第45話

「今回も手を借りる事になるとはな……」


「だから、気にすんなって。祝祭を狙われたんだし、仕方ねぇさ」


 ある程度の後処理が終わり、ニルスと共に軍の廊下を歩む。


「皆は如何している?」


「城の応接室で待ってるよ。ほったらかしにしてたから、怒ってるかもな」


「ならば……急ごうか」


 久しぶりの再会に胸を躍らせているのか。ニルスの顔に安らぎが見える。


「これからの事、ニルスには聞いて欲しいんだ」


 空気を一気に引き戻し、ニルスの顔が軍人のソレに切り替わる。


「スヴァルトの兵力は未知数だ。少なくとも七星を二人沈める程の実力者が残り五人はいる筈だ」


「報告に上がっていたな。右眼、両手、両足、そこから更に増える可能性は十分にあると」


「ああ、内臓の辺りは使えるのかは知らないが、星神が一体だけとは限らない。更に兵力が増す可能性の方が大きいだろう」


「それでも勝つさ。オレが居る」


 敵が誰であろうと、何であろうと、勝つのはオレだと吐き続ける。


 ああ、もちろん、ソコを疑う訳じゃ無い。お前の強さは誰よりも知っているつもりだ。


 ――――しかし。


「……俺が、スヴァルトを滅ぼす」


「――――――何?」


「驚くよな、当然だ。なにせ、あの俺が叩きに行くって言い出すなんてな。俺ですら驚きだ」


「……アイルが出ずとも、オレが――――」


「分かってる。ニルスは勝つさ、絶対に。それでも、防戦になれば被害が出る。もしかしたら、キリュウ家に戦火が及ぶかも知れない。それだけは絶対に許せない」


「……………………」


「だから、約束してくれ。ニルスが国を守っている間に、俺がスヴァルトという国を滅ぼす。奴らが最初に仕掛けてきた瞬間に、本国に潜むお偉方を皆殺しにする。それで戦は終わりだ」


 俺の作戦を聞いてもニルスは何処か不満気で、不安気だ。ニルスはあまり俺に戦って欲しく無いようだが、今回ばかりは言ってられない。


「分かった。それが……最善なのだろうな」


 渋々ながらに了承するニルスの肩を笑いながら叩く。


「ほらっ! もう少しで再開の時間だ! 笑顔作れよ? 殴られても知らねぇぞ?」


 廊下を歩き、遂に応接室へと辿り着く。辛気臭い雰囲気を一気に払拭し、俺は扉へと手を掛ける。


「よお、待たせ――――」


「アイルウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッ!!」


「――――カハッ!?」


 扉を開けた瞬間、腹部へと肉弾のミサイルが直撃する。廊下の反対側まで吹き飛ばされ、壁に激突。壁はひび割れたが何とかそこで押し止める事に成功した。


 何だろう、少し前にもこんな事があったような……。


「バカ野郎っ! ちっとは加減しやがれっ! 壁ブチ抜くつもりかテメェ!」


「びえええぇぇぇぇぇぇんっ! 心配したんだからねえぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」


「うるせぇ! 泣き止め! 耳元で喧しいわ!」


「心配してた子供に言うセリフかよ……」


 飛び込んできたユーリの頭を強く撫でながら引き剥がそうと奮闘する。俺の衣服は涙と鼻水でぐしゃぐしゃに汚れてしまった。


 せっかく風呂に入ったのになぁ……。


「久しぶりだな、タツ」


「お、うおおおおいっ!? ニルスじゃねぇか! 久しぶりだなこの野郎っ!」


 久しぶりの再会を祝してタツノコと肩を組むニルス。奴にしては珍しく、頬が緩み、昔のニルスに戻ったみたいだ。


「お久しぶりです、ニルスさん」


「ああ、サルビアも、元気そうで何よりだ」


「お、お初にお目に掛かります、大将殿っ!」


「堅苦しく構えんでいい。今日は一人の男として来たのだ。話は聞いている、シエル・マグナライト。先の勇者の件では世話になった」


「と、とんでもございませんっ! わ、私の様な者は……」


 握手を求められ、完全に緊張しきったシエルはガチガチになりながらも答えている。


 無理も無い、ニルスはこの世界に生きていれば誰もが知る英雄の一人なのだ。そんな天高くに存在する人間がいきなり目の前に現れれば、緊張で体が固まってしまうのは必然と言える。


