飛び交うナイフにご用心

 人通りもない道の真ん中で、アーロンは自身の髭を撫でながら倒れる男たちを見おろしては一つの答えにいたる。


「なるほど。武器を造りだすだけのマホウにしては一撃で動きを止めるなど、おかしいとは思ったが……ナイフに麻痺性の毒を塗ったものだったか。考えたものだ」


「よくお分かりで。ま、アンタたちとはちがって……そう理由もなく人殺したりなんてしたくないですからね」


「ははは。言うようになったじゃないか」


 瞬間、再びアーロンの姿が消える。

 危険を感じとったダリルは手元に細長い剣を造りだすと、とっさに気配を察知した後ろへと振り返り――で、無色の透過された剣を受け止めた。

 一度受け止めたその剣はすぐに離れ、瞬きをする間にも二度目三度目が振り下ろされる。


「あくまで手を引く気はないってか!」


 ――マホウでおおまかな位置と動きは分かるとして、それでも視認できないのはやっぱり面倒だな!


 振り下ろされる斬撃を受け止める合間に左右からナイフを叩きこもうとマホウを発動する。

 しかし瞬く間にそれらはアーロンの剣によって弾かれ、その瞬間を狙って踏みこんだ一撃も空を切るばかりで男に遊ばれているようにさえ思えた。


「くそ……さっきの間抜け共とはちがうってわけかよ」


 ダリルが相手の剣を押し退け数歩距離をとる。

 いまだ気配は追えているが、恐らく戦闘経験は相手の方が上だろう。

 他の下っ端の男たちのように、一撃を入れて目の前の男を昏倒させるには隙をつく必要がある。


「あの二人はマホウが使えない、ただ雇っただけの人間にすぎなかったからな。今回は特別に私のマホウで透過の力を与えたが……しょせんは素人にすぎなかったか」


「なるほど。その言い方……それなら残りはアーロンさん。アンタを倒せば、この連続暗殺事件ってやつも幕引きになるってことですかねぇ」


「それができればの話、だがな」


 アーロンが動く気配を感じ、ダリルも地面を蹴り前方へと駆けだした。

 彼は感じる気配を合図に迫りくる斬撃を避けることに専念し、どうにか男の行動に隙ができるのを待ちつづける。

 右から。左から。上から。後ろから。迫る、剣。

 しかし、常に相手の気配をたどりつづけることと、剣を受け止めつづけ自分の身を守ること。その両方へと気を配らないといけないということは、ダリルの体力と精神を着実に消耗しょうもうさせていた。


 ――真正面から戦うんじゃあ、戦闘経験の差から見ても勝ち目は薄い。やっぱりここは……一か八か一気に責め立ててみるしかないか。


「そろそろ、本気でいかせてもらいますよ……!」


 そう決断をしたダリルは、男のいる方向へと空中に生成した十本のナイフを順々に飛ばしつつ、手元の剣を振りかぶり撃破にかかった。

 鉄のぶつかる音とともにナイフが弾かれる。

 一本目、二本目、三本目、そして四本目が弾かれたところでダリルの振り下ろした剣が受け止められ、相手が飛び退く気配とともにすかさず五本目が弾かれた。

 六本目と七本目も同じく連続して鉄のぶつかる音が鳴り響く。

 そしてほとんど同時のタイミングで、アーロンの気配のする元へと撃ち放たれた八本目と九本目のナイフの軌道が急激に――


 ――変わった?


「ッ!」


 一瞬どちらともなく息をのむ音が聞こえる。そう、それはダリルにとっても予想外のことだったのだ。

 それまで単調だったナイフの軌道が、突然風に乗ったかのようにふわりと曲線の軌道をえがいた。そしてナイフは弾かれることなく地面へと転がり落ちる。

 すぐに空間が歪みアーロンが姿を現すが、彼の右腕から流れる血が、ナイフがわずかながらにも一撃を与えたのだということを物語っていた。

 ダリルは空中で動きを止めていた十本目のナイフをアーロンの背後へと弾き飛ばすと、後ろに気をとられた男の胴体目がけて剣の切っ先を突きつけた。


「なに!?」


「残念だったな」


 即効性のある麻痺毒を塗っていたことが功を奏した。

 相手の動きが鈍ったのを確認したとともにダリルの剣がアーロンの背を斬りつけ、男が前のめりに倒れる。

 すぐに立ち上がろうとしてくるアーロンにダリルは身構えたものの、毒が効いてきたのか、地面に再び転がったのを見て手元の剣を光に還した。


「……まぁ、すぐに死ぬような傷ではないし、警察でもかけつけてくれば助けてもらえるでしょう」


 殺しはしない。

 ここで命を絶たせて償いをさせるよりも、こうしてみじめに這いつくばらせて、しかるべき場所で償いをさせた方がはるかに有意義。むしろ愉快である。


「――そんで」


 首筋にかすかな風を感じ、アーロンから視線を外したダリルが左に首をかしげる。

 すぐにパッと彼の頭上には新たなナイフが一本生まれ、音もなく飛びだしたそれはダーツの矢が的に刺さるようにして近くの木の幹へと突き刺さった。

 それと同時に木の陰から「ぎゃっ!」と男の驚いた声が聞こえ、おそるおそるといった様子でこの場にはいないはずの――桜庭が顔をだす。

 パチリと彼と目が合ったダリルは、心底驚いたように目を丸くして、幹に刺さったナイフを光へと還した。


「……あれ? え、えぇとサクラバさん? たしかさっき、アンタとはついてこないってオヤクソク……したはずですよねぇ……? なんでここに? ありえない」


「ごめん。やっぱりダリルが心配でこっそりついてきてしまったんだけど……。どうやら俺の心配も杞憂きゆうだったみたいでよかったよ。君は本当にマホウツカイだったんだな」


 思わず笑いかけて木陰から桜庭が姿を現す。が、その足元に先ほどと同様に、空から降ってきた一本のナイフが突き刺さり、慌てて彼は一歩飛び退いた。

 もう一度目が合ったダリルの瞳は、まるでそこに倒れた男の血のように紅い色をしていた。


「ちょ、危ないだろ! どうしたんだよ急に!」


「あーなるほど。……さっき、アーロンさんこの男とやり合ってる時になにかマホウで小細工したのはアンタですかね?」


「は? マホウ? なにを勘違いしているのかは知らないが、俺はマホウが使えないただの人間なんだ。だから邪魔にならないように、ずっとここに隠れて――」


「まぁ、試してみれば分かるか」


 桜庭の話をさえぎり、ダリルがそう呟いた瞬間。再びダリルの頭上に浮かび上がったナイフが、桜庭の喉元を目がけて発射される。

 静かな殺意の鉄塊かたまり

 無音で飛びだす銀色のそれに桜庭の目が釘づけになり、それはまばたきもしないうちに眼前まで接近する。


 ――あぁ。これ、たぶん避けられないやつだ。


 自分の身体能力は自分が一番よく分かっている。何年のつきあいになると思っているのだ。

 いくら得物が見えたとしても、常人の桜庭には華麗に避けることすら叶わない。

 どこか他人事で冷静な思考で、彼はただそれを眺めていることしかできなかった。

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