。細長いテーブルを挟んで1脚ずつ椅子がある。しかし、互いの顔が見えないように、テーブルの上から薄い鉄板で部屋が遮られている。鉄板は話ができるように離れた場所に数ヶ所小さな穴が開いている。また、物の受け渡しが出来るようにテーブルと接しているところに、縦10cm、横30cmほどスキマが開いている。あとは天井から電球がぶら下がっているぐらいで他にはなにもない。


 先に部屋に着いたのはカロンだった。灰皿を持ってきて、依頼人がまだ来ていないのを確認すると煙草に火をつけた。待つこと数十秒、錆びた扉を開けて依頼人が入ってきて椅子に座った。

「いらっしゃい」

「カロンさん、今回もよろしくお願いします」

「チッ、おめえかよ」

「おや?お客さんに向かってそれはないでしょう」

「おめえの依頼はいつも意味がわからんしめんどくせえ」

「まあまあ、そう言わずに。ちゃんと報酬も払いますから。ね?」

「まあ確かに金は貰ってるし………で?今回のターゲットは?」

「あ、やっぱりなんだかんだ言っても受けてくれるんですね」

「うるせえ」

「この人です」

 カロンは鉄板のスキマから渡された写真を見る。

「あん?女の子?」

「はい、名前や住所はこっちの紙です」

「ふーん。で?この子、政治家の娘とか?」

「いえ?」

「じゃあどっかの社長令嬢?」

「いえ?普通の家庭の普通の子です。知り合いにもそんな人いませんよ」

「…………はぁ~…」

「ん?どうしました?」

「またこんな依頼持って来やがって……」

「でも毎回ちゃんと「仕事」してくれるじゃないですか」

「いや、そりゃするけどよぉ………」

 カロンは「なんでこいつがターゲットなんだ?」と聞くことができない。この仕事は依頼人と信頼関係が最も重要だからだ。もし「なぜこいつを殺すんだ?」と聞いて依頼人が答えた場合、均衡していた立場が崩れる。カロンからすれば、もしかしたら依頼人が警察にチクるかもしれない。依頼人からすれば、口封じのため殺されるかもしれない。互いに信頼していなければならず、平等関係を崩すことは許されないのだ。

「ではいつものようにお願いします。もちろん、手段は選ばなくてけっこうです」

「はいはい、わかってるよ。そういやこの子何歳?」

「13歳です」

「13!?」

「なんでそんなに驚くんです?」

「いや………もっと上かと思ってな。最近のガキは発育いいな」

「……………本当にそう思いました?」

「……チッ、はぁ~………はいはい、そうだよ」

 カロンは「さすがにかわいそうだな」と同情したのを依頼人に見抜かれた。

「年齢関係せず「仕事」すればいいんだろ?てか、この写真いつ撮ったんだ?」

「昨日です」

「はあ!?じゃあ………」

「はい、大至急「仕事」に行ってください」

「お前今何時かわかってんのか?もうすぐ日付変わるぞ?」

「わかってます。でも大至急でお願いします」

 無論、カロンは「何故大至急なのか」と質問できない。

「………報酬いつもの倍な」

「かまいませんよ。それでは失礼します」

「んにゃろう……こっちも早く出ねえと!」

 依頼人は悠々と外へ、カロンは慌てて荷物を準備し紙に書かれた住所へ向かった。





「ふーん、ここかぁ」

 カロンは準備を終え、ターゲットの女の子が住む家の近くにやって来た。周りはごく一般的な住宅街だ。ターゲットの家は2階建てで、おそらく自室は2階にある。下校時刻までまだ時間があったため、カロンは事前に調べていた女の子の自室が見える位置にあるマンションの空き部屋を使うことにした。

「お、運がいいな。ここなら玄関も見れる」

 双眼鏡片手に周囲の状況を確認する。

「天気は曇り、風は弱い、ターゲットの部屋までは約900mくらいか?狙撃するなら余裕だな。遮蔽物もないし。両隣の家がけっこう近いが……まあ騒がれても大丈夫だろ」

 カロンは周囲の状況を確認すると、軽食をとったり煙草を吸って一服していた。下校時刻までの時間潰しだ。




「………そろそろか?」

 下校時刻になり、ターゲットが帰宅するのを確認するため双眼鏡を覗く。

「………………お、来た。……ん?」

 ターゲットが帰ってきた。そこでカロンは異変に気づいた。

「なんで首に包帯巻いてんだ?しかも素人が巻いたみたいだな。おととい撮った写真にはそんなものねえ。………………………ああ、なるほど。ま、俺は俺の「仕事」をするだけだ」

 合点がいったとき、ターゲットは家の中へ入っていった。ターゲットが家に入って1分しないうちに、カロンが見張っていた2階の部屋にターゲットが入ってきた。首の顎に近い部分をさすっているようだ。

