第59話

「――――んぅ……ここは……」


「おう、目ェ覚めたか」


「……私……どうして……」


「ここは軍の医務室だ。オマエ、帰りの馬車でさえ起きねぇんだもんな。ある意味すげぇわ」


 軍の医務室でチドリは目を覚ます。


 マリグナントとの決着が付いた後、俺たちはエレンの孤児院の全員を馬車に乗せアステリオの郊外にまで戻って来た。


 エレンたちは暫くマリナが用意したセーフハウスで休息を取り、新しい家へと向かう手筈となっている。


「……結局、最後はお役に立てませんでしたね」


「敵が悪いだろ。七星だって敵わないんだ。死ななくてラッキーとでも思っとけよ」


「いえ……それでも……」


「ケルベロスくぅーんっ! チドリちゃんも良いけどこっちにも構ってくれないかなぁー!」


「ウルセェぞミユキ! 病室では静かにしやがれェ!!」


「アンタの方がうるせぇよ……」


 敷居を挟んでベッドに横になっているミユキとラッセルの二名。


「アンタ等はいつまで寝てんだ……もう戦争終わったぞ?」


「体は元気なんだけどさぁ……先生がもう少し寝てろって五月蠅くてさぁ」


「ちくしょう……一暴れ出来ると思ったのによぉ……」


「オマエ達がいた所で役に立たんだろうが……」


「…………」


「…………」


 明るい雰囲気も一瞬でぶち壊し、二人は押し黙る。


「ほら、そこの情けねぇ二人組ですらボロボロにされたんだ。今日中に目を覚ました分オマエの方が各上だぞ?」


「い、いえ……そのようなこと――――」


「があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!! 今のは聞き捨てならねェぞケルベロスゥ!!」


 ベッドから飛び降りたラッセル。喧嘩でも始めるのかと睨んでいると奴はいきなり地に手を付き始めた。


「ふんッ! オレ様はなぁッ! ハァッ! もう休んでる暇なんてねぇ! 即効で最強になってやんだよッ!」


 いきなり俺の目の前で高速の腕立て伏せを始めるラッセル。


「ア、アッハハハハハハ! まぁ? 僕の方が先に最強になるんだけどさぁ!?」


 ベッドが軋み上がる音が聞こえる。そちらを見てみるとミユキが激しく上体起こしを行っていた。


「……オマエ等馬鹿だろ」


「馬鹿じゃねェ!」

「馬鹿じゃない!」


 声を重ね合せて否定するが、これは紛れもなく馬鹿そのものだろう。


「……まぁ、休んでろよ。うるせぇとは思うけど」


「……こんな所で寝ていられません」


 二人を見て何かに火が付いたのか、ミユキは立ち上がりスクワットを始める。


「今回の借りもッ! 必ずッ! 返しますからッ!」


「あーー……」


 駄目だ、馬鹿しかいねぇ。


「アチョオオオオオオオオッッ!! 喧しゃボケコラアアアアアアアアッッ!!!」


 軍医であり亀の亜人であるカメノクス先生の飛び蹴りが三人を襲う。


「グワッ!?」

「グェッ!?」

「カハッ!?」


 ここに馬鹿三人は沈黙する。怪我が増えた気がするが、そうでもしなければ黙って寝ていられないのだから仕方ないだろう。




――――


「つまり……その何者かがスヴァルトを滅ぼした……と?」


「はっ! 先遣部隊の報告によれば敵国軍は既に沈黙。大司教であるマリグナント・アイヒハーツは死去されたとの事。現在は新たに大司教の座に立てられたクリストフ・ローガンが白旗を上げた状態です」


