第59話 明人の捕縛
「すまなかったな、明人」
「どうしたの、急に」
「三界の発端に私を崇めていた者が関わっていた。何が起きているのか、もっと早くに気が付いていれば、このような事は避けられたかもしれない」
「あー……。三千年前は、ベルはもっと人に関わっていたの?」
「いや、今と変わらない。光の神の言うとおり、神は公正であるべきだからな。三界のような特例もあるが、基本的に、神が人の子に求めるのは『己の足で立て』だ」
「じゃあ気がつかないのもしょうがないでしょ。そりゃ事前に事件を食い止めてくれればそれが1番だったけど、手の届かないことに関してまで責任を持てないよ。それこそ『自分のできることをする』だよ」
「そうか。……そうだな。私がそう言ったのだった」
ふふっとベルが笑った。
なにがおかしいのだろうと思ってそのネコ顔を見た。
「嬉しいことだ。初めて出会ったころは私がお前に教えてばかりだったが、このところは私がお前から教わるようになりはじめた」
「……」
なんだか照れくさくて、明人は頭をかいた。
照れ隠しに、思いついたことを適当に聞いた。
「ベルはさ。実はけっこう有名な神様だよね? 祭司アルバみたいな人までいたくらいだし」
「まあ、そうだな。信仰が途絶えた現代でも、かすかながら名が伝わっている。『ベル』ではないがな」
「そっちの名前はまだ教えてくれないの」
そう聞くと、ベルは黙り込んだ。
「そちらの名には悪評がつきまとっていてな。もちろんまるっきりのデタラメだが、しかし大いに広まった結果、本当だと思われてしまっている。残念だが、常に真実が虚構に勝てるわけではない。特に貧しい者の真実は軽んじられる」
ベルは淡々と言っていたが、耳が垂れていた。
本当はだいぶ気にしているのだろう。
「……無理には聞かないけど。でもいつか聞かせてよね」
「そうだな。いずれお前には知ってもらいたい」
その後は会話が途切れた。
土をそのままくりぬいただけの、殺風景な階段を上りつづけた。
◇ ◇ ◇
外に出るなり、急激な明るさが明人の目をくらませた。
静かな地下牢と違って、外はざわついていた。
(慌ただしいな。いつものごみごみした感じじゃない)
そう感じた。
よほど千星たちの陽動が効いているのだろうか。
茂みを抜けて、娼館のすぐそばに出た。
そのまま行こうとして、明人はおかしな視線を感じた。
立ちん坊をやっていた男娼や娼婦からだ。いぶかしげな顔で、ちらちらと明人とベルを何度も見ていた。
「雰囲気が変じゃない?」
「うむ。出てくる場所がおかしかったから、というだけではなさそうだな。どうも気味が悪い。はやめに退散しよう」
「了解。一気に門の外まで行っちゃおう」
と言った。
じれったく思いながらも、歩いて門の方へ向かった。急ぎたいところだが、走ると目立つ。
娼館前を通り過ぎ、雑多な露店の前をいくつも抜けた。
「……?」
露店街に人の数がやけに増えていた。特にレリーフの側に人が集まっている。
どうやら立て札があり、それを見ているようだ。
「なにか張り出されてる。なんだろ?」
「おい、後にしろ。野次馬をしている場合ではないだろう」
「ちょっとだけちょっとだけ」
ベルは嫌がったが、どうにも気になって、明人は人だかりに近づいた。
背伸びして人々の頭越しに立て札を見てみた。
そして、ゾッとした。