「ラッキーだな。あの部屋で正解だ。しかもあの子カーテン閉めねえ。時間は………まだ早いな。夜に一人でいるときだ」

 そう呟いたカロンはスナイパーライフルの準備を始めた。





 22時を回った。ターゲットは部屋の隅で机に向かっているようだが、カロンからはわずかに背中が見えるだけだ。

「まだまだ。待つんだ。チャンスは一発。絶対に外せない」

 サイレンサー付きのスナイパーライフルのスコープから、ターゲットの一挙手一投足に気を配り続ける。しばらくすると、ターゲットは部屋の真ん中辺りで立ち止まった。

「今だ!昼より風がある。弾道を計算に入れて狙うは…ターゲットの頭、中心から後頭部へ斜め上62度28…いや27センチ!」

 ターゲットはカロンが引き金を引くとほぼ同時に床に倒れた。

「………ふぅ、命中。さすが俺」

 カロンはライフルを双眼鏡に持ち変えて部屋の様子を見る。物音に気付いたのか、すぐに両親が部屋に入ってきた。母親は悲鳴をあげるほど驚いたのか、目を見開き両手で口を押さえている。父親は窓の死角になっているが、しゃがみこんでターゲットになにか叫んでいるようだ。

「ま、これで俺の「仕事」は終わりだ。さっさとずらかるよ」

 カロンが街から出るときは、パトカーと救急車のサイレンが鳴り続けていた。




 あれから1週間が経った。カロンのアジトに依頼人がやって来た。

「いや~、さすがカロンさん。お見事です」

「……………」

「おや?なにかご機嫌斜めのようですね。どうしました?」

「なんで俺、お前の依頼受けてんのかなって思ったんだよ」

「どういうことです?」

「最初はほっときゃすぐくたばるジジイ、そっからサラリーマンやら主婦やら……今回は13歳の女の子………」

「何か問題でも?」

「お前、俺が誰だか知ってるか?」

「どんな依頼も完璧に成し遂げる殺し屋のカロンさん」

「じゃあ毎回毎回依頼持ってくるんじゃねえよ!!!」

 あのとき、カロンが撃ち抜いたのは女の子の頭ではなく「首吊りに使うロープ」だった。女の子がロープの輪に顎を乗せて体重を預ける瞬間、カロンはライフルの弾丸でロープを切って自殺を止めたのだ。

「でもちゃんと自殺止められたじゃないですか」

「そりゃ「仕事」だからな。依頼されればなんでもやる。でも俺の職業は殺し屋だ。こういうのは警察か精神科に行ってこいよ」

「それができれば……」

「あん?なんつった?鉄板あるからはっきり喋れ」

「いえ、いくつか質問があってですね。お聞きしてもいいですか?」

「なんだよ?」

「報告では「彼女が首を吊って自殺しようとしてたから、ロープをライフルで撃った」と言いましたよね?」

「ああ」

「何故彼女が首を吊って自殺しようとしたのがわかったんですか?」

「首に包帯巻いてたからだ」

「え?包帯?」

「やっぱり知らなかったな。お前の写真は前回ここに来る前日のものだ。つまり、あの日あの子は首に怪我をした。しかも巻き方が素人くさかったから、自分か家族が巻いたんだろう。医者に行ってねえ。俺はあの子が学校から帰ってくるところで見たんだ」

「それだけですか?」

「問題は「どういう怪我をしたか」だ。医者に行かない程度の怪我で包帯巻くか?しかも首だ。揚げ物の油被ったなら顔や肩も包帯で巻く。切り傷なら絆創膏で十分だ。包帯巻く程の切り傷なら死ぬわ」

「じゃあ何ですか?」

「首を吊ったときに付いたアザ、もしくはロープの跡だ」

「え!?じゃああの日にもう自殺しようとしてたってことですか?」

「そうなる。でも失敗した。俺が行ったときに生きてたからな」

「ロープが切れたとかですか?」

「違う。俺は1度あの家の前を通ってみた。そこから周りの塀や木からあの子の身長が大体分かる。150センチのやせ型だ。体重は45キロぐらいだろ。そんな小柄な女の子吊るした程度で切れるロープねえよ」

「じゃあなんで失敗したんですか?」

「吊ってる最中に親が部屋に入ってきた。それ以外に考えられねえ」

「なるほど………」

「…………お前、話終わったと思ってないか?」

「え?」

「自分の娘が首吊ってたら普通どうする?」

「精神科に連れていきますよ」

「もし首吊ってた時間が遅かったら?」

「学校休ませます。………あ!」

「そう、あの子は学校に行っている。包帯で自殺の跡を隠して。つまりあの両親は娘の体調…いや、命より世間体を取った」

「そんな………」

「だから俺はライフルを使った。ライフルの弾丸が部屋にブチ込まれたら誰だって通報する。もちろん、娘がどういう状況だったか説明せざるを得ない。そのためにもう一回あの子が首吊るのを待ったんだよ」

