第22話
巨大な城壁を見上げる。巨人とでも戦うつもりか、と思うほどに高い。10メートル以上はあるんじゃないか? そんなに必要なのかと思うが、魔物のいる世界だ。そのぐらい巨大な魔物も襲ってくるのかもしれない。
「へー。これはなかなか」
城門を潜り王都に入ると、王都の賑わいに思わず圧倒される。道行く人も馬車も多い。ともすれば人波に流されそうだ。
「さて、シャグマはどこにいるのやら」
周囲を見渡しながら王都を進む。
石造りの街並みは、日本の木造建築やコンクリートビルとは違う情緒を感じる。人々の服装も、無骨な鎧や巨大な武器を装備しているモノが目立つ。当然のように武器を装備して街を闊歩しているが、ちょっと怖いな。これがカルチャーショックか。
当てもなくさ迷っていても見つかるわけないな。シャグマもその辺に突っ立っているわけがない。俺にも分かる場所にいるだろう。
考えられるのは……俺が絶対に通りかかる場所、つまり入り口。だが城門周辺には居なかったな。なら、うーん。
そういえばシィとかいう人、傭兵とか言ってたか。その人について行ったのかもしれない。傭兵らしい重装備の人はその辺りにもいるし、もしかしたら誰か知らないだろうか。
ちょうど目の前を通りかかった大剣を背負った男性に話しかける。
「あの、すみません」
「ん? どうした?」
「シィという名前の傭兵を知りませんか?」
するとなぜか微妙な顔をする男性。
「あー、まぁ知っているが。何か用なら日を改めた方がいい」
「なぜですか?」
男性は周囲を確認すると声を潜め、
「実はな、今日彼女を助けてくれた恩人を目の前で死なせてしまったらしい。今もギルドで泣き腫らしている」
「……あー」
恩人……それって俺だよな? 確かに俺が死んでも復活する事を知らない人が見たらそうなるか。『その恩人って俺の事なんすよw』と言っても信じられるはずもない。
「それは、お悔やみ申し上げます」
「ああ。……だから俺はあれほど傭兵は止めろと言ったのに」
「? どういう事ですか?」
「いや、コッチの話だ」
その男性はどうしても会いたいなら、と今彼女がいる傭兵ギルドの場所を教えてくれた。
ギルドか。そういえばシャグマの話で何回か魔法使いギルドの話が出ていたな。傭兵版もあるんだな。
「ここか」
龍と剣をモチーフにした看板。そこにでかでかと傭兵ギルドと書かれている。開け放たれた扉からは既に嗚咽の声が漏れており、異様な雰囲気だ。というか俺が死んでからだいぶ経ったけどまだ泣いてんのか。
「こんにちはー」
恐る恐る中に入ると、泣き声の先に亜麻色の髪の戦士と赤銅色の髪のローブが見えた。その周囲だけぽっかりと空間が空き、なんだか近寄りづらい。
「ひっく、ごめんなさい、ごめんなさい! シャグマさん! ひっく。あたしが、あたしが弱いせいであの人が!」
「気にしなくていいんですよぉ。彼の魂はまだ生きてるんですからぁ。ワタシ達の心の中で」
「うぐぅぅう。ごべんなざいぃぃい!!!」
「余計に泣かしてどうする」
机に突っ伏して泣きじゃくるシィ。俺はシャグマの隣りに座りながら、目の前に置かれた肉のようなモノを摘んだ。
「リンネさぁん。ようやく来たんですねぇ。待ちくたびれましたよぉ」
「すまん。ちょっと研究所で一服してきた」
「研究所でぇ? というかその荷物。もしかして正式に許しが出たんですかぁ?」
「そうらしい。そんな事よりさ、」
俺は目の前で突っ伏しながらおいおいと泣くシィを指さした。
「どうすんだよ、これ」
「知りませんよぉ。ワタシが人の心に疎いの、リンネさんもご存知でしょお?」
そういえばそうだったな。というか俺も目の前で人が死んで、しっかり死体も確認しているのに、それが誤解であるという事を人に説明して泣き止ます、みたいな芸当は出来そうもない。
「まあでも俺が来たら万事解決だろ」
「あ、ちょっ」
「おぉい。シィさん。顔上げてください」
目元を真っ赤に腫らしたシィが顔を上げる。その顔が俺を捉えた瞬間、まず驚愕に彩られ、次いで真っ青に染まっていく。
あれ?
