第34話

「いたぞ! ゴブリンだ!」

「罠に注意しろ! ゴブリンだからと侮るな!」

「個の力ではこちらが上だ! 堅実に戦え!」


 雨の森に怒号が響く。

 もう何度目になるか、ゴブリンの軍勢との戦い。いや戦争だ。

 傭兵陣営も油断しなくなり、対策もしてきたことで死亡率はかなり下がってきた。


「後ろからも来たぞ!」

「俺が行く!」


 付近の傭兵の声に応えて背後のゴブリンの掃討に向かう。


 死亡率が下がったとはいえ、余裕とはいかない。森の中は圧倒的にアウェーだ。そこかしこにゴブリンの掘った落とし穴や地下通路などがある。油断すれば一瞬でやられる。


 俺は背後から地下通路を通って出てきたゴブリン達に『雷電』を浴びせる。『雷電』の扱いにも大分慣れてきて、複数体を同時に狙う事もできるようになった。背後から迫るゴブリン達を瞬く間に殲滅する。


 だがまだ安心はできない。

 地下通路から出てくるゴブリンはその仕組み上、そこまで数は多くないが、地下通路を潰さない限り無限に出てくる。


「そこか!」


 茂みの中に穴が空き、そこからゴブリンが顔を出している。即座に『雷電』で焼くと、穴の中からゴブリン達の悲鳴が聞こえた。どうやら中にはまだ多くのゴブリンがいるようだ。


「それなら『水流』!」


 宙に描いた魔法陣から大量の水が溢れ出す。『水流』は別に高圧水流で切断するような事はできない。ただ水が出るだけだが、こういう狭い空間に放てば水責めになる。


 放たれた水はゴブリン達を悲鳴ごと押し流す。適当な所で切り上げ、たまった水に『雷電』をぶち込む。これで地下通路の中のゴブリンはだいたい片付いただろう。仕上げに穴の入口を『石柱』で封じる。


 これで後ろは片付いた。さて次は……


「うわぁぁあ! ゴブリンの大軍だぁあ!」


 切羽詰まった声に顔を上げると、森の奥から視界いっぱいにゴブリンの軍勢が迫ってきていた。なんだありゃ。数が多すぎる。何体いるのか。分からないほどだ。


 だがそのゴブリン達は今までと違い、鎧を着ていなかった。手にしている武器もグレードが落ちている。さすがにあのゴブリン全てに装備させられるほど鎧を持っていないか。だが脅威には変わりない。


 奴ら、作戦を変えてきたようだ。中途半端な質で勝負するより物量で推し潰そうという事か。これはまずい。


 ここにいる傭兵は50人。あんな数のゴブリンの群れに飲み込まれれば容易く崩壊する。


「くっ、前衛は横にならんで後衛を守れ! 後衛はゴブリンの群れを近づけさせるな!」


 一応指示を出すが気休めにしかならない。そもそも傭兵は軍としての訓練は詰んでいないんだ。パーティとしては戦えても、50人の部隊としては戦えない。


「『雷電』!」


 雷で薙ぎ払うがゴブリンは仲間の死体を乗り越えて迫ってくる。こいつら、恐怖というものを知らんのか。


 まずいな。あそこまで開き直って物量作戦でくるとは。近づかれたらおしまいだから遠距離で対処するしかないが、遠距離攻撃をするにも魔力や矢には限界がある。いずれ限界がくる。


