異変解決屋へようこそ!〜夢物語を綴る君と出来損ないの僕の世界〜

紅香飴

第1部 異変解決屋、始動編

序章 Welcome to the Dream World!

おやすみ、いつもの現実

《とある作家の書斎》


 人間は、常になにかしらの変化や刺激を求める生き物である。

 世界に溢れる日常にはとっくのとうに飽き飽きしていて。少年時代に焦がれた非日常を追いかけ、求めるうちに気がつけば作家という職業についていた。

 若くして稀代きだいの作家、桜庭優雅さくらばゆうが先生と呼ばれるようになったのはまだ片手で数えるほどの年月だけで。チヤホヤされて、良い気になっていたのは最初のうちだけであった。

 少年時代に夢見た非日常は、自分が作品を書けば書くほど現実にはありえないのだと思い知らされてきた。

 積みあがる作品の数に比例して、崩れていく自分の中の理想の世界。

 冒険、魔法、幻獣、剣、超常現象――数えあげたらキリがないほどに、自分の中の世界は現実によって、そしてなにより自身の作品によってありえないと証明破壊されてきた。

 そうしていつからか、空想の世界なんて存在するはずがない。理想なんて捨てて、現実を見なければいけない。そう自分に言い聞かせるようになっていたのだ。


 今、この瞬間も。


「あー、もう、無理! せっかく買ったばかりのゲームも我慢して、二徹もしたっていうのに。原稿なんて全っ然進まない。締切も近いのに……。なぜ一日は二十四時間しかないんだ? 絶対に足りないだろ。もういっそ全然パァにして実家に帰っちゃおうかな……」


 パソコンに映る真っ白な画面は何回見ても気が重くなる。そりゃあ一人部屋であったとしても、聞き手のいないぼやきが増えるわけである。

 そもそも昔から夏休みの宿題などは、終わり際にせかされて一気にやるようなタイプなのだ。計画的に進めていくことは向いていない。

 それもここ最近は睡眠時間を削ってまで書いては消して、書いては消してを繰り返しているためか、ぼやぼやと働かなくなってきた頭ではてんでいい文章など思いつくはずもなく。ただただ睡眠欲求が高まっていくだけ。

 そう。今現在、桜庭は寝不足であった。


 ――あぁ。さすがにそろそろ、本格的に寝ないとまずくなってきたな……


 暖かな日差しもあいまってか、意識せずともまぶたがだんだんとおりてくる。

 ゆっくり目を向ければ、パソコンの隣に置いたデジタル時計は昼の十二時三十五分をさしていた。今から仮眠をとったとしても、きっと夕方までには目覚めることができるだろう。


 ――ひと眠り……するか。


 この状況でそれ以外の選択肢があろうものか。

 徹夜をしてまでも進む気配のない原稿。ここ最近はいいネタの一つも無いというのに、無いものを絞りだそうとすること自体が無駄なのだ。


 ――これなら、普通に寝て、健康的な生活おくってた方がマシだったな……


 毛布を取りに行くのも、わざわざパソコンの電源を消すのも面倒くさい。

 椅子に座ったまま寝たとなれば、あとで身体中が痛くなっているだろうということは分かりきってはいる。

 しかしベッドまで歩くことすら今は億劫おっくうに感じるのだ。それならばこの横着おうちゃくも仕方がないことだろう。


 ――もしも俺が魔法使いなら、飛んですぐにベッドまで移動するのに。


 そう思わずにはいられない。

 どうせならば、なにかネタになるような夢でも見ることができればいいのだが。まさに少年時代に夢見たような、希望や冒険に満ちあふれた夢ならばさぞかしいいネタになるはずだろう。

 仮にそうだとしたら……憧れの魔法使いになることができる夢がいい。空を飛んだり魔法でなにかを造ったり、戦ったり。やりたいことは山ほどある。


 ――世界を救う英雄とか、やっぱりゲーム好きとしては憧れちゃうよなぁ。そんな夢なら、いつまででも見ていたっていいのに。


 そんなことを考えている間にも、桜庭の眠気はどんどんと限界をむかえていく。

 まぶたを閉じれば思考が溶けてすべてがどうでもよくなる。


 ――まぁ、どれだけ考えてもそんな夢物語、あるはずがないんだけどさ。


 それでも、彼は一つの期待をこめて。


「……おやすみ、いつもの現実……」


 次に起きる会う時は、もっと楽しい世界でありますように。

 そんな桜庭のつぶやきは誰に届くこともなく、静かな書斎の中にとろりと消えていくのであった。

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