第8話 依存性

「すごい、これはすごいよ!」

 語彙力のない言葉が聞こえる。

 ところでボクがこんなに驚いているのは他でもないこのギルドの建物だ。お城のようにも見えるきらびやかな装飾の数々。

 因みにこのギルドの建物酒場はないとか。そもそもギルド関連しかない、らしい。

とまぁ感想はこの辺にして入ろう。

「おー!」

「お兄様、さっきからどうしました? 驚く事ってありますか?」

 あーそうか。この世界の住人だからこんなのは普通なのか。

だけど、この胸の高鳴りを押さえられないでいる。

 いや落ち着けまずは落ち着こう。そう思って息を整えていたとき。

「お兄ちゃん! 早く受付に行きましょう!」

 美鈴も落ち着きが無いみたい。かくいうボクも緊張と興奮が治まらないんだけど。

「二人とも、ギルドって初めてなんですか? 目がきらきらしています」

「あ、あぁ。まぁそんなところかな」

「珍しいですね」

 そうこうして、ボク等は受付へ向かった。

「あのー、ギルドの設立を申し込みたいのですが」

「ようこそ。ではまずこの書類に書き込みを御願いします」

 ボクは差し出された紙に目をやった。……読めない。

「美鈴、どうしよう文字読めないんだった。クルに頼もうかな」

「これは。はぁ仕方ないですね、クルちょっと書いてください」

 その美鈴の呼びかけに、後ろにいたクルは少し不機嫌そうにしながら近寄ってきた。

「二人は文字読めないんですか? 不思議なこともあるものですね。ってそれよりなんですか! ……まったく人使い荒いですね美鈴は!」

 クルはそう言いながらも書類の書き込み欄に文字を書いていった。

「別に荒く扱ってないです」

 美鈴のその言葉を聞き流したのか、何も言わずに書き続けていた。

 少し経ち書き進めていた音が切れた。

 書き終えたのかな。

「美鈴はもうちょっと人に優しくするべきです!」

「優しくしてますよ?」

「むー。私にも優しくしてください!」

 隣で美鈴とクルが言い合っている。

「あ、すみません。それで、次は何をすれば?」

「はい。ではここに血で捺印を」

 血……で。え、マジっすか。

「どうしたんですか、お兄ちゃん?」

 戸惑っているボクが見えたのか、言い争いを止めて聞いてきていた。

「いやその、これがさ」

 紙に書かれた枠に指さし。

「あーそういえば、なるほど分かりました」

 嫌な予感がする。

「手を出して下さい」

「遠慮しておくよ、うん」

「さぁさぁ、早く手を出して下さい」

 どうしてノリノリなんだ。

「あ、そうだ。美鈴にこれ任せても」

「ダメです。だってお兄ちゃんが最初に話しかけたんですから」

「えー」

 代わりにやってもらおうと思ったが無理そうだ。

仕方ないか。まず刃物持ってないし。

 諦めて美鈴に手を差し出した。

「やっとその気になりましたか」

 言っては鞄から取り出した小さな刃物で指に切り傷を入れ。

「痛っ」

「はいどうぞ」

 その人差し指から流れ出た血で血判した。

「あまり痛くないように、すぐ治るように切ったので安心してくださいね」

「なんだかなぁ」


 そうして。

「設立完了しました。それではあちらの検査を行ってください」

 検査所に向かって歩いている時、ふとクルの方を見ると睨んでいた。

たぶん美鈴の態度が気に入らないんだろうな。

仲、良いのか悪いのかよく分からない。

「すみません、検査の方を」

「おう。じゃこの水晶に手を置きな」

 水晶は静かに輝き始め、そして消えた。検査の人が言った。

「結果が出たぞ。……結果は雑魚だな。だがそんな気にすんなよその年じゃ普通だから」

 ざ、雑魚ですか。

やっぱり少量の強化をしてもらっても、そこまでか。

 じゃあ、あのとき体が動いたのは……いったい何だったのだろうか。

「「お兄ちゃん(様)?」」

「あぁごめん。次どうぞ」

 美鈴は手をさし出した。

「それでは。私は」

「おぉあんた、質が良いぞ! 良かったな!」

 流石だな。我が妹ってだけあるよ。

「良かったね美鈴」

「お兄ちゃん……」

 気にするなとボクが言っている間に、クルが検査を済ませた。

「おぉ、あんたもいい質してるな」

 何故だろう、なんか二人が遠く感じる。

「じゃ検査終了だな。依頼を受けたいならあっちに行きな、お疲れさん」

「……ごめんなさい」

「どうして謝るの?」

「お兄様だけ、あのように呼ばれてしまって」

 えーもしかしてボクは天使と出会っちゃいました? なんて。クルは優しい性格をしているんだな。

「気にしないで。ありがとう」

「お兄様……」

「お兄ちゃん! 依頼見に行きましょう」

「あ、うん。そうだな何する?」

 会話を交え依頼の紙を貼った看板まで歩いていった。

 存外、受ける依頼は早く決まった。

討伐や採取等ではなく、教会でオルガンを弾いて欲しいとのこと。

「お兄ちゃんにもってこいの依頼ですね」

「オルガンを弾けるんですねお兄様! よりいっそう憧れます!」

「ハードル上げないで」

 弾けると言っても多少だから。


 教会に来た。依頼用紙の地図を片手に。

「ほぇー、これまた大きいなぁ」

 そう言って教会の扉をノックした。

「すみませーん、誰か居ませんかー?」

 返事がない。

「すみませーん」

 返答無し。

「はぁ」

 仕方ない。中に入らせてもらおう。依頼受けた身だし、入って問題無いと思う。

そんなこと思いながらもおどおどと扉を開け中に入った。

「ほぉー! パイプオルガンじゃないっすか!」

「お兄ちゃんが弾きたがってた楽器のひとつですね」

 そう、ボクはパイプオルガンを弾きたいなってずっと思っていた。だけどこんな形で弾けるとは。

「おーこれはこれは。気付かず失礼した。依頼の方々ですな?」

 神父らしき人がやって来て言った。

「はい! そうです」

「あの。一つ聞きたいのですが、いいですか?」

「何かな?」

「何故、このような依頼を?」

 確かに。

「長年、この教会は私一人で担っていてな。ある時掃除をしていたのだが。このオルガンの音色を私は聴いたことが無いなと、ふと思ったのだ。残念ながら私にはオルガンを奏でる技量など持ち合わせてはいないものでね」

 なるほど。って、駄目じゃない?

