ピクシー②

 手首からひじまでの腕の長さを見てみてください。

 背丈は大体そのくらいです。


 見た目といえば、率直にいって可愛い。綺麗というべきでしょう。

 大きさこそ我々ヒトとは大きく差があるものの、その姿は少女そのものです。

 風のようなウェーブのかかった黄色と緑色の混じるショートヘア、四枚の薄緑色の羽を背中につけており、草花で編まれたような服を着ています。


 その小さな美少女は、机の上に立て掛けられた本の上で細い腕や足を組み、わたしをきっと睨みつけていました。


「ねえ、大人さん、私わからないわ。大人ってなに?」


 繰り返し大人がなんたるものかと問いかけてくる彼女。

 知性はある、けれど繰り返し同じことを尋ねる姿はとても子どもっぽい。

 これはもしかしたら、知らないことを知りたい、ただ好奇心によるものなのでしょうか。


 ねえ、ねえ、ねえ。


 大人。わたしは大人ほど大人ではないような気がします。もちろん、子どもでないことは自覚があります。

 この質問はわたしにとって答えにくく、彼女にはどう伝えても理解されることがありませんでした。


「わかりました、わかりましたから」


 彼女からの質問攻めに焦りも隠せなくなりまして、いったん落ち着くことを提案するのでした。

 さて、なにからお話をしたものでしょうか。


「順番にお話をさせてくださいね」


 やってみせ、言って聞かせて、させてみて、褒めてやらねばなんとやらです。昔のヒトの言葉です。

 まずは自身の誤りを反省して、大人の対応というものを見せつけてやりましょう。


「寒い季節に暖かい火と陽光に負けて、居眠りしていたのは大変申し訳なく思います」

「あら、素直じゃない。ごめんなさいが言えるのなら、まあいいわ」と、上から目線の彼女。


 一応は許してくれました。

 彼女は組んだ腕と足を解いて羽ばたき、わたしに近づいて言葉を続けます。


「私があなたの仕事机をいつもキレイにしてるのは、あなたが働きやすくするためだもの。快適な眠りをお求めなら、ほこりくさいベッドにでも倒れ込めばいいのよ」

「え?わたしの仕事机?」


 そういえばペンを探していたとき、床にばかりホコリが溜まっていことに気づきました。


「あなたが、机を掃除してくれていたのですか?」

「ええ、ええ、そうよ。あなたが今日も仕事机で仕事をするのだと思っていたのだから、私が掃除していたの。でもあなたが居眠りするものだから、こんなことあってはいけないわ、悪戯してやらなきゃ気がすまないじゃない?」


 掃除をいてくれていたとは驚きました。

 どうりで、掃除した覚えのない机の上に汚れがなく、床ばかりが汚れていたわけです。

 なんだか自分の不摂生に気付かされたようで、多少ヘコみますね。


 かといって、それはそれ、これはこれです。

 わたしが仕事をせずに寝たからと、悪戯をするのは良くないと思います。


「それで、あなたはペンを隠したのですか?わたし、ペンがないと仕事ができませんので、できれば早急に返していただきたいのですが……」

「わかったわよ。ペンはあなたの髪に結んであるから、勝手に取ってちょうだい」


 はっ、とわたしの髪に指を流してみると、本当に髪に結びつけてありました。

 背中に悪口を書いた紙を貼り付けられて、気づいていないことをはたから楽しむような、それに似た悪戯です。

 大人として、これはダメですよと指摘をしてあげなければなりません。


「ピクシーさん、仕事机の掃除の件は感謝しています。わたしだけではきっと埃にまみれて報告書を書いていたことでしょうから。ありがとうございます」


 ふふふ、と彼女が笑う。

 感謝が嬉しいのか、可笑しいのか。

 構わずわたしは続けます。


「けれどですね、こういう悪戯は……」と言いかけた途端、彼女の高い声がわたしの話を遮りました。

「あはは!それにしてもね、さっきあなたがガクーッてなったとき、本当に面白かったわ!」


 あははは、と心底楽しそうに笑う彼女。

 うーん、さっきの笑いは思い出し笑いだったようです。


 自由です。このコ。

 もしかして、不愉快だったあの夢も、このコの悪戯だったのでしょうかね。


 こうした幾度かの会話のなかで段々と緊張はほぐれ、代わりに、姿が見えなかったときの少し嫌な気持ちが戻ってきてしまいました。

 ――なんか悔しいなぁ。


 直接的ではないものの怠け者の扱いを受けて、悪戯されっぱなしのこの状況をこのまま終わらせるのはいきません。

 わたしのほんの少しの仕事のプライドが許しません。


 せめて、わたしはしっかり仕事をしているのだと認めさせてやるのです。

 そして、彼女の悪戯について謝罪を求めてやるのです。


「あのですね、ピクシーさん」


 わたしは声のトーンを一段落として、彼女に話しかけます。


「さきほどあなたは、暇があれば散歩して、それが大人なのかと尋ねていましたが、そもそもあなたが散歩だと指摘した外出は……」


 我ながらどうなのだろうと思いながら、子どもを相手に、大人気のない説教を始めました。

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