第54話

「ここです」


 チドリを背負い、訪れたのはエレンの住まう孤児院。小奇麗な二階建て、白塗りの壁は僅かに塗装が剥がれているが、概ね綺麗な建物だろう。


「つか、良かったのか? ここが襲われるかも知れないんだぞ?」


「それでも……放って置けませんよ。チドリさんを少しでも良い環境で休ませてあげないと」


 それが善意なのか、それとも無計画なのか。人の好さ、単なる親切心で身を滅ぼすタイプなのだろう。


 まぁ、この建物が襲われようが俺には関係無い。出来る限りチドリを守ってマリナに返す。マリグナントを仕留めている間に襲撃されれば、それは仕方の無い事だろう。


「ただいま、シスター」


 戸を開けると広いエントランスになっている。扉を開けると鈴の音がなる仕組みで、それに気が付いた一人の女性が奥の扉から顔を出す。


「エレンっ! よかった、無事だったのね!」


 随分と若々しい印象を受けた。こういった孤児院を経営するにはもう少し恰幅が良いとういうか、年配の方が経営しているというイメージだったせいか、彼女の痩せ細った体がよりか細く見える。


「怪我人がいるの。早くベッドに休ませないと」


「っ!? 分かりました、こちらに!」


 こういう場には慣れているのか、驚きもそこそこに、シスターは迅速に動き出した。


「――――これで……大丈夫です。後は安静にしていれば……」


「ありがとう、世話になったな」


「いいえ……中々帰らないから心配したのよ? 今まで一体どうしていたの?」


 ベッドが一つ置かれている空き部屋に通され、チドリの看病を済ませたシスターはエレンと向かい合う様に立つ。


「……軍の任務で、遠出をしていたの」


「この方達は?」


「……その……話せば長くなるんだけど」


 洗いざらい、今までの全ての事をシスターへと語る。


「マリグナント様を……?」


「うん、アイルなら、倒せると思うから」


「そこに関しては安心して下さい。彼女を少し匿ってくれるのなら幸いです」


「それは……」


「構わないですよ。ここには私も残ります。アイルさんは気にせず教会に向かって下さい」


 シスターの言葉を遮り、エレンは強く俺の背を押すような言葉を放つ。


「まぁ、元からその――――」


「どぉあッ!?」


「兄ちゃん押さないでよぉ!!」


「イッタァァァァイ!!」


 突如、扉から雪崩れ込んでくる子供たちと青年一人。おそらく、この孤児院の子達だろう。


「クィル! 子供たちを見てなさいと言ったでしょう!」


「無理だってシスター! 僕の非力さを分かっているでしょう!?」


 杖を突き、左足を庇うようにして歩く白髪交じりで黒髪の青年。歳は俺と同じか少し上、目の下には隈が出来ており、頬が少し痩せこけている。


「すまないね、直ぐに静かにさせるから。こぉら! 怪我をしている人がいるんだから、あっち行ってないと駄目だろう!」


 本当にそれで叱り付けているつもりなのか、あまりにもなよなよしい彼の姿を見て子供たちがやれやれという顔をし部屋を出て行く。


 年上の威厳など全く以って無い様だ。


「お客様は珍しいから……エレンも久しぶりに帰って来たし……」


「どんな理由があるにせよ、ゆっくりしていくといい。大した物は出せないけどね……」


「ありがとう、そうさせて貰うよ」


 彼が退出していったのを確認すると、俺も支度を始める。


「外には出るな、何があるか分からない。チドリ、少し出るぞ? 帰りに拾っていくから、それまでには動けるようにしとけよ?」


「……ええ、申し訳ございません」


 傷心中の彼女の頭を一撫でし、二人の方を振り向く。


「コイツを頼む、誰が来ても中に入れるな」


 エレンは静かに、シスターは少し不安気に頷く。


 建物を出て屋根へと跳躍する。静かに溜め息を零す。


「……仕方ねぇか」


 死の総軍の中から二つの影を呼び出し、具現化させる。


「ケルベロス、スパーダ、この建物を守れ。怪しい奴は殺して構わん」


 いつも頼りにしているケルベロス、そして巨大な剣を佇ませた仮面の剣士、スパーダも保険として呼び出しておく。


「すぐに戻る。それまで頼んだ」


 二つの影は静かに頷き、俺はハルファス教会へと向けて跳躍する。


 あまり時間は掛けていられない。もう西部戦線でぶつかり合うのも時間の問題だ。


 迅速に、殺さなくては。


 より一層加速し、中央に存在する聖堂街へと足を踏み入れる。




――――


「ニルス大将! 敵軍は物凄い数です。人数にして五万は超えるでしょう! 全速力で行軍中であります! 既に対岸に到着済み、二十分もすればぶつかるでしょう!」


「了解した、後方へ下がっていろ」


 斥候部隊と入れ違う様に、ニルスは大橋に足を踏み入れる。


「早いな」


「数も中々、こんなに軍に人が居たかな?」


「暫く様子を見ていたのだろう? 何か知らないのか?」


「周りから見ただけでは変わりは無い、至っていつものスヴァルトだ。内面で何者かが暗躍しているやも知れんがな」


「……マリグナント・アイヒハーツ」


 大橋の中腹付近で足を止め、刀を地面に突き刺し、先を見据える。


「橋の下を警戒していろ。撃ち漏らす事は有り得ない」


「信頼しているさ。存分に暴れてくれ」


 ニルスの背を見据え、ハリベルは橋から身を乗り出す。


「どうか武運を、ニルス」


「貴様もな」


 振り返らずにニルスは語る。お互い、ここで敗けるなどとは一切思ってなどいない。


 前方からは大地を揺らす雄叫びと共に白甲冑の兵士が行軍してくる。アステリオに『明星』あり。それを誰よりも知っているスヴァルトはあまりにも愚策を取ってしまっている。


「『明星』」


 ニルスの刃から光が放たれる。スヴァルトの兵士を薙ぎ払い、なおも止まらず直進し続ける。


 先の一撃で屠った兵士の数、五千と六百九十三人。


 その輝きに怯む事無く、兵士は行軍を決して止めない。その行軍する軍隊の中から黒い影、星骸者が星獣に変貌し、兵士と共に駆け上がる。


「いいだろう、来るがいいッ!」


 再度刀を構え直し、英雄は恐れを知らぬ信徒の群れと相対する。

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