「撤退だ! 俺が殿を努める! 全員下がれ!」


 幸い俺はまだ魔力量には余裕がある。まだ余裕があるうちに撤退するべきだ。


「『石壁』『石壁』『石壁』!」


 横に移動しながら傭兵達とゴブリンを遮るように石壁を貼っていく。気休めだが少しは時間が稼げるか。


 待てよ。時間を稼ぐだけならあれも有効か? 少し試してみよう。


 俺はゴブリン達に向けてできる限り大きな魔法陣を描いた。そしてありったけの魔力を込めて放つ。


「『水流』!」


 魔法陣から洪水のように水が溢れ出し、ゴブリン達を飲み込む。水の力は思っているより強力だ。ほんの30センチの津波ですら人は流されるという。

 まあこの魔法はただの水流だから津波とは違うが、それでもゴブリンを押し流すには充分だ。


「なるほど。この魔法ってこうやって使うのか」


 悲鳴とともに流されていくゴブリン達。ゴブリンの軍勢の全てを巻き込むというわけには行かなかったが、軍勢に穴を開けることには成功した。


 これで殺傷能力もあったら最高だったんだが。

 待てよこの水流に電気を流しながら放つというのはどうだろう。水を浴びた者は即座に感電する。殺しきれなくても押し流すことはできる。なかなかいい案じゃないか?

 まあそれを考えるのは後でいいか。


「おおお! 『水流』!」


 進軍してくるゴブリン達を水流で押し返していく。移動して水流、移動して水流、その繰り返しだ。


「ふぅ……さすがに魔力が減ってきたな」


 この規模の『水流』を連発したことは無かったが、やはり魔力消費が激しいようだ。体に鉛がついたような疲労感と無視できないほどの気だるさが体を襲う。これ以上は魔力欠乏症を起こしかねない。だがそのかいあって傭兵達は逃げる事ができたようだ。


「ギャギャギャギャ!」

「ギィィギャッギャッ!」


 視線を前に向けると獲物を逃がしたゴブリン達が悔しげに唸り声を上げている。

 そしてその視線は、散々邪魔をしてきた俺に集まった。


 唯一残った俺だけは逃がさないという意思表示なのか、ゴブリン達は少しずつ俺を取り囲んでいく。その視線には明確に怒りを感じ取れた。


「ふわぁ。さすがに疲れたな。俺もとっとと帰るか」


 欠伸を噛み殺す。いかんいかん、魔力が足りなくなると集中力まで無くなってくる。だがどうせ俺一人ならどうとでもなるんだ。むしろ気楽でいいかもしれない。


「ギャギャッ!」


 だがそんな俺の気の抜けた態度が気に食わなかったのか、ゴブリン達はいっせいに襲いかかってきた。


 まあ……むしろ好都合か。


「『自爆』」


 とっとと帰って茶でもしばこう。


 〇


「と、まあそんな感じです」


 俺は今回の戦闘の報告をギルド長と各分隊長にしていた。もちろん、最後の自爆によるデスルーラについては言わずに、何とか頑張って帰ってきたことにしている。


「なるほど、よくやった。第三分隊は他の分隊の中でも被害が軽微で済んでいる。リンネ第三分隊長の尽力の結果だろう」

「いやぁそれほどでも」


 まあ実際頑張った。その分褒められればそりゃ嬉しい。


 他の分隊の報告も聞いていると、どうやらそこそこ被害が出ているようだ。やはりあのゴブリンの軍勢にやられたらしい。


「なるほど。報告ご苦労。みな、よく頑張ってれている。今回のゴブリン達の作戦変えには意表をつかれたが、それはゴブリン側が質の高い兵を維持できなくなった事の現れだろう。つまり、我々の攻撃は確実に奴らの力を削いでいる。このままいけば我々の勝利は確実だ」


 分隊長達から威勢のいい声があがる。確かにギルド長の言う通りだろう。いくらゴブリンが早熟とはいえ、装備を作る材料や兵の育成に当てる時間は限られている。消耗させているのはこちらだ。

 だが……


「しかしギルド長。そうは言ってもあの数は脅威です。何か別の対策が必要では?」

「それについても心配いらない。つい先程、近隣の都市から応援の傭兵達がやってきた。奴らが数で我らを圧倒的しようというなら、我々も数で対抗しようではないか」


 分隊長達から歓声があがる。

 応援か。それはよかった。

 数が増えればそれだけで心強い。だいぶ楽になるだろう。


「そういえば騎士団の方はどうなってます?」


 騎士団の会議にはギルド側からはギルド長だけが出ている。分隊長も出るべきでは? と思わなくもないが、騎士というのは貴族の子弟がなる事が多いらしい。そして会議に出るような重役はもれなく位の高い貴族だ。礼儀を知らない傭兵が出れば無礼討ちされてもおかしくないからこれで良かったのかもしれない。


