第50話 2人部屋

 もう痛くないし大丈夫だ、と何度言っても、ネアは納得せず、結局彼女に送られる形でソフィアは橙黄石シトリアやじり亭へやってきた。

 宿の前で彼女に礼を述べ別れ、扉をくぐると、宿の主人がカウンターからにこやかな笑顔で声を掛けてきた。


「やぁやぁ、お待ちしていましたよ! ソフィアさん!」


 ――待っていた?


 訝し気に眉を顰めて小首を傾げると、彼は少し興奮気味に続けた。


「先にシェルナンさんは部屋に行ってますからね、はい、こちらが合鍵ですよぉ」

「……あいかぎ?」


 一瞬、単語の意味が分からなくなり、思わず鸚鵡返しをする。


「合鍵ですよぉ! いやぁ~……何だか感慨深いです」


 ――何故か宿の主人は目頭を押さえている。


「あの……よく分からないんだけど、合鍵って事は、部屋は……」

「はいぃ! 2人部屋の中でも、私のお勧めの、日当たりも景色も良いお部屋にしましたよぉ!」

「……」


 違う、そういう事が聞きたいんじゃない。――内心で突っ込みを入れつつも、ソフィアは疲れた様にジト目で宿の主人を見た。だが、彼は心底嬉しそうにほくほく顔で部屋の鍵らしきものを差し出している。



(――“一緒に部屋を取る”って……“同じ宿に一緒に取る”って事じゃなくて、言葉通り本当に一緒の部屋って意味だったのね。――いえ、薄々分かってた。シンがそういう部分で他人の目を気にしないというか、常識が無いというか、何というか、そういう人だって)


 ともすれば頬の筋肉が引き攣りそうになるのを辛うじて抑えつつ、ソフィアは宿の主人に礼を言って鍵を受け取った。それから、彼がおかしな誤解をしない様、一言添えようとした時、彼の方が何かに気付いたように「あ」と小さな声を上げた。


「なに?」

「お部屋には、お客様もいらしていたようですよ?」

「――“客”?」


 ――シアンだろうか?


 あまり深く考える事無くソフィアは小さく頷いた。それから、何となく言い訳をするタイミングを逃してしまい、そのまま部屋へと続く階段を上って行った。



* * * * * * * * * * * * * * *



 鍵についている金属のプレートとドアに取り付けられた金属のプレートを見て行き、線の模様が合致する部屋のドアを躊躇いがちにノックする。


「はーい、どうぞ」


 部屋の中から、既に耳によく馴染んでいる柔らかなテノールが聞こえてくる。どうやらこの部屋で間違いない様だ。先客がいるという事を聞いていたソフィアは、出来るだけ邪魔にならない様にそっとドアを開き、おずおずと顔を出す。


「ソフィア」


 ふわりと嬉しそうに満面の笑顔を浮かべたシンが、すぐにこちらへ歩み寄ってきた。宿の主人が勘違いしていたのか、彼が気付かぬ間に客人は帰ったのか、部屋の中にはどうやらシンしかいない様だ。


「おかえり。ティラーダ神殿はどうだった?」


 言いながら、シンはソフィアの髪をそっと撫でて旋毛にキスを落とす。


「~~~~~~!!!?」


 絶叫は言葉にならず、ソフィアは口を戦慄わななかせたまま目の前にいるシンの胸を両手で力いっぱい突っぱねた。


「っへ、」

「ん?」

「へんたい!!!!!」

「えー」


 耳まで真っ赤になりながら、ようやくソフィアの口から出た言葉に、シンはややショックを受けた顔をする。


「ば、ばっかじゃないの!? は、破廉恥だわ!! な、何をっ!! あなたは!! どっ こっ 孤児いっ あのっ あなたねっ!?」

「これ、おかえりの挨拶だよ?」


 両手で旋毛を押さえてシンから避ける様に後ずさるソフィアに、彼はきょとんと不思議そうな顔で小首を傾げる。



(えっ そ、そういうもの?! なの?! 一般的な家族?! え、じゃあ、孤児院でもシンは毎日こんなことしてるの?!)


