第39話

 俺とシャグマは戦利品のヒーローの左手を持って拠点に向かっていた。


 寒い。

 夜の森はさすがに裸で歩くには寒かった。死ぬと毎回服が無くなるこの仕様は本当に不便だ。この時ばかりはヒーローがやったように、一瞬で鎧を装着する魔法が欲しくなる。せめてどんな魔法陣なのか分かればなぁ。…………あれ? そういえば


「なあシャグマ。魔法の発動には魔法陣が必要なんだよな。でもヒーローが一瞬で鎧を装着したり大剣から衝撃波を出したりする時は魔法陣出てなかったぞ。あれどういう事だ?」

「あれはスキルですよぉ。魔物は魔法を使わない代わりに、スキルと呼ばれる特殊能力を持ってるんですよぉ」

「へえ。スキル。そういえば俺の『復活』もスキルだったな」


 初めてこの世界に召喚された時にオルグがそんな事を言っていたのを思い出す。あの時は何の事やらという感じだったが。

 だがスキルという事になると魔法で再現するのは難しいか。


「あ、見えてきましたよぉ」


 シャグマが示す先に拠点に灯る篝火の光が見えた。ようやく帰ってこれた。早く暖かい服を着たい。


「あれ? 何か騒がしくないか?」


 この時間にしては拠点が騒がしい。普段ならもう最低限の見張りを残して寝ているはずなんだが。いや、そうか。シィが脱走したからその捜索に出てたんだった。……ってそうだ!


「シィ! シィはちゃんと帰れたのか!?」

「あ、ちょっと……」


 この時間ならもう拠点についているハズだ。俺はシィの安否を確かめるために拠点に向けて走り出した。シャグマが何か言おうとしていたが、それを聞くのは後だ。


 俺は拠点の入口辺りに集まっている集団に向けて叫んだ。


「シィ! シィは帰ってきているか!」


「え? うわぁああ!!」

「へ、変態だ!」

「きゃあああ!」


「あれ?」


 周囲から悲鳴が上がり、なぜか周囲の人から武器を向けられる。

 なんだ、俺がいったい何をして……。

 あ、しまった。


 自分の体を見下ろす。そこには全てをさらけ出した俺の体が。しかも片手にはよく分からない生物の腕を持っている。

 どう見ても変態だ。


 どうしよう。どうすれば誤解が解けるだろうか。俺が必死に頭を回しているときだった。


「え……リンネ、さん」


 聞きなれた声に振り向く。そこには目をかっぴらいて驚くシィがいた。よかった、無事に帰ってきていたんだな。

 しかし、俺が声をかけようとした瞬間、その目にじわりと涙が浮かび、今にも決壊しそうになる。

 ってやばい。俺は今裸だった。18の生娘には刺激が強すぎたか。


「すいません! 誰か身を隠す物を! 何でもいいので!」

「うわぁぁあ! ごべんなざいぃぃ!」

「おわっ」


 俺にすがり付いて泣きわめくシィにコチラが驚く。どうしたらいいのか分からず助けを求めるように周囲を見回すが、彼らも困ったように視線をさ迷わせていた。


「これはいったい何の騒ぎだ?」

「あ、ギルド長」

「リンネ、帰ってきたのか。…………どういう状況だ?」


 騒ぎを聞きつけてやってきたギルド長が困惑している。確かに裸の男とそれにすがり付いて泣く女を見ても何がなにやら分からないだろう。


「これには深いワケがありまして……説明するので服をください」


 〇


 俺は服を借りると、本部でギルド長からシィが帰ってきてからの事を聞いた。


 拠点に帰ってきたシィはギルド長に俺とシャグマがヒーローと戦っていると報告したらしい。

 長らく沈黙を保っていたヒーローが姿を現したという事で、ギルド長は討伐に赴くべく傭兵を集めた。それがあの場所にいた傭兵達だったようだ。


「それで、ヒーローはどうなった?」

「これです」


 俺は手に持っていた腕を机の上に置いた。

 ギルド長は首を傾げたが、すぐに察したのか唇を戦慄かせた。


「ま、まさか、これは」

「はい。ヒーローの左腕です。奴は俺とシャグマで」

「素晴らしい! ヒーローを倒したのか!」

「え、いや」


「今ヒーローを倒したって聞いたけど本当ですか!」

「マジで! すげえ!」

「見ろ! あのぶっとい腕! あれきっとヒーローのだ!」

「俺、皆に伝えてきます!」


 ギルド長の大声を聞いた周囲の傭兵達が歓声をあげながら本部になだれ込んできた。そしてその傭兵達の視線は俺に集まる。


「えーと、その」

「何をモジモジしているリンネ第三分隊長! もっと誇らしげにしてもいいんだぞ! お前はそれだけの事をやった!」

「そうだぜ! リンネ第三分隊長!」

「アンタは俺達の英雄だぜ!」

「みんな! 胴上げだ! 英雄を胴上げしろ!」


 あれよあれよという間に胴上げされてしまう。

 ぽんぽんと空を飛ぶ度に言い出しづらい空気が出来上がっていく。

 倒した……とは思う。だが死体が無いから確証が持てないだけだ。実はどこかで生きているという可能性は捨てきれない。


 生きていたとしても片腕だから戦力は落ちているとは思うが……それでも俺は正攻法じゃ倒せないだろうな。


 さすがにこの場じゃ言えないし、後でギルド長にこっそり伝えておこう。


「リンネ! リンネ! リンネ!」


 俺を讃える声を聞きながら、俺はどうにもいたたまれない気持ちになるのだった。


 〇


 胴上げからようやく解放された俺は寝床へと向かっていた。ついさっき復活したばかりであまり眠くはないが、夜があけるまで特にする事もない。適当に寝床でゴロゴロしようと思っていた。