「……ならば、戦争は終わりか……早すぎるな」


「マリグナントを殺害した者についてはこちらでも調査中ですが……未だに姿が掴めません」


「今はそちらに尽力せよ。下れ」


 報告を終えたジューダスとニルスは足早に謁見の間から退出する。


「……無茶するよね」


「それでも終わりだ。我が国にとっては最善の結果と言えよう」


「北の方からも僅かに動きがあったらしいけど、その隙も無く終結したからねぇ。万事解決といえば聞こえはいいんだけど……」


「ああ、聞こえは良い……しかし」


「『冥星』無しでは泥沼の戦いを繰り広げていた……だろうね」


「……ああ」


 アイルから聞かされたマリグナントの星の力。既に恒星核にまで至り、殺してもマリグナントの肉塊に回帰する軍隊の星。


「アイルの手を借りなければ、オレ達は何も出来はしなかった」


「この国一番の功労者である君が言うんだ。僕たちは更に精進しないと」


 この国最強の男、ニルス。この男が居ればどんな状況であろうと勝利を勝ち取る事が出来る。


 しかし、彼が居なければ、どうだろうか?


 アステリオはたちまち弱小国に舞い戻る。七星など、何の役にも立ちはしない。


「強く……ならないとな」


「ああ」


「君はもう少し休んでてもいいんだよ? 僕らが追い付けないんだし……」


「追いつかせる気が無いからな」


「……まったく、君って奴は」


 少し呆れながら月明かりが照らす廊下を二人で歩む。




――――


「どう致しましょう、オスカー様」


「構わん、このまま続けろ」


 勇者召喚の儀で使用した部屋にオスカーとセレナの二つの影が動く。


「……勘付かれるのでは?」


「そこは手を打つ。最早、好奇は出来んだろう」


「……畏まりました」


「魔王を殺す、魔を滅する。この世に蔓延る悪の尽くを日輪の光で焦がすのだ」


 日輪の輝きを放つ紋様が鈍く部屋を照らす。


「全てはこちらで揉み消す。好きに動け」


「……畏まりました、オスカー様」




――――


「アイル?」


「おお、ユーリか」


 いつもの城の屋根の上で黄昏ているとユーリが姿を現した。


「どうしたの?」


「いや……何となくなぁ……」


 軽く伸びをして寝そべる。


 満天の星空に、綺麗な弧を描く三日月が辺りを照らす。


「月が綺麗だなぁ、まったく」


「そうだね。今日は晴れてたから」


 俺のすぐ隣に来て一緒に寝そべるユーリ。


 心地良い沈黙が辺りを包む。


「……帰っちゃうの?」


「……ああ、流石にな」


 俺としては珍しい程、王都に留まったのだ。故郷の匂いが懐かしい。


「寂しいなぁ……」


 甘える様に抱き着き胸に顔を埋めてくる。


「いつでも遊びに来いよ。歓迎するから」


「むぅ……色仕掛けをしたら留まってくれると思ったのにぃ……」


「お前の貧相な体じゃ足りねぇよ。もちっとデカくなってから出直して来い」


「デカくなったら……いいの?」


 俺の視界にユーリの顔が一杯に映る。顔を赤らめ、沸騰寸前なのが伺える。


「……言っとくけど、ユーリだけを愛するって訳じゃ無いからな?」


「ハーレムってことぉ?」


「いや……ちが……ああ、まぁ……そんなモンか」


「この世界で合法なら……いいんじゃない?」


「懐が深くて助かるよ」


「その中で一番になってみせるから」


 静かに俺の額に口付される。ユーリの唇は暖かく、その体温を感じ取れてほっと息を吐く。


 恥ずかしそうに胸に顔を埋めるユーリ。その頭を優しく撫で付ける。


「好き……だよ……」


「だったら、こっちは愛してる」


「ぐふぅっ!?」


「な、何だよ……」


「い、いや……へへ……幸せ過ぎて笑っちゃった……」


「――――――」


 そんな彼女が愛おしくて、強く、強く、抱き締める。


「絶対に……生きて、またこうして星を見よう」


「……うん」


 いずれ来る魔王討伐の旅。その果てに何があろうとも、俺たちのこの誓いは穢されないと信じて。


 この幸せを、絶対に手放しはしない。


 殺してでも、守るのだ。

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