 ドン引きしつつ顔を引き攣らせていると、シンはしばし考えてから身を屈ませてソフィアの顔を覗き込んだ。


「一緒に暮らすならもう家族同然じゃない。僕も両親にはいつもこうしてもらってたし、何もおかしなことはないよ?」

「か、かぞく……」

「うん」


 シンの緑碧玉の色の瞳は嘘偽りを感じさせないほど澄み、真っ直ぐにソフィアを見つめている。赤くなった頬に手を当てて、視線を彷徨わせながら、ソフィアは必死で平静を装おうとした。


「よ、よくわからない」

「うん。――少しずつで良いから慣れてこうよ。ゆっくり、家族になろうね」

「いや、ならないわよ?」


 当然の様に言うシンの言葉を、慌ててソフィアは遮った。


「そもそも、一緒の部屋に泊まるなんてあたし、思ってなかったし……今日は今からキャンセルして別々の部屋を取るなんて言い出したら、宿の人にも迷惑がかかるからこのままにするとして、明日はあたし、別の部屋を取るわ。元々、ここの宿にはあたしには料金的にもサイズ的にもちょうどいい部屋があるから」


 キッパリと、シンの思いを拒絶するかのように言い切るソフィアの言葉に、シンの脳裏にはキャロルが言っていた「距離を置くつもりだ」という言葉が蘇った。思わず彼の表情が強張る。


「――いやだよ、別の部屋なんて」

「はぁ?」

「ソフィアは、僕と一緒にいるの、いや?」

「は……え? い、いや、っていうか、そ、ふ、普通、おかしい……」

「他の人の事はいいよ。ソフィアは? いや?」

「い、いやって訳じゃ……いえ、でも、あなたにおかしな噂が立つのはいやだわ? 一応、いろいろ世話になってるし……どうせ噂になるなら、もっと真っ当な人となって欲しいというか」

「ソフィアはいやじゃないんだね?」


 あれこれと言おうとするソフィアの言葉を遮り、シンは強く念を押す様に確認した。


「まぁ……いや、じゃあないわよ。……慣れはしないけど」

「ならいいや。慣れるのはすぐには無理だと思うし」


 にっこりと笑い、シンはソフィアを部屋の中へ促し、ドアを閉めると鍵を掛けた。



「結構時間がかかったみたいだけど、どうだった? ティラーダ神殿」


 言いながら、彼女の小さな背中を抱く様に薄い肩に手を回し、優しくソファへと誘う。シンの手が触れた一瞬だけ、びくりと身体を慄かせたが、むっと不機嫌そうな表情を浮かべ、促されるままにソファに腰掛けた。その左隣に彼も座る。


「仕事の募集は、確かにしていたわ。――神殿の前の掲示板に張り紙があった」

「へぇ」

「……へぇ、って……あなたもあそこの神殿に仕えてるんでしょ?」

「んー、僕は別に、神殿には属してないから」

「?」


 てっきり、神官=神殿に仕えていると思っていたソフィアは、目を丸くしてシンの顔を見上げる。その視線を受けて、柔らかく微笑みながら彼はソフィアの頬に掛かる髪を彼女の耳にそっと掛けてやりながら答えた。


「神様の声を聞けるからといって、全員が神殿に属しているという訳ではないんだよ。――われて仕事をする事はあるけど、智慧神殿は結構堅苦しいから、僕はちょっと苦手。もちろんそれだけって訳じゃないけど、基本的に僕は神殿には行かないんだ」


