そのナイフをつかって

 《イーリイ家――屋敷表》


 オズワルドがミーシャの相手をしているその間。

 時を同じくして、屋敷の外へと出たダリルはクロードの猛撃をどうにか剣で防ぎつづけていた。


 そんな彼の手に握られている剣はすでに四本目で、それまで握っていた三本の剣は使い物にならなくなり数十秒前に捨てたばかり。残骸ざんがいなんてものはとっくにすべて光に還してしまった。

 と、いうのも。使い物にならなくなったというのはその言葉の通りなわけで。


「ッ!」


 バキン、という音とともにダリルの手に握られていた四本目の剣が真っ二つに折れる。確実にクロードの振りかぶった拳を受け止めたはずの剣は、小枝のようにいとも簡単にその役目を終えた。

 とっさに彼は新しい剣を生成することを試みるが、間髪入れずに飛んできたクロードの異形の腕によるパンチがみぞおちへとめりこんだ。


「――ハッ、ァ」


 息ができない。

 喉の奥から胃液が迫り上がってくる感覚を覚えつつ、ダリルがその場で両膝をつく。吐くことだけはなんとか耐えたのは、もはや意地というものであろう。


 ――なんなんだよ、コイツの馬鹿力と俊敏しゅんびんさは……!


 ダリルを一撃でダウンさせ、彼の剣を何本も折ってきたクロードの秘密はやはりその異形の両腕にあった。

 戦闘に関しては経験が多いわけではないのか、ただ殴りかかってくるだけのクロードの動き自体はとらえられない動きではない。

 しかし彼の一撃一撃はその動きと帳じりを合わせるかのように重くのしかかり、まるで全速力で追突するトラックを何度も受け止めているような錯覚をダリルに思わせた。


「…………」


「あれ、もう終わり? 僕まだ君に一回しか当ててないんだけど……」


「う……くそ、なん、なんですかアンタ。そういうパワー系でゴリ押しされるの、めちゃくちゃ面倒臭いんですけど……」


「あ、喋った」


 ようやく話せるレベルまで回復したダリルは、呼吸を整えつつ目の前のマジュウを見上げた。

 のんびりとした口調とは裏腹に、彼の凶器的な獣の両腕は確実に一瞬でダリルを捻り潰すぐらいの力をもっている。


「どうしよう、どうにかクロードを倒す方法を探さないと……」


 一方で、ダリルに言われた通り屋敷の柱の陰で二人の戦闘を見ていた桜庭は迷っていた。


 ――今から屋敷に戻ってオズを連れてくる手もあるけれど……。今彼をこの場に引きだしてくるのは、なんかマズい気がする。


 そう思い返す桜庭の脳裏にチラつくのは、あの深淵のようなオズワルドの瞳であった。

 どこか初めて彼と会った時――一回だけ、取り乱し怯えを見せた時を彷彿ほうふつとさせる、いつもの彼ではないような瞳。先ほどの彼はあの時のように怯えてはいなかったけれど、様子がおかしいということは事実だった。


「それなら俺がダリルを助けないと。でも、俺じゃあクロードの怪力は止められないし、どうやって――ッ!?」


 一度視線を屋敷の方へとそらし、再び桜庭が前方へ視線を向けた時だった。

 彼の隠れていた柱に向けて、殴り飛ばされてきたダリルがぶつかったのだ。衝撃で柱自体も揺れ、飛ばされてきたダリル本人は立つことができないのか、ズルズルと柱伝いに地面へと尻もちをつく。


「だ、ダリル! 大丈夫か!?」


「あ、はは。マジでアレ、ヤバいですよ……サクラバさん。剣で斬っても、槍で突いても、あの腕傷一つつかないんですもん。というかパワー系なのに素早いってズルくないですか?」


「だからさっき言ったのに……」


 思わず桜庭が柱の陰から飛びだす。

 ダリルのダメージは思ったよりも大きいらしく、笑って軽口を叩きながらも手元に新しい武器を造りだす様子はない。


 ――この間の蜂の化け物の時みたいにデカいのを一本造れれば……いや、無理だな。そんなの造ってる間にこっちがやられる。


「とりあえず、動きを止めるくらいはしないと……」


 そう言って彼は空中へと以前使った麻痺毒の塗られたナイフを生成しようと試みる。

 しかし頭上に一本だけ生まれたそれは、飛んでいくことはなくカランと音を立てて桜庭の足元へと落下した。


「うわ……マジでこれ、大口叩いた割にすごいカッコ悪いんじゃないですかね。僕」


「……いや、十分頑張ってくれてるよ。ダリル。――このあとは俺がなんとかしてみる」


「は? サクラバさんが……? でもアンタ、戦闘経験なんてゼロでしょ」


 落ちたナイフを拾った桜庭を見上げて、ダリルがポカンと口を開ける。


「戦闘経験はない。でもこれをアイツに当てるくらいなら、捨て身でいけばもしかしたら……」


「ちょっと待ってください。捨て身で? アンタが? そんなの無理に決まってるでしょ。向かっていったところで一発で返り討ちにされるに決まってます」


「でも、それじゃあどうやって……! 早くしないとサンディが……」


 焦った表情でナイフを握りしめる桜庭。

 それを見たダリルは一度深い溜め息を吐きだすと、柱に手をつきながらヨロヨロと立ち上がる。


「分かりました。じゃあアンタがアレの注意を引きつけてきてください。僕もできる限り援護はするんで。それを当てることを考えるんじゃなくて、避けて相手の注意を引くことだけを考えて」


「注意を引く?」


「ええ。動体視力と獣の勘ってやつですかねぇ……。アイツ、どこに攻撃を当てようとしてもしっかりガードしてくるんですよ。だから、注意を引いて奇襲を仕かける必要がある」


 そう言うと、ダリルはどこか心配そうな表情を残す桜庭を挑発するように笑いかけた。


「見せてくださいよ。アンタだって役に立つってところ」

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