第20話

「リンネさん!」


 焦ったようなシャグマの声に、何事かと驚いた瞬間、後頭部に衝撃を受けて意識が飛ぶ。



 次に目を覚ますと、俺は再び復活地点の、歪に隆起した塀に戻っていた。何が起きたのか理解出来なかった。だが正面に立つ人物を見て全てを悟る。

 見上げるほどの巨体。ローブを着ても隠しきれない、はち切れんばかりの筋肉。


「オルグ……」


 その背後には石槍で串刺しになった俺の死体も見える。俺はいつの間にか近づいていたオルグに殺されたのか。


「こっそり出ていこうなど水くさいではないか、リンネよ。せめて挨拶ぐらいしていったらどうだ?」

「へっ、湿っぽい別れは苦手なんだ」


 その時、オルグの背後から巨大な火球が飛んできた。オルグはそれを石壁を生み出して防ぐ。だがその更に上からひとつの人影が飛び出し、俺の隣に並び立った。


「大丈夫ですかぁ? リンネさん」

「ああ。服以外は大丈夫だけど……お前、名前を」

「そんな事今はどうでもいいでしょう」


 シャグマに名前で呼んでもらった事で、口元がほころぶ。ようやく一人前として認められた、そんな気がする。


「ふむ。シャグマ・アミガサ女史。お前がリンネの脱走の協力者だったとは」

「ひひひ、申し訳ないですよぉ。せっかくこの研究所に招いてもらったのこんな事になってしまってぇ」


 いつものように飄々と答えているように見えるシャグマだが、その口元は引きつっている。シャグマは俺の耳元に口を寄せると


(リンネさん。ワタシが所長を引き付けますからぁ、その隙に逃げてください)

(はぁ!? バカ言うな! 俺も戦う!)

(そっちこそバカな事言わないでくださいよぉ。ワタシに敵わなかったのに、所長に勝てるはずないじゃあないですかぁ)

(え。俺勝ったんじゃないの……?)


 シャグマはしまったという顔をするとひとつ咳払いをし、


(ともかく、リンネさんでは所長には勝てませんよぉ。心配しなくても、もう勝手に死のうとしたりしませんしぃ、ちゃぁんと後から追いつきますからぁ)

(馬鹿野郎。それは追いつかない奴のセリフだ)


 ナチュラルに死亡フラグを立てやがる。これでは俺が勝った意味が無い。


「内緒話とは寂しいな。私も仲間に入れてくれないか」

「やべっ!」


 オルグの図体に見合わない素早い拳が唸りを上げて迫る。まるでダンプカーのような威圧感。掠っただけでも一溜りもない。


「リンネ。お前には期待しているのだ。お前は必ずや最強になれる。そのための道は私が用意してやる。戻ってくるのだ」

「悪いが、俺には、やる事が、あるんでね!」


 オルグの素早いコンビネーションを必死に避ける。武器で受けよう、などと考えてはいけない。間違いなく、ガードの上から叩き潰される。


「コッチですよぉ!」


 空気の弾けるような音と共に、亜音速の弾丸がシャグマより飛来する。だがオルグはそれら全てを素手で叩き落とした。


「ふん。シャグマ女史。お前はなぜリンネに協力する?」

「話したら納得していただけますぅ?」

「悪いがそれはできない相談だ」

「だったらこの会話は無意味ですよねぇ」


 オルグが水の刃を飛ばせば、シャグマは炎の壁で相殺し、シャグマが雷を放てば、オルグは大地を隆起させて吸収する。

 派手な魔法の撃ち合いだ。

 ……というか今更だが、シャグマはこんな強力な魔法使えるなら、俺との戦いの時に使えば余裕で勝てたのでは?


 って今はそんな事考えている場合じゃない。


「おらぁ!」


 俺は石刀を生成するとオルグに殴りかかった。

 オルグは今魔法の相手に集中している。俺はそのがら空きの後頭部へ



 ごきん


「え」


 まるで鉄骨を殴ったかのような硬い感触。見れば石刀は半ばから折れている。バカな。一応魔力で強化されていた石刀だぞ。ただの石とは比べ物にならないほど硬いはずなのに。


「未熟だな」

「ぐあっ!!」


 オルグの裏拳が轟音とともに放たれる。何とか両腕で防ごうとするが、容易く体が浮く。凄まじい勢いで迫る塀。



「ぐぅっ!!」


 体の内側から響く不穏な音。喉の奥から鉄っぽい臭いが混み上がる。内臓が傷ついたか。意識が飛びそうになるが、ここで気絶するのは最悪のパターンだ。必死に意識を繋ぎ止める。


「リンネさん!」


 目を開くと、コチラに手を伸ばすとオルグ。捕まるわけにはいかない。だったら


「『風、刃』」


 目の前に浮かんだ魔法陣。そこから風の刃が走る。──俺に向けて。

 風の刃は俺の喉を両断し




「俺、復活」


 完全に回復した俺は跳ね起きると、シャグマの隣に立った。


「ふん。小癪な」

「使いこなしてると言ってもらおうか」


 俺の返り血を盛大に浴びたオルグが忌々しげに舌打ちをする。俺の復活を利用した移動方、いわゆるデスルーラだ。おまけに全身の傷を治してくれるが、服が無くなるのが欠点だ。しかし既に服は無かったから問題ない。


