これは大きな岩ですか?

 巨大な足跡と目印を追って、周囲に目を凝らし。まるで気分は犯人を追いかける探偵のようであった。

 沼地のぬかるんだ地面を抜けて地上へと降りた桜庭とオズワルドは、ここに来るまでよりも少し広くなった道を並んで歩いていた。

 どうやらこの道は整備されているわけではなく、辺りの木々がなぎ倒されたことによって空間が形成されているらしい。

 まさになにか巨大なものが無理やり通った。そう感じざるをえない道のりは、桜庭に期待と不安を思わせた。


「本当に巨人でも通ったみたいにぐちゃぐちゃだねぇ、先生。これじゃあ目印のついている木がどれだったのかすら分からないや」


「まぁ今はアレよりももっと分かりやすい目印があるからな。それにしてもこの足跡……いったいどこに続いてるんだ?」


「さぁね。巣穴か隠れ家でもあるんじゃない?」


 そう言いながら足跡でできた地面の段差をぴょんぴょんと跳んで進むオズワルド。

 等間隔に並んだ足跡はそのどれもがクッキーの生地を型でくり抜いたように、同じく丸みをおびた長方形。

 桜庭はそれを眺めながら、ふと覚えた疑問をオズワルドへぶつけた。


「なぁ、オズ。もしも巨人がいたとしてさ……巨人って靴はくのかな」


「は?」


 突然なに。とでも言いたげに口を開けたオズワルドは、跳ぶことに飽きて今度は飛ぶことにしたらしい。

 彼の周りを踊る風がいたずらに桜庭の身体をかすめていった。


「いや……この足跡、くり抜かれたみたいに綺麗だろ? 俺の中で巨人って裸足のイメージがあったんだけど、これはどっちかというと靴みたいな感じだからさ」


「あぁー……なるほどね。先生のイメージで間違いはないよ。巨人は基本的に、みんな裸足で生活をしている種族さ」


「そうなのか?」


「考えてもみなよ。そもそも靴を作るとして、材料が馬鹿にならないだろう。強度がいるならそれこそドラゴンの皮でも使うだろうし、いちいち殺してあの硬い皮を剥ぐなんて手間がかかりすぎる」


 オズワルドの言うことも理解できる。

 たしかに桜庭が夢幻世界むげんせかいにやってきて最初に目にしたドラゴン――オズワルドはいとも容易たやすくアレを切り刻んではいたが、実際にあの巨体を倒した上で解体や加工をするというのは骨が折れる話であろう。


「なるほどなぁ。俺たちでは当たり前のことでも、他の種族ではそうもいかないんだ……あっ」


 一人納得をして視線で足跡をなぞる桜庭は、ふと前方の景色に変化が訪れたことに気がつく。


「オズ。どうやらあそこが行き止まりみたいだ」


「本当だねぇ。なぎ倒された木々もあそこで止まっているみたいだし、あの感じじゃあ残念ながら巨人はいなそうだ」


 二人から数百メートル離れた先では、この破壊的に作られた道がとうとつな終わりを告げていた。

 その終わりの中心には大きな岩が一つ鎮座ちんざしており、よく見なくとも全長がぴったりと今まで通ってきた道幅に当てはまることが分かる。


「もしかして、俺たちが通ってきた道って、この岩が転がってできた道だったのか……?」


 目の前まで来ればさらに岩の巨大さが目につく。

 自分の身長の何倍もの大きさのある岩に手をつけ、桜庭は歩いてきた道を振り返った。


「んー……仮にそうだったとしても、足跡の説明がつかないよねぇ。この岩が転がってきたならそれなりのみぞができているはずだけれど、ここまで足跡がついている以外は平らな道だっただろう?」


「言われてみれば……」


 オズワルドの言うことはもっともだった。

 桜庭たちが沼地からこの岩の前に出るまでの間、歩いていて特別不自由に思ったことはない。

 おかしな点を挙げるとしても、彼の指摘したようにあの足跡くらいである。

 ならばなぜ。

 ここが山ならばまだしも、木々の生い茂る森の中の、このような沼地に巨大な岩など現れるものだろうか。


 ――まさか、岩に足でも生えてるわけじゃないよな……?


 桜庭が疑問をもってもう一度岩を見上げた。

 その直後。


「わっ、なんだ!?」


 聞こえたのは悲鳴。

 突然どこからか聞こえた女性の叫び声に驚き、桜庭は声のした方向である沼地の方角に目を向ける。


「ずいぶん大きな声だったね、先生。もしかして誰かがマジュウにでも襲われているのかもしれない。こんな森の中ならマジュウの一匹くらい現れてもおかしくはないさ」


「なら助けにいかないとマズいだろ! 距離的にそこまで離れてはいないみたいだし、ひとまず戻って――」


 興味がなさそうに他人事で話すオズワルドを連れて、桜庭が悲鳴の聞こえた方へ走ろうとする。

 だがしかし。それは続けざまに辺りに起きた異変によって、妨害されてしまう結果となるのだった。


「こ、今度はなんだ!?」


 前触れもなく揺れだす地面。いや、仮になにかきっかけがあったとすれば、それは先ほどの女性の悲鳴だろうか。

 揺れはかなり近くで起きているらしく、バランスを崩しそうなほどの振動を感じて桜庭は思わず地面に両手をついた。


 ――地震しては、ずいぶんと局地的すぎじゃないか?


 森の中を見渡しても、揺れに驚いた鳥たちが逃げだしているのはこの付近のみに思える。

 そう考える間にもパラパラと軽い小石が四つん這いの桜庭に降り注ぎ、彼に被さっていた岩の影がゆっくりと――


 ――動いてる?


「先生!」


「うわっ!」


 とっさにオズワルドの回した突風が桜庭の身体を空中へと押し上げる。

 あまりの圧に内臓が押される気持ちの悪い感覚を覚えるが、目の前のはそれすらも忘れる衝撃を桜庭に与えた。


「あの岩……もしかして泥土の操り人形ゴーレムか!」


 まだ視界が揺れる中、オズワルドの声が後方から聞こえる。

 桜庭たちの眼下にあるのはあの大きな岩。

 しかし、それは今やゆっくりと両足で大地を踏みしめて立ち上がり、きっと足も同じように造ったのだろう。近くの地面をしながら両腕、ついで頭部を形成していく。


「あれが……ゴーレム!? まさか本物が見れるだなんて……。タコやカメレオンもびっくりの擬態能力だな」


「えっ、先生。アレ見て最初にでてくる感想がそれ?」


 目の前で造りあげられていく巨体を見つめながら、オズワルドは呆れ気味にそう呟いた。

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