第38話
中央広場の端。薄暗く、屋台もあまり並んでいないその場所にポツリと小さな屋台が建てられていた。
「…………おい……アイツ」
群青色の長く澄んだ髪。全てを切り裂くような鋭い瞳。話したことは一度も無いが七星の一人、『
水飴が並べられた屋台に小さく座っている。
「………………」
「ヨロズ……だよね?」
ユーリの呼び声に気が付いたのか、ヨロズ・リンネはこちらの方に視線を向ける。
七星における男性に対しての広告塔。その美麗な外見は世の男性を魅了し、王国軍への入隊率を引き上げている。
「…………食べる?」
「あっ、ありがとう」
「どうも」
「…………」
この通り、顔が良いだけで殆ど喋らない。クールなのか話下手なのか分からないが、どうにもやりにくい相手だ。
「……友達?」
「は、はい。そうだけど……」
「……そう。楽しんで」
人数分の水飴を手渡し、席に座る。
「ヨロズは何でここに?」
「……部下が屋台を出してて……休憩するから……その交代で」
「……ユーリ、やっぱり七星の奴ら暇人しかいねぇぞ?」
「……何も言えないよね」
周囲の浮かれている風景から少し外れた位置に水飴やなんかを置く意味はあるのだろうか。そもそも軍が出す屋台なのだから、もう少し中央寄りに出させて貰えばいいものを。
しかしこの中から僅かに死の香りが漂ってくる。異臭が鼻を突き、顔をしかめる。今までに嗅いだことの無い様な嫌な気配。
「……何だ?」
「おかしな気配……」
俺以外ですら感じ取れる異常。辺りを見回し、警戒を強める。
「勇者を発見。回収に移る」
突如、視界の端に移る白い影。ユーリに突き進むソレの足を掴み上げ、地面に叩き付ける。
「––––ガッ!?」
「うわっ!?」
「何だオマエ? 勇者がどうとか言ってたな?」
白いローブから覗く痩せこけた男の顔。肌の下を這う黒い何か。気配としては星光体に近いものを感じるが、どこか明らかにかけ離れている。
ともかく、ここでは不味いだろう。大衆の目がある。
そのまま中央広場から離れ、廃屋に襲撃者の男を押し込む。
「とにかく、皆は離れててくれ。少し話を聞いてみる」
「に、兄さん。大丈夫ですか?」
「ああ、心配するな」
「私に任せて欲しい」
俺と共に廃屋に入り込んでくるヨロズ。
当然だろう。彼女は七星、軍属だ。今の俺は一応一般市民に過ぎない。
「貴方がいくら優秀な星光体でもそこは譲れない。ここは私に任せて」
ヨロズが星を起動し空中から大量の水を出現させる。『
水を巧みに操り、男の体を包み込み拘束する。
「任せたいのは山々だけどな。アンタ、反応が遅れてたろ? この際一緒に事情を聞けばいいじゃねぇか」
「な、なんなんだ貴様らッ!? こんな所に七星がいるなんて聞いて無いぞッ!?」
「……いいだろう。貴様は何者だ? 目的は?」
「答える訳が無いだろうッ!」
ただの尋問。それでは温過ぎる。こういった手合いは少しキツ目に当たってやらねば有益な情報など吐きはしないだろう。
あいにくと、精神に関与する星はまだ総軍に加わっていない。ここは仕方無い、痛みによって情報を吐いて貰う事にしよう。
「『
手の平から出現するは星光の刃。鈍く煌く星の刃を男の脇腹を掠める様に貫く。
「アッ!? ガァッ!?」
「……何をしているの?」
血が噴き出す。この程度では死なないだろう。死なない程度に痛めつけ、情報を吐かせた後に殺す。
「吐け。内臓をぶちまける事になるぞ?」
腕を動かし、徐々に腹の中心に刃を動かしていく。肉を焦がす音が耳に響く、このまま行けば腸を地面にばら撒くことになるだろう。
しかし俺の手はヨロズの水流によって止められることになる。
「……何をしているの? 何度も聞かせないで」
「話を聞きたいだけだ。勇者を狙ったんだぞ? 優しくお話だけ聞いて、それで答えてくれるとでも思っているのか?」
「それにしてもやり方がある。急を有するとは言え、いきなりその手段を選ばせる訳にはいかない」
「クールな癖に随分と回る舌だな。いつもその程度に話したらどうなんだ? そこまで言うのならお得意の尋問で情報の一つでも引き出して見せろよ」
「ぐぅっ!? ––––ハァ……くっ……」
一気に剣を引き抜く。飛び散る血潮を避け、ヨロズに任せる為に一歩引く。
「質問に答えてくれる? 貴方が何者なのかを」
「……ハァ……ハァ、答える訳が無いだろう」
「どの道、軍に連行されれば心を読める者がいる。ここで痛めつけられてから連行するか、そのまま秘密を吐くか。貴方は既に詰んでいるのよ」
ヨロズの発言を聞き更に顔をしかめる襲撃者の男。諦めたように男は顔を伏せる。
「……成程な……ならばッ!!」
濃密な死の気配。肉が断ち切られる鈍い音が響き渡る。口内から大量の血液が流れ落ちる。体を震わせ白目を向き、男はいずれ絶命する。
「手を出すなって言ったのはアンタだからな」
「……舌を噛み切ったのね」
「報告はアンタがやってくれ。俺は周囲を警戒する。コイツの仲間がいるかもしれないからな」
「すまない。早々に移動すべきだった」
「気にすんな。それより––––」
襲撃者の亡骸。そこから今まで感じていた違和感の元が膨張する。
黒く、粘り付くような嫌悪感。肌の下の黒い何かが吹き上がり、男の亡骸を膨れ上がらせる。
「––––ッ!?」
危険を感じ廃屋から二人で飛び退く。
––––瞬間。
「ガアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」
鼓膜を揺さぶるような轟音。外で待っていたサルビア達を抱え上げ、近くの建物の屋根まで跳躍する。
「な、なにッ!?」
吹き飛んだ爆心地を覗く。
黒く蠢く泥の触手。それに覆われた四足歩行の獣の成り損ない。醜く、醜悪で、異臭を放つ。頭を地面に擦り付け、苦しそうに藻掻き苦しむ。
「死んだ後の保険……ってことか?」
「『海星』」
ヨロズの攻撃は迅速に、正確に行われる。凝縮された水の槍。鋭く、獣に突き刺さり、体の内側から爆発させる。
「グルウウウアアアアアアアッッ!!!」
血潮にも似た黒い何かが外に向かって弾け飛ぶ。頭だけを残したそれは静かに二度目の死を受け入れることとなった。
残骸に近づき、覗き込む。男の面影が僅かに伺える頭部。おそらく、この黒い何かが原因で発動したのだろうが、ここで考えていてもどうにもならない。
「ヨロズ、アンタは直ぐに軍に行け。本部に報告するんだ」
「ここは任せてもいいの?」
「任せろ。今の騒ぎで祭りどころじゃないだろ。奴の仲間に警戒しつつ、避難の誘導に徹するさ」
段取りを決めたその瞬間、中央広場の方で響き渡る轟音。
建物を乗り越え、天に届く程の黒い泥の奔流。
そこから姿を現したのは、歪な腕を八本携えた巨人。黒い触手が纏わりつき、全てを呪うように吠える。全長は優に二十メートルは超えているだろう。
大衆が集う中央広場に、絶望を叩き込むべくして顕現する巨人。
「––––作戦変更だ。皆を避難させろ。……アイツは、俺が殺す」
空中に煌く星剣を蓄え、黒の巨人に向かい跳躍する。
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