手配書であった。
日本でも『この顔にピンと来たら110番』とよく交番の前に貼ってあるアレだ。
数は4枚。明人、ベル、千星、アナの似顔絵が並んでいた。ホフニが手を回したのだろう。それぞれS300とあるから、捕まえた者には賞金として300シェケルが払われるのだと思われた。
サラと幸十が描かれていなかったのは不幸中の幸いである。
あの二人はまだ明人たち側だと疑われていないか、疑われているとしてもまだ疑い止まりなのだろう。
まだ捕まっていなければ、ではあるが。
(気づかれないうちに逃げないと)
と背伸びをやめた。
その際、ちょっとだけ、前にいたスキンヘッドの肩に体がぶつかった。体中に貼られまくった黄金のアクセがやかましく鳴った。
「すいません」
「なに。……?」
スキンヘッドが明人を見るなり目を丸くした。
(しまった)
ドジを踏んだと悟った。
スキンヘッドの驚いた顔が何度も左右に動いた。その視線が明人の顔と、明人の手配書のあいだを何度も行ったり来たりした。
最後にもう一度明人の顔を見て、スキンヘッドがニヤリと笑った。
つられて明人も笑ったがそれどころではない。
「こいつだーっ!!」
叫び声が上がり、指が刺され、通行人が一斉に明人の顔を見た。
そして面白いくらい一斉に目を剥いた。
「さよならっ!」
あわてて明人はその場から逃げ出した。ベルもすぐさまついてきた。
「いわんこっちゃない!」
「ごめん!!」
ベルと2人で大慌てで露店街を走る。
走る二人を見る店主たちがぽかんと口を開けた。と思うと、追っ手に加わろうとしてかあたふた立ち上がり始めた。
「賞金首が逃げたぞ!」
「待てや、300シェケル!」
そんな声が後ろから駆け足の音とともに追いかけてきた。
「ええい! ホフニはこの神殿前から普通に立ち去れない呪いでもかけたのか!?」
「ベル、雷とか鉾とかで追い払えないの!?」
「バカ言え、あれは人間だ!」
とそのとき、かどの向こうから槍を持った無表情な兵士達がぞろぞろと現れた。見張りと同じ格好だから人形だろう。バリケードをはるようにして立ち塞がった。
「ちっ!」
ベルの手元に鉾が出る。
投げつけた鉾が兵士たちを一閃すると、彼らはそれで煙と消えた。
「やった!」
開いた道に向けてかけ続ける。
だが、後ろから追いかけてきた者たちの悲鳴が上がった。
「おい、あいつ人を殺したぞ!?」
「えっ、ち、違います! あれは人形です! 幻なんですよ!?」
明人は後ろにむかって叫んだが、だれも聞く耳を持とうとしていなかった。
「明人、今語っても無理だ! 早く離れよう!」
無念であったが、たしかに話が通じそうにない。
そのまま駆け続け、角を曲がり、城門に通じる大通りに出た。こちらはまだ騒ぎになっていない。走る二人を怪訝そうに見る人がいるだけだ。
(よし、何とかなりそうだ)
まずはひと安心だ。
そう思って、走りながらも息を吐いた。
(外に出てちーちゃんと合流して……。けど、ここまで騒ぎになったとなると、その後どうするかだな。中に入るのも難しくなりそうだ)
と考えていると、
「明人っ、ぼーっとするな!」
いきなりベルが人間には使わないと言った鉾をだした。
「えっ!?」
叱咤されて気がついた。
すぐ前方のけばけばしい格好をしたトゲトゲ頭が、ボクシングのファイティングポーズをとっている。
(やばっ!?)
