第19話
その日の晩、有里はアークルとの対峙の時の事をアルフォンスに報告しながら和やかに食事を進めていた。
食事が終わると、ソファーへと移動し、アルフォンスは果実酒・・・平たく言えばワインを、有里もジュースの様な甘い果実酒を飲みながら寛ぐ。
室内に二人だけになると、アルフォンスは居住まいを正し、有里の手を握った。
「ユーリ、セイルの港町の事を、覚えているか?」
「あ、隣の大陸に最も近い港町だよね?」
前に、隣の大陸に近いせいで、難民やならず者が上陸し治安が乱れてきていることをフォランド達から聞いていた。
何気に今、国で起きている事をまた問題となっている事をさり気無い会話の中に織り交ぜて聞かせては興味をもたせ覚えさせるのが、フォランド独自のお気に入りのお妃教育の一つだったりしている。
既にお妃教育は本人には内緒で進めてはいるが、その中では学べない生きた情報を与える事で自主的に勉強するよう・・・つまりは図書館通いさせるよう話題を振っているのだ。
そんな事など露知らず、まんまと計略に乗り図書館通いをする有里は、そこそこの知識を得ていた。
恐るべし、宰相閣下である。
「三日後、治安回復の為、セイルへ向けて出発する事となった」
「え?三日後?アルが行くの?」
「そうだ」
その簡潔な返事に、有里は眉を寄せ心配そうに顔を曇らせた。
「心配するな。何の策もなく行くわけではない」
安心させるよう、空いている手で有里の頭を撫で、そのまま頬へと滑らせた。
「一年以上前から罠は仕掛けてあるんだ」
「そんな前から?」
「奴らが一か所に集まる様に餌を蒔いておいた」
そう、アルフォンスは一年以上前からある噂を流していた。
セイルの町の内陸部、そこには昔、王族が使っていた離宮の遺跡がある。
そのある場所に、お宝がいまだに眠っているのだと・・・
とても陳腐な内容だが、実はお宝云々は昔から言い伝わっている物語のようなものではあるが、あながち嘘ではないのだ。
ただ、お宝はお宝でも、金銀財宝ではなかっただけの話で、実際にお宝は眠っている。
化石と言う形で。
珍しい毛皮を纏った動物や、額に宝石の様な石をはめ込んだ、美しい鳥。・・・実際は骨の一部なのだそうだが・・・
まだ他にも人間の欲の為に乱獲され滅んだ動物達の、貴重な骨がそこに化石として残っていたのだ。
研究者にとっては、正に宝の山である。
そんな事など知らない隣の大陸の人間達。ユリアナ帝国でも、お宝の話をいまだ信じている者もいるのだから、それにちょっとしたスパイスを加えればいいのだ。
誰もが飛びつくような、真実と嘘を織り交ぜて・・・・
「数人のグループや、個々で動いていたならず者はある程度、駆逐はしている」
お宝を求めた奴らが消えてしまってはかえって警戒心を煽ってしまう。
よって、ならず者の中に間者を送り込んだり、ならず者に見せかけたサクラにわざとお宝を掴ませたように見せかけ、影で噂を流させていたのだ。
真実味を帯びさせる為、質素な暮らしはしているが、金回りの良い所を見せたり遺跡の事をさり気なく臭わせたり、準備に余念がない。
そして間者から、この度、彼等が動くとの知らせを受けたのだ。
「だが、問題なのは部隊を組んでしまった黒騎士達だ」
「黒騎士?」
「あぁ、傭兵騎士や主人を持たない騎士のことをそう言っている。奴らはこれまでのとは違って、かなり統率が取れていて、確認されているだけで四十人程の大所帯だ」
「・・・・これって、なんか、騎士団みたい?」
「そうだな。ほぼ、それと言っていいかもしれない」
「もしかしてフィルス帝国の・・・・だったとか?」
「情報では、元帝国騎士団と、何故かチンピラと半々のようだ」
「じゃあ、統率事態難しいんじゃない?いくら傭兵騎士に身を落としても、騎士とチンピラって水と油の様な気がするんだけど・・・」
至極もっともな事を言えば、アルフォンスは楽しそうに笑う。
