牢の中の小鳥ちゃん
もしも、ここに囚われていたのがダリルやオズワルドであったならば。きっとその声の主の接近にあらかじめ気がつくことができたであろう。
しかしここにいるのはただの夢見る作家とヘタレた金持ちだけであり、そんな彼らに気配を消した敵に気がつけというのは無理な話である。
それは例えるならばオズワルドに彼の苦手な苦いもの――砂糖を入れずにブラックコーヒーを一気に飲み干せと言っているようなものであった。
「えっ」
思わず振り返った桜庭の視線の先にいたのは、白い髪をした碧眼の美少女だった。
奇妙であったのは彼女に尻尾のようなものと、頭に対になるようにして蠢くものがついていたことだろうか。その蠢くものは猫の耳のようで、ピクピクと周囲の音を聞き逃すまいと動きつづけている。
「ひぃっ! で、でたぁ!」
桜庭とはちがい怯えたような声をあげたのはサンディで、彼は少女の姿を見た途端に後ずさりをする。
しかしベッドには転落防止になるようなフレーム部分はついていなかったらしい。彼の後ろについた腕は空気を掴み、勢いのままにサンディの身体は転げ落ちては尻もちをついていた。
「サンディ。まぁたそんなに情けない声でピィピィ鳴くだなんて、やっぱりアンタにはちいちゃくて弱っちぃ小鳥ちゃんがお似合いだにゃ」
「う、う、うるさい! お前なんて、うちの用心棒の手にかかれば一瞬で氷漬けなんだからな! ……本当だぞ!」
尻を押さえて空威張りで吠えるサンディであったが、その虚勢も長くはつづかなかった。
「あらあら。そんな大口叩いていいのかにゃ? そんなサンディは、ご主人様が帰ってきたら小鳥に変えてもらってアタシの口の中で転がしてやるにゃ」
そう言うと少女はビー玉のような瞳を細めて格子越しにサンディを
「サンディは死なないって聞いたにゃ。死なないなら、思い切り牙を突き立てても、羽をむしり取っても、骨を砕いてもご主人様に文句は言われないにゃ。アンタならそれくらい余裕でしょう?」
「ひっ……」
思わず顔を青ざめさせたサンディが牢の端の暗がりまで逃げていくのを見ると、少女は満足気な表情で今度は桜庭へと視線を向けた。
「それで……新入りのアンタ。アンタはなんのマホウツカイなんだにゃ? こんな牢屋から自力で抜けだせないくらいのマホウだなんてたかが知れているけれど、興味があるから特別に聞いてやるにゃ」
新しい獲物を見つけたとでも言わんばかりに
しかし彼は怯えるサンディをかばうように少女とサンディの間に割って立つと、真っ向からその視線を受け止めた。
「俺はマホウツカイじゃない。もしも俺をマホウツカイだと思って誘拐したんだとしたら、それはよっぽどの見当違いだ」
「……アンタ、マホウツカイじゃないの?」
「そうだが」
「本当の本当に?」
「……そうだ」
彼の言葉に嘘偽りはない。きっとその態度が彼女にも伝わったのだろう。
桜庭の回答を聞いた少女は長く溜め息をつくと、顔を左側へと向けて大きく息を吸いこんだ。そして目を見開いた彼女は、腹の底から怒りに満ちた声で誰かの名前を呼びあげる。
「クロォードッ! アンタまたやらかしたのねー!」
そう少女が叫んで間もなく。かなり遠くからその足音は聞こえてくるようであった。
この牢が並ぶ空間と外の空間との間には壁を一枚挟んでいるのだろうか。初めは微かに聞こえた足音は、バタンと扉が開く音とともに鮮明となり、明らかにその人物が焦っているのであろうことが分かる。
数秒もせずに慌てた様子で格子越しに桜庭の目の前にやってきたのは、灰色の髪に少女と同じように――こちらは犬のような耳と尻尾生やした青年であった。それを除けば少し背が高いだけの、いたって普通そうな青年。
しかし桜庭は彼の腕を見て一瞬その目を疑うことになる。
「ど、どうしたのミーシャ? 僕また何かしちゃった?」
オロオロと大きな背丈を縮こませながらミーシャと呼ばれた少女に対して下手に出る青年の声は、路地裏で桜庭が意識を落とす直前に聞いた男の声と同じであった。
だが、そんな彼がパフパフと手を叩いて打ち鳴らす両の手は、まるで
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