第75話
時は遡り、夕暮れ時のアステリオ王国、トリスタイン城。
「……やっぱり、僕個人でも探りを入れたいんだよね」
「だ、大丈夫なの?」
ミユキの書斎ではクリスティーナとの密談が行われていた。
「バレればマズイ。でも、流石に放置は出来ない。国王に打診しても無理矢理に期間を付けられて調査出来なかったんだ。オスカー様も一枚噛んでいるんじゃないかな?」
「確かに捨て置けないけど、あと二日もすれば堂々と中に入れるんだから。ミユキちゃんが焦って一人で行かなくたって……」
「だよね、僕もそう思う。セシルも、オスカー様も、ある程度理性的な人だとは思うんだよね。だからそんな大事を起こしはしないと思う。それでも、じゃあどうしてここまで疑われて僕たちに打ち明けないのか、勇者召喚の技術を使い何か仕出かそうとしているのかもしれない。そして人知れず最初に呼び出した勇者の様な奴がこの世界に現れるかもしれない……」
「それは……確かにそうだけど……」
「加えつければ、あのニルスを外に出した事だ。大した用でも無いのにね」
かもしれない、もしかしたら。そんな予想を超えない事案の中、ニルスを国から遠ざけたという事実がミユキの警鐘を激しく鳴らした。
「今夜、儀式の間に潜入してみる。僕に何かあったら、その時はジューダスを頼ってね」
「……それなら、ジューダスさんにも一緒に行って貰った方が」
「コレは未だ僕の推理で、流石にジューダスは巻き込めないな。それでも、念の為に……ね?」
夕日に照らされるミユキ表情に確かな覚悟を見たクリスティーナは静かに頷き了承する。
「出来れば、怪我しないでね……」
「気を付けるよ」
二人は別れ、クリスティーナは自身の書斎へ、ミユキはそのまま自室で待機し、職務を片付けながら日が沈むのを待った。
――――
「準備は出来ているか?」
「はい、オスカー様」
「私の力でヘリオスの準備は出来てる。一度発動してしまえばもう戻れない、一発限りの大博打。後は、お父様次第」
勇者召喚の儀式の間。日輪の如く輝く紋様の中心部に存在する巨大な棺型の機械。
その中で眠りに就くのはかつてこの国で没した王子、ヘリオスの姿があった。このまま寝息さえ立てているのならばただ安らかに就寝しているだけなのだろうと誰もが思う。
紛れも無いヘリオスの亡骸が入った半透明の棺を撫でながらコーネリアは憂いを帯びた視線を向ける。
コーネリアが掲げる星、『
「始めよう。神話の呪縛を解き放つ為に」
老体を動かし、オスカーが動き出す。棺に繋がれたもう一つの棺の中へと自身の身体を押し込めていく。
「先程も申しました通り、城の殆どが準備出来ておりません。おそらく、他の七星が邪魔をしてくるでしょう」
「承知している」
「もしもとなれば、ニルスさんも戻って来るかも知れません。それにケルベロスさん、下手をすれば……」
「セレナ」
威厳を見せないオスカーの優しい手が彼女の手を掴む。セレナの温もりを確かめる様に、セレナもそれに応える様にオスカーの手を握り返す。
セレナの頬を一粒の涙が伝う。それでも悔いは無いと、優しくオスカーの温もりを求め続ける。
「今までよく仕えてくれた。その涙も汲み取り、明日の光に変えてみせよう。何も案ずる事はない」
二人は見合い、静かに頷く。これでいいのだ、この時の為に別れを越えてここまで来たのだと自身の覚悟を再燃させる。
「ありがとうございました。貴方に仕える事が出来て、本当によかった」
セレナの体が月の灯りに包まれながら天へと昇る。儀式の間の天井、大気が震え、次元が鳴く。
そして、ほんの僅かに開けられる小さな孔。人と神を別つ天蓋への入口。硝子細工の様にパラパラと空間が崩壊していく。
月へと還る様に愛おしそうに天蓋を見上げ、彼女は囁く。
「『