「出たぁぁあああ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。あたしが悪かったです。分不相応でした。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「あの? シィさん?」
シィは椅子から転げ落ちるとそのまま建物の角に引っ込み、頭を抱えて震え出した。なに? 何が起きたの?
混乱しているとシャグマが呆れたようにため息をついた。
「……もしかしてリンネさんはワタシより人の心が分からないんですかぁ?」
「えっ。どゆこと?」
「普通の人は死んだハズの人が目の前に現れても『さっきの人は復活のスキルを持っていて、死んだけど復活していたのか』なぁんて思わないですよぉ。いいですかぁ? 復活なんて御伽噺の中にしか存在しない伝説のスキルなんです。人に見つかると騒ぎになるので気をつけてくださいよぉ」
そうだったのか。まぁ流石にそうポンポンいるもんだとは思っていなかったが、御伽噺、つまり空想上の産物レベルの存在なのか、俺って。日本で言ったら鉞担いだ金太郎が熊を乗りこなしてるみたいな? なんか違う気もする。
ともかく最近自分の死に慣れすぎて少し感覚がズレていたな。気をつけなければ。
「まあでもそういう事なら、俺は双子の兄という事にでもするか」
「まあそれならぁ」
俺は席を立つとシィの元に向かった。シィは未だ縮こまり、ひたすらごめんなさいを繰り返すマシーンと化している。
俺はシィと目線を合わせ
「初めまして、シィさん」
「ひっ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい殺さないでごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
ダメだ完全に幽霊だと思われている。いっその事『睡眠』でも使って放置したくもなるが、この様子からして放置したら確実にトラウマを負う。何とかしてそれは避けなければ。
うーん。幽霊でない証明ってなんだろ。幽霊は見た事ないけど……温かさとか?
試しに手を握ってみる。
「ひっ! あれ? 温かい……」
「シィさん。俺は幽霊ではありません。俺の名はリンネ。亡くなった……リネンの双子の兄です」
兄という事を伝えた瞬間、ふたたびシィの顔が強ばる。ってそりゃそうか、こんな精神状態で親族が会いに来たら復讐か何かと思ってもおかしくない。なにか、何か言え。えーと……
「今回俺が来たのは、シィさんにお礼を言うためです」
「お礼……?」
「ええ。実はリネンは不治の病に侵されており余命幾許も無かったのです。あのままでは彼は激痛に悶え苦しみながら、失意と絶望の中で息を引き取ったでしょう。しかし彼は未来ある若者である貴方の命を救う事ができた。そして必要以上に苦しむ事無く、その人生に終止符を打つことが出来たのです。彼にとっても最高の最期だったでしょう」
「…………」
ダメか? いや、聞いている。
正直自分でも無茶苦茶言っている気がする。なんとかこのまま勢いで押し切るしかない。
「……でも、あたしに、そんな価値はないよ。あたしこそ、あそこで死ぬべき……」
「そんな事はないです! 例え今、貴方が自分にその価値を見いだせないとしても、将来貴方がその価値を持つだけの人間になれば良いだけです」
「将来……? あたし、目指してもいいの?」
「ええ。貴方が自分に胸を張れる存在になれた時こそ、真に我が弟の魂は報われるでしょう」
なんか宗教みたいになってしまった。まあでもシィの目は光を取り戻し、前を向いている。これでよかった……のか?
「分かりました。あたし、頑張ります! リネンさんが助ける価値があった存在になれるように!」
「それでこそ、です。弟も、せっかく助けた人が泣き暮れるのは本意ではないでしょう。やはり人は、未来を見据える姿こそが美しい」
なんか俺も乗ってきて小っ恥ずかしい事を言ってしまった。まあでも、いいよね。シィもなんか瞳をキラキラさせているし。
俺ってもしかして詐欺の才能とかあるのかもしれない。
「今日はいろいろあって疲れたでしょう。今はひとまず身を休ませなさい。そして明日から動き出すための活力を蓄えるのです」
「はい! 分かりました!」
頭を下げてかけ出すシィ。どうやらまた一人の迷える子羊を救ってしまったようだ。
「……人は未来を見据える姿こそが美しい」
「やめろ」
いつの間にか背後まで近づいていたシャグマが呟く。せっかく考えないようにしていたのに、思い出すと顔から火が出そうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます