第34話 少女とお姫様
苦悶するクイーンの絶叫が絶え間なくあがった。
三本煙突の巨体がのたうちまわった。
血とともに肉片らしきモノが飛び散り続けた。
至近距離からの20mm機関砲弾によるフルオート射撃だ。
射撃音はクイーンのいるあたりから聞こえている。
「透良!? あいつ、無事だったのか!」
信じがたいが、こんなことができるのは彼女しかいまい。
(反撃もされてない。さてはクイーンめ、今の姿だと戦えないな)
おそらくクイーンには二形態あるのだろう。生産モード、そして戦闘モードだ。
いつもはモンスターを産むのに徹する。しかたないときだけ産むのをやめて自分自身が戦う。そんなところではないか。
今現在、撃ち放題に撃たれているのがその証拠だ。
(けど、この後どうする気なんだ?)
そう。
今はよくても、問題はクイーンに戦闘モードに戻られた後だ。
このまま押し切れると思っているわけでもあるまい。
果たして、たまりかねたようにクイーンがあの禍々しいエトリグサに似た姿を現した。
だが、その直後、ひときわ
頂上近くからなにか光るものが落ちた。
「……?」
よほど大事なものだったのだろうか。
クイーンがわたわたと巨体を揺らし始めた。
光るものが、草むらの向こうに落ちた。
空が開いた。
まばゆい光が小広場に差しこんだ。
頭上をおおっていた黒い煙がそこだけ失せて、トンネルのようになっていた。
透きとおるような
(なんだ!?)
なにかが起きようとしている。
しかし、なにが起きようとしているのか。
壮絶な爆音が、明人の疑問に応えた。
莫大な量のロケット弾が、砲弾が、銃弾が、射的のマトのようにみっともなく開いたクイーンの全面に投射されはじめる。
無数の瞳が見る間に潰されていく。
吹き荒れる鋼鉄の嵐の前に、クイーンが泣き叫び、のたうちまわり、悶え苦しむ。
まるで許しを請うかのように哀れな悲鳴をあげるクイーンを、しかし
「な、なんだあれは!?」
となりでベルが驚愕をあらわにした。
明人も気持ちはおなじだ。
(ありえない)
今クイーンを滅多打ちにしている砲火は、どう見てもグリーンハートの総攻撃をも上回っている。
(戦っていたのは透良じゃなかったのか? いや、あいつしかいないはず)
ひときわ長い断末魔が響いた。
まっ黒に焼け焦げ、あちこち引き裂かれたクイーンの巨体が、ゆっくり後ろに倒れていった。
高草のベールの向こうで地響きが起こり――莫大な黒い煙が、爆発するかのように散じて、小広場をけぶらせた。
「……やった」
あっけにとられながらも、明人はなんとかそう口にできた。
クイーンは死んだ。
一体なにが起きたのかまったくわからないが、それだけは間違いないだろう。
「…………?」
だが起こるはずの世界崩壊がいつまで経っても起こらなかった。
「地揺れ、起きてないよね」
「うむ……。これは崩れていないな。残念だが闘争界は維持されたままだ」
「クイーンは世界の鍵じゃなかったのか。……まいったね」
唇を噛んだ。
これほどの犠牲を払ったにもかかわらず、鍵ではなかったとは。
「透良はお手柄だが、なぜ彼女だけが無事だったのだろうな。それにあの最後の攻撃はなんだったのだろう」
「そこだね。あいつが戻ってきたら聞いてみよう」
グリーンハートのメンバーはおそらく千星を除いて全滅だ。
先ほどの悲鳴からしても、そして未だにその姿が見えないことからしても、戦死したことはほぼ疑いない。
彼らが助からず、透良が助かったのは、なぜだろうか。
それにクイーンにとどめを刺したあの猛攻は一体なんなのか。
と、
「ねえ、ねえ、古宮くん?」
とんとん、と脇腹のうしろを優しく叩かれた。
「んっ?」
「もう大丈夫だから、そろそろ離して?」
恥ずかしそうに頬を染めた
千星だ。
完全に気がついたらしい。
明人も忘れかけていたが、気絶した彼女をずっと抱きよせていたのであった。
「あ、ああ……ごめん」
なんだか自分まで気恥ずかしくなるのを感じつつ、左腕から力を抜いて千星を解放した。
千星は地面にいったん膝をついてから立ち上がった。
すこしよろめいたものの、思ったよりはしっかりしていた。
少しもじもじしたが、すぐにまっすぐ明人を見つめた。