これボクなんかがやっちゃダメなやつでしょ。

 そうだ美鈴に弾いてもらおう。美鈴の方が技量上だし。

「じゃあ、美鈴がんば……痛いんですけど、美鈴さん?」

 地味に足を踏んでくる。

「お兄ちゃんがやらなくてどうするんですか?」

「ええ、この状況だよ? ボクみたいな生半可なやつじゃ」

「お兄ちゃんなら大丈夫です。私にはお兄ちゃんの方が上手だと思いますし」

「……分かった」

 絨毯越しに軋む床を踏み歩き、鍵盤前の椅子に座った。

「すーはぁ。では弾きます」

 曲名フーガ、ト短調。これはバッハの曲だ。足でも弾かないといけない難関な部分が大半のクラシック。

 でも代用の物で練習は積んでる。

何とか最後まで弾けると良いんだけど。

「おぉ」

 そんな声が聞こえた。自分で聴く限りぎこちなく、弾き間違えた部分もあるのに。

とは言えど良かった喜んでくれている。

そうだ。せっかくだし“カノン”でも少し弾いてみようか。

 どれもボクがついこの前まで居た世界の曲だ。きっと新鮮に聴こえるだろう。


 弾き終えた。

「お見事」

「流石ですねお兄ちゃん」

 ボクは安堵のため息をした。

「――――ありがとう。これで安らかに眠れる」

「「え」」

 ボクと美鈴は呆気に取られ声をあげた。

「私はさ迷える魂。行き場もなくここにずっと居たが。幽霊故な、寝ることすら出来なかったのだ。しかし、このオルガンの音色を聴いたことによって私は、安堵の眠りにつけることだろう。すまなかった、黙っていたこと……謝罪する」

 事実に驚きはしたが恐れることはなかった。慣れてきているのかな。こういうのに。

「楽しめてもらえたようで何よりです」

「苦痛でなくて良かった」

 苦痛……? 何のことだろう。

「――では、さようならの前にこれを渡しておこう」

 二つ貰った。一つは鍵で恐らくこの教会の。

もう一つは指輪。

「これは?」

「鍵はここの教会の扉の解錠と施錠を務め。その指輪は自分に害あるものを排除するという指輪だ」

 え、なにそれ強い。

「だがそれは、ただそう言い伝えられているというだけのもの。実際には使えんよ。御守りとして持っていくと良い」

 なんだ只の御守りか。と考えながらポケットに指輪を入れた。

「急な話ばかりだが私は逝くとしよう。……ではな。十分に楽しめたよありがとう、少年」

 そう言って姿を消した。

 不思議な気分だよ今。

「……お兄ちゃん幽霊と会話出来るなんてすごいです」

「あはは、手汗すごいけどね」

 じゃあ依頼達成したし報告に行くとするか。

なんかすごく疲れた。


 外で鐘がうるさいくらいに鳴る。

 教会を出ようとすると、真剣な趣で手を掴まれた。

「……お兄様……私の」

 唾を飲んで続ける。

「――――私の家族になって下さい!」

「っ。……どうしたの急に」

 いきなりの言葉に動揺する。

「……もう。もう手離したくない。やっと見つけれた私の大切な人なんです!」

 強く放つもその声は震えていた。

「わ、分かっています。いきなりこんなこと言ったって意味わからないと思います。だけど」

 必死な思いが伝わる。

「もう後悔だけはしたくない。あんな思いはもう嫌」

 握られている手首が圧迫されていく。

痛みに変わり始めるのに時間は掛からず。

「お願いします。ただ私とお話するだけで良いので、おねがい、お願いします……」

「クル。何かあったなら話、聞くよ」

 甲に手を添える。

「知ってるんです。お兄様が弾いた最後の曲。“カノン”ですよね」

「⁉」

 驚く。

「なんでクルがその名前を」

「このオルゴールを聴いてください」

 ポケットから出した昨日と同じ箱。それを開け中のネジを回す。

すると、聞こえてきた。

「この曲」

「紛れもない、私たちのよく知るパッヘルベルのカノン」

 美鈴の言った事にクルは反応を示した。

「やっぱり。やっぱり違いない、私の。私の家族に……!」

「話が見えません。確かに少し驚きましたが結局あなたは私とお兄ちゃんに何をするつもりですか」

 自分を落ち着かせる。

冷静になって考えてみればこの子は何を、家族になって何の目的があるのか疑問が浮かんだ。

「ダメって言うんですか」

「私はあなたを警戒していますから」

「まぁまぁ美鈴。確かに理由が気になる所だろうけど。言わないって事には意味があるかもしれないじゃん」

「だから警戒心が抜けないんです」

 警戒は解けないか。

「だめですか」

「駄目って訳じゃないんだけど」

「だめですか」

「少し考えさせて欲しいな」


 ボク等はクエストの受付で報告を済ませ宿に帰った。

その間、クルが話すことはなかった。

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