「ぐすんっ……ニルスとは友達だったの?」


「おう、同じ村の出身。ニルス自身があんまり公言している訳じゃ無いけどな」


 ようやく泣き止んだユーリの頭を優しく撫でながら抱え上げる。


「自分で歩きなさいよ」


「甘えるもんっ! 今日という今日は甘え尽くすもんっ!」


 ああ、ならば上等だ。俺の甘えられパワーを見せてやるよ。


「デカくなったなぁ。村を出た時はサリィと変わらなかったのになぁ?」


「ああ、努力したからな」


「アハハ、何の努力なんですか?」


「機械で体を縦に引き伸ばして貰った。訓練の一環だ」


「マジで努力したのかよ……」


 軍人としての振る舞いも完全に消え去った。俺たちと居た頃、少し抜けてて、バカみたいに真面目で、欠かせない存在のニルスの片鱗を見せてくれる。


 それが本当に、堪らなく嬉しくて、誇らしい。


「そういえば、夜会には出るのか? どうせなら一緒に出ないか?」


「すまん。七星として出席せねばならんのだ。……本当に申し訳ない」


「マジかぁ……。まっ、ダメ元だったからな、気にすんな」


「いつまで時間があるんですか? これから食事でもどうでしょう?」


「それも……すまない。もうあまり残されていなくてな。直ぐに発たねばならん」


「あんま引き止めても悪いしな……。そうだっ! カイネに手紙でも書いてやれよ! 俺たちが届けてやるからよ!」


「『近い内に戻る』、それだけ伝えてくれ。帰ったら、直接語るさ」


「……だな、それがいい」


 全員と別れの挨拶を済ませ、ニルスは足早に去っていく。


「アイル、後で話がある。夜会の後、リーズヴェルトの工房で待っていてくれ」


 俺にしか聞こえないように耳打ちをしてくる。返答はせず、小さく頷き、ニルスを見送る。


「ホント……デカくなりやがって……」


 少し寂しさを覚えながらも、俺たちはその背中を見守り続けた。


「さっ! 夜会だ夜会! 楽しい楽しいダンスパーティだぞぉ!」


「楽しいかぁ? 結構堅苦しくねェか?」


 タツノコこの野郎。俺が折角盛り上げてやろうとしたのに、何だその返しは。


「ダンス……わ、私は遠慮しようかな……」


「あーー……」


 夜会の為にとセレナに地獄のレッスンを受けさせられていたユーリの姿を思い起こす。


 完全にダンスがトラウマになってやがる。


「サリィ、踊ろう。俺と共に新しい思い出を築き上げよう……」


「私はタツノコさんと踊りますね?」


「…………えっ?」


「――――――――ああッ?」


 語気が強くなる。今ならどんな強敵が来ようが瞬殺出来そうだ。


「ちょっ!? 馬鹿馬鹿! アイルの前で何言ってんだ! 殺されるのは俺なんだぞ!?」


「では何処か別の方と踊りましょう。寂しいですが、仕方ありませんよね?」


「ダメだッ! 可愛いサルビアを何処の馬の骨とも分からん奴に触らせてたまるかぁっ!!」


「……それはそれでキレるのな?」


「タツッ! 守れッ! 命を掛けてッ!」


「ま、任せろ……!」


「では、兄さんの相手はシエルさんと言う事で」


「ブッ!?」


「吹き出すなよ、汚ぇなぁ」


「き、汚くないッ! 待ってくれサルビア! やはり兄妹水入らずで楽しむべきではないのか!? それがいい、そうしよう! 私は陰から見守っているからッ!」


「兄さんに聞いてみましょう。どうでしょう?」


「シエルとか……」


 ダメだ、顔を直視出来ない。意識しすぎているのが自分でも分かる。きちんと告白されたのなんか初めての体験で、それを自分でどう整理すればいいのか分からない。


 ……こんな気持ちを抱えたまま、シエルと接し続けるのは、厭だな。


「……分かった。良い機会だ、踊ろう、シエル」


「な、な、な、……!」


 正直、滅茶苦茶恥ずかしいが、彼女の手を取り目を合わせる。


「何故だあああああああああああああああっ!?」


「喧しいっ! 踊るぞっ! 忘れられない思い出にしてやるっ!」


 シエルの手を引きキリュウ邸への帰路に就く。

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