エメラルドの瞳の化け物
ケラケラと笑いながらダリルがナイフを飛ばし、そのたびにオズワルドの操る突風が弾き飛ばしていく。
三百六十度。どこからでも迫る銀色のきらめき。
それらは桜庭に向けているものとはちがい、確実に当てるつもりでオズワルドの元へと狙いを定めていた。
しかしオズワルドも特に涼しい顔を崩すことはなく、高速で迫るナイフの軌道を把握しているかのようなステップでかわしていく。
攻勢にはでず、かろやかなステップで。相手を品定めするかのように、じっと見つめて。
「そうやって避けてばっかりいないで、たまには反撃してみたらどうです? まさか自分の身を守るので手一杯ってわけじゃなかろうし」
「え~。だって僕、ダリルと争いたいわけじゃないしなぁ。ずっと言ってるじゃん。個人的に君とお話ししたいだけだって」
「だーかーら! 口ではそう言っても、最初に煽ってきたのはアンタ! こっちは乗っただけで……いや、乗る方も悪いのか……?」
「ほーら、お互い様さ」
軽口を返してオズワルドがトンと地面に降りる。
くすりと口元を歪めて笑った彼は、両手をスラックスのポケットに入れたまま首をかしげて。
「でもまぁ、せっかくだからいいよ。君の期待に応えてあげる。今のうちにどっちが格上かを知らしめておくのも、仕事上手な所長の務めさ」
「あ? なに言って――」
そうダリルが言い終わるより先に。
突然。空気を切るような鋭い音が彼の左耳のすぐ脇で聞こえ、思わずギョッとしてなにが通ったのかを確認する。
しかし――なにもない。なにかがすぐ横を通った感覚はあるが、対象が把握できない。――風? 一瞬耳が吹き飛んだかと錯覚するほどの、刃のように鋭い風。
――今の……コイツのマホウ……か?
これはダリルの感覚。完全な直感ではあるのだが……おそらく、攻撃はわざと外された。
それはほんの少しの恐怖心を植えつけるため。大人しくさせるため。あとはそんな気分だったのと、多分ただの嫌がらせ。
おそらく、次はない。
「大丈夫大丈夫。先生の手前、君の耳を切り落とすような残酷なことはしていないさ。まぁ、次はどうするか分からないけれど」
心の声を読んだかのように目の前の男はそう告げた。
「――は?」
ダリルの背中を冷や汗がつたう。
「あぁ、そう怖がらないでくれよ。反撃してみろって言ったのは君だろう。もちろん当たれば輪切りになってしまうかもしれないが、なぁに。当たらなければいいだけの話だ。ね? 簡単だろう。難しい要求はしていない。やっていることは君と同じだ。当たった時に痛いと感じるか、
それは単に、当たれば死ぬ。だからせいぜい頑張って避けろよ。ということ。
何が面白いのかオズワルドが笑う。状況にそぐわない笑いを
――なんなんだ。さっきまでと雰囲気が違うぞ……?
先ほどまでの
生理的な嫌悪感ではない。なにかダリルの知っている常識とは少しちがうような。自分の中の常識とは噛み合わないような、そんな気持ち悪さ。
――あぁ、そうか。
きっと……この男は人間じゃない。いや、
ダリルは走る悪寒を振り払い、汗ばむ両手で手元の剣を握りなおすと、低い姿勢からオズワルドの元へと斬りかかった。
「おぉ、危ない危ない」
風が踊る。オズワルドの足元を狙った剣は空を切った。
また間髪を入れずに鋭い空気を切る音。これはダリルの斬撃の音ではない。
背後で鳴る金属の軋む音にダリルが振り返ると、途中からパックリと分かれた街灯が、バチバチと音を立てて彼の頭上へと落下しはじめていた。
「くっそ!」
「ははは、これは修繕費はうちもちかなぁ」
ダリルは横に転がりこんでそれを避け、のんきに呟くオズワルドの顔を見上げる。
――コイツ本当に話す気あるのか!? 話し合いなんてする前に、俺の頭と身体もああなるぞ!
彼の反応を面白がるかのように、オズワルドは友人とでも遊んでいるかのように楽しげな表情で風の刃を飛ばしつづける。
ダリルとて作り笑いはよくするタチではあるが、ソレの完璧に作られたものはどこか気味が悪い。むしろ生と死がかかったこの状況、どうして笑うことができるのか。
ダリルはスレスレで風の刃を避けると、オズワルドの周りを取り囲むようにしてナイフを展開する。
それぞれの距離は男から見ても一メートルほどしかなく、一斉にこれを放ったともなれば――すべてを完璧に避けるには厳しい数ではある。
弾こうとしても、三百六十度囲まれている状態では全部を弾く前にどれか一つでもオズワルドの元へと届くだろう。
――殺さなければ殺される。
アーロンと戦った時とはまるでちがう。
確実に仕留めなければ、自分は今この瞬間にでもこの化け物に喰われてしまうだろう。そんな確信があった。
「そんなのはごめんだ」
横に腕を振り払い、構え。そして、振り上げる。
ダリルはマホウを行使して一斉掃射の合図を送った。
「ふぅん……包囲網か。なるほど悪くない。だけれど及第点だ」
オズワルドが呟く。
そしてダリルの意思で一斉に発射したはずのナイフは――否、これから発射するはずだったナイフは……ピクリともその場を動かなかった。
まるで超能力で正面から受け止められているようなそれらは、次の瞬間暴風に吹き飛ばされ力を失った。
地面に落ちていくナイフが光に溶けていくのを見て、オズワルドがゆっくりと着地する。
「どう? ダリル。そろそろ気がすんだかな?」
「……」
「もう戦意がないのなら結構。このまま続けると君が危ないからさ。お遊びはそろそろこの辺で終わりにして――」
そこまで言いかけたところで、なにかに気がついたオズワルドが目を見開き振り返る。
刹那に街中では聞きなれないような音――銃声が辺りに響きわたり、ナイフの包囲網から解放された桜庭と、ダリルの視線はまっすぐにオズワルドへと注がれた。
たっぷり十秒程度は間が空いただろうか。
「……これに気がつくなんて、アンタどんだけ敏感なんですか……。後ろに目でもついてるんです?」
静まり返った現場で、溜め息混じりにダリルが言う。
木々の隙間からわずかに銃口を覗かせ、たしかにオズワルドを狙っていた弾丸は、彼の頬を
「なるほど、銃火器も生成可能だったとは。さっきの囲いこみはこれから気をそらせるためだったか」
オズワルドが頬を流れる血をスーツの袖で拭う。
「気をそらしたままならばそのまま撃ち抜けるし、仮にナイフが当たり痺れて動けなければ、ゆっくりと照準を合わせて仕留めることができる。……まぁそもそも気づかれないことが前提条件だけれどね」
「街中で目立つようなことはしたくなかったんで、最後までとっといたんですけどねぇ。こりゃあもう完全に僕の負けですわ。話でもなんでも聞かせてもらいますよ」
「うん、そうだねぇ。君の負けだ。……じゃあそういうことで」
すっかり負けを感じ、敗北宣言をしてダリルが立ち上がろうとする。――が、彼は自身の背後から前方に向けて急速に風が通るのを不思議に感じて顔を上げ――絶句した。
自分を見上げた紅色と目が合い、さらに笑みを深めた
彼が左手を振り上げるその構えは先ほどダリルの横の鉄くずを真っ二つにした時と同じで。そのことに気がついた時にはもう遅い。
「そういうことで。僕、なんだか気が変わっちゃった。ばいばい」
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