第71話

 短期間でのセラウスハイムの防衛。マリナより依頼された仕事をこなすべく、数多の冒険者の人間と共に蒸気機関車に揺られている。


 今の俺はただの冒険者のアイル。何の称号も無い男は静かに隅に座り、一人で酒を嗜むのが常だろう。


 屈強な男たちが中央で酒を飲み交わし大騒ぎをしている。その姿を遠巻きに眺めながらチーズを摘まむと一人の女性が話しかけてくる。


「アンタも奴らと飲まないの?」


 くすんだ金髪、気だるげな青の垂れ目。最低限の身なりに気を使った黒の外套。外套のせいか体型は伺えないが顔を見る限りおそらく痩せ型だろう。


「いや、俺はいい」


「……もしかして、私の事知らなかったりすんの?」


「……? ああ、ここらの情勢には疎くてな」


「そうか……私も、もう少し精進せんといかんな」


 少し気だるそうに頭を掻くと女は俺の隣の席に着く。


「『糸星シュナイダー』のモイラだ。短い間だろうが、よろしく頼む」


「アイルだ」


 差し出された手に応じる様に握り返す。


「『蠍の猟団』の団長をやらせてもらってる。名前程度は知ってるだろ?」


「ああ……」


 確かに名前だけなら聞き覚えがある気がする。アステリオでも随一の冒険者グループ。その頂点には最強の女傑がいるのだとか。その団長が目の前に座るモイラなのだと言う。


「オタクは、一人かい?」


「そうだな、そっちの方が気楽で良い」


「確かに、言えてる」


 彼女は自身が持ってきたグラスの中の酒を一気に煽る。


「用件は?」


「用件?」


「何の用も無く話しかけたのか? そういうタイプには見えないけどな」


「ああ……あれあれ」


 指を差す方向には中央で騒いでいた集団の視線が全てこちらを向いているのが分かる。


 行けだの、押せだの、賭け金の徴収を行なっている男の姿も見える。


 ――――ああ、つまり。


「罰ゲームってとこか」


「そういうこと。悪いな、一人のところを邪魔して」


「気にするな。賭けの内容とやらは?」


「ああ……私がアンタを落とすか落とさないか、魅了出来るかどうかってやつだな……」


「おお、怖いな。下手をすれば男が口説きにきてたのかよ」


「可能性はあったな。まあ私も男みたいなもんだからな、さっくり負けて笑われに戻るとするよ」


 悪いなと最後に言葉を残し席を立つモイラの腕を掴み取る。


「まだ答えを聞いて無いだろ? 負けたと決め付けるには早いんじゃないか?」


「いや……答えなんて決まっているだろう。私に女としての魅力なんて無いぞ?」


「んなことねぇよ。もっと話そうぜ? アンタが良ければ、な?」


 中央に控えている同じ猟団の面々が騒ぎ始める。


 中には腹を抱えて笑う者も居れば、急な金の出入りに涙を流す者。よくも団長をと血涙を流しながらこちらを射殺さんとする者、多種多様な反応を見せる。


「……物好きめ」


「美人と飲めるのを喜ぶなんて常識的な反応だろ」


 悪戯っぽく笑うと彼女の頬も僅かに緩む。


「仕様が無いな、お前さんの言う美人という奴が一緒に飲んでやるよ」


 蒸気機関車に揺られながら、セラウスハイムまでの間、彼女との談話に花を咲かせる事にした。




――――


 近日中に二度目の来訪をすることとなったセラウスハイム。街の様子はいつもの活気があるものの何処か不安が見え隠れしている。


「挨拶も終わったし、早速交代で海辺に就く。とりあえず五人ずつだな、十二時間で次の班に交代だ。セーフハウスを用意してくれたからってサボるなよ。待機する者も常に動けるように気を張っておけ」


 モイラはテキパキと指示を与え自身の猟団以外の冒険者をも纏め上げてみせている。


「以上、解散!」


 彼女の合図を境に皆が動き出す。今回の防衛作戦に参加する事となった二十名の冒険者は皆精鋭揃いだ。街の人々も僅かながらに安堵の表情が見える。


 しかし六残光が攻めて来てしまえばそれは何の意味も為さないだろう。アレに勝てるのは俺とニルス、辛うじてハリベル、俺の知る中ではその程度しか居ない。


 今回の作戦、本格的に攻め込まれれば苦戦を強いられるだろう。


「苦い顔をするな。あくまでもうち等は安心感を与える為に派遣されたようなもんだ。もちろん、攻めて来れば戦うがな」


「……ああ、そうだな。アンタは観光にでも行かないのか? 三周目だろ?」


 俺とモイラ、蠍の猟団の団員一名、野良の冒険者が二人。何かの縁が合ってか、またもや彼女と絡む機会が出来てしまった。


「私は適当に飲み直して寝るかな。二十四時間後だし、暫くは飲めんだろうしな」


「それは確かに、名案だ」


「アイルもどうだ? 一緒に」


「魅力的な提案だけど、悪いな。少し野暮用があるんだ、仕事が終わった後にでも飲みに行こう」


「そうか、振られてしまったな」


「ああ、振っちまった。勿体ねぇことしちまってよぉ」


 お互いに頬を緩ませ軽口を叩きながら俺たちは別れる。


 来た道を引き返し、セラウスハイムに作り上げられた駅に到着する。

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