カメラに残された手掛かり

 桜庭が何者かによって路地裏で襲われていたその頃。

 ポケットから鳴り響く着信音にオズワルドが端末を耳に当てると、すぐに耳元からは怒鳴るように聞き慣れた声が響きはじめた。


『ちょっとアンタ! 今どこにいるんですか!』


「やぁ、ダリル。えーっと、今は市場で金平糖っていうものを買ったところで――」


『はぁ、金平糖!? アンタこんな時になにやってるんですか。サクラバさんは!』


 電話口の相手はダリルのようで、彼は焦ったようにオズワルドに問いかける。


「それが、はぐれちゃったみたいなんだよねぇ。とりあえず今から探そうと思っててさ」


 露店の店主から金平糖のつまった紙袋を受けとったオズワルドは、少し市場の喧騒から道をそれてふわりと建物の屋根の上まで浮かびあがる。

 しかし電話の向こうのダリルは舌打ちをしたかと思うと、焦った声でこう続けた。


『あぁくそ。やっぱり見間違いじゃなかったか。ついさっき、サクラバさんに似た人が白猫を追いかけて路地に入っていくのがホテルから見えたんですよ。シャロンから聞いた話じゃあ猫が関係してるってことでしたし心配で……聞いてます?』


「うん、聞いてる聞いてる。で、先生はどっちの方に行ったって?」


『市場に入って左手側手前から三番目の路地です。僕も今から向かうんで、アンタ先に探して――』


「オーケイ、分かった」


 ダリルの話を最後まで聞くよりも先にオズワルドは通話を切ると、腰につけたカバンの中に端末と紙袋を突っ込んで目当ての路地へと飛び立った。


 すぐに彼が目的の路地の上空まで行くと、そこがかなり入り組んだ場所であることが見て分かる。

 しかしレンガ造りの建物が並ぶその場所は昼でも影が覆う暗がりのようで、人の姿は一人として見当たらない。


「……遅かったか」


 目を凝らしながら桜庭を探していたオズワルドであったが、ふと視界の端になにか光るものを見つけて彼はそこへと降りたった。


「これ……先生のカメラ? と端末……?」


 硬いレンガの上で光るそれは、ついさっきまで桜庭が撮影のために使っていたカメラと彼の端末であった。

 未だに撮影を続けているカメラの録画を中止させ、再生ボタンを押すと小さなモニターにはどこかの風景が映しだされる。


 その見覚えのある場所は市場の中のようで、走っているのか映像自体はかなりブレていた。

 賑やかな市場から路地へと入った映像は、時おり白い猫の姿をとらえながら入り組んだ路地を進んでいく。

 そして映像の最後。毛ずくろいをする白猫を映したのを最後に、突然投げ捨てられたように落下した映像とすぐ後に録音された男女の声。


『じゃあ野犬の門までレッツゴー!』


「野犬の門……?」


 のんきな男の声が聞こえたかと思えば、それを最後に映像は静かな青い空ばかりを映すようになってしまった。

 ここからこれ以上は得られる情報はないだろうと、オズワルドはカメラの電源を落とす。


 するとそのタイミングで路地の向こう側から三人分の足音が反響し、ダリルに加えてシャロンと如月までもがこの場へと駆けつけた。


「サクラバさんは!」


「残念だけれど遅かったみたい。というかダリル、もう服乾いたんだね」


「こんなん生乾きですよ。むりやり奪って着替えてきたんですけど……ついでに途中で二人を見かけたのでついてきてもらいました」


 ダリルの言葉にシャロンがうなづく。


「はい。ダリル様から事情はおうかがいしました。それで、サクラバ様はもしやサンディ様と同じく……」


「その線が濃いだろうね。マホウツカイじゃあない先生が狙われてしまったのは想定外だったが、彼はしっかりと証拠を残してくれていたみたいだ」


 そう言ってオズワルドはカメラに残された動画を三人に見せる。

 顔を寄せ合ってその映像を見ていた三人であったが、映像が終盤に差しかかったところでシャロンが「あっ!」と声を上げた。


「キサラギ様、これはもしかして……」


「ええ。さっきの話で間違いないと思います」


 如月がうなづき、顔を上げる。


「ついさっきシャロン様と俺で街の中で聞きこみをしていたんだが、そこでちと気になる話を聞いてな」


「へぇ、話してみなよ」


 再生が終わり役目を果たしたカメラと、桜庭の端末をポケットにしまいつつオズワルドが尋ねる。


「なんでも、最近街の北側に凶暴な野犬の群れが住み着いたらしいんだよ。ただ……そいつらどうもおかしいらしくてな」


「おかしい?」


「普通なら餌を探してうろついていたり、市場まで流れてくるだろう? ところがそうじゃない。どうやらその先にある何かを守っているかのようで、近づいた人間が死んだり、精神をおかしくして戻ってきちまったらしいんだ」


「だから今は街の人間は近づかないと? なるほどねぇ。街の自警団なんかじゃあ太刀打ちできないから、とりあえずは許容しているってわけか」


 如月の話を聞いたオズワルドが納得したように声をあげ、隣のダリルも呆れた声で「馬鹿馬鹿しい」と吐き捨てた。


「そんなの明らかに怪しいですって言ってるようなもんじゃないですか。むしろ、そこで十中八九なにかが起きているということで間違いないでしょう」


「そうだねぇ。……とりあえず、行ってみるかい?」


「当たり前でしょう。シャロンたちも、それで問題ありませんね?」


 確認するようにダリルが問いかけると、シャロンが力強くうなづきを返した。


「はい、もちろんです。なんとしてもサンディ様とサクラバ様……そして捕まっている皆様を助けましょう」


「さっすがシャロン様! もちろん警護は俺がバッチリ務めるんで、そっちは安心して任せてください。お前らも、くれぐれも足引っ張るんじゃねぇぞ」


「そりゃあこっちのセリフですよ。犬っころくらい何匹きたところで一瞬で片付けてやりますから」


 如月を見上げながらニヤリと笑うダリルに、如月も愉快そうに口の端を上げて笑い返す。


 その二人を見ていたシャロンも手掛かりが見つかったことによる安堵からひとまず息をついていたが、静かになったオズワルドを不思議に思い彼の顔をのぞきこんだ。

 オズワルドは眉をひそめながらなにかを考えているようで、シャロンの視線に気がつくと口元に笑みを作り微笑みかける。


「どうしたんだい? 美しいお嬢さん」


「いえ、オズワルド様が先ほどからなにか考え事をされているようでしたので……わたくしでよければなにか力になれないかと思いまして」


「はは、そんなに心配しなくても大丈夫さ。ちょっと気になることがあっただけだから」


「気になること……?」


「本当に大丈夫だって! ほら、早く行こうよ。捕まっている先生たちの方こそもっと心配だ」


「あっ、お待ちくださいオズワルド様!」


 なおも心配そうなシャロンに曖昧に微笑みかけると、オズワルドはスタスタと早足で先を行く。


 ――恐らく相手の目的はマホウツカイを集めることだ。だが、それならばなぜ先生は狙われた? そもそもリストにはただの人間も混ざっていたし、間違いで狙われたということもあるだろう。だが……


「まさかね」


 心の中にわだかまりを残したままオズワルドはヘラリと笑うと、紙袋の中から小袋を取りだし買ったばかりの金平糖を頬張るのだった。

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