第56話


 翌朝。学校が休みである事からいつもよりちょっとだけ遅くに起床した俺は、リビングで「あ、あう……」などと奇妙なうめき声を挙げているゾンビ――もとい乃雪に遭遇した。


「あ……、にぃ、おはよいございますなのなの」

 乃雪は目がいつも以上に半開きになっているほか、目の下に隈が出来ていて、顔には疲労の色が色濃く見える。せっかくの狸型着ぐるみ風パジャマだが、着ている本人がこれでは可愛さを発揮できていない。


「…………もしかしてまた、徹夜したのか? そういうお肌に良くない事は駄目だと日頃から言っているだろうが、お前の世界最高とも言っていい可愛さが損なわれる事は世界の損失だと何故気づかない? それより何やってんたんだ? 昨日の舞島対策会議にも出ないで一人自室に閉じこもったりして」

 実のところ乃雪は昨日の舞島対策会議にはいなかった。「ちょっと早急にやることがあるの」などと言って、自室に引きこもったまま顔も見せなかったのだ。


「昨日の舞島対策会議? あーあの、なんの益にもならなかったであろう奴の事?」 


「すっごい辛辣なこと言うじゃん……」

 まあそう言われても仕方のない内容だった気がするけど。


「特に催眠アプリで舞島さんをどうにかしようの下りはヤバすぎるの……現実と虚構の区別がついてなさすぎて、我がにぃながらドン引きなの……」


「あの時はちょっと疲れで頭おかしくなってたんだよ、そこまで言わなくても良いじゃないか!」

 過去が! 過去が俺を殺しに来る!


「ノノとしてはダンボール越しにでも詩羽さんと同じ空間に共存して、同じ空気を吸い、さらには詩羽さんと同じ酸素を身体に循環させていたかったけど」


「お前、いつもそんな事を考えて麗佳と一緒にいるのか……?」


「詩羽ニウムを身体の中に循環させていたかったけど」


「うたはにうむ……」

 発表した時点で学会が困惑するような新単語を生み出す妹に、我が兄ながら掛ける言葉が見つからない。


「んで、まあそういった楽しみをそっちのけでお前は昨日、部屋に閉じこもってたのか。何してたんだ? オンラインゲームか? アニメ一気観か? エロゲーとか言ったらぶっ飛ばすからな」


「舞島さんについての情報をできるだけ集めてたの。にぃが逆転できるように」


「ホント疑ってすいませんでした!! お兄ちゃんを、お兄ちゃんを殴ってくれ! 音高く!!」

 乃雪はいつだって俺の味方で、さらにはずっと俺の為に動いていたと言うのに!!


 何故、俺は疑った!? 確かに乃雪は普段からだらだらしていて、家にずっといる癖に家事を一切やらず、さらには主にネット関係で問題を起こしまくっては、警察の厄介になった事も――――――疑っちゃうのも仕方なくない?


 それはともかく俺は俺の為に動いている乃雪を疑って叱責しようとしたのは事実に相違ない。

 ここは少しぐらい天罰を受けても仕方のないところだ。


「良いの……ノノはにぃの味方だから、にぃの役に立てる事をするのは当然なの。それににぃはずっと追い込まれていたの……。舞島さんに弱味を握られて、さらには詩羽さんを裏切らなくてはいけない立場になったのだから」


「乃雪……さすがは俺の妹――――ん? ちょっと待て。なんでそう言う色々な事をお前が知っている?」

 俺は舞島の奴に弱味を握られた事などの昨日の一連の一件を乃雪には伝えていない。メールでも伝えなかったし、昨日は早朝意外ではほぼ顔を合わせていない。

 つまり、一連の一件を乃雪が知っているはずがない……のだが……。

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