 昼間の智慧神殿の様子を思い起こし、シンの言葉を聞いて納得する。――あの神殿にシンがそぐわないと感じたのは、ソフィアの気のせいではなかったのだ。


「仕事についてだけど」


 敢えてその事には触れず、ソフィアは脱線しかけた話題を元に戻した。


「面接担当官……の人が不在で、明日改める事になったわ」

「そっか」

「予約をしたから、明日朝から行ってくる」

「じゃあ、孤児院に行きがてら、送ってく」

「だから、そういうのいらない。――そもそも、苦手なんでしょ、神殿」

「こだわりがある訳じゃないし、仕事がある時は行ってるし」


 アッサリと言うが、「譲らない」という内心が透けて見える。思わずソフィアは小さく息を吐いた。


「過保護だわ」

「そんな事無いよ」

「そんな事あるわよ」

「ソフィアの事が大事なんだよ」


 言いながら、シンの大きな手が2回りほど小さなソフィアの手を握りしめる。


「僕が君を離したくないの」

「?!」

「――これは僕のわがままなんだから、ソフィアは気にしないでいいよ」


 なぜ事あるごとに触るのか、動揺と困惑で目を白黒とさせながら、ソフィアは彼の手を振りほどこうとするが、ビクともしなかった。頬に熱が集まり、訳も分からず身を捩ると、後頭部に僅かに鈍い痛みが走った。


「――っ」

「ん? ソフィア、ちょっとごめんね」


 止める間もなく、シンが空いている手をソフィアの後頭部へ伸ばす。


「……こぶが出来てる。――結構大きいよ」

「う」

「何があったの?」


 こぶを優しく撫でながらも、彼の目に剣呑な光が宿るのが見えて、慌ててソフィアは「ちがうちがう」と首を横に振ろうとした――が、素早くその頭をシンが両手で包み込む様に挟み込んで固定した。


「頭を打ったなら、そんな風に動かさない方が良い。――神殿で転んだの?」

「い、いや、ちがう……たまたま、ちょっとした事故で……」


 頭を固定されたまま、ソフィアは神殿帰りに赤煉瓦屋根の店であった事を簡単に説明した。


「ああ、あの入口に鳥かごが置いてあるお店だね」

「知ってるの?」

「注文服を扱うお店だよ。それこそ、平民から貴族まで、普段着から様々なドレスまで、幅広く対応しているお店だね。店主はデザイナーでもあるシャルル・ニコラさんって言って、結構有名人なんだよ」

「ふーん……」


 注文服と言われてもピンとこないソフィアは、曖昧に頷くしか出来なかった。大人しくなった様子を見て、シンは彼女の頭を押さえていた両手を離し、再び右手は彼女の後頭部のこぶを労わる様に撫で、左手は彼女の手を、指を絡めてそっと握る。それから、彼女の水色の瞳を覗き込んでそっと囁く。


「今度、一緒に覗いてみようか」

「いえ……場違いな気しかしないから行かない。興味があるなら、あなたは行ってくると良いわ」

「ソフィアと行きたいってだけだからねぇ」


 のんびりと言いながら、シンは触れる己の手をソフィアが拒絶する気配が無い事に内心で安堵していた。


「とにかく、明日はソフィアは神殿の面接なんだね。――あそこは静かだし、おかしな人はいないだろうから安心だ」

「いや、おかしな人って……そうそういないでしょ」


 呆れた様に言い返すソフィアに、シンは曖昧に笑って見せた。困った事に彼女はまだ、自分自身の引力に気付いていない。


「そうかもしれないけど、気を付けてね。知らない人についてったら駄目」

「……それ、前も言ってたけど……あたし、そんなに子どもじゃないわ?」

「うん」


 ――子どもじゃないから心配なんだよ、と口の中で付け足す。そんな事とはつゆ知らず、やはり子ども扱いされていると感じたソフィアは、膨れっ面のままそっぽを向いた。



* * * * * * * * * * * * * * *



 その後は、少し雑談しつつ歩き疲れた足を休ませ、少ないながらも荷物を各自整理を行った。慣れているのか、先に終えたシンが、階下の酒場で簡単な食事を注文し部屋へと持ってきた。ソフィアは下の酒場で食べれば済むと思っていたのだが、彼は「せっかくだから」とよく分からない事を言って食事を2人分、部屋まで持ってきたのだ。


