第62話

 あれから十日。目を覚ますと丁度マリナからの手紙が届いていた。扉にもたれ掛り休んでいた郵便リスに水とパンを与えながら手紙を開く。


「蒸気機関車……優先招待券?」


 おい、ちょっと待て。なんだよ蒸気機関車って、そんなの聞いてないぞ?


「……とまぁ、そんな手紙が届いた訳なんだが――――」


「行くぅ! 行く行く行く行く! ぜっったいっ! 行くからぁっ!!」


 ナツメの家に相談に来てみれば、案の定の食い付きっぷりである。


「あの有名な蒸気機関車でしょっ!? 乗れるんでしょぉ! 行くっきゃないでしょっ!!」


「あのって……どのだよ。そんな有名なのか?」


「まっ!? 時代遅れもいいトコだよ!? 十日前に銀狼商会が発表会を行ってたじゃないか!」


「……あったっけか? 家、新聞取ってねぇからなぁ」


 ちょっと待ってて、ナツメが自身の部屋から新聞の切れ端を持って来る。


「んんっと……なになに、『銀狼商会、大手商会陣に参入か!? 蒸気で走る箱の誕生!!』……センスねぇ見出し」


「問題はそこじゃなくてさぁ、記事の方」


 確かに、そこには銀狼商会が東の港町、セラウスハイムまでに線路を敷き、蒸気機関車を走らせたという記事が載っている。


「セラウスハイムって……あんなトコまで行って何するんだよ」


「行き先は問題じゃなくてさぁ、乗りたいじゃん! 乗りに行こうよぉ!」


 そもそも、蒸気機関の発表からこっち、早過ぎないか? 手際がいいとか、そういうレベルじゃねぇぞ?


「まぁ……行くか……チケットも二枚しかねぇし……丁度いいだろ」


「やっったぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 テンションが最高潮に達したナツメに肩を竦めながら、進化した文明の利器に触れる機会に思いを馳せる。




――――


「ここが……駅っ!!」


「あんまはしゃぐなよ?」


 翌日。ある程度の旅行用品を纏めて指定の駅へと向かう。


 小さな事務所を通り過ぎると駅のホームへと出る。すぐ傍には車両を仕舞う倉庫があるが、やはり設備もあまり整っていない様子だ。流石にこの辺りはザルというか、未だ洗練されていないのが伺える。


「よっ! 久しぶりだな、アイル!」


「ヒューバート、久しぶり。少し痩せたか?」


 銀狼商会の長、ヒューバート・メタルウルフ。多忙のせいか、少し顔にしわが増えた様な気がする。


「だろ? ちょっとダイエットしてな? 君がアイルのガールフレンドかい?」


「はい! ガールフレンドです!」


「おいこら」


 憧れの人にでも会ったように瞳を輝かせている。最早何を言ったところで耳に入りそうにないな。


「今日は他にも客が居てな……VIPだぜ?」


「客?」


「アステリオ王国軍、七星の『雷星』、『海星』。両名、到着致しました!」


 嫌な声が聞こえてくる。振り向くと、そこにはクリスティーナとヨロズ、それにリーズヴェルトの姿までもがあった。


「やばっ!?」


「……貴方は」


 クリスティーナはともかく、ヨロズはマズイ。祝祭の時に顔を合わせているし、スヴァルトの兵士を完全に抑え付けたりと、色々やんちゃをしてしまっている。


「……どうしてここに?」


「彼は軍の人間でして、プライベート兼護衛ですよ」


 駅の事務所の中から顔を出したのはチドリの姿だった。


「ニルス様から頼まれていまして。観光ついでにリーズヴェルト様を守ってくれるようにと」


「そう……ニルスの……」


 それだけで納得させてしまえる。何というのだ英雄パワー。


「こんにちは、初めまして。クリスティーナ・シュピーエルと申します。……祝祭の時にいらした方……ですよね?」


「え、ああ、そっか……どうも、アイルです。よろしくお願いします。こっちがナツメです」


 以前セレナが開いていた占い屋台の客引きをしていたクリスティーナの事を思い出す。ミユキに絡まれていたせいか、余計に記憶に残っていたのだろう。


「……それで……何でリズが居るんだよ?」


 少し隙を見てリーズヴェルトへと近付く。


『乗りたいって言ったら、ニルスがいいよって……』


「……今日は変声機使わねぇの?」


『急に変な声だしたら、恥ずかしいので』


「成る程……っつか、乗りたいって……ああ、作ったのはリズなんだっけか?」


 俺の問いにコクコクと頭を縦に振り返答する。


「そっか……アイツが死んだからもう外を出歩けるようになったんだよな」


 マリグナントから身を隠す様にして隠れ家に籠っていたのだ。その元凶が居なくなれば、こうやって外を出歩く事も可能だろう。


「んで……オマエは?」


「私も護衛です。基本的には貴方と七星の御二方の架け橋……様はカモフラージュ要因と言ったところでしょうか」


「最近、よく顔を合わせるな」


「ええ、まったく、遺憾ながら」


「おおし! 準備出来たぞ!」


 ヒューバートの声が上がり、全員でホームに出る。列車庫からは黒塗りで三両編成の機関車が顔を出す。


「おおっ! おおっ! おおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 各々、一様に歓声を上げる。


 黒光りする鋼の機関車。それが蒸気を吹き出し、俺たちの前で停車する。


「さぁ、行ってきな! 快適な陸の旅をよぉ!!」

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