第38話

「ゴァァアアア!!」


 大地が爆発したかと錯覚するほどの勢いで突っ込んでくるヒーロー。その視線は真っ直ぐにシャグマを捉えている。勢いそのまま大剣が振り下ろされた。


「よっと」


 シャグマは刀を斜めに構える。巨大な力は受け止めるのではなく、受け流す。それがシャグマの剣術だ。

 大剣と刀が擦れる耳障りな金属音が響く。軌道をずらされた大剣は大地を砕いた。


「はっ」


 受け流した勢いのまま刀を振るうが、それはヒーローのガントレットに防がれる。シャグマの勢いが止まった所を片腕で強引に振るわれた大剣が襲う。シャグマはそれを素早い身のこなしで躱す。


「『光弓連』」


 ヒーローを取り囲むように魔法陣が浮かび上がり光の矢を放つ。着弾した光の矢は直視できないほどの光と熱を放ちヒーローの体を焼いていく。


「ガァアアア!」


 しかしヒーローはそれらを意に介した様子もなく、光の矢の雨の中を突っ切り大剣を振るう。シャグマもまた、それが分かっていたかのように顔色一つ変えずに受け流していく。


「くそ、シャグマばっかり狙いやがって。俺もいるってのに」


 レベルの高い攻防にしばし呑まれていたリンネも我に帰る。すぐさまシャグマの援護に回ろうと魔法を放とうとした時、不意に目眩に襲われて膝をついた。


「ぐっ、……さすがにやられすぎたか」


 もともとヒーローと戦っていた時の傷からの出血や疲労。さらに後頭部に受けた瓦礫による一時的な脳震盪。それらがリンネの体に無視できないダメージを与えていた。

 一度死んで楽になりたいところだが


「今死んだら拠点まで戻されるよな」


 拠点からこの場所まで、リンネの脚力では身体強化を全開にしても一時間はかかる。その間シャグマを一人で戦わせるわけにはいかない。


 リンネは頬を叩いて気合いを入れると、まさしく悪鬼のごとき形相でシャグマに大剣を振るうヒーローを睨む。そこからはリンネと戦っていた時以上の怒りを感じる。


(お前が怒る気持ちも分かんなくはないけど、俺達も生きるためだ。俺達が生きるためにも、お前は殺す)


「『火球』」

「ギッ」


 シャグマしか見えていなかったのか、ヒーローは背後から撃たれた火球をまともにくらった。爆風と炎熱にヒーローの動きが一瞬止まる。


「はっ」


 その隙を逃さずシャグマの刀が横一文字に振るわれる。しかしヒーローが飛び退くほうが一瞬早い。シャグマの刀はヒーローの頬に一筋の傷をつけるにとどまった。


「へっ。そう怖い顔すんなよ」


 物理的な圧すら感じるほどの視線がリンネに向き、リンネは思わず一歩下がってしまう。

 リンネと戦っていた時のヒーローなどお遊びだった、そう思わざるを得ないほどの違いにリンネは身震いした。

 だがそれは戦いから身を引く理由にはならない。


「『火球』」


 巨大な火球を放ち、その背後に隠れるように距離を詰める。

 火球の奥でヒーローが光を湛えた大剣を掲げるのをみたリンネは素早く横に飛んだ。すぐ横を破壊の嵐が通るのを感じながら、喉元目掛けて突きを放つ。


 ヒーローはそれを一歩下がって避けると、その動きをそのまま切り上げに繋げた。リンネは不格好にも地面に転がり込むように避ける。


(やっぱシャグマほど上手くはいかねぇな)


 動きの年季もキレも足りない。だがそれでも充分だ。


「隙ありぃ」


 キン、と澄んだ音が響く。ヒーローの左腕が肘の先から切り飛ばされ、ぼとりと落ちる。


「ガッ! アアアアアアアアア!」


 ヒーローが大剣を取り落とし、切り落とされた左腕を押さえて絶叫をあげる。絶好の機械に、その隙をつくべく一歩踏み込んだリンネとシャグマ。その瞬間、ヒーローの大剣が眩く輝いた。