セレナ・バーネットの声に応える様に、天蓋が震え上がる。この地に奇跡を降ろす為、たった一つの星を彼の星座より呼び戻す為に。
「――――盛り上がってる所悪いけどさ――――止めて貰っていいかな!」
天に昇るセレナに向かい放たれるのは稲妻を纏った鎖。陰から見守っていたミユキは事態の異常さに驚愕したが、これは止めたければならないと本能が叫んでいた。
「なっ!?」
しかしミユキの放った鎖はセレナの体をすり抜ける。彼女の体は既に星光と一体化し、天蓋へと溶けていっている。
「邪魔をしないでっ!」
「――――ぐぅっ!」
ミユキを横合いから殴り付けたのはコーネリアが発生させた巨大な氷塊。玩具の様に跳ね飛ばされ、部屋の隅まで吹き飛ばされる。
「お父様っ!」
コーネリアの声を聞き、オスカーは輝く星座に願いを込めて祈りの詩を天に送る。
「『
――――私からも、お返しします。お二人の力を、どうかあの方にお貸し下さい。
「『――
輝く太陽が天蓋より舞い降り、セレナの体を通過し、その中にある星と星座より降る星が融合し、地に座す棺に降り注ぐ。
極大な光が儀式の間を満たす。大気を焦がす熱風に壁が溶け落ちる。
「やっば――――」
体勢が崩れたミユキの体を何かが通り過ぎる。気が付けばジューダスに庇われ、彼の背にクリスティーナと共に居た。
――――
生まれた時、私に居場所など無かった。
気が付けば何もない平原に放り出され、流れる風に身を任せる様にふらふらと地を歩くのみ。
何も無い、生きている意味も、自身が住まう居場所も。思い出すのは破滅の記憶。歳も離れていない少女が何かを惨殺し天に吠える姿のみ。
ちくりと頭が痛む。疲れはしない。まるで機械の様に寸分違わず目の前の道を何とはなしに歩き続ける。
ここは戦場だろうか、意識を取り戻して見た初めての人間は地に伏し血液を撒き散らしながら絶命していた。
ただ月が、その亡骸を照らし続ける。
「――――こんな所でどうしたの?」
「――――あっ」
優しく声を掛けてくれたのは鋼の鎧に身を纏った銀色の女性だった。巨大な剣を背負い、聖母の様に優しく手を差し伸べてくれる。
「行く所が無いなら来る? 歓迎するわよ?」
優しく微笑む彼女の顔。その手に縋り付く様に手を伸ばし、掴む。
「セルベリア、よろしくね。貴方のお名前は?」
「わたし……は……無い。……名前は無い」
「それじゃあセレナと名乗りなさい。大丈夫、きっと幸せにしてみせるから」
彼女に連れられアステリオを訪れて早七年。バーネット家に預けられた私はそのまま若くして軍に入隊。セルベリア様に仕える為、その腕を磨き続ける。
「随分逞しくなったわね」
「セルベリア様のおかげです」
彼女へお茶を淹れながらいつもの様に訓練後のお茶の時間を楽しむ。
「もう戦場に立つ機会も無いでしょうに……何故こうも鍛えるのか……」
「仕方ないじゃない、これはもう性分みたいなものなのよ! 鍛えていないと落ち着かないんだから」
「そもそも、女王様だと言うのに戦場に立っていたのが異常なのです。もう少し落ち着いてはどうですか?」
「もう出ないわよ。後は後続に任せるわ。それでも、もしもの時の為に鍛える事は止めたくないのよ」
「もしもの為……ですか」
「セレナを筆頭に、守りたい子が山ほどいるのだから。鍛え抜かないと、ねっ?」
そんなセルベリアを呆れながらにも笑顔で見守る。
「最近ヘリオスにお友達が出来たのよ。『王星』を使ってもいいかもしれないって。珍しいわよね、あの子がそこまで他人を信用するなんて」
「というと、いずれは我が軍に?」
「いいえ、彼の好きにさせるそうよ」
「なるほど、ヘリオス様らしい」
自身の出生の全てを忘れ去り、優しい月光に照らされながらセレナ・バーネットは優しい世界に浸り続ける。
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