走る向きを変えようとしたが、その前に拳が飛んできた。
アゴに衝撃が走り、視界が揺れた。
「明人っ!?」
ベルの悲痛な叫びが耳に届いたときには、明人の目の前は暗転していた。
その後すぐ、意識が途切れた。
◇ ◇ ◇
明人が目を覚ますと、殺伐とした金属板が目に入った。
四方も全て金属の柱が並んでいる。床もご丁寧に金属板だ。
端的に、動物園のオリが近い。あれを持ち運び式にした感じだ。もっとも、珍しくも中から見ているわけだが。
「いって……」
殴られたアゴが痛んだ。
気分も悪い。ホフニの神殿で味わったのと同じ、車酔いに似た気分の悪さだ。
だが、神殿に来たわけではないらしい。
周囲を見渡したら、見覚えのある
「気がついたか」
ベルがそばにいた。
さっきまでいなかったから、おそらく明人が目を覚ましたことでこちらに復帰したのだろう。
「俺、どれくらい気絶してた?」
「物質界の時間で1時間と言ったところだな。厄介なことになった」
そう言ってベルは手を動かした。鉾を出そうとしたのだろう。だがなにも出なかった。
ならばとオリを蹴破ろうとしたが、こちらもびくともしない。やがて無理と判断したか、忌々しげに首を振った。
「再度こちらに来る際に、出現場所を強制されたような感覚があったのだが、来るなりオリの中とはな。おおかたホフニの仕業だろうが、小技が多い男だ」
「ごめん。色々しくじった」
「仕方ない。それに時間の問題だったろう。町の人間が全員敵にまわっていたのではな」
「うん。相手の権力を舐めてたね」
この町の人間の動員の早さは驚くほどだった。ホフニは支配者としてこの幻の町の権力も握っていたのだろう。ただの神職と思ったのがまちがいだったのだ。
前回ホフニと遭遇した際、簡単に逃げられたのは、捕まえようと思えばいつでも捕まえられるという自信が相手にあったからこそだったわけだ。
「起きたかね、子羊よ。放牧は快適だったかな」
聞き覚えのある嫌みなしゃがれ声が後ろからかけられた。
振り向くと、やはりホフニであった。
「おかげ様で。殴られるまでは、ですけどね」
「帰りが遅い羊は叩かれるものだ」
明人の皮肉に、ホフニは笑って返した。そして、
「おい」
と後ろにいた兵士にむけて顎をしゃくった。
兵士はなにか大きな布を抱えている。
そう思ったら、違った。
「!?」
ぐったりした千星を抱えていたのだ。
兵士はおもむろにオリの扉を開け、千星を乱暴に放り込んだ。
「ちーちゃん!?」
慌てて抱き起こしたが、幸いにして息はあった。
気を失っているだけらしい。アナの姿がないが、おそらく千星が気絶しているからだろう。接続が切れて三界から退出させられたのだ。
「ふふふ」
ホフニがオリの中の明人たちを見て薄気味悪く笑った。
「ここで殺す気か」
逃げる術は無い。
ベルは弱体化し、アナも消えている。
ホフニはあの蠅の姿を取るまでもない。
兵士たちに命じて槍で突き殺させるだけでいい。ただそれだけで、明人たちは死ぬ。
だがホフニは首を横に振った。
「いや、いや。あいにく異教の預言者を捕まえたことが町の人間に知れ渡ってしまったのでな。面倒でも見せしめにしないわけにいかないのだ。なんとも気の毒なことだ。お前たちは公開の場で石打の刑によって死ななければならない。最初に出会ったときに死んでいれば、まだしも楽に死ねたろうにな」
ホフニが右手を上に向けた。
その手の中に、幼児の頭くらいの大きさの石がふっと現れた。創ったのだろう。
「石打の刑を知っているかな。このくらいの大きさの石で、罪人の頭を殴って殺す刑罰だ。お前たちは頭蓋骨を粉々にくだかれ、汚い血と脳漿を皆の前で撒き散らして死ぬことになる」
そう言ってホフニは明人と千星を交互に見たあと、今度は左手に手のひらサイズの鳥の卵を現した。
そして、その卵に石をぶつけた。
殻の割れた卵から黄身がこぼれ落ち、地面にたたきつけられて潰れ、飛び散った。
「このように」
ホフニが邪悪な笑みを愉しげに浮かべた。
ベルが顔をしかめた。
「ただ殺すだけではあきたらず、見世物にするというのか」
「
そう言って、ホフニは明人たちに背を向けた。
その遠ざかっていく背を見ながら
(こうなったら、時間切れで世界から脱出できるタイミングまでなんとか保たせるしか)
と明人が考えていると、ふとホフニが途中で足を止めた。
振り返って、言った。
「言い忘れるところだった。年は取りたくないな。まあ千年から先は数えていないのだが」
くつくつ笑った。
明人を見て言った。
「今日はお前たちのために特別な仕掛けを用意した。いつもは目立たぬよう、あるていどこちらに滞在した者は、一度物質界に戻らせる。だが今日は戻らせない。お前たちの処刑が終わるまではな」
「……!?」
「そう驚くことはないだろう。この
そう言うホフニの顔から温厚そうな老神官の仮面が消えた。
ぞわぞわ
「異教徒には
地の底から響くような恐ろしい声とともに、おぞましい黒虫の中に浮き上がる濁った目が、明人を見つめた。
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