第78話
「ああ――――何も見えなかった」
王都に火の落涙が降り注いだ日から数日、オスカーは自室で静かに嘆いていた。
オスカーの持つ星の力、それは未来視である。精度も低く、自分では発動のタイミングすら選べない。オスカーは所謂劣等であった。
偶に夢見の様に見る意味不明な映像の数々、それを除けば星光体として他者より体の出来が優れているというだけ。
ただの一般人に比べればそれでも優れているのには変わりないが、それが一体なんだというのか。守らなければならない時に大切な物を守れずに、一体何が誇れよう。
『下ってください、オスカー様っ!』
『お父様、城の中へっ!』
『コーネリア、父上を頼む!』
『兄さんっ!』
朧気な意識の中で聞こえてきた言葉の数々。星神同士の争いに巻き込まれ、自身が一番に被害を被り、皆が戦う中で何も出来ずに生死の狭間を彷徨っていた。
「――――、ッ!!」
怒りが、憎悪が噴き上がる。何故こうも弱いのか、何故今まで強くなろうとしなかったのか。愛する家族を失った。愛する民も多く失った。アステリオは未だ滅びていないだけの死に体にまで陥っていた。
静謐に包まれた自室に扉を叩く音が響き渡る。
「……なんだ?」
「オスカー様、セシルです。よろしいでしょうか?」
「……入れ」
「失礼致します」
ゆっくりと扉が開かれ、顔馴染みであるセシルが顔を見せる。
「怪我はよいのか?」
「ええ、大分落ち着きました」
松葉杖を持ち、体中に包帯を巻いたセシル。彼女もまた、戦火の中で民を守ろうとして傷付いたうちの一人。
「して、何用だ?」
「ぜひとも、お耳に入れて頂きたいお話が……」
セシルに案内されるまま、二人はトリスタイン城の地下にある研究室へと足を踏み入れる。
「コーネリア様、お連れしました」
「……ええ」
涙に目を腫らし、憔悴しきったコーネリアの姿。
鉄の棺桶を見下ろしたまま、彼女は微動だにしている。
「こちらを」
迷い無くセシルが棺の蓋をずらして見せる。
「こ、これはッ!?」
そこに眠るのは火の落涙で命を落としたヘリオスの姿。綺麗に整われ、国葬用の支度を済ませた状態の顔を覗かせる。
「……何の真似だ」
「お話しましょう。不鮮明ながらも、私の出生を……」
そして語られる、不鮮明なセシルの記憶。被造物として造られ、気が付けば地上に墜ちていたという事。星の光に縋る者としての役割、その意味を。
「星の光の……収納?」
「はい、それこそが私に与えられた役割。たった一つの星のみを収納できる、ただのそれだけの機能」
それに付随する様に搭載された天蓋への交信機能。
「分かりますか……? 私の中には、セルベリア様の星が眠っているのです」
「それで……一体何をしようと言うのだ」
星は原則一人に一つ。それが移動するなど断じて有り得ない。
「知らしめるのです、我々が失った物を。愛する人は戻らない、ならば――――新生を果たすのです」
語られるのは途方もない計画の数々。この国に擬似的な星座を展開し、セルベリアの星の力で一点に集め、ヘリオスの肉体に押し込むということ。
星と星が密接に繋がりやすい擬似的な空間。セルベリアの星でヘリオスの『王星』を呼び寄せる。
彼の肉体、セルベリアの星。繋がりの多い所縁のある物を集め、セルベリアの星を再強化して事を為す。
「セルベリアの星……それはその様な力では――――」
「ええ、彼女に発現した力はそうでは無い。しかし、彼女の願いの力を越える事さえ出来れば力を利用し、その在り方のみを超越させる事も可能でしょう」
「そんな事が……可能なのか?」
「ええ、星の力とは言い換えれば意志の力。成し遂げると言う覚悟さえその胸に抱けば、必ず答えてくれるのです」
「星神を……滅ぼす為に……か?」
「それだけではありません。天蓋失墜事件の張本人、魔王を滅ぼすのです。でなければ、世界は本当の意味で救われない」
オスカーはコーネリアへと静かに視線を向ける。それで良いのかという視線に、彼女は黙って頷く。
「魔王を……滅する……」
それが可能であるのなら、どれ程素晴らしいのだろう。どれ程民が笑顔になるだろう。どれ程――――。
「名を隠せ、アルテミスという名を知られるな。自由に動け、その為に必要な物は全て揃えてみせよう」
ここに密約は交わされる。
「それでは――――良いのですね?」
「ああ、いいだろう。明日の光を描く為ならば」
「ええ、私達で描きましょう。誰も至れなかった、英雄譚へと」
悲しみを、明日の光にくべるのだ。失った物の何一つ、無駄にはしないと心に決めて。
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