第19話

 考えろ。どうすれば俺はシャグマに勝てる?

 俺の手札はなんだ? シャグマより俺が上回っているモノは。


「ひひひ、ひひひひひ!」


 シャグマの剣戟を捌きながら必死に考える。

 剣……ダメだ。防ぐので精一杯。武器も技術も敵わない。時間をかければかけるほど不利になる。

 魔法……これもダメ。俺が咄嗟に使えるのは暗記した魔法だけ。これだけでは自在に魔法を組み立てるシャグマには叶わない。


「ぐうっ!」


 避けそこなった右足が切りつけられる。

 大丈夫だ。筋には達していない。まだ動ける。


「ひひひ、もう大分ボロボロですねぇ」


 シャグマの言う通り、俺は既に体の至る所を切られ、満身創痍だった。火傷や打撲の後も痛々しい。だが、まだ動ける。


 俺は石刀を握り直すと、再びシャグマに切りかかった。


「もう、さすがに最初ほどの勢いはないですねぇ」


 そりゃそうだ。まだ動けてはいるが、それだけだ。雨に体力を奪われ、痛みに意識を奪われ、流血に命を奪われようとしている。残っているのは気力と、無駄に多い魔力だけ。

 俺が攻め手を緩めれば、シャグマが毒薬を飲んでしまう。その脅迫観念に突き動かされるように剣を振り下ろす。


「ひひひ、これなら避けながらでも飲めちゃいそうですねぇ」

「っ! やめろ!」


 シャグマがポーチに手を伸ばしたのを見て、咄嗟にそこに向けて石刀を振るう。シャグマは大きく距離をとると、舌を出した。


「冗談ですよぉ。そんな怒んないでください」

「はぁ……はぁ……」


 荒い息をつく。体が重い、呼吸が苦しい。雨の中に溺れそうだ。握りしめた石刀が、藁のように頼りない。

 だが俺はひとつの違和感を抱えていた。


(なんで今、距離をとった?)


 シャグマの戦法は、付かず離れずの距離を保ち、焦れた相手が攻め込んだ所を討つカウンター。今、俺はシャグマがポーチに手を伸ばしたのを見て、焦って雑な攻撃をした。間違いなくカウンターのチャンスだったハズだ。

 にも関わらず、シャグマは距離をとった。それはなぜか?


(そうか、あのポーチ)


 シャグマは毒薬を飲もうとする時、あのポーチに手を伸ばしている。あの中に毒薬が入っているんだ。ならばあのポーチさえ破壊できれば、すぐに毒薬を飲まれる事はない。


 問題はどうやって破壊するかだが。


(……覚悟を決めるか)


 視界はかすみ、動きは精彩をかいている。どちらにせよ、時間はもう無い。

 俺にある手札。最後の最後で頼るのが、こんな原理もよくわからない鬼札(ジョーカー)になるなんてな。あまり気は進まないが、やるしかない。


「はあっ!」


 最後の力を振り絞って切り込む。当然避けられる。まるで蜃気楼。追い求めても手は届かず、その果てには破滅が待つ。だがそれでも構わない。

 何度も何度も剣を振るう。この命が尽きるまで。


「ひひひ、被検体さんは頑張りましたよぉ。でももう終わりにしましょうかぁ」


 シャグマが笑う。名残を惜しむように。

 俺はその顔に向けて剣を……


 シャグマが消える。


(来た!)


 右? 左? 下? 後ろか?

 感覚強化を全力で行い、ゆっくりな世界でシャグマを探る。どこだ。どこにいる?

 音、匂い、光、何でもいい。シャグマは、どこに。


 その時、体にかかる雨粒が僅かに減ったことに気づく。


「上!」


 気づいた時には、目の前に白刃が迫っていた。避けられない。絶死の攻撃。俺は……


 〇


 シャグマはリンネから刀を引き抜いた。肩口から切り込んだ刃は心臓にまで達している。流れ出した血は明らかに致死量。リンネの瞳にもはや生気はない。だが、


「ワタシの負け、ですねぇ」


 シャグマはポーチに突き刺さった石刀を引き抜くと、中の毒薬が流れでないように、ポーチを魔法で作った石箱に封印した。これでシャグマは毒薬を飲むことはできない。もちろん、研究室まで帰れば再び作れるようにはなるが、リンネはそれを許してくれないだろう。


「少し、わざとらしすぎましたかねぇ」


 シャグマは恥ずかしげに頬をかいた。

 シャグマが本気で毒薬を飲む気なら、初めから魔法で弾幕をはり、絶対に近づけさせないようにしていた。それをせず、しかもわざわざ毒薬の場所まで教えるような真似をしたのは


「少しだけ、希望を持ってみてもいいんですかねぇ」


 この先の未来、リンネと共に生きる術を探す未来が、少しだけ『楽しそう』と思ってしまったからだ。もしかしたら、絶望するには早すぎたのかもしれない。


「希望こそが1番の薬、ということですかぁ?」


 少しだけらしくない事を言った。リンネに聞かれていたら恥ずかしかったが、まだリンネは来ていない。


「おーい、シャグマー! 俺の、勝ちだー!」


 背後から聞こえる、どこか嬉しそうなリンネの声。その声は自身が勝たせてもらったという事など、微塵も思っていない様子だ。そんな素直さというか、真っ直ぐな所が、少しだけ微笑ましい。


「ひひひ、まったく。そんなに騒がなくても聞こえ……っ!」


 笑顔で駆け寄るリンネ。

 その背後に立つ、巨大な人影。リンネよりも一回りも、ふた周りも大きな、筋骨隆々のその体。それが、リンネに向けて拳を振り上げていた。


「リンネさん!」


 生々しい音が響く。

 後頭部を殴打され、意識を飛ばされるリンネ。このままではリンネが連れ去られる。せっかく、ここまで来たのに。


「させませんよぉ」


 シャグマの前方に無数の魔法陣が浮かび上がり、そこから石槍が射出された。大男はその肉体だけで石槍を破壊したが、問題ない。狙いはリンネだ。


「ちっ」


 串刺しになったリンネが絶命する。それを見て大男は忌々しげにシャグマを睨んだ。


「所長……」


 魔法研究所所長、ヴィ・オルグ。最強を目指す男。彼は最強になるためならどんな努力も欠かさない。肉体、魔力、武技、知識、肉体改造に薬物まで。いくらか老いたとはいえ、その戦闘力はカラム王国でも指折りだ。


 本来ならシャグマでも叶うはずのない相手。しかし立ち向かわないワケにはいかない。


「すみませんねぇ所長。ワタシ、生きることにしたんですよぉ」


 リンネと共に、生きる術を探す。そのためならば。

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