第63話
機関車は俺たちを乗せて進み続ける。流れる景色は俺にとっては見覚えがあり、少し懐かしい気分に陥った。
俺たちが乗る客室車両は煌びやかの一言だ。
六人で対になって座れる程広いイス。装飾にまで細かく拘り、備え付けなのはバーカウンターだ。お高い酒がごろごろと置かれて、飲食自由なのだそうだ。
「ハハッ、そんでチドリはバーテン役ってことか」
「ええ、まぁ。護衛といっても、これだけ揃えば過剰戦力ですからね」
「じゃあそうだな……この地獄砕きってのをストレートで」
「六十六度のお酒をストレート……星光体ならではの楽しみですね」
グラスに注がれる赤褐色の酒。ビンからグラスへと流れ出る音が心地良い。
『お昼からお酒?』
「バーが付いてるんだから、飲まなきゃだろ?」
差し出されたグラスを一気に流し込む。
少し喉に絡みつく粘り気の後に腹の中で火が灯った様に熱くなる。
「……甘い……すげぇな、これ」
「珍しいですよね。度数が高くて甘いお酒は」
『おいしい?』
「ああ、美味い美味い。買い取れねぇかな?」
「後でヒューバート氏に尋ねてみては?」
「だな……こりゃいいや」
棚を眺めていると定番と言えば定番、悪名高いお酒の王様。
「スピリタスまであんのかよ……」
「ストレートで行きます?」
「流石に腹下しそうだな……」
『知ってる、火が付くお酒だよね』
「有名だよな、その辺の話。エール一杯、あとソーセージくれ」
「完全に飲みのスタイルですね……構いませんが」
エールを一杯流し込み、ソーセージに噛み付く。たまらねぇ、この時の為に生きてきたと言っても過言ではないな。
「やっぱ、大衆の味こそが真理だよなぁ……」
「ワインは飲まれないんですか?」
「飲むけど……やっぱ渋いというか……俺には合わなかったなぁ。白なら飲みやすかったけどさ」
「良い赤ワインを飲んだ事が無いのですね……可哀相に」
「高ぇんだよ」
「今度紹介しましょうか?」
「おっ? マジかよ、頼むわ。チドリも案外酒飲みなのか?」
「そうですね。家では良く嗜んでいますよ? リーズヴェルト様は?」
『アルコールランプのヤツを舐めて、吐いたから好きじゃない』
「何してんだよ……」
「軽いのでもどうですか? 殆どジュース感覚で楽しめますよ?」
『それなら、貰ってもいい?』
「少々お待ちください。どうぞ、チーズでも摘まみながら」
何と言うか、場慣れしていると言うか、最早本職なのではなかろうか?
「お待たせしました、カシスヨーグルトです」
グラスに注がれたヨーグルトジュースとカシスリキュール。外観からはヨーグルトの白濁色が強い印象を受ける。飾り付けにラズベリーを数個乗せられる。
「カシス……ヨーグルト? オレンジなら知ってるけど」
「そちらは有名ですからね。やはり珍しい物が良いかと思いまして」
差したストローから小さな口で酒を飲む。
『甘くて美味しい。ありがとう、チドリ』
「どういたしまして。アルコールを直接飲んではいけませんよ?」
照れた様に微笑むリーズヴェルトに釣られて俺たちの表情も和らぐ。
「ところで……リズって何歳? 見た目はナツメよりも低そうだけど」
「女性に年齢を尋ねてはいけませんよ?」
『右に同じ。レディとだけ言っておく』
「ハハッ、レディね。了解」
和やかな雰囲気を放つバーカウンターに戦場から故郷に辿り着いた帰還兵の如き様相のヨロズが辿り着く。
「……何でヒューバートさんは乗ってないの……? あの子を止めてあげて……」
客席に座るナツメとクリスティーナ。捲し立てる様に質問を繰り返し、クリスティーナでさえ撃沈寸前だ。
「リズ……相手して貰っていいか?」
『……頑張る』
ナツメに耳打ちで伝える。この蒸気機関車を作り上げたのが誰なのかを。
獲物を見つけた獣の様相でリーズヴェルトを捕まえ席に就かせる。
頑張ってくれリーズヴェルト。影ながら応援してるぞ。
「す、凄いね、ナツメさん……」
「情熱を炉にくべながら生きてる様な奴だからなぁ……」
「姉さん、クリスさんも、何か飲む?」
「スピリタス、ストレートで」
「言うと思った……」
「オレンジジュースを……ヨロズさん、一応勤務中ですよ?」
「……ヒ番でしょ? それに、今はこれを流し込まないとやってられない」
出されたのはスピリタスの瓶。ずしりとカウンターを鳴らし、実際の重量を越えた凄みを感じる。
「――――んぐ――――んん――――プハァ」
「おまッ!? マジかよ!?」
まるでスポーツドリンクでも飲む様にして一気に九十六度の酒を流し込む。見ているだけで胸焼けがしてくるな。
「うん……相変わらず、美味しい」
「死ぬぞアンタ……」
「お酒で死ぬなら本望……」
「はい、姉さんは一本だけね。後はお水を。クリスさんは何か食べます? 軽食程度なら出せますよ?」
「アイルさんと同じものを。ラッセルさんの家のソーセージですよね?」
「ああ……言われてみれば確かにそうだ」
「美味しいですよね。よくお裾分けで頂くんですよ」
「……アイツへの印象がソーセージ屋の兄ちゃんになりつつあるんだが」
「………………」
無言の肯定を受けている。七星の仲間からもソーセージ屋の兄ちゃんぐらいの感覚で接せられてるのか、アイツ。
「クリスは未成年だもんな、酒が飲めなくて残念だな」
「そうですね。一年後にでも飲みましょう」
「楽しみにしとく。君の事はニルスから聞いてるよ、天才だってな」
「わ、わわわわわっ!? て、天才じゃないですよぉ!? ニ、ニルスさんは僕を過大評価しすぎなんですよぉ!!」
褒められた瞬間顔を真っ赤にし、慌てふためくクリスティーナ。
「褒められるのは苦手か?」
「……うぅ……そもそも、僕なんて褒められる様な人間じゃないんですよぉ」
「そう言うな、クリスは良くやってるよ。他の奴らよりは断然ちゃんとしてる」
まぁ、他の奴が春を売っている男にソーセージ屋の兄ちゃん。真面目系おバカとクール気取りのコミュ症女。ニルスに関しても、英雄的な功績を上げまくっているからまともとは程遠い。
よって、ジューダスとクリスティーナの二名のみが普通の軍人らしく職務を全うしていると言える。
「……あの……間違っていたならそれでいいんですけど……質問してもいいですか?」
「ん? ああ、いいぞ?」
「アイルさんはケルベロスさんなんですか?」
「……え?」
耳打ちされた彼女の声に少し心臓が跳ねる。
「声や仕草が似通っていますし……雰囲気も似ているというか……」
「そ、そそ、そんな訳無いだろ。ケルベロスってなんだよ」
「尋問という訳では無いので……ただの興味本位でしたから」
「あーー……まぁ……そうだけど……何処で気付いた?」
「確信したのは心拍数がケルベロスさんと一緒だったからですかね? 少し独特というか、異質だったのを覚えてましたので」
「……こわ」
「ア、アハハ……申し訳ございません」
心拍数すら読み取れるとは、相当便利な星なんだな。
「クリスの前では嘘は吐けないな……」
「鋼の心臓を持って下さい。ニルスさんのは読めないですから」
「ハハッ、らしいっちゃらしいな」
その後も客席で質問攻めされるリーズヴェルトを尻目に時が過ぎていく。
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