 彼が運んでいた食事は、根野菜とキノコのクリーム煮を小ぶりの鍋に1つ、籠に入ったパン数個、芋の素揚げ、蜂蜜酒のカップに温かい紅茶だった。

 クリーム煮を木椀に取り分けて、向かい合わせにテーブルに座り、それぞれ食前の祈りを捧げて食べた食事は、確かに騒然とした酒場で食べるよりも美味しく感じた。――言うなれば、アーレンビー家で過ごしていた日々、普段よりも食事がとれていた時のように。



「はぁ~、美味しかったぁ!」


 食事を終えて、蜂蜜酒の残りを一気に飲み干してから、シンは幸せそうな顔で満足げに天井を仰いだ。


「僕、クリーム煮って好きなんだよね! ――ああ、でも、ここのお店のも美味しかったけど、前にソフィアが作ってくれたクリーム煮、あれが一番好きかな」

「……どうもありがとう」


 完全にお世辞と判断し、棒読みの礼の言葉を述べる。――シンの「一番好き!」は料理ごと、飲み物ごとに存在していると思われ、これがもし本当だとしても、真に受けてどうこうという事はない。

 冷静に返されて、やや不満げにシンは「本当なのに」と小さく口を尖らせる。


「また作ってほしいな」

「あたしより上手に作れる人はごまんといるわ。次は他の人に頼みなさい」


 にべもなく断りつつ、ソフィアは食べ終わった食器をトレイにまとめた。それを運ぼうとすると、やんわりとシンが制した。


「僕が持ってく。その間にソフィア、寝る準備してると良いよ」


 言いながら、するりと頬を撫でる。中性的な見た目に反して、彼の手は乾いて関節がごつごつしている剣士のものだった。それなのに、違和感や嫌悪感はない――むしろ、その手が離れていった途端に温度を失った触れられた部分に僅かな喪失感を感じ、戸惑う。――そうしてソフィアは、途方に暮れたまま顔を顰めた。


 彼女の心の機微に気付かず、シンはトレイを持ち上げ、部屋の扉を開けた。


「すぐ戻るけど、僕がドア閉めたら鍵をすぐに掛けてね」

「すぐ戻るなら」

「掛けてね」

「……分かった」


 笑顔ですごむ様に繰り返されて、言い返せずに頷くと、彼は満足した様に頷いて部屋を出て行った。言われたとおりにすぐに鍵を掛けると、大きく息を吐きだした。


 なし崩し的に、またシンと部屋を同じくする事になってしまったが……本当に良いのだろうか。ゆるゆると睫毛を伏せながら、ソフィアは彼の触れた頬を指先で触れた。――彼の手とは違う己の手は、幼い子どもの様な小さなサイズだったが、それにしては指は小枝の様に肉が無く、指先は固くひび割れていた。彼の様な何かを守るための立派な手とは違う。かといって、年頃の娘の様な柔らかなものでもなく、ネアの様に綺麗で艶のある爪でもなかった。

 ヴルズィアあちらにいた頃の事は、あまり覚えていない。だが、テイルラットこちらに来てからその後は、これでもマシになったのだと思う。とはいえ、大半の人には見すぼらしく映るのかもしれないが。


 ――そんな自分と、一緒の部屋に住むなど、シンは何を考えているのだろう。彼と懇意の――恐らく彼が憎からず思っていると思われる美しい妖精エルフの女性が知ったら、どう思うのだろうか。孤児院の女性は? 他のスタッフや院長は?


 表情を暗くして、ソフィアは大きくため息をついた。シンは本当に、彼自身の事を疎かにし過ぎている。これは自分がもっとしっかりして、適切な距離を持ちつつ、――彼自身にも気付きを与えなくては。

