一触即発

「ッ!?」


 音なんてなかった。気配なんてなかった。振り返った時にはもうすでに、彼はそこにいた。


 ――アイツ、なにして……!


 意識するよりも先に、身体が勝手にマホウを発動する。


 ――間に合うか!?


 オズワルドの目の前にバチバチと音を立てて、ホテルの時と同じく如月のマホウによって造られた氷の爆弾が生成される。

 間髪入れずにに小さな爆発音。相手との距離わずか十数センチのところで爆弾は破裂し、質量を超えた小さなつららが次々とオズワルドの顔や身体向けて弾け飛んだ。

 散弾銃で相手を抉りとるような。実際に如月はそれほどのことがあったとしてもおかしくない威力のマホウを放つ。


 だが、そのつらら弾丸はオズワルドに当たることはなかった。


「やぁ、如月。おめでとう。サンディを助けることに成功したんだね」


「おかげさまでな。お前がそこで変なことさえしてなきゃあ、俺たちの救出作戦は万々歳で幕を閉じることができたんだが」


「うん? ……あぁ、これか。ごめんね。君に許可をとるのが先だったよ」


 そういう問題ではない。

 弾かれたつららはすべて、オズワルドの目の前でどろりと溶けて雪の中へと沈んでいく。

 たった今顔を抉られかけたにもかかわらず、彼はふにゃふにゃと笑いながら掲げていた手を横におろす。ひとまず血迷った行動はやめたようではあるが、言動がいまいちこちらの会話と噛み合っていない。


「……ちょっと聞かせてもらうが。お前、屋敷でなにがあった。さっきまではもう少しまともに会話できる奴だった気がするんだが」


「僕は通常運転だよ。屋敷の方も特に問題ない。悪い奴も追い払った。君が言った通り、僕たちの救出作戦はすべて順調だ」


「順調だと言ってる奴がする行動じゃねぇんだよなぁ……」


 如月は刀を持っていない方の手で頬をかく。

 見たところオズワルドの服は血に濡れて大惨事になってはいるが、どうやら彼自身が大怪我をしているというわけではないらしい。

 あくまでも相手はエドガーの知り合いで、は善意で協力してくれている人間。ここは如月としても穏便に済ませたかった。


「まぁなんでもいい。とりあえず今見たことは特別に不問にしてやるから、サンディ様から離れろ。ついでにどこで見つけてきたのかは知らんが、その手に持ってる危ないものもしまえ」


「……? やだなぁ、如月。駄目だよ、これは今から使うんだから」


「あ?」


 冷たい風が二人の間を吹き抜ける。


「サンディは死なないマホウツカイ人間だから、ちょっと身体を借りて実験してみたいんだ。あとで返すからさ。ね、いいでしょ?」


「…………」


 可愛げに首をこてん、とかしげるオズワルドではあるが、身長百八十センチメートルを超えるような人間がやっても決して可愛らしいものではない。

 彼を見つめる如月は、至極冷静であった。


「あー……その、なんだ。とりあえずは頭でも冷やせよ。お前」


 如月は手にした刀に冷気をまとわせると、大きく跳躍をして一気にオズワルドとの距離を縮める。

 横に大きく払ってやれば、オズワルドはふわりと浮き上がって後方の雪上へと着地をした。


 ――とりあえずサンディ様からは離した……か。


 どうにかオズワルドとサンディの間に割りこむことができた如月。

 二人の周りを吹く冷たい風は、しだいに勢いを増して吹雪きはじめていた。


「なんだ、如月。君が代わりに相手してくれるのかい? 別にそれでも構わないけれど。僕、今はあんまり小難しいことを考えて戦う気分じゃあないんだ」


 その声からは、普段のオズワルドからはあまり感じることのない棘を感じさせていた。


「お前の頭が冷えるまでだったら、いくらでもつきあってやるよ。冷やしすぎて凍っちまったら謝るけどな」


「うーん、さすがに凍った経験はないからなぁ。それで僕の不安の種も冷えて砕けてくれるなら願ったり叶ったりなんだけれど」


「ああ? なに言ってるんだお前。救出作戦は順調だって言ったのはお前だろ。今ここでお前が不安に思う要素ひとつでもあるか? サンディ様は取り返した。この元凶の女も捕まえてやった。この調子なら無事に桜庭も助けたんだろう。ならなにも心配は――」


 言い切る前に、空気を切り裂くような音。如月の顔のすぐ横を風の刃が通り抜ける。

 それを飛ばした当のオズワルドは、苛立った様子で表情を歪ませていた。


「ああもう、うるさいなぁ! 見てもいない君に、あんな怪我をしていた先生が無事かどうかなんて分かるわけがないだろう! そんな適当なことを言わないでくれよ。彼が万が一死んだりでもしたら、困るのは僕の方なんだ。……あぁ、こんなことならもっと僕が彼らの動きを管理しておくべきだったんだ。最近は失敗つづきで人間がもろい生き物だってことをすっかり忘れていた。僕が、しっかりしないと……」


「お前……。はは、おいおいなに熱くなってんだよ。こりゃあ本格的に冷却が必要か?」


「……その前に君の首が飛ぶ方が早いよ。きっと」


 エメラルドとサファイアの視線が交わる。

 如月の刀が冷気をまとい、オズワルドの剣が風をまといはじめる。

 そしてその切っ先が互いへと向けられた時であった。


「あっ! みんなこんなところにいたのか。おーい、オズ! 如月!」


「……先生?」


 突然聞こえた声は彼を振り向かせるのには十分で、オズワルドは辺りの風を解いて声のした先に視線を向ける。

 如月のマホウにより降り積もった雪の先の氷の広がる地面。滑らないように注意しながら、手を振りゆっくりとこちらへ向かう桜庭とダリルの姿がそこにはあった。


 オズワルドは手にしていた剣を消すと、自分の服装を一瞥いちべつしてパチリと指を鳴らした。

 すると今まで吹いていたものとはちがう暖かな風が彼の身体を包みこみ、オズワルドのスーツにべっとりとついていた血が浮き上がっては流され消えていく。

 それは、桜庭が初めて夢幻世界むげんせかいにやって来た時にやったことと同じであった。


「よかった、サンディのことも助けられたんだな! 俺たちももっと早く合流したかったんだけど、急に地面が氷だらけになったからなかなか早く歩けなくて――うわっ!」


「は!?」


「ちょ、先生!?」


 案の定つるりと桜庭が滑り、彼は隣のダリルの袖をとっさに掴む。しかし急に勢いよく引っ張られたダリルとて足場の悪い中で踏ん張りがきくはずもなく、彼も間抜けな声をあげて仲良く足を滑らせる。

 そんな二人の光景を見て一番驚きの声をあげたのはオズワルドで、彼は慌てて桜庭とダリルの元へ風を送り、二人が転倒するのをギリギリで防ぐ。

 そのままふわふわと風に乗せられた桜庭たちは、お互いに自分たちの間抜けさに笑いながら空中を浮かぶ感覚に身を任せていた。


「無事で、よかった……」


 安心したようにそう呟くオズワルドを横目に見て、如月はようやく握っていた刀を鞘に戻したのだった。

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