閑話 - 精霊の誕生に纏わるレポート

 ある日、他の集落から取り寄せることの出来たレポートはこう始まります。


『我々は精霊が誕生する瞬間を知ろうと、日夜観察を行うことにした。

 彼らが存在することは広く事実と知られているが、いつ、どのようにして生誕するのかはこれまで全く知られていないのだ。

 いや、正確に言えば、研究者たちの間ではとっくに決着の着いている話ではある。

 しかし我々が何故、いま、研究者達の間で決着している精霊の誕生にまつわる研究を今更行わんとするかを伝えねばならないだろう。

<彼らはある時、ふいにそこにいるものなのだ>

 そのような結論を、我々は、研究者たる者が、決して許していい筈がないのだ!』


 ええ、少しわかります、研究者さんのその気持ち。

 手書きのレポートでビックリマークつけてしまうほどお怒りだったのでしょうね。

 きっととんでもなく真面目な研究者だったに違いありません。


 いわゆる『精霊の相談所』は各地にあります。

 呼び方はその集落に馴染みやすいように、それぞれに異なっています。

 この界隈のネットワークというものがありまして、たまに回覧板のようなお手紙で情報交換をおこなうのですね。


 そこでわたしは、精霊誕生にまつわるレポートはないかと相談を投げかけたのです。

 はい、サラマンダーさんとの件で気になっちゃったんですよ。


 研究というお仕事は、膨大な時間や立派な設備が必要になってきたります。

 今では研究者を生業なりわいとする方は、ほとんどいなくなりました。

 わたしたちにとっては、昔話にしか出てこないような人々なんです。


 そうしてしばらく日が経ちまして、比較的近くの集落から『役に立たないだろうが、古い施設で見つけられたレポートの一つを贈ります。返却は不要です』と届けられたのが、このレポートでした。


 とはいえ、このレポートの研究者さんみたいに真実を追求したいわけではありません。

 悪天候で視察に出られないときなど、暇つぶ、いえ、ティータイムなんかの読み物にちょうどいいかなと思いまして。

 ええ、お仕事です。


 レポートの初めの方は、研究者さんのとった観察方法や整えた環境、いろいろ書いてありますが、要は『こんな風に試みます』が難しい言葉と難解な図でくどくど書かれていまして、その後、日ごとの観察内容が書かれているような構成でした。


『5日目、精霊はまだ我々の前に現れていない。しかしまだ5日だ、これまで誰も見たことがない誕生の瞬間なのだから、5日くらいどうということはない!』

  :

『10日目、まだまだ現れる気配がない。まだ10日、簡単に立ち会えるとは最初から思ってはいない!私達は歴史の目撃者となるのだ!』

  :

『20日目、まだまだ現れる気配がない。しかし今日は仲間とのカードゲームに熱くなってしまった。20日。精霊の研究史から見ればほんの一秒に満たないだろう。我々は気長に待ち続け、彼らの秘密をこの目で確かめなければならない』

 

 なかなか熱血漢です。読んでいて暑苦しいです。

 熱い思いをそのまま書いた日々の端的な状況と意気込み、嫌いではありません。

 

『40目、暇だ、さっぱり現れない。これでは成果も出ない。仲間たちも士気が落ちて来ている。それにしても今日は勝ち越せた。とても晴れやかな気分だ。15000/20000』

 

 精霊の現れない日々に、始まりの頃の熱意が感じられなくなってきました。

 そして後ろに変な数字が付き始めました。

 この頃からでしょうか、観察と意気込みよりも、仲間との日記になりつつありました。


『60日目、最後の最後でやられた!欲張りすぎてしまった!△6000/△1000』

  :

『70日目、今日はイーブンだった。±0/△82000』


 ああ、これはいけません!

 このひと、完全に研究を諦めています、研究者を捨てています。

 しかし不思議です、続きが気になってしまいます。


『80日目、危険だ、ここずっと負けが続いている。△5000/△131000』

『90日目、先日の大勝が吹き飛んだ。△30000/△124000』

『100目、観察開始百日記念だと高いレートで勝負を挑まれた。乗ったのが失敗だった。△75000/△217000』

『25000/△192000』

『8000/△184000』

  

 やがて数字だけになりました。

 これはもうカードゲームの賭けの収支表です。

 この研究者が勝負に弱いということがよくわかるレポートです。


 そして最終ページ。

 ついに誕生が観察されることはありませんでした。

 △500000でした。

 彼の完敗でした。


 ――役に立たないだろうが、古い施設で見つけられたレポートの一つを贈ります。返却は不要です。

 なるほど、こんなもの返されてもどうしようもありませんよね。


 精霊の誕生の謎は、わたしたちヒトには到底解き明かせそうにありません、


(閑話 - 精霊の誕生に纏わるレポート 完)

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