「えっと。助けてくれて、ありがとう。嬉しかった。……誰かにあんなに必死になってもらえたの、初めてだよ」
「どういたしまして。無事で良かったよ」
本心からそう答えた。
自分が死ぬのも嫌だが、千星を目の前で死なせるのも冗談ではなかった。
きびしい犠牲が出た中、彼女と透良だけでも生き残ってくれたことはなによりの救いだ。
それに嬉しいことがもう一つあった。
(戻ってる)
チリチリするような雰囲気が千星から消えているのだ。
おそらく闘争界の心理的な罠が破れたのだろう。
心底ヒヤヒヤする事態であったが、はからずもショック療法になったわけだ。
と、アナが千星のすぐそばに出現した。
千星が目を覚ましたので戻れたようだ。
「アナちゃん」
「ああ、千星ちゃん! 良かった、無事でしたね。一時はどうなることかと思いました」
「うん。さっきはごめんね。噛まれたの、痛かったでしょ」
「なんの、あの程度は戦場なら当然です」
アナが軽くそう言って、明人のほうを向いた。
「明人さん、あらためて礼を言います。よくぞ千星ちゃんを救ってくれました。勇敢でしたよ」
「ありがとうございます」
戦女神から直々に褒められて、明人は頭をかいた。
実のところ、ワニヘビに立ち向かったときは恐怖を感じるどころではなかったというのが実情だ。とはいえ褒められて悪い気はしなかった。
とん、とアナが千星の足に触れ、その姿が消えた。ふたたび憑依したのだろう。千星の胸のところに葦の輪ができた。
そういえば先ほどまで表示がなかった。携帯電話の電波マークのようなものだったらしい。
軍刀もその手の内に戻った。
「あとは透良と合流するだけだな」
「だね。ここにいれば来るだろうし、待ってよう」
そうベルに答え、明人は周囲を見まわした。
決着はついたが、破壊跡が凄まじかった。
来たときは切りそろえたかのように整っていた高草群も、今では悲惨な虎刈り状態だ。
明人たちの近くは特にひどい。
モンスターの巨体が派手に転がったせいで、押しつぶされた高草が広範囲にわたって湿地に伏せている。一方向に倒れているので流れる川のようだが、泥だらけなおかげで枯山水ほど美しくはない。
その倒れた草の川の向こうで、茂みがガサゴソと動いた。
向こうから透良が姿を現した。
なぜか、どこか疲れたような、投げやりな雰囲気があった。
あの超強化AK-47も手にしている。
だがオプションが増えていた。ボトムレイルにグレネードランチャーをつけるようにして、宝石をはめた杖のようなものがついている。
草の川の対岸に立った透良は、
「……あれっ?」
明人たちのほうを見て足を止め、眉をひそめた。
「どうなってんの。お姫がこっち側に来てないでない。ウリ坊とぬいぐるみも、まだ死んでないし」
透良の言葉の前半は意味がよくわからなかったが、後半はわかった。
違和感を感じつつも、ともあれ明人は後者についてのみ答えることにした。
「なんとかね。でも、生き残ったのは俺たちだけだよ」
すこし離れた位置にある血痕を見た。ベレッタのいた場所だ。
丸呑みにされてしまったので、遺体は残っていない。
おそらく、小広場のどこかにも同じような痕があと四つ残っているのだろう。丸坊主と、ロン毛と、無口な三十路男と、目出し帽がそれぞれいた場所に。
「無事でよかった。クイーンを倒したのも透良だよな? ものすごい攻撃だったけど」
明人がそうねぎらうと、透良は気だるげに鼻を鳴らした。
「ツール頼みのチート野郎なんか、実力勝負になればあんなもんさ。とどめのアレはジニーの討伐隊の全力射撃。本当は一昨日ああなるはずだったんだ」
そう言って、透良は自分の帽子を目深にかぶり直した。
そこにはジニーのクランマークが今も残っている。
その言を信じるなら、どうやってか透良は過去のクランメンバーの火力を再現してのけたことになる。いったいどうやったのかは謎だが、クイーンを討ったのは実質的にジニーというわけだ。
「ま、それはもういいしょ。全部終わったんだ。今は、それよりも」
草の川の向こうから、底冷えするような声とともに、透良の鋭い視線が千星に投げかけられた。
「お姫、どうしてまだそっち側にいる? あのデカブツにガトリング砲を
(……?)