「っ! シャグマ!」


 避けられない。そう悟ったリンネはシャグマに手を伸ばし……


 瞬間、世界が白く染まる。

 全てを破壊する衝撃波が大剣を中心に広がり、無差別な暴力を撒き散らす。



 リンネとシャグマは、リンネがシャグマに覆い被さる形で地面に投げ出される。


「痛ぁ。大丈夫ですかぁ、リンネさん? ……リンネさん?」


 リンネはぐったりとしたまま動かない。シャグマは気絶しているのかと思ったが、体を起こした時にリンネの下半身が無くなっている事に気づいた。


「ワタシを守って……ありがとうございます」


 リンネが身を呈して守っていなければシャグマもそうなっていただろう。シャグマは感謝を述べると、そっとリンネの亡骸を地面に横たえた。


(傭兵さんにはあんな事いいましたけど、やっぱり説得力ないですよねぇ。こうして死んでるわけですしぃ)


 もちろんリンネは自信が『復活』する事を知っているからやっている。だがその所業は『復活』を知らない者が見れば自己犠牲にしか見えないだろう。


(っとと、まだ戦いは終わってないんでしたねぇ)


 シャグマは素早く体に異常が無いか確認すると、刀を構えた。視線の先には残った右腕で大剣を拾い上げるヒーローがいた。左腕からの出血は止まっている。恐ろしい回復力だ。

 至近距離で衝撃波を受けたのはヒーローも同様だったが、その影響を受けている様子はない。


(なかなかにズルいですねぇ)


 ヒーローがシャグマ達を見据える。その視線が下半身を失ったリンネを捉えた。その口角が隠しきれない喜びに歪み、大剣を振り上げる。


「ギィ! ギィギャギャ!」

「へぇ。やっぱりヒーローと言えどゴブリンなんですねぇ」


 ヒーローは猿のように大剣を地面に何度も叩きつけてリンネを嗤う。そしてひとしきり笑うとシャグマに視線を向け、大剣を突きつけた。まるで次はお前だ、と言わんばかりに。


 ぽん、とその肩に手が置かれる。


「ギッ!」

「人の死に様を笑うなよ」


 驚愕とともに振り返ったヒーローが見たのは、殺したハズのリンネの姿だった。とっさに振り払おうとしたヒーローだったが、リンネはそれを避けてヒーローに抱きつく。


「『自爆』」


 光に包まれたリンネ。何かまずい事が起きると察したヒーローがリンネの顔面に拳を叩き込む。ごきり、と頬骨の砕ける音が響いたが、リンネの拘束は剥がれない。


 そして暴走した魔力が破壊を撒き散らす。



「っっ!!」


 シャグマは咄嗟に石壁を張って爆発の熱波から身を守っていた。しかしそれでも臓腑をつきあげるような衝撃に呻き声をもらす。


 役目を終えた石壁がボロボロと崩れ落ちる。恐る恐る爆心地を覗き込んだシャグマが見たのは跡形もなくなったクレーターと、そこを中心になぎ倒された木々だった。


 ひゅんひゅんという音に視線を上に向ける。すると空から回転しながら落ちてきた大剣が地面に突き刺さった。ヒーローが使っていた大剣だ。

 それは少しずつ闇に溶けるように消えていく。後には何かが突き刺さっていた跡だけが残った。


「倒した……んですかねぇ」


 幻のように消えた大剣に、シャグマは首を傾げた。念の為に周囲を見回してみるが、ヒーローの姿はない。


「おーい! シャグマー!」


 クレーターの奥、瓦礫が散乱している場所からリンネの声がする。呼ばれるまま行ったシャグマが見たのは、瓦礫の下敷きになり身動き出来なくなっているリンネの姿だった。


「……なにやってるんですかぁ?」

「いや、復活したらちょうど石柱が崩れてきて……」

「しまらないですねぇ」


 シャグマは溜息をつくと、刀を一振りしてリンネの首をはね飛ばした。すると瞬きの間に瓦礫の山の上に生まれたままの姿のリンネが現れる。


「いやぁ、助かった」

「それはいいんですけどぉ、リンネさんこんな所で寝てたんですかぁ?」

「寝たくて寝たんじゃねぇよ。ヒーローと戦ってた時に後頭部に瓦礫が当たって一瞬気絶したんだ」


 リンネはほんの僅かな瞬間の気絶だったので忘れていて、シャグマを庇い復活してから気づいたのだが。


「ってそれよりヒーローは倒せたのか!?」

「死体が見当たらないので分からないですねぇ」


 クレーターの中には何も残っていない。跡形もなく消し飛んだのか、それとも逃げ出したのか。判断はつかない。


「怖いな。どうする。念の為探すか?」

「そうですねぇ。本音を言えばもう帰って寝たい所ですけどぉ。死体を確認しないと不安ですよねぇ」


 しかしそれから周囲を捜索してもヒーローの死体は見つからず、見つかったのはシャグマが切り飛ばしたヒーローの左腕だけだった。


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