「そうだったんですか……。あれ?なんでもう一回首を吊るのがわかったんですか?」

「あん?わかるだろ?」

「他の死に方選ぶ可能性ありますよね?」

「ない」

「何故です?」

「めんどくせえなあ………。飛び降りだったら家に帰ってこない。刃物で自分を刺すならさっさとやって死んでる。そして、首吊りが一番楽な死に方だからだ。以上」

「楽っていうのは準備が楽ってことですか?」

「以上って言ったじゃねえか……。そういう意味じゃなくて、苦しまずに死ねるって事だよ」

「そうなんですか?」

「ああ。普通に首締めたら気管が締まって窒息する。これはめちゃくちゃ苦しいが、締め方を変えると楽になる。と言っても少々苦しいがな」

「じゃあどうするんです?あ、別にやるつもりはないですよ?」

「わかってるよ。格闘技で「落ちる」って言うだろ?あれは首にある血管を締めて脳に血が行かないようにして失神させるんだ。それを首吊りのときにやる。ロープを顎に沿って首を締めれば、気管じゃなくて血管が締まる」

「それが長時間続けば死ぬってことですか?」

「そう。イメージとしては………輪ゴムを指に巻くのを首でやるのと同じだよ」

「へー。さすが殺し屋さん」

「褒めてねえだろ」

「褒めてますよ。カロンさんはそこまで見抜いて、彼女がもう一度首を吊るのをわかってて阻止した。カロンさんに依頼して正解でした」

「うるせえよ」

「安心してください。もう来ませんから」

「そうかい」

「………理由は聞かないんですね」

「依頼人の事情を聞かないのはこの世界じゃ鉄則だ」

「そうですか………。最後に1つ聞いてもいいですか?」

「なんだよ」

「カロンさんはどうして殺し屋をやっているんですか?」

「………言ってもお前には理解できねえよ」

「そうですか………。では、今までありがとうございました」

「おう、じゃあな」

 依頼人は出ていき、カロンは奥へ戻って行った。




 それから1年ほど経った。例の依頼人はあれから一度も来ていない。そんなある日、カロンがコーヒーを飲みながらテレビを見てくつろいでいた。

「なんかおもしろいもんやってねえのか?」

 チャンネルをポチポチ変えていた手が止まる。

〈次は、先日亡くなった一流大企業の社長が、亡くなる前に、当番組が独占インタビューした映像を公開します〉

「ん?この前死んだ社長か。たしか難病で苦しんでたらしいな。なんか言ってたのか?」

 テレビには痩せ細り、髪の毛が全て抜けきった、パット見では性別のわからない人物が映っている。

〈インタビューにご協力いただきありがとうございます。本日はよろしくお願いします〉

〈こちらこそよろしくお願いします〉

「ぶぅふっ!……ヴォホッ!………この声!!」

 カロンはコーヒーは吹き出た。この声の持ち主こそ、カロンに自殺を阻止させる依頼をしていた人物だ。

「あいつ…ウォホッ!ゲホッ!……あの会社の社長だったのかよ!」

 インタビューでは、闘病生活や会社のこと、自分の人生のことが語られた。

〈最後に、これだけは言っておきたいことってありますか?〉

〈そうですね……。実は……私はいわゆる殺し屋さんに何回か依頼したんですよ〉

〈え!?〉

〈と言っても、殺人ではなく、自殺をしようとしている人を止めるためですが〉

〈な…何故そのようなことを?〉

〈私の恩師が自殺をしようとしているのを知ったんです。でも、警察や精神病院は取り合ってくれませんでした。そこで、誰かは言えませんが、一流の殺し屋さんの話を聞いたのです。あのときは自分でもどうかしてたと思います。殺すことを仕事にしている人に、死なせないように依頼したんですから〉

〈その………殺し屋さんはなんて言ったんですか?〉

〈すごく怒られましたよ。「これは自分の仕事じゃない」って。でも何十分も説得して、報酬も払うって言い続けて、やっと引き受けてくれたんです〉

〈恩師はどうなったんですか〉

〈殺し屋さん、ちゃんと自殺を阻止してくれました。どうやったかはさすがに言えませんけど〉

〈不思議な話です。信じられません〉

〈でも事実です。その後、私の体にこの病気が見つかったのです。残された寿命も残り僅かです。なら、一人でも多くの命を救おうと独自で調査し、自殺しようとしている人を探しました〉

〈その人たちの自殺を阻止させるために、また依頼したんですか?〉

〈はい、そうです。殺し屋さんは銃やナイフといった「人を殺すための道具」を「人の命を救う道具」にしたんです。私はあの人を「殺し屋」とは思っていません。心優しい……そうですね……「死なせず屋」と思ってます。そして、人生で一番感謝しています。この場をお借りしてお礼を言わせてください〉

〈はい、かまいませんよ。どうぞ〉

〈名前……言っちゃ駄目ですよね。死なせず屋さん、本当にありがとうございました〉

 インタビューはそこで終わった。

「………………………」

〈殺し屋がそんなことするんですかね?〉

〈でも、あの人が嘘を言うとは思えない。私は

 カロンはテレビを消した

「………………俺は殺し屋だ。馬鹿が」

 そう呟くと、カロンは冷めたコーヒーを一気に飲み干した。





 数年後、カロンは同じアジトで「仕事」を続けていた。そんなある日、依頼人がやって来た。

「いらっしゃい」

「カロン、頼みがある」

「あんたか。で、俺は今日どっちだ?殺し屋か?」

「いや、死なせず屋だ」

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