「そうだな。現在騎士団は」


 と、その時だった。本部に慌ただしく駆け込んでくる者がいた。


「ギルド長! 報告です!」

「なんだ? 騒々しい」

「ゴブリンの巣と思しき場所を見つけました!」

「なに! でかした!」


 本部がにわかにザワつく。皆、顔に喜色を浮かべている。


 これは間違いなく吉報だ。巣が分かれば奇襲をかけられる。もしかしたら支配種(ロード)を暗殺という事も出来るかもしれない。支配種(ロード)さえ殺せれば残るのは知恵のないただのゴブリン。格段に駆除しやすくなる。


「それで場所は!」

「こちらです」


 傭兵が机の上に地図を広げる。王都周辺の地図だ。王都とローバッツを結ぶ道の東側に、トーゴの森と書かれた広大な森がある。その森の中央より少し東に行った場所にバツ印が付けられていた。


「この辺りの森が切り開かれ、大きな集落が出来ておりました。周辺では複数のゴブリンが見回りをしていた事から間違いないかと」

「なるほど。よくやった。後で特別報酬を出しておこう」


 ギルド長は分隊長達に向き直ると拳を振り上げた。


「みな、聞いたか! 奴らの根城が割れた! この戦い、もはや我々の勝利は確定したも同然だ!」

「「「うぉぉおおお!!!」」」


 野太い歓声があがる。

 間違いない。これは勝利に進む大きな一歩だ。

 俺もまた、拳を振り上げて喜びを表そうとした時、視界の端に何かを捉えた。


「ん?」


 亜麻色の髪が窓の外で揺らめく。それはすぐに夜の暗闇の中にまぎれ、幻のように消えていった。


 〇


 それから数日。


 ゴブリンの巣が分かったからといって、俺たち傭兵にはそこを襲撃する任務は回ってこない。そういうのは騎士団がやるらしい。まあ王都の危機を救ったのが傭兵というより騎士にした方が外聞もいいだろうしな。

 俺としても仕事が楽になるから文句はない。


 あれから応援の傭兵達も加わり、人間側の攻勢はいっそう強まった。人数が増えた事もあり、ある程度数でごり押すという事もできるようになったおかげだ。


 そして今日、とうとうゴブリンジェネラルが討ち取られたという報告が拠点を駆け巡った。


「いやあ、初めはどうなる事かと思ったけど、この調子ならどうにかなりそうだな」

「そうですねぇ」


 シャグマと杯を合わせて、勝利へ近づいていることを祝う。とはいえ、まだキングとヒーローがいる。まだ戦いが終わったわけではない。

 しかし勝利に近づいていることは間違いない。


「にしても、ヒーローはどこいったんだろうな」


 ヒーローは俺と戦ったあの日以降、一度も戦闘で確認されていない。出てきたら間違いなく壊滅的な被害を受けるから出てこなくていいんだが、なんだか不気味だ。


「案外、寿命で死んでたりしてぇ」

「ははは、まさか」


 ヒーローの憎しみに満ちた目と、その顔に刻まれた傷を思い出す。きっとアイツはシィと初めて会った時に倒したゴブリン達の生き残りの、俺を背後からナイフで貫いたゴブリンだ。あの場にいた仲間達を殺し尽くした俺が憎かったのだろう。確証はないが、たぶんそうだ。

 ほんの三週間の間に成長しすぎだと思うが、ゴブリンが五日で成熟する事を考えるとおかしくない、のか?

 俺への復讐心だけであそこまで強くなったとすると、末恐ろしい。


 ……だとすると、あの時一緒にいたシャグマとシィもヒーローの復讐の対象なのか? もしやヒーローが姿を表さないのはシャグマとシィを探しているから? ……まさかな。

 それはさすがに妄想が過ぎるか。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る