「リンネさん」

「ん、シィか」


 その途中、シィに呼び止められる。暗がりで分かりづらいが思い詰めた顔をしている。


「その、お疲れかもしれないですけど、少しお話ししてもいいですか?」

「いいよ。別に疲れてないし」


 適当な篝火の傍に二人で座る。

 炎に照らされたシィはあちこち傷つき、目元には泣き腫らした跡が残っていた。


「傷大丈夫か?」

「はい。このぐらい何ともないです」

「ならいいんだけど。痕になるといけないからちゃんと治療は受けろよ?」

「はい。そうします」


 何となくまだ堅さはある。だがここ最近の冷たく突き放すような感じは無くなった。その事にホッと胸を撫で下ろす。


「その、リンネさん。今まで本当にごめんなさい。あたしのワガママで、リンネさんには何度も酷い事をしてしまいました」

「おお」


 深々と頭を下げるシィに感動する。

 ようやく分かってくれたか。


「今まで、リンネさんがあたしを止める度に、なんであたしの邪魔するんだって思ってました。今のあたしの命に価値なんてないから無くなっても誰も困らない。あたしの命なんだから好きに使わせて欲しいって」


 なるほど。シィの自分の命をかえりみない行動は自己肯定感の低さから来ていたのか。父親に見放され、自分のアイデンティティを失った。それを取り戻すために必死だったと。


「あたし、自分の事しか考えてなかったんです。自分が英雄になる。自分がお父さんに認められる。その事だけで頭がいっぱいで、あたしの身勝手で困る人がいるなんて全然思い至らなかったんです」

「……でも、そう言うって事は気づいてくれたんだろ? 」

「はい。こんなあたしでも、リンネさんは命がけで助けてくれました。リンネさんだけじゃない。シャグマさんも、ギルド長も、他の傭兵さんも。あたしを助けるために動いてくださいました」


 シィは一つ一つ数えるように指折り数えていく。まるで大切なものを胸に刻み込むように。


「あたし、自分の命をかえりみない自分に酔っていたんですね」

「そう卑下することでもないぞ。命懸けでやりたい何かがあるってのはいい事だ。ただ、シィの場合はやり方が不味かったな」

「やり方、ですか?」


 首を傾げるシィ。


「ああそうだ。そもそもシィが英雄になりたいのはさ、父親に認められたいからだろ?」

「はい。お父さんは強さを何よりも大事にしています。でもあたしは強くないから、何か成果を出そうと……」

「だからそこが間違ってるんだよ。なあシィ。お前の敬愛する父親は、本当に弱いというだけで全てを見限るような器の小さい男だったのか?」

「え?」


 虚をつかれたようなシィにイタズラっぽく笑いかける。


「俺の知ってるオルグって男は、最強オタクではあっても弱い奴を虐めるような男じゃなかったぞ」

「で、でも……」

「手紙、もう読んだか?」

「あ、まだ」


 シィが便箋に入った手紙を取り出した。読んでもいいかと視線で聞いてきたので頷き返す。

 シィは便箋から手紙を取り出……そうとして封が既に切られている事に気づいた。胡乱気な瞳がコチラを見る。


「すまん。読んだわ」

「……まああたしもリンネさん宛の手紙勝手に読みましたから人の事言えませんけど」


 口ではそう言っているが、シィは露骨に不満げだ。

 シィが手紙を広げる。そこにはオルグらしい飾り気のない文字が書かれていた。


『久しぶりだな。まずはこんな私をいまだに父と慕ってくれる事を有難く思う。父の背中を追いたいという、その気持ちは純粋に嬉しい。だがその上で言おう。どうか自分の命を粗末にするような事はやめてくれ。お前にはまだ無限の可能性がある。どうかその可能性を潰すような事はしないで欲しい。

 今のお前には、私の娘として恥ずかしくない者になる、という事以外の選択肢が見えていない。世の中は広い。お前には私の娘という事に縛られず広い視点を持ってもらいたい。

 だがその上でお前が英雄になりたい、と言うのなら。私は喜んでその夢を応援しよう。


 そして最後に、私はお前を今でも自慢の愛娘だと思っている。いつでも研究所に帰ってくるといい』


 手紙を読み終えたシィの肩が震え、ぽたりぽたりと手紙に雫がおちていく。


「おとう、さん」


 俺はすすり泣くシィの背中を擦りながら、ぱちぱちと音を立てながら周囲を照らす篝火を眺めていた。

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