28、体力が曲がり角に来て精神状態も若年期とは異なる中年にとっての温泉の存在意義

 中上は一般道でも高速でも、できる限り車を飛ばしていた。おかげで二時間もかからずに目的の宿に着いた。中上の心が浮き立っているのがわかった。

 なかなかの宿だ。受付カウンターでチェックインするとき、僕は中上に宿賃を渡したが、千円返してきた。

「ちょっとだけど、奢るよ」

 僕としては、かなりありがたかった。そのことで僕も心が浮き立ったが、そんな自分とはいかがなものか、とも思った……。


 僕たちは部屋に荷物を置くと、さっそく温泉に入った。中上は体の芯まであたたまる快感で、本当に嬉しそうだった。夏の温泉は、また別のリフレッシュ効果があることを、僕は初めて知った。

 僕は中上についていき、サウナや露天風呂にも入った。ジャグジーや蒸し風呂も堪能し、あるものはほとんどすべて味わった。僕たちは仕事のことも日常のことも忘れ、ひたすら温泉の幸福に身を浸していた。中上は温泉に来た喜びで活動的になっているようにも見えたし、時間がなくて焦っているようにも見えた。そんなところが、都会人らしいレジャーの楽しみ方なのかもしれないと、ふと思った。

「いやあ、いい風呂だったな」脱衣所で体を拭きながら、中上が言った。

「良かった。やっぱりたまには温泉に来ないとな」

「ああ。もし入れそうだったら、食事のあと、夜中にもう一回入りたいな」

「また入るのかよ? お前本当に温泉に入りたかったんだな」

「この歳になると、テーマパークやら海やらよりも、温泉なんだよ。これから懐石料理とビールだろ。サイコーじゃねえか」

「うん、俺もわかるよ」

「でもお前はあんまり変わらないよな。腹もそんなに出てないし」

「華奢だし童顔だからな。目立ちづらいってだけ」

 僕は貫禄のつかない自分に、20代のころから劣等感があった。中上も細身とはいえ、大人の渋みが出て堂々たるものだ。


 僕たちは部屋に戻り、豪勢な夕食を食べた。30代と思われる中居さんは、料理を出しつつ、僕たちと話をしてくれた。中上がいい感じで絡んでいたからだ。鬼怒川渓谷の見どころや、別館に新しい露天風呂があることも教えてくれた。人間のあたたかみを感じた。……美紀にそれを感じなかったのか? いや、それとこれとは別だ。旅先で触れるものは、日常で同じようなものに触れていても、やはり新鮮なのだ。そして、それは日常に反射光を当てる。つまり、美紀のあたたかみを、あらためて認識することになるのだ。旅など、非日常を味わう意義はここにあるのだろう。

 僕は、ビールをグラスに3杯と、日本酒をお猪口ちょこでいくらか飲んだだけで、かなり酔っぱらってしまった。仕事の疲れもあったし、のぼせてもいた。夕食が済むと、中上が風呂に行こうかと言った。僕は少し横になりたいと言い、中上を一人風呂に行かせた。中上を見送ると座布団の上に体を横たえ、やがて寝息を立てた。

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