 肝に銘じつつ、ソフィアは手早く寝間着に着替えたのだった。



* * * * * * * * * * * * * * *



「ただいまっ」


 窓際のベッドに座ってぼんやりしていると、シンが部屋に戻ってきた。手には水差しが1つある。


「お水もらってきた。机の上に置いておくから、夜に咽喉が乾いたら飲んでね」


 言いながらテーブルの上に乗せ、グラスも伏せて置く。――至れり尽くせりだ。


「そこまでしなくても……下に飲みに行くわよ」

「夜中に寝間着で部屋の外になんて出ちゃダメ」

「だって、宿だわ?」

「というか、そんな無防備な姿、僕以外の前で見せたらダメだからね」

「意味が分からない」

「分からなくてもいいから」


 頑として譲らない様子のシンを、呆れた様にソフィアは軽くにらんだ。


「あなたってたまに……いえ、たまにじゃないわね。よくおかしなことを言うわ」


 むすっとしたまま文句を零す。


「そう?」

「ええ」


 そうかなぁ、と首を傾げつつ、シンはソフィアの座っていない方のベッドへとスタスタと歩み寄り、おもむろに押して位置をずらし始めた。


「ちょ、ちょっと、何をやってるの?!」


 ぎょっとして目を剥いて抗議の声を上げるソフィアを尻目に、どんどんベッドを押して、最終的にソフィアの座っているベッドと隙間なくぴったりとくっつけてしまった。


「シン!」


 まなじりを釣り上げて名を呼ぶが、彼は気にした風でもなく「だって、離れてると話しにくいでしょ」とのたまった。


「こういう冒険者の宿の場合、家財道具の位置を勝手に動かすのは悪い事じゃないし。使いやすくして良いんだよ。――まぁ、本当は大きい2人用のベッドが良かったんだけどな。それはまた今度、宿の方に聞いてみるとして」

「……はい?」

「僕も着替えてくるね! ソフィア、横になってて良いからね」

「え、あ、ちょっ……」


 マイペース過ぎる彼は、にこにこと笑顔のまま鍵付きのクローゼットの方へ行ってしまった。



(……これ、ふつ……う? 普通、なの……? え……違うわよね?)


 終始、シンのペースに押されてしまい、思考が麻痺しているが、何かおかしい気がした。


 だが、それ以上に――この状況が、嫌ではないという自分自身を、どう受け止めて良いか分からない。


 チラリ、とシンの方を盗み見ると、丁度着ていた上着を脱ぎ途中で、思いがけず彼の背中が飛び込んできた。慌てて目を逸らし、顔をベッドの枕に押し付ける様に埋める。――しかし、先ほど目にしてしまった、彼の肩から背中の分厚い筋肉や、引き締まった腰回りが――己とは決定的に違う身体が、嫌でも網膜に焼き付いて消えてくれない。


「ソフィア?」

「ぎゃーー!!!」


 間近に声がして、ソフィアは跳ね起きた。


「ぎゃーって……」


 ややショックを受けた表情で、シンが隣のベッドに腰掛けていた。誤魔化し、取り繕う様に、ソフィアは普段より少し大きな声で追及を逃れようと口を開いた。


「な、なんでもない……あなたももう寝るの? 早いんじゃない?」

「ごろごろしながら、いろいろとソフィアと話したいからね」


 目を細めて笑い、シンはごろりと横になった。


「ソフィアもおいで」


 いや、あたしはまだ、と口に出す前に、シンに手を引かれて腕の中にすっぽりと納まる。


「ちょ、ちょっと!!?」

「まだ夜は冷えるからね、こうしてくっついてればあったかいでしょ」

「そういう、問題じゃ……っ」

「今日は何を話そうか」

「だから、そういう問題じゃ……っ」

「そうだなぁ……」


 ソフィアの言う事など、全く意に介さずシンは続ける。


「本当は、ソフィアの事をたくさん聞きたい。――知りたいから」


 柔らかなテノールが耳元に落ちてくる。むっとした不機嫌そうな顔のまま、ソフィアはシンの顔を見上げようとしたが、腕の中からは彼の顎しか見えなかった。


「でも、僕の事を伝えてないのに、ソフィアにばっかり聞くのはフェアじゃないかなって思う。――だから、今日は僕の事を話したい。……良いかな」


 言いながらシンが少し身体をソフィアと反対側に動かし、腕の中の彼女を見た。柔らかな碧色の光が灯るシンの真摯な眼差しに、ソフィアは色々言いたかった文句を飲み込み、何とか頷いて見せた。

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