「その通り。元騎士たちはこの噂に懐疑的だったから、かなり慎重だった。でも、すぐにでも金が欲しいチンピラ達は自分たちだけでも宝探しに行くと。内部分裂してしまったんだ」
「・・・確かに、大所帯になるとまとめるのは難しいよね」
「まぁ、この度は己の欲に忠実なチンピラに感謝しないといけないな。決定的な分裂を避けたいトップがとうとう重い腰を上げて動いてくれるんだから」
そしてそのチンピラの大半が、潜入の為に送り込んだ味方だというのだから驚きだ。
その他にもセイル治安維持目的で、何度かに分け兵を派遣していた。
後はアルフォンスの到着を待つばかりとなっている。
「戻るのに、恐らく一週間以上はかかるかもしれない」
「そんなに?」
「あぁ、上手く全員を捕縛できればいいが、もしかしたら激しい抵抗も予想されるからな・・・」
聞けば聞くほど不安になっていく有里は、いまだ頬に添えられているアルフォンスの手に、自分の手を重ねた。
「怖いか?」
優しく問われ、有里は思いを隠すことなく頷いた。
「だって、アルと一緒に行くのは、近衛師団でしょ?アーロンも・・・先に出立してる騎士の中にも、知ってる人いたし・・・怖いよ」
アルフォンスは綺麗な瞳を瞬かせたかと思うと、有里をひょいと抱き上げ膝の上に座らせた。
「え!何?アルっ!!ちょっと、恥ずかしい!!」
と慌てふためく有里を、アルフォンスは優しく抱きしめ、ポンポンと背を叩いた。
「大丈夫だ。誰一人欠けることなく、戻ってくるから」
言葉を紡ぐたび、首筋にかかる吐息にぞわぞわしながらも、その言葉の力強さ、包み込む暖かさにほっと息を吐き身体の力を抜いた。
暫しその心地良さを堪能した後、有里はアルフォンスから身体を離し、ひたりと視線を合わせた。
「アルも・・・気を付けて」
絞り出すようなその言葉に、アルフォンスは苦笑すると「わかった」と言い、有里の頬に手を添え優しく撫でる。
少しくすぐったそうに有里が首を竦めると、その手は後頭部へと移動し、髪をすくう様に触れていく。
見つめ合う眼差しは、互いに逸らすことすら許されないもので、全ての感情が絡め取られるほど甘やかなものだった。
優しく引き寄せ次第に顔が近づき、まるでそうする事が当然であるかの様に、唇が触れ合った。
それはすぐに離れていったが、アルフォンスはそれを追うかのように何度も啄む。
そして、アルフォンスがぺろりと有里の唇を舐めた瞬間、彼女は弾かれたように我に返った。
―――イマ、ナニガオキタ?
目の前の現実と、混乱する頭。一気に顔に集まる熱に耐えきれず、アルフォンスの肩を掴み、勢いよく身体を離し硬直してしまった。
突然の事に何事かと唖然としていたアルフォンスだったが、真っ赤な顔の有里を見て、自分も我に返り己の行動に目を見開き狼狽えてしまう。
口元を手で覆い、視線を彷徨わせるアルフォンス。
顔を真っ赤にし、彼の肩に手を置いたまま俯いて動けない有里。
微妙な空気が室内を満たしていた。
時間にすれば数秒かもしれない。だが、二人にとっては気まずく長い沈黙。
それを破ったのは、有里だった。
「えっと・・・あの・・・もう、寝よっか」
「え?あぁ、そうだな・・・ユーリも今日は慣れない事をして、疲れただろう・・・」
有里はアルフォンスの膝から降り、やはり気まずそうに下を向いている。
アルフォンスも立ち上がると視線を意味もなく漂わせ、チラリと有里を見た。
それは探る様にアルフォンスを盗み見ていた有里の視線とぶつかり合い、またも互いに焦った様に視線を外した。
「で、では、また、明日・・・おやすみ」
そう言い残し、アルフォンスは焦った様に自室へと足早に帰って行った。
一人取り残された有里は、
「―――また、明日・・・おやすみなさい」
と、誰も居ない部屋で返事を返したのだった。
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