「リンネさん! これでわかったでしょう? リンネさんじゃ所長には敵わないんですよぉ」

「いやぁ。そいつはどうかな」


 焦ったように俺の肩を揺するシャグマ。だが俺は不敵に笑ってみせる。


「何笑ってるんですかぁ。いいから逃げてくださいよぉ。なんでもしますからぁ」

「なんでもするなら、少し後ろに下がってな」


 俺はシャグマの手をそっと握ると、後ろに押した。


「今の俺は不思議と負ける気がしないんだ」


 俺は一歩前に出る。これで裸でなければもっと格好がついんだがな。


「なあ。オルグお前やっぱり強いな」

「当たり前だ。かつては最強を志した身だ。いくら老いたとはいえ、まだまだお前には負けんさ」

「そうかい。なら俺も全力で戦える」


 背後から胡乱気な視線を感じるが無視する。確かにシャグマとの戦いも全力だった。だがそれはシャグマを殺さないように、という範囲での話だ。


「オルグ、俺はお前を強者として認めた上で、殺す気でいく。卑怯とか言うなよ」

「御託はいい。来ないのならこちらからいくぞ」


 素早い身のこなしで接近してくるオルグ。

 俺は手を前にかざし


「『自爆』」

「なっ!」


 辺りが白い光に包まれる。体内の魔力が暴走し、解き放たれた。




「うおっ!」


 爆風と熱波が吹き抜ける。復活地点近くで『自爆』を使ったのは不味かったか。

 周囲はクレーターのようにくぼみ、蒸発した雨粒が蒸気と化して、白く辺りを覆っている。なかなかの威力だ。俺は無駄に魔力だけは高いからな。


「やってくれるな……」


 咄嗟に石壁を出して直撃を避けたオルグが苦々しげ呻く。だが石壁は崩壊しかかり、オルグのローブは所々焼け落ちてその筋肉が露わになっている。また、爆発による衝撃波までは防げなかったのか、口の端から血が垂れている。


「じゃあもう1発行くか」

「ま、待て!」

「『自爆』」


 再び白い光に包まれる視界。暴走した魔力は、肉体という枷から解き放たれ、巨大な爪痕を残す。





「かはっ」


 さらに一弾と深くなったクレーターの底で、オルグが膝をつく。びちゃびちゃと血を吐く様から、相当に効いているのは明らかだ。


「悪いなオルグ。こんか復活に頼りきりの戦い方で」

「……ふっ。『卑怯と言うな』と言ったのは、お前だろう。その力は、私が望んだ力だ。それをどう使おうと、文句などない」

「そうかい。じゃあ『自爆』」




「『自爆』」

「『自爆』」

「『自爆』」


 …

 ……

 …………

 ………………

 ……………………



 何度目かの『自爆』の後か。

 今更ながらクレーターが、どうやって脱出しようかと考えるほど深くなった頃、オルグはようやく動かなくなった。


 死んではいない。

 あれだけの爆発をくらって気絶するだけなのも十分すごいが。


「はぁ。まったく、大した奴だよ。」


 鋼鉄のように鍛え上げられた筋肉。魔法に関する知識。咄嗟の判断力。最強を目指している、と言うだけの事はある。


「でも、正直今ならお前の気持ちも分かんなくはないんだ」


 着実に努力を積み、少しずつ自身の体、技術、魔力に磨きをかける。昨日よりも成長した自身を感じられるのは純粋に嬉しいし、研ぎ澄まされていくような快感があった。努力が成果を結んだ時の達成感は何物にも変え難いし、次の目標へ向けて邁進するのは楽しかった。


「でも、悪いな。俺にはこの世界でやらなくちゃいけない事ができたんだ」


 シャグマの命を救う方法を見つける。

 それまではしばらく、ココとはお別れだ。


「今は俺、こんな戦い方しかできないけどさ。いつか最強になって帰ってきてやるよ。お前はその時までに、俺を元の世界に返す方法でも探していてくれ」


 シャグマの希望も、オルグの希望も、まとめて背負う。それでこそ、異世界にまできた甲斐があるってもんだ。


「おぉい。リンネさぁん。大丈夫ですかぁ?」

「ああ! 今行く!」


 クレーターの端から顔を覗かせたシャグマに声を返す。急ごう。早くしないと夜が明けてしまう。


「……私の手で制御できない力では、最強とは言えんな」

「え、オルグ。お前起きて……!」

「お前は、この研究所の手に余る。どこへなりとでも行くがいい」

「……ああ! じゃあな! オルグ!」

「ふん」


 クレーターを登りきった俺は、顔面でローブを受け止める事になった。


「いきなり何すんだよ」

「いいから早く出発しますよぉ。もうすぐ薬の効果が切れます。早くしないと見つかりますよぉ」

「わかった。わかったから、押すなって」


 シャグマが急かしてくるせいでよけいに進めない。といっても、もう心配は無さそうだが。


「お! 見ろよシャグマ。雨が止んだぞ」


 空を見上げると雲間がはれ、満天の夜空が祝福するように輝いている。涼し気な一陣の風が、湿った空気を押し流していった。


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