あのワニヘビはエグゼキューショナーというらしい。
だが透良の台詞はやはりどこかおかしかった。まるで千星の破滅を計画していたかのようだ。
困惑しておし黙った明人の代わりに、千星が口を開いた。
「古宮くんが助けてくれたんだよ」
「まさか。あのエグゼキューショナーをウリ坊が殺せるわけないしょ。武器もなしに戦える相手でないよ」
「本当だってば。この軍刀で、エイッて。すごかったよ」
千星が手のうちの軍刀を軽く振って見せた。
透良が目を丸くした。
「はああっ!? そんな原始的な得物でエグゼキューショナーに挑んだんか。お姫を助けるために? ……なんだ、それ。そんなのおかしいしょ……」
透良は片手で自分の顔を半分押さえた。
押さえていないほうの目で明人をにらんだ。
呆れるようでもあり、咎めるようでもあった。
「おいウリ坊、知ってるか。お前、まだ死んでないのは奇跡だぞ。ムチャクチャすぎ」
「ムチャでもなんでも、あんなときに放っておけるわけないだろ」
「あっそ」
透良が深くため息をついた。
「あーあ。台無し。……嫌になるなあ。ほんと、嫌になる」
そう暗くつぶやいて、うつむいた。
帽子の影が伸びてその目をおおった。
疲れきった感じの沈んだ声で、独り言のようにつぶやいた。
「でも、なるほどね。よくわかった。お姫は、本当にお姫様なんだ。大ピンチになったら王子様が助けに来てくれちゃうんだ。あたしとは違うや」
湿り気のある強い風が、透良と明人たちのあいだを吹きぬけた。
倒草の川の向こう岸から、透良の目が、千星を静かに眺めていた。
「甘えられる相手がいる子はいいね、お姫。……あたしも、お姫様なら良かったのに」
さびしげに微笑む透良は、明人が初めて見る目をしていた。
悲しそうな、諦めたような。
空高く飛び去っていくゴム風船に、届かない手を伸ばす、小さな女の子のような目。
「……」
透良に千星が応えることはなかった。
きっと応えられなかったのだ。
透良の佇む向こう岸が、明人には随分遠く見えた。
どうしてか、たどり着けないほど、遠く。
(バカバカしい。気の迷いだ)
不吉な予感を振りはらい、明人は透良のほうへと歩いて行こうとした。
自分が王子様と呼ばれるような男だとは思わない。だが、無事で良かったと彼女を迎えに行くくらいなら簡単だ。
どうしてその程度のことが難しいだろうか。
足を動かせなかった。
ベルがズボンの裾をつかんでいた。
「どうしたの、ベル。離してよ」
だがベルは答えなかった。手も離さない。
「透良。私からも聞きたいことがある」
そう透良に問うた。
その声色には、詰問するかのような厳しさがあった。
透良は動じることなく、明人たちを静かに見つめ続けていた。
その手に持つAK-47の銃身の下には、アタッチされた宝石付きの杖が、青空から差しこむ光に照らされ、
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